月燈班 羽の使い方
———プレゼン当日 月燈
山野商店と若竹工場の契約書から、真っ赤な顔をした炒木が顔を上げる。
「何故、こんな契約が……!」
「わかったか?これで、素材が無いから弁柄組でしか作れないなんて理由はもう通用しないんだよ!」
草分工場長の圧力に一瞬だけ炒木が怯むが、すぐに目を見開く。
「くっ。何を偉そうに!原材料など問題の一部でしかない!それに新しい素材に新しい魔道具だと……!欲をかいて墓穴を掘りましたね!新しい素材の情報などどこにも無い!」
言われた草分工場長は至極冷静だ。
「確かに新しい素材を使った魔道具ができてるんだよ。風属性のな」
「だから証拠を見せろと言ってるんですよ!口だけなら、なんとでも言える!!」
「……わかったよ」
「!?」
炒木は、草分工場長が同意したことに心底驚いたようで、口を開けたまま固まっている。
「なんだよ?お前が証拠を出せって言ったんだろ?出してやるよ」
「……出せるのですか?何を?」
「開発品自体に決まってるだろうが」
草分工場長の言葉に合わせ、折り畳んだ布を机に置く。
絨毯のようにも見えるその布は、端から羽が覗いていた。
「これが、工場地区や全ての生活に影響を及ぼす可能性のある新しい魔道具です」
——プレゼン六日前 月燈班
「討伐隊が使うものを考えた方が反応がいいと思います!討伐隊の補給に関わるものにしましょう!」
「だ!か!ら!最初からそんなに用途を絞ったら応用が効かないって言ってるよね?まずは大雑把に考えるんだよ!」
若竹工場には、牙羅さんとおれの声が響いていた。
昨日ナタの作った箒によって風ホロ羽の新しい素材が見つかった。その素材を使った魔道具を考えなければいけない。
今日は夕顔と火花野さんは、7室に行っているはずだ。もう一箇所行くみたいだが、場所は聞いてない。なんでも、おれが集中できなくなるかららしい。どういう意味なんだろうか?
「大雑把って?」
「まずは風で困ってることがないか、考えようか?」
「困ってること。やっぱり何かが飛ばされてしまうことですかね」
「いいじゃん。そういうざっくりしたところから始めるってこと」
実家の宿屋での出来事を参考にしようと、机の近くを歩き回る。
「えっと……。やっぱり畑とかですかね。風でやられる作物は多かったので」
「そうだね。そこに間違いなく需要はある。他には思いつく?」
「あとは、屋敷林でしょうか?家を風や雪から守るやつです。おれの実家にもありました。あれの代用とかもありえますか?」
「ありえるね。防風生垣や海岸や川沿いの防風林なんかもある。木を植えられない場所でも、それに近い役割を果たせる」
言われてみると川沿いにも確かに木が等間隔で植えられている。あれも、その役割だったのか。
意外と思いつくのが面白く、さらに歩きながら思案を続ける。
「ねぇ。なんでそんな動いてんの?」
「最近ユウガオに指摘されて気がついたんですけど、考えごとするときに歩き回る癖があるみたいで」
「目障り。そこに座って」
「……はい」
牙羅さんの近くにある椅子に座る。歩きながらの方が集中できるんだけどなと思うが、そんなことは表情にも出してはいけない。
おれは既に牙羅さんがどんな人か学んだからな。
「屋敷林とかの考え方は人にも当てはまるね」
「人ですか?あぁ。防寒具」
「そう。寒いときに風を防ぐために着る防寒具にも使える」
冬は寒いし風も強い。ただ、風を防ぐだけで体感的な寒さが激減することは経験上知っている。
「そう考えると、新しい魔道具の案は結構思いつきますね」
「そうね。それだけ今回見つけたこの羽が凄いってことね」
「それなら、なんとかなりますね」
「そうでもないよ」
羽を指先でクルクルと回しながら、眉間にしわを寄せる。
「なんでですか?ちょっと考えただけでも役立ちそうなものが浮かぶんですよ?」
「魔道具を作るだけならね。でも今回は違う」
「……今回は新しい魔道具を作ることで、工場拡張の必要性を……」
そうか。普通の魔道具じゃダメなんだ。
「そっか。今回は誰もが納得する価値がないとダメってことですか」
「相変わらず理解が早いね。今回は、作っただけじゃダメ。実際に売れると証明する時間もないんだから、誰が見ても需要があると思えるものじゃないと」
「それはわかったんですけど、それでも畑を守るってみんなの食料に関係するじゃないですか?」
「まぁ、そうなんだよ。理屈はね」
机の上に置いてあるナタの箒を持って、羽部分を撫でながらこっちをみる。
