夕顔班 観察眼
「あらためて、ようこそお越しくださいましたー。火花野さんは一昨日ぶりですねー。夕顔さんは初めてですかー?」
「あっ。はいっ!お客さんとしては何度か!」
「そうなんですねー。ありがとうございますねー」
店の奥にある重厚な扉を抜けると、花の香りが漂う豪華な部屋に通された。
壁際には骨董品や掛け軸、絵まで飾られている。絶対に高い。
椅子はふかふかだけど、全く気が休まらない……。
正面の山野このみさんをチラッと見る。
第1研究所の室長という肩書きを持ちながら、山野商店の方針立案にも関わっているというとんでもない女性だ。
火花野さんと旧知という関係が無ければ、会うこともなかったと思う。
髪はツヤツヤで、綺麗な服を着ていて、まるで別世界のお嬢様だ。
ただ、のまれてばかりじゃダメ。
「それでは、火花野さんとこれまでお話ししていた魔物素材の供給に関するお話をしてもよいでしょうか?」
「はいー。どうぞー」
彼女、というよりも山野商店と、素材を卸してもらう契約を結ばないといけない。
火花野さんは、私たちが報告書を出した頃から、研究所の素材不足を見越して山野商店と交渉していたらしい。
魔包魔道具の優先提供を条件に話はまとまりかけていたものの、このみさんが最後の最後で難色を示し、契約できずにいるという。
「条件は釣り合ってると思うんだよ。ただ、このみの求めている最後のひと押しが読みきれないんだ。今回、若竹工場の素材もお願いすることになって、より見極めが難しくなる。だから、夕顔もこのみが何を求めているか良く観察してくれ」
これが打ち合わせ前に火花野さんに言われたことだった。
火花野さんにもわからないことが、私が入ったところで変わるとは思えないけど……。
とにかく頑張るしかない。
「実は昨日までと状況が変わりまして、素材の追加をお願いしたいと考えています」
「なるほどー?どのくらいですかー?」
「こちらに追加分とそれに伴いこちらからの条件も変更してまとめてあります」
条件を変更した契約書を差し出す。
「……条件は妥当ですねー。ちなみに、何故若竹組の工場に素材が必要なんですかー?」
「魔包魔道具量産のためです」
「へぇ……?昨日まで火花野さんは量産に関することは教えてくれなかったんですよー。幼馴染なのにひどいと思いませんかー?」
「……さっき夕顔が言ったように状況が変わったんだよ。だからこそ、こちらからの条件も上乗せしてある」
「みたいですねー……」
もう一度書類に視線を落とした後、いつも一緒にいる黒服の人と、何か話し合っている。
「この量であれば、準備することはできますー。だけど、そちらからの条件が魔包魔道具を増やすだけだと、少し物足りないですねー」
「そうですか……」
精一杯の条件だったけど、やっぱり手強い。できれば、新素材の話は避けたいし、他に提示できるものは……。
私が考えこむのを見て、このみさんは机の上のお茶に手を伸ばす。おそらく紅茶だろう。家では見たことがあるが、高いから普段は飲まない。
「……」
誰も喋らない気まずい時間が流れる。
すると、火花野さんが「わかった」と決意を込めて呟いた。
「その条件に加えて、新しく発見した素材の情報も提供する」
「ち、ちょっと!とら……じゃなくて火花野さん!」
それ言っていいの!?
事前に隠そうと相談していた事を、まさか火花野さんから言うと思わなかった。咄嗟に声をあらげてしまった。
正面を見ると、コップに口をつけながら、剣呑な雰囲気を放っていた。
その目は何故か発言した火花野さんじゃなくて、私に向けられている。
……え?なんで?
