炒木の提案
ユウガオと話した次の日、おれたちは若竹組工場へ向かっていた。
「それにしても、ユウガオ達の発見は完璧なタイミングだったよな。まさか、羽毛の方も素材だったなんて」
「いきなり、役立ちそうでびっくりだよ。そのおかげで、正式に風属性の工場に私達も行けることだし」
「ありがたいよね。まさか頼んだ次の日に行けることになるなんて思わなかったよ。改めて、今日はよろしくね、月燈くん」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします、藤園室長」
ユウガオから聞いた羽毛部分の素材発見は、まさに若竹組工場に必要なものだった。
昨日のうちに魔包源に使えることは確認してある。牙羅さんとも相談して、それだけじゃ足りないけど、今よりは随分とマシになると、太鼓判をもらっている。
その牙羅さんは、後ろで虎雄さんと歩いている。
「何であんたも来てんの?」
「子守だよ、子守。おれの課題は、シルベとユウガオの手伝いだからな。二人が行くなら、行かないとだろ」
「それにしても、あんたがまた開発者として働くとはね。そのうち辞めると思ってたよ」
「まぁ、それも考えたな。ただ、未練がましく残ってたらこうなった」
虎雄さんは、両手を広げる。ふっと牙羅さんが笑う。
「いいんじゃない?意外と子守も似合ってるし」
「お前は似合ってないな」
「あ?」
仲が良さそうで何よりだ。視線を前に戻す。
今日も工場地区の朝は早い。すれ違う人からは活気を感じ、荷物を運搬する水路には双輪船はないものの、荷物だけ乗った船が流れている。
「なぁ。あの水路、傾斜もないのに何であんなに流れが早いんだ?」
「えーと。確か水路の底や壁に『流水廻』って言う水の流れを作る魔道具があるの。それを連続して配置することで流れを作ってたはず」
「マジかよ。ここから見えるか……」
水路脇の塀から体を突き出して、水底を覗き込む。
「ちょっと!危ないよ!結構深くて溺れる人いるんだから!」
「……あ!あれか!あの細長いの!」
「そう!だから、危ないっ……ってば!」
ユウガオに服を掴まれ、力一杯引き剥がされる。
塀際から勢いよく引かれて、バランスを崩す。
「おおっ、ととと。なるほどなぁ」
何もなかったように、歩き出す。
「……なんか一言ないの?」
「んー?急にひっぱるなよ、あぶねーだろとか?」
「もういいよ」
ユウガオはため息をつく。後ろから藤園室長がおれとユウガオの肩に手を乗せる。
「はいはい。仲が良いのはいいから、早く行こうよ?早く羽の研究がしたいんだよ。二人は私の忍耐力を試してるの?」
「す、すみません」
藤園室長からやばい雰囲気が出ていた。流石にこれ以上ふざけるわけにはいかない。知らず知らず早足になった。
「それにしても、結構遠いんだね。人も少なくなってきたけど……」
「あぁ。若竹組工場はそこまで大きくないからな」
「そうなんだ」
「ただ、工場長の草分さんはやる気あるし、いいところだぞ。綺麗だし」
「へー。楽しみ」
工場の喧騒が聞こえなくなってきた。もうすぐだ。
「ねぇ。本当にこっち……」
「ついたぞ」
「え?ここ?」
ユウガオが建物を見て目を丸めている。腕を組みながら、二回うなずく。
気持ちがとてもよくわかる。おれもそうだったからな。
立ち止まるユウガオを横目に、工場に入る。
「こんにちはー!月燈でーす!」
……
……あれ?おかしいな。いつもなら、ナタが走り込んで来るんだが。
「入りますよー!」
「え?いいの?」
「多分大丈夫だぞ。とりあえず、作業場の方に行こう」
全員で奥に進む。本当にいないなと思った時だった。
「やり方が汚ねぇってんだよ!!」
作業場の方から、響くような声が聞こえた。
怒りが乗った声に、思わず怯む。ただ、今の声は……。
「びっくりした。今のって……」
「多分草分工場長の声だ。牙羅さん」
「とにかく何が起きてるか見ないと。作業場の扉を開けて」
「分かりました」
奥の扉を開ける。奥には、草分工場長を先頭に後ろに作業員が扇状に並んで、その手前にいる男の道を塞ぐように立っている。
手前の男の顔は、後ろ姿なので見えない。ただあのシルエットは見覚えがある。
