魔道具は誰の為
おれは若竹組の工場にナタを背負って戻った。ユウガオには、皆を呼びに行ってもらっている。
夜の工場地区は、水路の水音と荷車の音が響き渡り、昼間の熱気や喧騒がなくなっている。
道中で、ナタは一言も話さなかった。
工場では、ナタの母親が道の真ん中で佇んでいた。
こちらに気がつくと、母親はナタを抱きしめ、何か言おうとするのを抑えながらお風呂に連れて行った。
「月燈さんも」と気を遣ってもらったが、適当な着替えだけ貸して下さいと答え、部屋でユウガオ達を待つことにした。
部屋に入ると、藤園室長がパンを食べながら、優雅に過ごしていた。
「藤園室長…………。だいぶリラックスしていますね」
「そうだね。みんなの連絡を待つ役目だったから。焦ってもしょうがないよね」
「はぁ」
「月燈くんが見つけたらしいじゃないか。大活躍だね。疲れてるだろうから、君も食べなよ」
もぐもぐと口を動かしながら、カゴに入った大量のパンの一つをこちらに差し出す。
混乱しながらもパンを受け取る。
「これは?」
「工場の従業員が、遅くなるからって厚意でくれたんだ。ありがたいよね」
もしかしたら、初日に石臼を引いてくれた人かもしれない。実家がパン屋だから、石臼が使えると楽しそうに言っていた。
パンをひとかじりする。
「美味しい」
「やっぱこの街のパンは質がいいよね。これ、研究室まで持ってきてくれないかな」
「食堂のパンも美味しいですよ」
「そうだね。でも行くのが面倒じゃないか」
藤園さんの前に席に腰掛ける。
「せっかく工場に来たのにこんなことになって残念でしたね」
「そうでもないさ。待ってる間に、こうやって羽はいくつかもらったし、羽毛部分なんて袋いっぱいだよ」
足元に置かれた袋を嬉しそうに叩く。
「それならよかったです」
「それに、ナタくんが見つかった今だからこそだけど、なかなかに刺激的な体験ではあったからね。それにこの素敵な部屋にも出会えた。満足だよ」
藤園さんは、壁にかけられた羽飾りに顔を向ける。
頬を緩めながら、立ち上がる。
「聞くに、これはナタくんが作ったらしいね。素晴らしい素材への愛だ。どうすれば美しく見えるかを本気で考えたんだろう。素材も喜んでいるよ」
羽飾りに近づきながら、愛おしそうに藤園さんが語る。
「分かります。おれもこの部屋に入ったときは感動しました。素材の魅力が一目で分かる」
「おや。月燈くんも素材に敬意を表しているタイプなんだね。それは良い発見だ。やはり来た甲斐があったよ」
藤園室長は、髪をかき上げながら、ニヤリと口角を上げる。話し言葉は幼いが、仕草は大人だ。
その時、扉が開く。扉の隙間から、ナタの母親が申し訳なさそうな表情を覗かせていた。
「すみません。月燈さん。少し相談が」
ちらりと藤園室長を見る。
「行ってきなよ。他の人には説明しておくからさ」
「ありがとうございます。今行きます」
部屋を出ると、お母さんの足元にはナタがいた。
風呂上がりなので、頬は火照っているが、目線を落としている。
「ナタがね…………何も教えてくれないんだよ。どうしてこんなことしたのかをね。そうしたら、シルベ兄ちゃんと話したいって…………」
ナタを見ても表情は変わらない。ただ、母親の裾を握る手には、ひどく力が込められていた。
「分かりました。それじゃあ……作業場でも行くか」
こくりとナタが頷いたため、二人で作業場へ向かった。
暗かったので、入り口に置いてある手持ちの蛍火ロウソクをつけた後、石臼前の広い場所に灯りを置いて、地面に腰掛けた。
ナタもその横に座る。
横並びになって石臼を眺める。
「あの部屋の羽飾り、綺麗だよなぁ」
「え?」
想像していた話と違ったのだろう。不思議そうな顔をこちらに向ける。
「さっきな。あの白衣のお姉さんと話してたんだよ。綺麗に並べられてるなって」
「うん。父ちゃんに綺麗な羽をもらって、飾りにしたら綺麗かなって」
「綺麗だったぞ。まるで絵みたいだった」
こちらを真剣な眼差しで見つめる。
「一番上手くできたやつを飾ったの。そうしたら……」
「売れるって、思ったのか?」
こくり。
「何で売りたかったんだ?」
「なんで?」
「えーと……売ってお金が欲しかったのか?」
ぶんぶん。
「え?お金が欲しかったんじゃないの?」
「ナタはあってもなくてもいい」
「……金ズルが来たとか言ってなかったか?」
「……金ずるの意味しらない」
あれ?じゃあ何であの場所にいたんだ?
