7室での発見
「測定器の使い方か……」
「何だ?新しい課題か?」
「え?はい、そうです」
声が漏れてたみたい。火花野さんに独り言を拾われて、少し恥ずかしい。
「ずいぶんと余裕だな。7室に行くのは初めてなんだろ?」
「そうですけど、木蓮所長の話だと、魔包の話が聞きたいだけみたいですから。準備することもないです。それよりも課題です。あの測定器、何に使えると思いますか?」
「丸投げかよ。……そうだな。魔道具の魔力を測っていつ止まるかを正確にするとか?」
「そうですよねー。それくらいですよねー」
「それくらいって。お前、失礼じゃないか?」
「はぁー。どうしよう」
研究所の廊下に、足音と私のため息が響いた。昨日、課題を木蓮所長から与えられてから、何も思い付かない。
月燈くんは今日から工場地区に行くみたいで、別行動だ。ここのところ、ずっと一緒に行動していたので違和感がある。
「火花野さんは課題とかあるんですか?」
「この前、与えられたな。三つほどな」
「えぇ?三つも!?」
思わず足を止める。
「そんな驚く数じゃないだろ。夕顔だって二つくらい課題あるだろ」
「……確かにそうですね。というか、一年サボってたからしょうがないですね」
「なんか、俺に対して辛辣になってねぇか?」
「そうかもしれないです」
「シルベの影響だな。全く」
ふふっと吹き出して、また歩きだす。
突き当たりの角を曲がったら7室だ。
「それで、三つって何ですか?」
「一つは魔包の効率的な作り方、二つ目は昨日話したお前との共同課題の新型測定器の汎用化、つまり達じいじゃなくても作れる様にしろって事だな。最後に、魔道具の開発だ」
「魔道具の開発?ざっくりしてますね」
「おれは第1研究所で武器関係の魔道具しか作ったことがないからな。それ以外の魔道具を作ってみろって言ってたな。ただ夕顔の言う通りざっくりしてるからな。二人を手伝いながら考える予定だ」
「そうなんですねー」
突き当たりを曲がる。すると、すぐに7室と書いた扉が見つかった。
ここにきて少しだけ緊張して入るのをためらう。
「早く入れよ」
「ちょっと待ってて下さい。今、心の準備を——」
「失礼しまーす」
「ひぃっ!」
深呼吸している途中で、火花野さんが扉を開けたため、驚いて変な声がでた。
もう!恥ずかしい!
顔が赤らんでいることを自覚しながら7室に入る。
正面の席に、藤園室長が座っていた。
「あら、早いね」
「第一印象は大事ですから。一室の火花野虎雄です」
「はい。よろしく。ということは、そっちの女性は……」
こちらに視線を向けられて、一歩前に出る。
「はい!初めまして、夕顔灯火です。よろしくお願いします」
「そんなに緊張しないで。こっちが呼んでるんだからさ。あっちの広い机に行こうか」
気を遣われてしまった。火花野さんの言う通り、第一印象が大事なのに。
火花野さんを見ると、ニヤニヤしていた。
なによ!
火花野さんを睨み返しながら、机に移動する。移動しながら、7室の全容が目に入る。
「凄い……」
まず圧巻なのは壁に貼られた標本の数だ。属性別に素材の標本が並べられている。そして、部屋の奥には、おそらく魔物の骨格標本が置かれている。たぶん、それぞれの素材がどの部位なのかを把握するためだと思う。鳥の剥製みたいなものまである。
その標本に囲まれるように研究員数名の方が、机で作業をしていた。誰も雑談をしておらず、鉛筆の音だけが響く。
「夕顔。早くしろ」
「あっ。ごめんなさい」
「いいよ、夕顔さん。7室は初めてかい?」
「はい。圧巻されました」
藤園室長は、柔らかく微笑む。
「7室は少し変わってるから。開発室というよりも研究室。素材自体の研究をしているから。何故光ったり、火が出たりするのか?水は何処からでているのか。わかっていないことの方が多くて、それを知りたい人が集まってるんだよね」
「言われてみれば確かに……」
「今回、君と月燈くんが作った粉もそう。あれは素材の新しい使い方。それに魔力とは何かをあらためて考えさせてくれる。この報告書を初めて読んだ時は、興奮したよ」
藤園さんの頬が赤く染まり、右手を頬に添えて、噛み締めるように見つめられる。
うわぁ。艶やかー。話し方はラフなのに、色っぽーい。スタイルもいいし。何かやってるのかな。
頭の中で関係のないことを考えてしまう。それくらいに妖艶だった。
「だからこそ、聞きたいんだよね。どんな経緯でどんな風に作ったのか。小さいことも含めて詳しく教えて欲しい」
「わかりました。自分の話でよければいくらでも。それじゃあ、報告書にもある結界の話からでいいですか?」
「頼むよ。ちょっと待って」
藤園さんが作業している研究員たちの方を見る。
「今から、一室の夕顔さんに例の魔包について話を聞くから!興味ある人はこっち来なよ」
すると、全員がほぼ同時に立ち上がり、こちらに来る。そして、藤園さんの後ろにズラッと並ぶ。その目は真剣そのものだ。