このみさんがコップを置いて、咳払いをする。
「……少し整理が必要ですね。一つずつ聞きましょう」
「……はい」
なんか口調も変わってる。こわぁ……。
「まず、夕顔さん」
「はい!」
「あなたは、普段火花野さんのことを、下の名前で呼んでいるのですか?」
「はい?」
見当違いの質問に頭が真っ白になった。質問の意味がわからない。
「先程、とら……って名前を言いかけたでしょう?」
「あぁ。1室の月燈くんが最近そう呼び始めて、それをずっと聞いてたので、釣られて口走ってしまうんです」
「それでは、普段は呼んでないと?」
「はい。火花野さんって呼んでます」
火花野さんに視線がうつる。
「火花野さん、本当ですか?」
「あぁ?そうだな。月燈にもやめろとは言ってるが……」
このみさんは、じーっと火花野さんを見つめた後、剣呑な雰囲気が霧散する。
「そうでしたかー」
「おいおい、このみ!そんなことどうでもいいだろ!」
「そうですねー。呼び名なんてどうでもいいですねー。じゃあ私もいつも通りトラオくんって呼びますね」
「別に問題ないだろう」
ふふんと私に勝ち誇ったかのような表情を向ける。
うーん……。
思うことはあったが、話を進めることにした。
「それで、他に聞くこともあるのでは?」
「そうですねー。とらおくんが言ったことも当然気になってますー。新しい素材ですか?」
「……そうですね。私たちはそれを発見しました」
このみさんは、手を合わせて笑顔になる。
「新素材ですかー? 最近、新しい魔物が見つかったとは聞いていませんが、どこで?」
「悪い。まだ検証中で、本来は外に出せない情報なんだ。勝手に言ってすまないな、夕顔」
珍しく火花野さんが狼狽していた。
弱った様子の火花野さんは珍しいなぁ。
「ぬぐっ……!」
前髪を垂らしながら、うなだれている火花野さんをみていたら、正面から何かを堪えるかのような謎の声が聞こえた。
見ると、このみさんは両手で顔を覆ってプルプル震えている。
黒服のお付きの人は、明らかに様子のおかしいこのみさんに対して無反応だ。
二人は幼馴染。
十分な条件にも関わらず、ダラダラ続く交渉。
このみさんの一連の反応。
やっぱり、そういうことなのかな。
「このみもわかってるはずだ。今おれが出した情報がどのくらい価値があるかを。それをこのタイミングで話したんだ。当然先行してサンプルを回すのもやぶさかじゃない」
深呼吸をして落ち着きを取り戻したみたいで、覆っていた手を机の上に戻す。
「ふう……。そうですね。ただその素材が私たちにも有益なのかはわからない……」
「有益だ。間違いない。あの効果は第1研究所も間違いなく欲しいはずだ」
「まぁ……とらおくんがそこまで言うなら、そうなのでしょう。えーと、でもー……」
「また、それか……。一体後は何が欲しいんだ?教えてくれないと話が終わらない!」
「何が欲しいかというと……。うー」
顔を赤くして、目を泳がせている。
多分、私の予想は合っている。それならなんとなく道筋は見えた。大丈夫。やれるはず。
その話をするためには、まずは邪魔ものを排除しないと!
ピシャー
私はコップからお茶を飲むふりをして、私のシャツに盛大にこぼした。
「あぁ!お茶をこぼしちゃいました!」
「……何してんだ、お前?」
火花野さんが呆れた顔をする。
「着替えたいので、火花野さんは外に出てください!」
「はぁ?着替えなんて持ってないだろ」
「いいから早く! 黒服の方もお願いします!」
私は不安な気持ちを隠しながら二人を見た。正面に座っていた二人は、私がわざとこぼしたのがしっかりと見えていたはずだ。
あとは、のってくれるかどうかだけど……。
「……。彼女に何か拭くものと、着替えを持ってきてあげてくださいー」
「かしこまりました。火花野様、私はこのみ様から離れられないので、従業員からもらってきてくれませんか?わたしは壁を向いていますので安心してください」
「……わかったよ」
火花野さんが部屋から出ていく。
よし!無茶苦茶だったけどなんとかなった。
ここからが本番だ!
