切り札
「あなたは……素材買取屋の……」
正面に立っている眼鏡っ子は呟いた。後ろには、上品そうなおばあさんが座っている。
だが、おれの目は、その後ろの祠にある球体に釘付けになっていた。
蛍火街灯の紐が球体に触れるように固定してあり、その周りに素材らしきものが置いてある。そして、紐や素材が触れている部分が淡く光っているが、球体の光は弱々しい。
「何しに来たの!ここには今立ち寄っちゃダメ!」
「何してるんだ?」
「そんなの関係ない!あなたも早く家に帰って!」
「魔力を充填してんだろ、それ」
「え?」
「街灯の魔力が減ってると思ってここまで来たんだ。それにさっき討伐隊3人がとんでもない速さで走って行った。」
おれの勢いに眼鏡っ子は目を逸らす。
「それは……」
「何かまずいことになってるんだろ!その丸いのに魔力が足りないからか?」
「そうだけど……あなたには関係ない!早くしないと魔物が来る!!」
「ま、魔物⁈町に⁈」
「そう!だから早くあなたも家に……!」
気にせず、後ろの球体と周りの素材を見る。
「素材は砕かないのか?」
「え?」
全ての原因であろう球体に向かう。完全に虚を突かれた眼鏡っ子とじっとコチラを見ているおばあさんを横目に、糸でぐるぐる巻きになった素材を手に取る。
「何するのっ!!」
と、怒気を込めて叫ぶ眼鏡っ子を無視して、素材を手持ちの金槌で叩き潰す。
5回ほど叩いて粉になった部分を手に取り、もう1つの手でカバンから別の粉を取り出す。そして手を合わせるように2つの粉を混ぜて、そのまま球体に押し付ける。
しかし、押し付けても何も起こらなかった。
反応しない⁈
嘘だろ⁈
「ただでさえ魔力が足りないのに!」
と、怒りに任せて眼鏡っ子に批難の声を浴びせられる。しかしそれどころではない。初めての粉での魔力補充失敗の理由を必死に考えた。
その間に、球体の上半分が完全に色を失う。
「そんな⁈ダメ……魔物がくる」
眼鏡っ子が座り込んで絶望しているのが、視界に入る。
くそ!わからん!
なんでだ⁈
眼鏡っ子の絶望や魔物という呟きに、焦りが生まれる。
さっき球体が色を失った時、表現できない悪寒が走った。
本能が、これが色を失うとまずいと告げていた。
その時、球体の下半分が点滅し始めた。
光が消えようとしているのが、わかる挙動だった。
「あなたも逃げて!死んじゃう!」
死ぬ。
みんなが。
ダメだ。それは。
考えるな。
動け!
おれはポーチに手を入れて、持っていた粉を手に取れるだけ取り、両手につける。
「親父が褒めてくれた発見だ!いけるだろ!光れぇぇぇ!!」
両手で球体に粉を押し付けて、力を込める。
「⁈」
すると、手のひらのまわりから、これまでとは比較にならない赤い光が漏れ出す。
「これは……何をしたの……?」
さっきまで絶望していた眼鏡っ子がつぶやく。
「まさか……こんな速度……ありえない…… 」
座っていたおばあさんも驚きで言葉を漏らす。
いける!
