工場の為、街の為、人の為
「こっちの書類は、出すつもりなかったんだけど」
「なんですか?私は草分工場長と話しているんですが?」
炒木は先ほどより声色は落ち着いているが、呼吸には興奮の名残がある。
「関係してるから。実は、もう一つ新しい魔道具を開発してて。これはその連絡書。見てみな」
知らない。おれも聞いていない話だ。
「なんですか?今更開発品が増えたところで——」
「見てって言ったのは、開発者の欄だよ」
「開発者?どうせあなたでしょう?木香牙羅と……草分菜田?」
「は?ナタ?」
おれも思わず声を上げた。
「そう。草分ナタ。あの子が考えた箒だよ。見覚えない?」
カバンから箒を取り出し、顔の横で扇子のようにひらひらと動かす。
「それは……。あの子供が持っていた……」
「そう。そのホウキ。『風切ノ箒』って名前。ホコリが舞わないから綺麗に掃除できるって魔道具」
「掃除が……?いや、そんなことはいいんです!それよりも開発者があの子供?!」
「そうだね。多分初じゃないかな?工場の人が魔道具を開発したのは」
「四組会でも聞いたことありません。おそらくそちらの女性の言う通り、初の偉業でしょう」
「自己紹介していなかったね。木香牙羅です」
「四組会の場樽です」
バタルさんと牙羅さんが挨拶しているが、炒木はみるみる顔を赤くして、草分工場長を指さす。
「どこまで……どこまで研究所に頼るんだ!お前は!自分で動くことも——」
「あ!の!さぁ!!」
牙羅さんが、さらに大声で炒木を咎める。あまりの声に、おれまで萎縮する。
「勘違いしないで。この魔道具を考えたのは、本当にナタ。工場の仕事を増やすために、ゴミ扱いされてたこの羽で箒を手作りして、自力で素材としての効果まで突き止めていた。私たちはそれを教えてもらっただけ」
「……工場の為に、自力で?」
「魔道具には開発権があって、魔道具を作った人の権利は絶対に守らないといけない。だから、ナタの名前が入るのは当然で、私はそれを正式な魔道具にする為に、共同開発者になって手を貸しただけ」
おれは牙羅さんの顔を見た。
手を貸しただけというが、報告書を書き上げる大変さはおれも身にしみてわかっている。
それを『風切ノ幌』の報告書をまとめながら、もう一つ書き上げるなんて信じられない。
なんて人だ。
「だから研究所に頼ったなんて、やめてくれる?開発権の侵害だわ。この魔道具はナタが自力で勝ち取った価値。文句言うなら、あなたも開発してみたら?」
「……。……だとしても。それで草分工場長の評価が——」
「俺からも、ちょっといいか?」
ここまで、怒ることもなく炒木をただ見つめていた草分工場長が立ち上がる。
牙羅さんは、場所を譲るような仕草をして、椅子に腰掛けた。
皆の注目が集まると、気まずそうに鼻頭を掻く。
「あんまり、自分で言うことでもないからな。黙ってたんだが。牙羅さんや月燈さんがな。ここまで言ってくれてるのに黙ってられなくてな」
草分工場長は、炒木に向き合う。
「炒木よぉ。お前の言う工場長ってなんだ?」
「何とは?もちろん工場のために粉骨砕身、務める人物でしょう」
「そうだな。俺もそう思う。ただ、俺の場合はそれだけじゃねぇんだよ」
草分工場長はポケットから、風鈴羽を取り出す。
「うちの製品は簡単に作れるからな。力のないやつが作るのにうってつけだ。だからこそ、体が動かないとか子供が小さいとかで働けない人にも仕事を与えることができる。本当にいい製品だ。だから、俺は原材料を届けて街のみんなにも作ってもらってんだ」
手に持った羽を机に置く。机に両手をつくと、弁柄組の三人を見据える。
「つまり、俺は街の住民に助けてもらってんだよ。だから、街に何が返せるのかを常に考えてる。最初にこの月燈さんが言ったことを覚えているか?」
「……なんのことです?」
どの言葉がわからないのだろう。おれも分からない。
「『新たな工場を稼働させる準備が出来た』って言ったんだよ。今回、作るものが増えたおかげで、工場の拡張を考えないといけなかった。どうするかを従業員と話したぜ。そうしたらよ……」
誇らしげに笑みを浮かべる。
「次の日には、仕事をお願いしている人達が、うちの土地を使ってくれ、倉庫を使ってくれって、言ってくれてな。どうも噂が流れたらしく、普段のお礼だってな。それですぐに目処が立ったんだ」
草分工場長は、目を閉じて言葉を詰まらせた。
「やっぱ街に助けられてるって確信したぜ、俺は。俺のやってる事は間違っていない。若竹工場はそれでいいんだよ」
目を開けて、炒木を正面から見据える。
「だから、お前が俺を工場長として認めるかなんかどうでもいい。人と比較ばっかしてんじゃねえよ」
その言葉は、罵声でもなく、人を貶すものでもなく、ただ誇りに満ちていた。
「っと。喋り過ぎたな」
草分工場長は、ばつが悪そうに椅子に座った。
おれは、嬉しくなってしまった。
「そんなことないですよ。いい話でした。おれもそんな立派な工場長と魔道具を作れて嬉しいです」
「やめろよ。小っ恥ずかしいな」
「やめません。草分工場長は魔包魔道具の価値を認めて、誰よりも早く試作品を作る準備をしてくれました。おれたちだって作ってくれるなら誰でもいいって訳じゃないですから」
