弁柄組へ
「ちょっと待って下さいよ、牙羅さん!」
慌てて、入り口方向に歩き出そうとする牙羅さんの前に、両手を広げて立ち塞がる。
牙羅さんは、道を塞がれたことに腹を立てる様子もなく、おれの顔を見る。
「なに?」
「なんでいきなりカチコミなんて……」
「あとは原材料確保だけじゃない?しかも、草分工場長が言うには、原材料を押さえたのも公式なものじゃない。それなら、こちらが遠慮する理由なんてないと思うけど」
「それは……その通りですけど。でもカチコミなんて!火の魔道具で燃やしたり、馬車で突っ込んだりするってことじゃないんですか?」
「あんた、私をなんだと思ってんの?そんなことするわけないでしょ。言葉のあやよ。話に行くだけだから」
「あ、そうなんですか。それなら」
「え?本気で言ってたの?シルベの中の私の印象を改めて聞かせてもらう必要がありそうね」
「いえ。言葉のあやです」
あぶない、あぶない。てっきり本当に物理的にカチコムのかと思った。
制止していた姿勢をやめると、ふと、先ほど素材をすりつぶした石臼に対して、最初に会った子供が何かしているのが目に入った。
近寄ると、手で持てるくらいのホウキを使って粉を掃除している。
「お、手伝いしてんのか?」
集中して掃除をする子供に声をかける。子供は手を止めずに、作業をしながら答える。
「手伝いじゃない!掃除はね、ナタの仕事」
「そうか?ナタって言うのか!仕事できて偉いな!」
「偉くない!仕事するのはふつーだ!ナタはふつーに仕事してるんだぞ!」
「そうなのか!ナタは工場で働いてるんだな!」
「そうだぞ!働いてるんだぞ!」
「おい、こらナタ!失礼な口聞くな!お客さんだぞ!」
掃除をしていたナタと話していると、草分工場長が後ろから大声を出す。
「いいですよ。草分工場長、この子は?」
「息子の菜田だ。工場にいたいって言うもんで、掃除させてるんだよ」
「へー。掃除をですか。確かにこの工場、綺麗ですよね。ナタが掃除してるのか?」
「そうだよ!これ使っていつも掃除するんだ」
ナタは手に持っていた箒を前に突き出す。それは、羽の羽毛部分を紐で木にくくりつけた手製のホウキだった。
「これは、羽の捨てる部分か?」
「そう!いっぱいあったから、もらった。それでナタが魔道具を作った!」
「魔道具?」
「お、おい、ナタ!すみません。それは魔道具じゃないぞって言ってるんですが」
「いいじゃないですか。そーか、ナタ!その道具で仕事してるんだな!」
「そうだよ!」
ナタは、さらに自慢げにホウキを見せびらかす!
その姿に、思わず吹き出す。
「頑張れよ!この粉を作るためにも、掃除は大事だからな」
「まかせてよ!」
ナタはまた石臼を掃除し始めた。
おれは振り向いて牙羅さんの方を見る。
「すみません。待たせてしまいました」
「……別に構わないから。なら行こうか」
「待ってくれ、ねえちゃん!おれも行かせてくれ!工場の責任者として行かないわけにはいかない!」
「元々そのつもりだから」
そのまま、三人で弁柄組の工場に向かうことになった。若竹組の工場を出て、街の中心部に向かう。
「シルベさぁ。子供と話すの上手いよね」
「そうですか?慣れてるだけですよ?実家の宿屋には子連れの客がいて、託児サービスしてたので」
「託児さーびす?なんなのそれ?」
「親父の考えた試みです。子供を預かってお母さんに泊まって貰うんです。子育てで疲れた層を狙うんだって親父が言ってました」
「へぇ。聞いたことないけど面白い」
「実際結構人気で。よくその子守をしてたんです」
「子守を……なるほど」
牙羅さんは無言で前を見て歩く。何か言いたそうな雰囲気を感じて黙って少し後ろを歩いていると、速度を落として横にくる。
「何かコツってあるの?」
「子供との話し方ですか?」
「そう」
子供をずっと目で追ってたのに話しかけなかったのは、そういうことか。
微笑みそうになるのを堪える。
「視線を合わせるのと、相手の言うことを代弁しないことでしょうか?」
「視線と代弁?」
「そうです。視線は単純に高さを合わせるって意味です。それだけで子供の態度が変わりますよ」
「それだけ?」
「それだけです。まずは視線を合わせる。そして、話を聞く。子供は自分の言いたいことを考えるのに十五分以上かける子もいます」
「長くない?!」