「うおぉ。すげぇ圧力だな」
「で、ですね。ちょっと怖いかも……。火花野さんもわかるところは話してくださいね」
「まぁいいぜ。とりあえずはお前がやってみてだな」
「途中で聞きたいことがあれば質問させてもらうね。じゃあ夕顔さん、よろしくー」
「はい。じゃあまずは結界に行った時です。——」
「——その場で砕いたっていう中級素材の部位は?」
「部位?なんだっけ……たしか角だったと」
「——口燈氏の瓶の蓋に使われている革の厚みは?」
「厚み?ごめんなさい、わからないです。たしかこのくらい……」
「——手がチクチクしたっていうのは?」
「……大きめの素材の粉が当たってチクチクしただけです」
「——月燈氏のものと研究所で作った粉の差は?」
「知らないです」
「——ちょっと話が戻りますが、夕顔氏と月燈氏で結界核に触れた時の光り方にもしかしたら差はあった……」
「覚えてませーん!」
窓の外はすっかり暗くなっていた。
「ふう。話は尽きないね。夕顔さんもありがとう」
「す、凄い、何というか皆さん熱心ですね。補充同行の話まで辿り着けなかった……」
用意していた水を飲む。まさか、こんなに時間がかかるなんて。質問が多くて全然話が進まなかった。
というか、氏、氏って名前につけてくるあの細い人が厄介すぎた。関係ないことも全部聞いてくる。
なんなの、あの人!氏、氏って!
「そうだね。明日もまた聞かせてくれるかな。まだ飛脚靴の話まで行ってないからね」
「あ、明日もですか?」
「そうだね。木蓮所長からは三日間と聞いてるよ。よろしくね」
「は、はい。じゃあ今日は失礼します」
立ち上がると、ずっと座っていたため、全身がギシギシと悲鳴を上げる。両手をあげて、腕とかを伸ばしていると、横に座っていた火花野さんが目を開ける。
「……んあ?終わったか?」
この人は途中から寝ていた。横目で見えていた。
とりあえず、足を蹴る。
「いてえ!何すんだ!」
「終わってません!明日もです!帰りますよ!」
——次の日
朝から続きを話して、全てを話し終えたのは、お昼を挟んで夕方の手前だった。今日も細い人は絶好調だった。
因みに火花野さんはサボった。許さない。
「——これで、おわりです!」
立ち上がって身体を伸ばす。昨日よりは疲れていない。慣れだろうか。もらっていたコップの水を一気に飲み干す。
「よくわかったよ。ありがとね。やっぱりこの魔包源は興味深いね。後日、月燈くんにも話を聞かないとね」
「えーと……そ、そうですねー」
ごめん。月燈くん。投げちゃった。
今日は聞かれたことがわからなかったり、自信がない時は、全て「月燈くんに聞いてください」と答えることにしていた。そのおかげで、この程度の疲れで済んだ。
細い人の質問はほとんど投げちゃったけど、仕方ないよね。
「いや、本当に面白かったよ。結界外で使えないとか、興味深すぎるね。研究テーマが百は増えそうだよ」
「百!?」
藤園室長はともかく、なぜ研究員達も今の話を聞いて笑ってるんだろう。私はとんでもない場所に来てるんじゃないだろうか。
わたしは話題を変えるためにも、カバンから新型測定器を机の上に出す。
ようやく辿り着いた。ここからが本題だ。
新型測定器を見て、藤園室長が前のめりになる。
「おお!それが話にでてきた測定器だね!」
「はい。私はこの測定器の展開について考えているのですが、魔道具や素材の魔力管理くらいしか思いつかなくて」
「くらいと言うけど、私たちにとっては天地がひっくり返るような開発品だよ。ねぇ。使ってみてもいいかい?」
「もちろん。使い方は——」
「この先端を当てるんだったね?穴が開くほど報告書を読んだからわかっているさ」
藤園室長は測定器を持って立ち上がる。まるで、おもちゃを渡された子供のように、壁際に近づく。
そして、標本の前で止まって測定器をあらためて見る。
「確かに結界による揺れがない。よく調整したね。それで、この部分を素材に当てて……。あぁ動いた!これがこの素材の魔力量なんだね!初めて君を理解した気がするよ!」
子供のようというより、子供そのものだ。ほっとくと戻って来なさそうだ。
「藤園室長!いかがですか?」
声をかけた瞬間にピタリと動きを止めたかと思うと、こちらに恥ずかしそうに振り向く。
「いや、年甲斐なく騒いでしまったよ。申し訳ない。素晴らしいね、これは」
「ありがとうございます。まだ、特に新しい使い方とかは思いつかないけど、使い道はあると思うよ。こんな簡単に使える訳だしね」
話しながらも、測定器を壁の測定器や標本、剥製にトントンと当てる。その度に目盛りが動いているのを楽しんでいる。
周りの研究員達からも、測定器の目盛りが動くたびに歓声が上がる。
ただ、わたしはそれどころじゃなかった。今起きたことを分析するのに必死だった。
今、なんで目盛りが動いたの?