「本当に!勘弁してくれ」
耳を赤くする草分工場長を見て、場の空気が和らぐ。
ただ炒木は、草分工場長が置いた風鈴羽を見つめたまま動かなかった。
「炒木工場長。……行きましょう」
横にいた弁柄組の人が声をかけ、ようやく重い腰を上げた。部屋の入り口へ向かう。
「あのさ。最後にいい?」
その様子を見て、牙羅さんが声をかける。返事もなく振り向いた炒木に、風切ノ箒を見せる。
「この箒の試作品だけどさ。あんたがナタを倒した時に壊れちゃったんだよね。それを改めて弁償して欲しくてさ」
「……いくらですか?」
「ほぼ原材料費用だからね。20円で十分」
「お前!調子に——」
「やめろ!これでいいですか?」
怒鳴りかけた弁柄組の人を声で制すると、炒木は20円を牙羅さんに丁寧に手渡す。
「……ありがと。流石に怒鳴られるかなと思ったけど」
「……新しい魔道具の試作品なんですよね。それは弁償しないとでしょう?私でもそうします。少し安過ぎるとは思いますがご厚意として受け取りますよ」
「……いいね。あなたも立派に工場長だよ。どこかで一緒に仕事できるといいね」
「ふっ。遠慮させて頂きます。では」
弁柄組の三人は部屋から出て行った。心なしか炒木は、さっきよりも堂々としているように見えた。
牙羅さんがこっちに戻ってくる。
「振られちゃった」
「当たり前ですよ。20円とか。何も買えない値段じゃないですか。なんでわざわざ……」
「今回の本当の立役者に何もないなと思ってね」
おれたちはバタルさんにお礼を言って、四組会を出た。
建物を出て、凝り固まった身体を伸ばす。正面の道を見ると、遠くで炒木達が歩いているのが見えた。
「——月燈くん」
その姿を見ていたら、横から声をかけられた。
「おっ!ユウガオにナタ!それにトラオさんや工場の人達も!」
「終わったみたいだね?さっき弁柄組の人が出て行ったけど、あの様子なら……」
「お父ちゃん!」
会話するおれとユウガオの間をナタが走り、草分工場長に抱きつく。
「どうだったの?」
「喜べ!今回は俺たちが魔道具を作ることになったぞ!」
「本当に?!やったー」
「よかった!」「よっしゃー!」
ナタ以外にも声が聞こえたことで、その場は騒然となった。
「牙羅が遅かったからな。ダメかと思ったぜ」
「そんなことないです。完璧なタイミングでした。トラオさんにも見せたかった!それにユウガオとトラオさんの頑張りのおかげです!山野商店の名前を聞いて、みな絶句してましたよ」
「は!それなら共同開発なんて面倒押しつけられた甲斐があったぜ」
「そんな事言って……。ちゃんとこのみさんの所に行って下さいね。えっと、牙羅さんは?」
「うん?その辺りに……」
振り向くとさっきまでいたところにいなかった。探すと、牙羅さんはナタに近づいていた。
「ナタ」
「あっ!牙羅ねえちゃん!」
「はい。これ」
牙羅さんは、手に持っていたお金をナタの手に握らせた。
ナタは首を傾げながら、手の中の20円を見る。
「おかねー?なにこれー?」
「これはね。箒のおかげだよ」
「箒って、かざきりのほうきのこと?牙羅ねえちゃんと作った」
「そう。あの怖いおじさんに壊された箒があっただろ?あれを壊したからってお金がもらえたんだ。箒の価値でお金がもらえたんだよ」
「……?どういうことー?」
牙羅さんはしゃがんで、ナタと目線を合わせる。
「説明が難しいか……。簡単に言うと、箒が凄いものって認められて、お金になったんだよ!」
「……お仕事ができたってこと?」
「そう!ナタが作ったものが、お金になった。お仕事を生み出したってことだよ!」
「……お父ちゃん。ほんと?おしごとのお手伝いができたの?」
草分工場長は、ナタの頭を乱暴に撫でる。
「本当だ。そのおかげで仕事がもらえた。ありがとうな、ナタ」
「わーー!お仕事できた!父ちゃんに褒められたー!!」
ナタはその場で跳ねて喜ぶ。その騒ぎに気づき、皆がこちらを見ていた。
「ありがとう、シルベにいちゃん!それと……」
ナタは、しゃがんで自分を見つめていた牙羅さんに飛び込んだ。
「ありがとう!牙羅ねえちゃん!」
「ちょ、ちょっと待ってナタ、倒れるから」
「牙羅ねえちゃんが、その箒凄いって一緒に魔道具にしてくれたからだよ!」
ナタは20円をギュッと握りしめている。
牙羅さんはしゃがんだところに抱きつかれているため、バランスがとれずにフラフラしていた。さらにその手は、突然のことに驚き、宙をさまよっていた。
おれは牙羅さんに近づく。
「牙羅さん。視線を合わせる方法は、しゃがむだけじゃないですよ」
牙羅さんは頷くと、一瞬ためらってから、ナタを抱きしめて、立ち上がった。
「よっと。ナタは重いね!」
「うわー、高いー!楽しいー!」
「もっと高くできるよー」
牙羅さんは無邪気な笑顔を浮かべていた。
今回、おれは工場と関わり、作り手の想いを知った。
若竹工場での魔道具製造を目指して動いたが、これが正解だったかは誰もわからない。
ただ……。
無邪気に笑い合う二人の姿は、決して間違っていなかったと思わせてくれた。