「さて。とらおくんを排除してまで何を話したいんですー?」
口調はお淑やかだけど、目が笑っていない。
「まずは、お礼をしたいなと思いまして」
「お礼?なんのことですかー?」
「先日、飛脚靴を貸してくださったことです」
「あー。いえいえー。同じ研究所ですからねー。助け合わないと」
「それでも感謝してるのです。あの時、体調が悪いなか、飛脚靴を届けてくれて本当にありがたかったです」
「私って体調が悪かったでしょうか?」
「……?ええ。確か、火花野さんが肩を叩いた後に、ふらっと倒れたから、てっきり体調が悪いのかと」
「ぶふっ!」
突然、扉に立つ黒服の人が吹き出す。
今笑ったのだろうか?
「あー。確かに少し体調が悪かったです。ええ。たった今思い出しましたー」
「そ、そうですよね。その時に思ったんです。このみさんと火花野さん、お似合いだなーって」
「……え」
「息ぴったりだなというか。靴を受け取って、研究所に戻ってきた火花野さんも満足そうな顔してたんですよ」
「……な、なるほどね。へぇー……。満足そうに。へへぇ〜」
このみさんの口角がピクピクしている。口はニヤけるのを我慢できているみたいだ。目は我慢できていないけどね。
「その上で、今回の話なんですけど、これで終わりでいいのかなって思っているんです。せっかく第1研究所とお話しできてるのにもったいないなって」
「……続けて」
「だから、魔包魔道具等に関して、共同開発をしたらどうかと思っています。その相手に相応しいのは一人かなって」
「共同開発!その手があった!!……はっ!」
もう確定だ。
このみさんは、火花野さんが好きなんだ。
だから、少しでも長く仕事を一緒にするためにゴネてたんだろう。なんともな話だけど、そのおかげで追加交渉できているから、結果的にはよかった。
その時、扉の外から声が響いた。
「おい!今の声はなんだ!入るぞ!」
火花野さんがさっきのこのみさんの声を聞いて入って来ようとしている。
まずい!
火花野さんがいないうちに話を決めたいのに!
ふと、助けを求める様にこのみさんを見ると、真剣な面持ちで頷く。
「山陰!」
「承知しました。このみ様」
扉が開くと同時に、山陰と呼ばれた黒服の人が、火花野さんを部屋の外に体で押し出す。
「火花野様。議論が白熱してきまして、お茶を入れ直したいと思います。お二人で今話が進んでますので、火花野様はお手伝いをお願いします」
「なんでだよ!俺一応お客……山陰さん、力強いなっ!待て!わかったから押すな……」
バタン
火花野さんを再度追い出すことに成功した。
とんでもない力技だったけど、まぁ大丈夫でしょ。
このみさんも、落ち着いた様子だ。
「ありがとうございます」
「いえ。それより共同開発でしたか?それで、相応しい人がいると言ってましたが……」
「はい。私は火花野さんが相応しいと思っています」
「……一応理由を聞いても?」
「第1研究所に一番詳しくて、共同開発も行える人物となると、火花野さんが適任です」
「確かにそうでしょうね。ただ、あなたの一存でそんなこと決めていいの?」
口調が全く違う。こっちが素の話し方なんだろうか。
最初のかわいらしい話し方も好きだけど、こっちの方が話しやすい。
「はい。火花野さんは魔道具開発の課題を受けていると聞いていますし、それに飛脚靴の時に、お礼しないと的なことを言っていたので、反対もしないと思います」
「お礼……ふふ……そうですか。それなら、共同開発については、覚書だけ追記して書いておいて、別途研究所の方で話を詰めましょう。山野商店の契約はこの内容で良いので、署名をしてしまいましょうか?」
「そうしてもらえると助かります」
私は先ほどの新たな契約書を受け取り、覚書として、別途第1研究所との共同開発が契約成立の前提条件であり、その参加者として火花野さんを推薦すると記載した。
このみさんに書類を渡す。
「……良さそうですね。この推薦というのは?」
「火花野さんが選ばれたのは、あくまでもこちら側からの提案だと示すことが重要だと予想しました」
「なるほど。夕顔さんは、相手の要望を見抜くのが得意なんですね」
このみさんは、契約書に署名する。
やった!成立しそう!