「長いです。なので、自分に余裕があれば待ってみてください。こういうこと?って助け舟を渡すのはよくないです。そっちに持ってかれちゃうので」
「そうなんだ。詳しいね」
「慣れですよ。基本的には」
「ありがと。そっか……視線か」
牙羅さんはまた黙り込んで、前を歩き出した。
上手く話せるといいですねと、心の中で応援する。
そんな牙羅さんをみていると、徐々に周りが騒がしくなってきた。朝ほどは人通りは多くない。その代わりに、何かが素材を切ったときの焦げ臭さや、金属で物を叩く大きな音が加わっている。
中心部に戻ってきたみたいだ。
「草分工場長。その素材を押さえているって言ってたのは、どこの工場なの?」
「えーと。弁柄組の三番目に大きい工場だ。ほら、あの突き当たりの工場だ。そこの工場長に言われたな。なぁ。本当に行くのか?」
「当たり前でしょ」
「ただ話を聞いてくれるかもわかんねぇぜ?」
「それなら、別の方法を考える」
「はぁ。何言われっかなぁ」
草分工場長が何度目かのため息をついたところで、突き当たりの工場にたどり着いた。
工場前で立っていると、作業員がチラチラとこちらを見ているのがわかる。見られているのは、主に牙羅さんだ。やっぱりあの服で美人というのは、相当目立つ。
「ねぇ」
「ひゃい!」
牙羅さんは、こちらの様子を伺っていた作業員の一人に唐突に話しかける。
話しかけられた人は動きを止めて、持っていた素材を落とす。
「ここの工場長と話したいんだけど。呼んでくれない?」
「えっ?工場長?急に来ても会ってもらえないと思うけど」
「要研究所の開発担当が至急話したいことがあるって言ってるって伝えて」
「あ、あぁ。開発者の方か。それなら待っててくれ」
作業員は、落ちた素材もそのままに工場内に入って行った。おれは、落ちていた素材を拾う。
「開発者だと話を聞いてくれるんですね」
「まぁ、あんま使いたい手段じゃないけどね。開発者がどれだけ開発品を持ち込むかは、そのまま売上に繋がるから、多少はね」
「ねぇちゃんの言う通りだな。まぁ、今のは印象は良くねぇだろうがな」
「カチコミなんてそんなものよ」
「牙羅さん……」
「わかってる。あやよ、あや」
しばらくすると工場の中から、一人の男が、さっきの作業員を連れて出てきた。作業員とは違い、綺麗な洋服を着ている。さらに、髪の毛はきっちりと固められており、あまり作業員という感じがしない。その目は大きく、コケた頬骨と合わさって、ひどく不健康そうに見える。
「開発者様と聞きましたが、見覚えがないですね」
「初めまして。第2研究所の木香牙羅です。こちらは月燈標」
「おや、ご丁寧に。突然、約束もなく来た人とは思えませんね。私はこの弁柄組第3工場の工場長である炒木と言います。どういったご用件で?」
なんか、カンに触る話し方だ。
「素材のことで相談したいことがあります」
「素材ですか……?おや。後ろに見えるのは若竹組の……?あぁ!月燈標さん!わかりました!あの報告書に関してですね?」
炒木は草分工場長を見て思い出したと大袈裟に振る舞う。
「話が早くて助かります。それで、草分工場長もお願いしたみたいですけど、改めてこちらが使う予定だった素材を返してほしくて、直接来たんです」
「なるほど、なるほど。どうやら開発者様は認識違いをしているようだ。あの報告書に書いてあったのは、なんでもいいとなっていました。ですから、猪の素材が書いてあったのは、弁柄組でやるならということですよ」
炒木がニヤリと笑う。牙羅さんは無表情だ。
「いえ。指示書には既に猪の素材と書かれていました。あの指示書は四組会が発行しています。それであれば、発行された時点で猪の素材と書いてあったはず。だから、どの工場でもあの指示書に従うなら、猪素材を使うという内容です」
炒木の口がピクリと動く。
「どうも工場について詳しいみたいですね。ただですね。その辺りは慣習というもの。現場で内容を実情に合わせて読み替えるのは普通のことですよ?開発者さんじゃ、現場のことはわからないかもしれないですが」
「ええ、もちろんそうね。だからこそ現場で間違えることがあるのは理解しているわ。だから、そちら側の勘違いも許します。素材を持ってきてもらっていい?」
牙羅さんが頼もしい。炒木は目元がピクピクしている。
「間違いを指摘してもらってありがとうございます。ただ、素材ですが、もう無いのですよ」
「どういうこと?」
