月燈班 炒木のプライド
「とりあえず、ここまでの結果をまとめようか」
牙羅さんが適当な木の枝で、地面に文字を描く。
おれは服を絞りながら、川に浮かぶ、大きな桶の縁を高くしたような船を岸に引き上げる。
船に被せていた布を外し、牙羅さんの手元を覗く。
「荷物に羽をつけた布を被せるだけだと当然ながら布自体がズレたり羽のないところに風が当たってダメ。やっぱり固定は必須ね」
「あと、布全体に羽をつけなくて良さそうですね。というか一枚埋めるのに羽が200枚くらい必要ですからね。現実的じゃないです」
「とすると、やっぱり今みたいに羽の数は減らさないとだね」
「ただ、右半分を無くしたら見事に回転しましたね。おかげで船の回収に手間取り、おれは川に落ちたわけですね」
「そうねー。次はどう羽を貼ろうか……。ちょっと。あまり近寄らないで。水が垂れてる」
「ひどい……」
工場で横風を防いで船の積載量を増やす案を思いついてから、大量の羽と布を用意し、双輪船ではなく荷物運搬用の船を借りて試作を繰り返している。
「ただ、現時点で速さは出てる」
「そうですね!明らかに船の流れる速度は上がってます。やっぱり風の抵抗が弱くなったからですかね」
「それ以外ないね。今日は川下から風が吹いてるし、差が出やすいのもあるけど」
そう。当初期待していた風の抵抗を抑えて速度が速くなるという成果はすでに確認できた。
比較試験するまでもなく、奥を流れている実際に荷を載せている船より速い。
「これだけでも面白いですが……」
「積載量増やせた方が面白いだろうね」
「ですよねー」
おれも学んだ。前回の補給同行でも、流水瓶の補充のみ報告書にしようとしていたけど、飛脚靴も入れたことで得られたものは多かった。こういう時、妥協しない方がいい。
「例えば、家を風から守る屋敷林って、木と木の間に隙間があった方がいいんです。だから縞模様とかどうですかね」
「そうなの?それは知らなかった。よく知ってるね」
「実家の宿屋知識です。窓とか風が強いとガタガタ言って文句言われるんです。だからその辺は詳しくなりました」
「なるほどね。じゃ、縞模様で行こうか」
ところが、縞模様にしてみると、速くなったり遅くなったりと、結果が安定しなかった。
気がつくと辺りは暗くなり、道では帰宅する工場の人たちが物珍しそうにこちらを指差していた。
「——よし。布の中心から外側に向かって縞模様を広げる形が一番安定してたね」
「速さも、荷を増やしたときの安定感も一番でした」
最終的には、傘を開いたような模様になった。
「この布を荷物を囲むように取り付ける。幌を張ってその上に布を貼るのが良さそう。魔力が切れた時の取り回しも考えて」
「ようやく形が決まりましたね」
「じゃあ明日からどれだけ積載量が増やせるか、あと速度が速くなるか測定。よろしく」
立ち上がって、周囲の片付けを始める。
「よろしくって、牙羅さんは来ないんですか?」
「来るけど、報告書を書き始めないと流石に間に合わないし、木蓮さんに話を通しておかないと、報告書の承認なんて間に合わないでしょ。その辺をやるから」
「そうですね。わかりました」
——
次の日からは、おれにとっては懐かしい日々だった。
納期に間に合わせるためにひたすらに試作と測定を繰り返す。魔包魔道具の時も通った道だ。
ただ、今回は牙羅さんがいる。
測定にはほとんど参加していないが、毎日夕方には顔を出し、結果を受け取って報告書に反映させてくれた。
その結果、納期の前日には、報告書はほとんど仕上がっていた。
「牙羅さん!この報告書の工場地域における物流の効果ってどうやって出したんですか?」
「これ?シルベが測定した、風の抵抗を弱めることで速さが1.2倍になるって結果からだけど」
「……それがなんでここまで具体的に地域ごとの予測に繋がってるんですか?」
「毎日の荷物用船の出入り数と、それぞれの地域への水路の長さがあれば出せる」
「……わからないです。教えて下さい」
「この騒動が終わったらで」
同じ報告書なのに、おれが以前書いたものとは中身がまるで違う。まだまだなんだなと改めて実感させられるが、頼もしく、誇らしくもあった。
「あと、ずっと埋まってないここですね」
「そう。そこだけはシルベが書いて。さぁ、この魔道具の名前は?」
———プレゼン当日 月燈
「この布は、『風切ノ幌』。水路での荷物用の船につけて、物流の速さと量を向上させる魔道具です」