おれはさらに粉を取りだそうとするが、なかなか赤い光が収まらない。
十秒程でようやく光が収まると、球体全体がわずかに色を取り戻していた。
もう一度と、ポーチに手を入れたところで、こちらにおばあさんが近づいてきた。
「その粉を押し付けるんですか?」
「……あぁ。それで魔道具の要領で起動させれば、魔力が充填される」
「分かりました。お手伝いしても?」
手を差し出して来たおばあさんに、粉の瓶を一つ丸ごと渡す。残りはあと一つだ。
手のひらに粉をひろげて、球体に触れるとさっきと同じように光る。
「よし!再現した!」
「そのようですね。粉を握ればいいですか?」
「握るというより、手のひらにまんべんなくだ」
おばあさんが手早く手に振りかけ、おれの横に駆け寄る。
「あとは魔道具を起動する感覚で……」
横から、思わず目を逸らすほどの光がカッと溢れる。
おばあさんが触った瞬間だったように見えた。
二秒ほどで光が収まる。
おれは驚き、両手を触れたまま話しかける。
「何した⁉︎光が強すぎだし……それ、もう補充できてるのか?」
「なんて早さ……と、ごめんなさいね。今は続けましょう。」
「あ、あぁ。そうだな」
おばあさんが、粉を付けて触れるとまたも強烈に光る。
そして二秒くらいで収まる。
おれの手元はようやく光が収まって来た。
なんであんな早いんだ⁈
「夕顔さん!どうですか⁈」
次の準備に粉を出そうとカバンに手を伸ばしたタイミングで、おばあさんが眼鏡っ子に声をかける。
ユウガオと呼ばれた眼鏡っ子を見ると、何やら地面に文字を書きながら、手元の時計と球体を、交互に見る。
「……ダメです!まだほんの少しだけ、光の消える速さの方が早いです!」
まさか、光の増減を時間で記録しているのか。
この土壇場で……。
驚いてばかりだったのに……。
眼鏡っ子のあまりの変わり様に驚いていると、横から声がかかる。
「ごめんなさいね。手を触れる役をあちらの女性と変わってくれませんか?」
「え?」
突然横のおばあさんに話しかけられて、状況に似合わない間抜けな声がでる。
「多分、夕顔さんの方が少しだけ補充が早いと思うの」
「なんでわかるん……わかった。代わる」
そんな事なんで分かるというつもりだったが、声のトーンに合わない真剣な目と汗だくの様子から、すぐに了承する。
それに……。
「眼鏡っ子!こっちだ!」
「はい!」
「この粉を手に広げて、触るだけだ」
「分かりました!」
先ほどまでとは別人のように動く。本来はこういうやつなんだろうか。
眼鏡っ子の手に粉をかけながら説明を終えると、なんの躊躇いもなく、球体に触れる。
すると、おれよりも明らかに強い光が球体に浮かぶ。
やはり……。
そしておれが十秒ほどかかるのに対して、眼鏡っ子は七秒くらいで補充を終える。
やはり、あのおばあさんはおれより眼鏡っ子の方が早いと確信していたのだと思い知る。
この短時間で法則を掴んだのか……どんな頭だ……。
「夕顔さん?」
「12……13……14……ダメです!あとほんの少し!少し速度が足りません!光が消えちゃう!」
眼鏡っ子が悲鳴のように叫ぶ!
その声で二人に圧倒されていた自分に気付き、現実に引き戻される。
……負けるか。
効率を上げればいいんだろ!
「すみません!あなたも一緒に手を……」
「違う!効率を上げるならこっちだ!」
おれは水筒に入っていた水を球体にかける。
「何を……」
その濡れた表面に粉を振りかける。
粉は水に付着して、球体の前面一帯に広がる。
「あんた達は一か所が終わり次第、次の場所に触れてくれ!おれが粉を球体に付着させる!手に振りかける時間を削った方が早い!」
「っ……!分かりました!」
眼鏡っ子の返事と同時におばあさんも次々に手を動かして補充を続ける。
そこからは無言で、二人が触れ終えた場所へ粉を振りかけ、次の場所へ触れてもらう。それを何度も繰り返した。
どれくらい同じ作業をしたか、時間の感覚がもうない。
粉の残量が心もとなくなったくらいで、球体が突然ブンっと音を立てた。球体は、今までよりも、明らかに鮮やかな赤色に全体を染めていた。
「こ、これは……?」
「ふぅ。この状態が通常です。お疲れ様でした。これでひとまずは大丈夫でしょう」
先が見えないほど暗くなっていた道が、月明かりと街灯で明るく照らされていた。