「ナタはね。仕事を作りたいの」
「仕事を?」
「そう。シルベは仕事を持ってきてくれたんでしょ?」
「そうだな」
「だから凄い。ナタはずっとそうしたかったから……」
ナタは三角座りで下を向く。
何だろう。何かズレている気がする。
お金を稼いで、草分工場長を助けたかったんじゃないのか?
「どうして仕事を増やしたかったんだ?」
「……父ちゃんがね。喜ぶの」
「草分工場長が?」
「うん」
ナタは作業机の方へ視線を向ける。
「工場。人少ないでしょ」
「ん?確かにそうだな」
言われて考えてみる。
いつも作業をしているのは、三十人くらいだ。
この人数で要求を全てこなしているとは思えない。
少な過ぎる。
「父ちゃんは、歩くのが辛いおじいちゃんや、動けない人、働かないといけないお母さん。そんな人達に仕事をあげてるの」
「あぁ。だから工場にはお年寄りが多いんだろ?」
それは初日に聞いた。
「違うの。本当に家から出れない人」
「家から?」
「うん。父ちゃんは毎朝材料をいくつかの家に届けてるんだよ。それで、夕方にできた魔道具をもらうの」
頭を殴られたような衝撃だった。まさか、本当に動けない人にまで仕事を回しているなんて知らなかった。
作業場の入り口の扉が開くのが見えた。
特に気にすることなく、ナタの顔を見る。
「それは……凄いな」
「うん。父ちゃんは凄いの!仕事をもらった動けない人は、みんな父ちゃんの事凄いって泣くの。ありがとうって。何回も何回も。まだ働けるんだって。役立たずにならないって」
何となく見えてきた。ナタが何を守りたいのか。
「それなのに……!」
ナタの目が強くなる。手にはボロボロになった箒が握られている。
「あの悪い人は、父ちゃんから仕事を取ったの!これならもっと仕事を回せるって喜んでた父ちゃんの仕事を!でも……!」
ナタの目に涙が溜まる。
「でも父ちゃんは諦めちゃった!シルベも!それなのに、父ちゃんはあの悪い人にごめんなさいしてた!」
ナタはもう涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「なんで、みんなでいじめるの!!父ちゃんは凄いのに!何人も助けてるのに!何で!」
手に持ったホウキを床に何度も叩きつける。
「だからナタが助けるの!でも、羽は落ちてないし、お水に落ちるし。ナタは……。父ちゃんを助けられなかったの!だから……!何で……!う、うわぁぁぁぁん!お父ちゃぁぁぁぁん!!」
ナタは大声で泣き叫んだ。水路に落ちても泣かなかったナタが、声を上げて泣いている。
「うわぁぁぁん」
ようやくわかった。何で、こんなにもナタが気になるのか。何で、ナタのいる場所がわかったのか。
ナタは昔のおれだ。
おれは、親父の凄さを知って欲しいのに、周りは知ろうともしないことが、我慢できなかった。
だから、魔道具を作った。親父のことを知って欲しかったからだ。
そんなナタを、無意識に昔の自分と重ねていたんだ。
お金とかじゃない。
きっとナタは。
ただ、大好きなお父さんの凄さを。
お父さんの居場所を。
お父さんの尊厳を。
守りたいんだ。
おれは決断した。
考えをまとめながら、ナタが泣くのを静かに見つめていた。
◇◇◇
やがて、ナタは泣き疲れて、もたれかかって寝息を立て始めた。
作業場の入り口の方を見る。
「おーい。もう出てきていいぞ」
すると、入り口近くの荷物の影から、ユウガオ達と草分工場長が出てきた。
草分工場長は目を真っ赤に腫らしている。何故か、ユウガオも。
「怒るのは後にして下さいね」
「……あぁ。ぐすっ」