一度立ち止まり、振り向くと牙羅さんと目が合う。
「牙羅さん。あの人は……」
「弁柄組の炒木だね。はぁ、厄介なことが起きてる気しかしないね……」
「ですね」
おれは初めて工場に来たメンツに声をかける。
「あの人は、研究所を出た時に話した弁柄組で原材料を止めてた炒木です。とりあえず、おれと牙羅さんが話すので、見てて下さい」
「シルベ。見る限り、明らかに揉め事だ。あまり入り込みすぎるなよ」
「わかっています、虎雄さん」
「わかってる顔じゃねーな」
釘を刺されたが、状況によるな、と声に出した答えとは違うことを考える。
バレてるみたいだが、現状おれを止めないようだ。よくわかってくれてる。
向こうもこちらに気がついたみたいで、炒木がこちらを振り向く。
「おや?おぉ!月燈さんに木香さんじゃないですか!それに研究所の皆さんでしたな!ちょうどよかった!」
炒木は、やけに親しげだ。何か嫌な予感がする。
おれたちは、皆が集まっている方へ向かった。
牙羅さんが前にでる。
「草分さん、お疲れ様です。お返事がなかったので、勝手に入らせていただきました」
草分さんは炒木を睨みつけたまま、うなずく。いつもの草分さんなら間違いなくやらない挨拶だ。流石に、牙羅さんも片眉をあげる。
「それに、炒木さんでしたね。弁柄組のあなたがなぜここに?」
「よくぞ聞いてくれました。未来の仕事相手に説明できるとは、嬉しいですよ」
「仕事相手?」
炒木は嬉しそうに近づいてくる。そして、持っていた紙をこちらに見せる。
「実は月燈さんが開発した魔包手袋や魔包足袋ですが、我が弁柄組の工場で作ることになりました!」
「え?」
「つきましては、若竹組の工場にも早くお伝えしないと混乱すると思って直接来ていたのです!」
内容が頭に入ってこない。牙羅さんも黙って炒木を見ている。
思わず割って入る。
「ま、待ってください!どういうことですか?」
「ええ、ええ。混乱しますよね。四組会から届いた紙がこちらです」
先ほどから広げている書類を見る。そこには、四組会から弁柄組の工場で作るように指示が書かれていた。
「何で?弁柄組は断ったんじゃ……」
「我々も忙しいんですがね。ここまで言われたら協力しましょうと、今回は受けることにしたんですよ」
ガァン!
突然の大きな音に、肩が跳ねる。振り向くと草分工場長が震えながら立っており、その下には叩きつけられて変形した金属製の器が転がる。
「何が『受けることにした』だ!その指示書には、『貴殿の要請に従い』ってあるじゃねぇか!一度断ったくせに、泣きついたんだろうが!」
「泣きついたなど人聞きの悪い。月燈さんの魔道具が素晴らしく、ご協力したいと思っただけのこと。他意などありません」
「魔包魔道具を実際に見て、売れると考えたんだろ!自分たちの作った魔道具に不具合が多くて売れないからって、こっちで誤魔化したいだけだ!」
「そんなことはありません。我々の製品が壊れたというのは使い方が悪かっただけ……。確証のない話はやめなさい」
「そういうことね」
これまで黙っていた牙羅さんが口を開く。
「炒木さん。あなたまさか、自分たちで若竹組の素材を奪っておいて、四組会には若竹組には素材を集められないからって理由を主張したのでは?」
「なっ!」
牙羅さんの予想に絶句する。こいつ、まさか自分で素材を取っておいて、若竹組には素材がないと言ったのか?
炒木を睨みつける。
炒木はニヤっと笑うと、すぐに困ったような表情を作る。
「もちろん素材集めができていないお話はさせてもらいましたよ。それが現実ですから。対して、私どもならばそんな不安もなく大丈夫だと進言もしましたね」
「そっちが取ったからだろう!」
草分さんが叫ぶが、さらに炒木が声を被せる。
「そーのー程度で!素材が入手できなくなるから不安じゃないんですか!わたしは、将来的な!話をしてるんですよ!こんな下級素材だけでできる魔道具、いったいいくら利益がでるか……」
「本音が出てるわ」
「おっと。すみません。学も品もないもので」
牙羅さんの予想通りらしい。若竹組の立場を落として、自分たちを選ばせたんだ。
汚い……!