心の中で上手く行ったことに安堵していると、最後の一文字を書く前にピタっと動きを止めた。
「最後に確認なのですが……、夕顔さんの男性の好みは?」
「……同世代以下です。年上に興味はありません。それに……」
目の前の強気ながらも、不安な表情を見せる女性を見つめる。
全く、こんなに可愛い人に好かれてるのに、鈍感なのは罪だよね。
というか、優秀な女性上司と平の開発担当の恋愛とか、私の枯れそうになってた乙女心が溢れてきそうだ。こんな面白い状況、お金を払ってでも最前列で見たいに決まってる!
「それに、私は本当にお二人がお似合いだなと思ってます。なので、何かあれば協力したいし、火花野さんに変な虫がたかっていたら、その情報をお伝えする役目もできるかなと」
止めていた手を動かして、最後の一文字を書き込む。
そして……
パチパチパチ
「素晴らしいです。夕顔……いや、親愛の気持ちを込めて灯火さんと呼ばせていただきます。あなたのような慧眼の持ち主を私はずっと待ち焦がれていました」
「それじゃあ、今回の契約は……」
「もちろん、これでほぼ成立です。今後ともよろしくお願いしますね」
◇◇◇
——契約書に署名をしてから数分後
「また来て下さいねー」
店から出ていく、とらおくんと灯火さんを見送る。
「よかったのですか?このみ様」
「何がです?」
「契約書にあんなに簡単に署名して」
「……正直、条件は提示されてた分でほぼ元は取れてます。後のは全ておまけです」
「ですが、共同開発の実現を確認してからでも。それに本当に役立つかわかりませんが……」
「契約とは信頼です。署名したのは、ここまで署名を先延ばしたことへの誠意です。あと、共同開発は間違いなく役立ちます。とらおくんが確信してました。彼の開発者としての能力を信じます。それに新素材についてもおそらく風属性関連と予測できましたので、準備も出来ます」
「なぜ予測できたのですか?」
持っていた契約書の追加要望箇所を指でトントンと叩く。
「要望に風属性の羽が追加されてます。風属性工場なら手に入るはず。おそらく今後手に入りにくくなると考えているのでしょう。ということは、この羽は例の新素材に関係していると考えるのが自然です」
「……なるほど」
「流石に、この羽がどう関係しているかは分かりませんが……。とりあえず、羽素材は多めに確保する準備を整えておいて」
「かしこまりました」
「そして、もう一つ。近く共同開発のための打ち合わせがあるはず。それに向けて……わかってるわね?」
「美容室は既に手配をかけました」
「流石山陰ね!うぅー楽しくなってきたー」
スキップしながら、部屋に戻った。
◇◇◇
「はぁー。よかったー!」
私と火花野さんは、話し合いが終わって、山野商店を出た。なんだか、外が明るくなった気がする。
「なぁ、そろそろ教えてくれよ。俺が戻ったら契約が成立してたんだぞ?」
「共同開発がしたかったみたいですよ。火花野さんなら適任ですし、課題もあるからちょうどいいじゃないですか」
「それなら、最初から言ってくれればよかったのにな」
何言ってるんだ、この唐変木は。そんなこと、恥ずかしくて向こうからは打診できないに決まっているでしょ。
あんな綺麗な人に好意を向けられてるくせに、この男は……。なんだか腹が立ってきたよ。
こうなったら、意地でも二人をくっつけますからね!
「全部、私の慧眼のおかげですからね!感謝してください?」
「そうだな。助かった。これで俺たちは素材の検証をするだけだ。後は、あの二人だな」
そう。私たちの山場は超えた。後は、月燈くんと牙羅さんが新しい開発品を間に合わせることができるかだ。
「そうですね。きっと大丈夫です。月燈くんの土壇場の発想は凄いですから!」
だから頑張ってねと、同世代の開発者に思いを馳せた。