「おれとユウガオが見つけた時、ナタは羽を探してました。さっきの話は本当だと思います」
「……疑ってねぇよ。嘘かどうかくらいわかる」
草分工場長は、ナタに近づいて抱き上げる。
「布団に連れて行く。風邪ひいちまう」
「そうですね」
そう言うと作業場から出て行く。
扉が閉まる。
「牙羅さん」
「何?」
「おれの考え、聞いてくれます?」
「だから何?」
牙羅さんは腕を組んで、作業机に腰掛ける。
「おれは、草分工場に魔包魔道具を作って欲しいです」
牙羅さんは眉をひそめるが、何も言わない。
「最初、炒木に魔道具を作りたいだけと言われた時は、何も言い返せませんでした。その通りだと思ったからです」
炒木に言われたことを思い出す。おれが何も言い返さなくて、ナタは苦しかっただろう。
「ただ、魔道具を作る現場を見た。作り方を見た。そして……」
ナタを思い返す。
「作る人を見た。おれは魔道具は使う人のために作るものだと思ってました。考えが……足りませんでした」
作業場を見渡す。机には工具の他に、各々の好きな絵が飾ってあったり、すり減った工具が置かれている。
「魔道具は作る人の為にもなっていたんだ。その人自身や、その家族のために必死で作っていることまで、意識できていませんでした」
立ち上がり、牙羅さんの正面まで移動する。
「おれは、草分工場長と仕事がしたい。魔包魔道具によって若竹組工場に仕事を生み出して、草分工場長のやっていることを応援したい!ナタの願いを叶えたい!」
牙羅さんに頭を下げる。
「効率は落ちるかもしれない!しかも、どうすればいいかもわからない!だから!若竹組でどうすれば魔包魔道具を作ってもらえるのかを一緒に考えてください!」
おれの声が作業場で反響した。
誰も口を開かない。
頭を下げていて周りが見えないため、少しだけ頭を上げる。
「何で私に言うの?」
牙羅さんと目が合う。
「……それは……、今回の量産化は牙羅さんと二人でちゃんと決めたいからです。おれは、自分一人で突っ走ると間違えるから……」
しばらく、目を合わせていたが、ため息と共に牙羅さんが視線を外す。
「はぁ。あのさぁ?誰が弁柄組で作ることを認めたって言った?」
「え?でも……」
「あんな風にナタを見るような工場で作らせるわけないでしょ!行きたくもない!それに……」
牙羅さんが周りを見た。
「私たちの誰も納得なんてしてないのよ」
「うん!当たり前だよ!弁柄組の人。ズルいことしてたんでしょ?いやだよ、そんなところ!」
「まぁ、いい気分ではねぇな、あの炒木ってやつが喜ぶのは」
「ほら。藤園室長もですよね?」
藤園室長は、おれの方を見る。
「第2研究所は、『魔道具開発は人類存亡の要』という理念を提唱してるよね?それなら、魔道具開発を仕事ができない人に回すのは、理念通りだよ。何の問題もない」
牙羅さんは腕を組むのをやめて、おれの胸ぐらを掴む。
「ぐだぐだしてる暇なんかないから。ちょうどいいことに、ここにはいろんな人材が揃ってる。だから、あんたのお願いとか愚問だから。シルベ。やるよ。あんな奴らにでかい顔なんてさせない。明日までに方向性決めるよ!」
ドンっと押すように解放された。
横では、ユウガオが机に紙を広げる。
虎雄さんが、指示書を広げる。
藤園室長は、袋から羽を取り出す。
おれは研究所に来てよかった。
同じ目的を共有できる人がこんなにいる。
ナタ。待ってろ。
おれは、親父がいるうちに、親父を助けられなかった。
だから、ナタにはそんな思いはさせない!
机の上に魔包源を置く。
「おれたちの魔包魔道具は若竹工場で作ってもらう。やるぞ!そのための会議を!」