「物流を?」
バタルさんが呟く。この説明で反応するのは管理の仕事をしている人物だと思ってたので、予想通りだ。
「そうです。まずは素材の説明をします」
おれは風鈴羽を束にしたものを3つカバンから出す。
さらに風を弱める羽毛部分を3つ取り出して、バタルさんと炒木に配る。
残ったそれぞれを右手と左手に持って、風鈴羽と羽毛に魔力を通す。
風鈴羽からは風が吹き出しているが、反対の手に持った羽毛の周囲では、その風が弱まっている
「この羽毛部分が、新しい素材です。風を弱める効果があります」
おれの説明に口を開けていた二人も、「試してみてください」と促すと、それぞれ魔力を通し始めた。
「わかりました。このような……初めての素材を見る機会は少ないので、いささか驚きますね」
バタルさんが渡したものを返しながら、困惑した表情を浮かべる。
炒木は羽を見つめたまま、動きを止めている。その表情は、怒るでも悔しがるでも無く、一心に羽毛を見つめていた。
畳んであった風切ノ幌を机に広げる。そこには傘の骨部分のように、中心から外側に向かって羽毛が貼られていた。
「風切ノ幌には、この羽毛がこのように貼られています。この幌を荷物運搬用の船に付けて検証をしました」
カバンから報告書の測定結果をまとめたページの写しを取り出し、見えるように広げる。
「その結果、速度は約1.2倍、さらに横風を防げるため積荷を従来の約1.5〜2.5倍の高さまで積めるようになりました。その結果と1日の船の数や水路の長さを考慮すると、1日の運搬量は、2〜3倍になると予測しています」
「……2〜3倍ですか」
バタルさんが信じられないという表情を浮かべる。四組会の人は、研究所でいうところの管理部門に似た仕事をしているらしい。
おそらくバタルさんは、物流関連の仕事も担当しているんだろう。物流と言ってから、ずっと前のめりになっている。
「もし本当にその効果があるのであれば、少なくとも四組会は大量に購入を検討するでしょう」
「ありがとうございます。さらに、この魔道具は馬車への横展開も考えているため、間違いなく若竹工場の規模拡大が必要になると考えています」
バタルさんの前向きな感想に便乗する。
すると、羽を見ていた炒木が顔を上げる。その表情は先ほどまでとは異なり、落ち着いている。
「確かに、この羽毛は新素材のようですね。その魔道具も素晴らしい」
「はい……」
不気味なものを感じて、警戒を強める。
「ただ、そうであればこの新しい魔道具を作る方に集中した方がいいのでは?バタルさんも言うように今後需要は増えるかと。そうした状況で、若竹工場には粉まで作る余裕があるのですか?」
「それはそのまま言葉を返すぜ」
横から草分工場長が炒木を制する。
「俺たちは、家で仕事をしてもらっているから、作業員は調整次第で確保できる。それに原材料は新たに仕入れられる。だからこそ粉の製造を受け入れる余地がある。ただ、お前はどうなんだ?」
「……どういう意味ですか?」
「もし、お前らが粉を作るとして、原材料は他の魔道具用の素材を回すことになるはずだ。そうすると、他の魔道具を作る量が減るはずだ。そんな余裕はあるのか?」
「それは……。私たちも山野商店と契約すれば解決する話だ」
炒木は草分工場長の話にたじろいだものの、しっかりと反論する。これまでの感情的な返しとは異なり、別人のようだ。
ただ、その主張はすでに通らない。
「山野商店は、魔包魔道具だけじゃなく、新素材の話があったからこそ、若竹工場と契約してくれたんです。また、風切ノ幌についても、山野商店の力を借りて造船している場所への売り込みの話が出てきています」
「……」
「もはや、どちらが原材料を確保できるかではなく、どちらで作る方が全体として利益が大きいかという話なんです。だから、若竹工場が最適だと思います」
「……」
決着かなと思った。今回、若竹工場で魔包魔道具を作ることに意味が出るように考えた結果、本当にその通りになった。
だからこそ、他の方法で利点を出す方が難しいはずだ。
ただ、炒木は折れていなかった。
「そうですか?確かに新しい魔道具も素材も素晴らしいです。ただ、それらはまだ公式には認められていない!本当にその魔道具を工場で製造する承認が得られるんですか?ここで話しているのは机上の話です!私たちは今日!魔包魔道具を作るための機械を注文に来ているのです!先ほどまでの考えが本当に実行できると証明しなさい!」