「それを自分に関係してると捉える人は少ないだろうね。結局自分が直接触ったり、関わったことじゃないと自分とは関係ないと考える。そんなもんさ」
納得はできなかった。おれの町で畑に被害が出ようものなら、町の全員で対策するくらいの事件になる。
その場合、気にしないその人は何を食べるのだろうか。
「はっ!納得してない顔。まぁしなくていいよ。そういう人もいるってこと。それよりも、今は……」
触っていた箒の柄をおれに向ける。
「魔道具を考えることが先」
「あぶね!……そうですね」
顔に当たりそうでヒヤッとした。向けられた柄を掴む。
そのまま、バサバサと箒を振ってみる。
「風が起きないうちわとか需要ありますかね……」
「それ、なんのために振るのよ。ないでしょ」
「そうですよねー」
そのまま振りながら、魔力を流したり止めたりしてみる。
手持ち無沙汰だったから、適当に振っていただけだ。
だが、手には妙な違和感が残った。
「うん?」
「なに?」
「いや、なにか違和感が……」
今度は魔力を流して振り、止めて振る。それを繰り返してみる。
「振るときの力が違う……。そうか!風を弱めるってことは、当たる風だけじゃなくて、動いたときに受ける風の抵抗も弱めるのか!」
おれは箒を牙羅さんに渡す。牙羅さんもおれがやったように箒を振ってみる。
数回振って動きを止めると、箒をじっと見つめる。
「……確かに。そういうことだろうね」
「ですよね!ということは、別の使い方も考えられる!」
「そう。動いているものが受ける風の抵抗を弱くできる」
「今思えば、この箒はどちらかといえば、その効果ですね」
「振ったときに生まれる風まで弱めているから、そうだね」
つまり、最初からこの箒はその使い方を示していたわけだ。
ナタの箒、凄いな。
「この箒、新発見の塊ですね」
「ね。ナタの作ったものは凄い。また褒めてあげないと」
昨日ナタは牙羅さんに褒められてから、牙羅さんに懐いており、帰り際に服を掴んで止めようとしてしまったくらいだ。
ちなみに、その結果、牙羅さんが泊まると言い出してしまったので、おれらが牙羅さんの服を掴んで連れ出すことになった。
「そうすると、動かすときに風の影響を受けるものといえば……」
「馬車ね」
「ですね」
おれもそう思った。馬車の荷台部分はもろに風の影響を受けるはずだ。
「この羽を馬車の前面につければ、馬の負担が減りますよね」
「いや。馬車の速度だと正面からの影響はそんなにない。それよりも横風を弱くできるのがいい」
「そうすれば、風で荷物が飛ばされたり、荷車が倒れたりするのを防げる。積載量が増やせるってことですね!」
「そう」
それなら、誰でも影響を受けるはず。食料が届く、届かないの違いは大きい。
ただ、牙羅さんは眉間にしわを寄せていた。
「結構良いと思うんですけど、まだダメそうですか」
「え?いや?良いんだけど、多分そこまで積載量増やせないかもと思って」
「でも、荷物を高く積んだらその分増えるんじゃ……」
「ある程度はね。ただ、高く積むと、それだけ倒れやすくもなる。風じゃなくて、曲がる時とかね。だから高さを出すなら横にも広げる必要がある。山みたいにね」
高く荷物を積んだ様子を想像してみる。確かにバランスが悪そうだ。
その分横に広げると……
「なんか、重そうですね。馬が引けなくなりそう」
「でしょ。確かに効果は期待できるけど、劇的にはね」
「馬車みたいに荷物を運べて、もっと積めるようになれば喜ばれるもの……」
馬車以外だと、人。
人以外だと……。
「まぁ、馬車で行こうか。道には馬車以外に荷物を運ぶものは通らないし」
「道には……。道以外だと……」
箒が目に入る。
ナタを思い出す。
そして、溺れた水路を思い出した。
「船だ!」
おれは工場の端にある双輪船を指差す。
「船?……船!水路で荷物を運ぶ船ね!」
「そうです!あれなら多少横幅を広げられるし」
「水辺の強い風を恐れて、荷物を高く積めていないけど、少なくとも今よりは高くできる。運搬量はそれだけでも相当上がるか。いけるね」
牙羅さんの眉間のしわが消えた。ようやく方向性が決まった。
「さっそく羽を貼った布を被せて船を走らせましょう!試作だ!」
——数時間後
ナタを助けた川沿いにて。
「うわ、まてまてまて、そっちにいくなって……あっ!」
バシャーン
「うーん。やっぱその形はダメそうね。シルベー。早く上がってー。次の形状いくよー」
月燈班は、未だ前途多難だった。