「藤園室長。もう一度触ってくれませんか?」
「え?どうしたの?そんな真面目な顔して」
「その鳥の剥製をもう一度触って下さい」
「え?鳥のはく——」
藤園室長は、言葉の途中で自ら遮り、剥製を見る。おかしいことに藤園さんも気がついたらしい。
もう一度、藤園さんが鳥の剥製の羽毛部分に測定器を当てる。すると、目盛りが動いた。
勘違いじゃない。
「夕顔さん。もしかしてさっきも……?」
「ええ。動いてました。やっぱりおかしい。その風ホロ鳥の羽毛部分は素材じゃないはず。それなのに動いたってことは……」
「この羽の羽毛部分も素材……!?」
藤園室長は、剥製から羽を一本取って、机まで持って来る。そして、皆の前で羽の根元部分と羽毛のついた部分にハサミで切り分ける。
そのまま、根元の方を持つ。淡く緑に光ると、先端から風が吹き始めた。そのまま根元部分に測定器を当てる。
「こっちは今まで通りの素材。そして……」
切り分けられた羽毛のついた部分に、皆が見守る中で、測定器を当てると、目盛りが動いた。
「こっちは今まで捨てていた羽毛部分……。これで確定だね。この羽毛部分は間違いなく素材だよ」
研究員がざわつく。無理もない。
藤園室長が羽毛のついた部分を持って力を込める。しかし、どこからも風は吹いていなかった。
「これまで、この羽毛部分は使っても何も起きないから、素材じゃないとされてきた。ただ、実際は魔力のある素材だったってことだね」
「そうですね!本当に風は起きないんでしょうか?触り方とか、風があっても弱いとか」
「その可能性もあるね。調べてみないと。それにしてもよく気がついたね。興奮してて全然気がつかなかったよ」
「へへ。ありがとうございます」
偶然気がついただけなんだけど、思わず照れてしまった。変な声が出てしまった。
「いい観察眼だよ。7室に欲しいくらいだね」
「へへへ。ありがとうございます」
「本気だよ?」
「へへ……へ?」
「夕顔さんの報告書のデータの取り方は綺麗だと思ってたんだよね。この子、研究に向いてそうだなーってね」
「え?いや……でも……」
「今すぐじゃなくていいから考えといてよ。とりあえず、今日はもう遅いから、明日続きをしようか」
「はい。わかりました」
その日はそのまま解散した。新しい素材の発見よりも7室に誘われたことの方が気になっていた。
——次の日。7室最後の日だ。
「あのー。藤園室長?もしかして徹夜ですか?」
「羽の効果を調べていたら、朝だったからびっくりだよね!」
誘われた事を気にして、気まずいなと思っていたけど、7室に入って昨日と同じ服を着て、顔にクマが浮かんだ藤園室長を見て、色々吹き飛んだ。
「何かわかりましたか?」
「うーん。この羽は効果がなさそうだね。何しても風なんて起きないね」
「そうでしたか。そんな素材もあるんですね」
「それだよ。こんな素材があることなんて、今までわからなかった。これは明確にその新型測定器のおかげだよね。つまり、今まで埋もれていた素材の発掘。その測定器の新しい使い方なんじゃないかな?」
身体に電気が走ったようだった。全く考えていなかった使い方だ。ただ、昨日の流れがまさにそれだった。
「確かに……!それはアリかもしれません!」
「そうだよね!いやー話を聞いてばかりだったから少しは恩返しできてよかったよ」
「そんな!ありがとうございます」
わたしがお辞儀をして顔を上げると、ニコニコしていた表情が一変して真面目な顔になっていた。
「それと、相談なんだけどさ……アレなんだけど」
藤園さんが指を差した方を見ると、鳥の剥製から羽が全てなくなり、見るも無惨な様子に変わっていた。
「羽が足りなくてね。それで月燈くんは風属性工場で頑張ってるとウワサを聞いてね」
「え?そうなんですか?」
知らなかった。量産は風属性工場でやるんだ。頑張ってるかなと、思いをはせる。
「そうなんだよ。だから、今度工場に同行していいか聞いて欲しいんだよ。工場なら使い終わった羽毛部分がたくさんあるだろうし」
「分かりました。聞いてみます」
「ありがとう!じゃあ今日は、測定器で色々試してみようか」
「はい!」
——次の日
久しぶりの一室だ。帰ってきたなと思いながら部屋に入ると、早速月燈くんがいた。
「あ!月燈くん、ちょうどよかった!」
「ユウガオ!来てくれ!」
「「風属性の工場についてなんだけど——」」
「「え?」」
「息ぴったりだねー二人とも!何でも解決できそうだよ」
ノッポさんの声が一室に響いた。