炒木はおれを睨む。その顔は以前までの嘲笑を含んだ表情ではなかった。
それに、その指摘は的を射ていた。そこだけはこのプレゼン開始までに唯一間に合わなかった。
ただ、それはプレゼン開始前の話だ。そこは頼れる人が動いている。
カツ……カツ……カツ……
静まり返っていた部屋の外から、足音が響く。
この音は何度も聞いた。
頼れる、赤色の服に身を包んだ人の足音だ。
やがて部屋の扉が開くと、牙羅さんが立っていた。
「炒木さん、大きい声ですね。おかげで状況がわかりました。間に合ったようです」
牙羅さんは机まで来ると、バタルさんに2枚の書類を渡す。
「研究所からの連絡書です。こちらが新しい羽の素材が登録された書類。もう一つが風切ノ幌の登録を知らせる連絡書です。いずれも研究所統括長の署名が入っています」
「牙羅さん!」
「シルベ、おつかれ。よくやったよ」
「それで……」
牙羅さんは、炒木を横目で見る。
「さっき証明しろって言ってたね。これがその証明」
炒木は、まだ何か糸口を探しているのか、目が泳いでいる。
「次はそっちの番。反対にそっちで魔包魔道具を作った方が得になるって証明できる?」
「……く……ぐっ!後少しで……!クソぉ……」
炒木は頭を抱え、机に突っ伏したまま動かなくなった。
「……なさそうね。それじゃあ、四組会の方。進めて」
牙羅さんはおれの横に座る。
オホンと咳払いをした後に、バタルさんが立ち上がる。
「それでは。特に反対もなさそうなので、今回は若竹工場にて魔包魔道具の製造を依頼するとして、最終決定します。草分工場長、よろしくお願いします」
「おう……はい!任せて下さい!」
「よっ……しゃーー!!」
おれは思わず声を上げていた。
横の草分工場長と目が合う。
「やりましたね!草分工場長!」
「おう!お前たちのおかげだ!これで工場の奴らも食わせてやれるし、ナタも喜ぶ!」
握手を交わす。草分工場長は汗だくだ。相当緊張していたんだろう。
ただし、表情は晴れやかだ。
「牙羅さんもよく間に合いましたね」
「木蓮所長が統括長を捕まえててくれてね。たまには無茶を受けてもらいましょうって楽しそうにしてた」
何それ、怖い。
木蓮さんが怒った時は統括長もたじろいでたから、きっと快く協力してくれたんだろう。
そう思っておこう。
「少しいいですか?」
振り向くとバタルさんが草分工場長に話しかけていた。
「なんだ?」
「今回は弁柄組と対立の様になってしまいましたが、原材料がない等特殊な環境が重なっただけですので、遺恨は残さないようにお願いします」
「……あぁ。もちろんだ。炒木にこれ以上何か言うつもりはない。一緒に工場地区を盛り上げていけたらと思う」
「ふっ。一緒にですか。随分と余裕の回答ですね、草分工場長。私は言うことがありますよ」
2人の話が聞こえていた炒木が、顔を上げながら口を挟む。
咄嗟にバタルさんがたしなめる。
「炒木工場長。やめてください」
「……一言だけです。草分工場長。私はあなたを工場長とは認めません」
「炒木工場長!」
遺恨を残さないように促していたにも関わらず、草分工場長を非難したことで、バタルさんが声を荒げるが、炒木はむしろバタルさんを制止しながら立ち上がる。
「私は!百人以上の従業員がいる工場を任されてる立場がある!仕事が必要だ!だからこそ、仕事を得るために下げたくない頭も下げ、奔走した!」
炒木は、草分工場長に詰め寄る。
「それに比べてお前はどうなんだ!今回の解決はほとんど研究所のおかげだろう!お前自身の成果じゃない!運が良かっただけじゃないか!」
炒木の左右にいた弁柄組の作業員は、バタルさんの視線を受けて炒木を止めに入る。
ただ、炒木は止まらなかった。
両肩を押さえられながらも、前に出ようとする。
「だから、私は認めない!今回の魔道具を若竹組で作ろうが構わない!ただし!お前に工場長として私が劣っていたからじゃない!一緒に盛り上げるだと……!勘違いして対等に話しかけるな!」
最後の一言に怒りを覚え、おれが動こうとしたのと、バタルさんが炒木を叱責しようとしたのは同時だった。
「てめぇっ!」
「炒木さん!いい加減に——」
ばぁぁーん!!
突然の大きな音に、おれは動きを止める。
バタルさんも驚いている。
音の先では、
牙羅さんが、おれも知らないもう一枚の書類を机に叩きつけていた。