「若竹組は、この魔道具を作るために、素材をかき集めてくれて、粉を作る方法も工夫してくれてた!それに、工場の人たちだって……」
「あなたは開発者では?」
「は?」
突然、炒木に関係ない質問をされて、思考が止まる。
「あなた方は自分たちの開発した魔道具を量産するために来たんですよね?」
「……ああ」
「であれば、原材料を自分たちだけで集められない工場に作らせるより、私の大きな工場で作る方が安心なのでは?何しに来てるんですか、あなたは!!」
「それは……」
何も言い返せない。炒木の言い分も正しいと思ってしまった。目的は量産なのだ。
「学がありませんね!あなたは魔道具が大量にできればいいんだろうが!!工場のことに口を出すな!!」
炒木が詰め寄ってきて突き飛ばされた。おれは、つまずいて尻もちをついてしまう。
「——っつ……」
「大丈夫?」
「ああ。つまずいただけだ」
ユウガオに手を借りて立ち上がる。
炒木は、その様子を見て満足そうに頷くと、草分さんの方を見る。
「分かりましたか?もう遅いのですよ。四組会からは正式に指示が出ている。開発者たちも特に問題ない」
「……そんなこと!指示書を見た時から……わかっている」
草分さんが俯き、項垂れる。周りの従業員も同じだ。
きっとおれも似たようなものだろう。
「結構。それでは最後です。草分工場長、たしか粉を作るために石臼や諸々を買いましたよね?我々が使ってあげますよ?譲ってくれますか?もちろんタダではない。買値の半分なんてどうです?」
「な……そ、それはありがたいが!半分なんて!費用を回収するための魔道具製造はなくなったんだぞ」
「それならいいです。我々は普通に買いますので。それに中古の器具に半額つけるのです。感謝してほしいくらいなのですが?」
「くそ……それなら、半額でいい」
「草分工場長。感謝してほしいと言っているのです。お願いしているのは……こちらなんですかね?」
「…………半額で買って下さい。お願いします」
「く、あーはっはっは!仕方ないですねぇ!それならば半額で買い取りましょう!」
「炒木さん。ありがとうございます……」
草分工場長は震えていた。きっと気持ちを押し殺して少しでも被害を小さくしようとしているんだ。悲痛すぎて見ていられない。
「それでは器具の状態だけでも確認を……なんですか?」
草分工場長から目を離して炒木の方を見ると、ナタが炒木の前で手を広げている。その手には、あのホウキが握られている。そのホウキはガタガタと震えていた。
「あ、あれはダメ!魔道具作るために父ちゃんが頑張って安く買ったんだ!だめ!」
「ナタ!やめろ!下がってろ」
「やれやれ。もう話はついたんですがね……。どいてくれますか?」
ナタが下を見て震えている。何するかわからない!嫌な予感がして、草分工場長に続き声を上げる。
「ナタ!下がって……」
「ナタくん!ダメ!」
牙羅さんがおれよりも早く声を上げる。
その声にまるで反応するかの様に、ナタは炒木に向かって走り出す。ナタと炒木の距離が近いため、炒木は避けられずにぶつかる。
ナタはそのまま炒木を押す。
「痛!このガキ……危ないですねぇ!」
「うわぁぁ」
ガァン!
炒木は飛び込んできたナタを、横にいなすように押しのける。ナタは転んでしまい、机の脚に自分の足をぶつける。
「いたぁいーー」
「ナタ!!」
牙羅さんと一緒にナタの元に飛び込む。ナタの足は幸い折れたりはしていなさそうだったが、打撲で内出血していた。
「危ないガキですねぇ」
「炒木!」
草分工場長が飛び掛かろうとするのを、火花野さんが後ろから羽交い締めで止める。
「はい、止まれ。流石に今暴れんのはまずいだろ」
「離せっ!」
「落ち着けって!まず子供の方にいけ!」
「!……すまない。ナタ!大丈夫か?」
ナタは痛がりながらも、頷く。
おれは炒木を睨みつける。
そんなおれたちの前に藤園室長が立つ。
「私は研究所の藤園って言うんだけど、炒木さん?これくらいで今日は帰ってくれない?みんな貴方がそんな知らせを持ってきたから混乱してるからさ。それに貴方から連絡を受けているのは正しいのかい?普通四組会から連絡もらうんじゃないかな?」
「……その通りですね。少し気がはやってしまいました。それでは、後日器具を取りに来ますので。準備をお願いしますね」
そう言うと、炒木は若竹工場から出て行った。
おれたちは、とりあえずナタを治療してからと言うことで、工場の人にナタを任せて、部屋に入る。
部屋には重苦しい空気が流れていた。
草分工場長はナタについているため、この部屋には研究所のメンバーだけだ。
「くそ!炒木のやつ!」
先ほどのやり取りを思い出す。大声で悪態をつく。
「あの人はどう見ても嫌な人。それは初めて見た私もわかる。でも、言ってることはある程度間違ってないよ。私たちは量産に来たの。だから一旦落ち着いて」
ユウガオがおれに語りかける。
「でも、おれは!この工場がどれほどこの魔道具製造に想いがあったか見てる。これが上手くいけば、働ける人も増えるはずだったのに……」
「ただ、こっちとしては安定して作ってもらう方がありがたいよね」
「藤園室長。そうなんですが……。理屈ではわかるんですが……。納得ができないんです!」
その時、扉が開いて、草分工場長が顔を出す!
「ナタは来てないか?!」
「え?いや、いないですけど」
「治療した後、おとなしく寝たと思ったら、俺たちが目を離した隙にいなくなっちまったんだ!どこにもいねぇんだよ!」