初めて、牙羅さんの顔色が変わる。おれも声が聞こえるように一歩出る。
「使ってしまったのです。本当に今は素材が手に入らなくてね。だから、本当に渡すものがないのですよ。残念ながらね」
「なんで他の開発用に準備していた素材を使うの!」
「それこそ、現場で判断した結果です。いやはや申し訳ない。勘違いなのですよ。学が無いものでして。許してくれますよね?」
「もういい。わかった?とりあえず、もう今は無いってことね?今後、猪素材をこっちでも使うことになるけど、それはもちろんいいですよね?」
「もちろんです。ちなみにどの部位を?」
「骨ね」
「骨ですか。確かに加工しやすくて量もありますからね。ちなみに指示書には何でもいいと書いてありましたが、そんな指示は初めてです。勉強のために、どんな使い方か見せてくれませんか?我々は最初の製造方法しか見せてもらえてなくてですね」
炒木が牙羅さんではなくて、おれを見る。その目には、見せていいのかと不安になるような何かを感じるが、特に断る理由もない。どちらにせよ、炒木は一度製造方法を見ている。
「牙羅さん、どうしますか」
「ん。見せていいよ。関係者だから調べればわかることだし」
牙羅さんの許可が出たため、草分工場長がやったのと同じように蛍火ロウソクに魔力を補充する。
炒木は、その目を大きく見開いて、唖然としていた。
「それは……まさか魔力を戻せるのですか?」
「そうです」
「なんと……」
炒木はそのまま粉の入った瓶を見つめる。
次第にその視線に熱を帯びてくるのを感じたが、牙羅さんがその視線上に割って入る。
「知ってると思いますが、他言無用です。この品は研究所でも閲覧制限が出ているくらいなので」
「え、……ええ、ええ。そうでしょうとも。その価値はあまりにも高い。もしそれが定期的に——」
「炒木さん。あなたは既に関係者じゃないですよ?」
牙羅さんがあまり見せない笑顔で伝える。
あー。そういう狙いで効果を見せたのかと納得する。
「くっ……。そうでした、そうでした。そのあまりの効果に思わず」
「それでは、素材の件はこちらから発注させてもらうので、また勘違いしないようお願いしますね」
「……はい。もちろんですとも」
最後に挨拶を交わして、おれたちは工場を後にした。牙羅さんが上機嫌そうなのはわかるが、なぜか炒木も少し機嫌が良さそうにしていたのが、印象的だった。
「とりあえず、今後の原材料はなんとかなりそうですね」
「ねえちゃん、すげえ胆力だな。ありがとよ」
「元々向こうが正しいことなんて一つもないんだから、当然よ」
牙羅さんは、満足げだ。
「それでもだよ。あの炒木って野郎は、いつも小難しい言葉を並べて自分の工場の利益ばかりだからな」
「あまり、工場の人っぽくなかったですね」
「元々、四組会だか中枢かにいて、なんかやらかして飛ばされたらしい。最近は弁柄組工場の中でも、作った魔道具の不具合が多くて、仕事を頼む人が減ってるみたいだしな」
「そうなんですか」
確かに工場の人っぽくなかった。素材を使って少しでも魔道具を作りたかったんだろうか。
「そんなことより、将来的な素材の目処はたったけど、直近の問題は解決してないわ。なんとか原材料を確保しないと」
「わかりました。じゃあ、草分工場長。とりあえず今ある素材を粉にしといてください。そういえば、粉を入れる袋は大丈夫ですか?」
「問題ない。あんなのは得意分野だ。工場で働いてる母親たちが袋や手袋、足袋をすごい早さで作ってくれてる。既に初回分は終えてたはずだ」
それならと納得して、草分工場長とはそこで別れた。
二人になったところで、歩きながら帰路につく。
「シルベ。工場、どう思った?」
「最初は、規模が大きい!と思っていて。それもそうだったんですけど、どちらかと言うと働いてる人たちが気になりました」
「そう。作ってるのは人。そうすると一人一人に人生がある。例え、魔物に脅かされる現状だとしても、皆自分のために働いてる。だから草分工場長も炒木だって必死」
「はい。見ていて、そう思いました」
「だから量産化って大変なの。影響する人が多いから」
「実感してます」
「まだよ。原材料は大丈夫になったかもしれないけど……。それでも、すぐにはどうにもならないから」
その言葉を証明するかのように、最初に入手していた分で魔包源を200個くらいは作れたが、それ以降、猪の骨が届くことはなく、何もできない日が三日続いた。
羽も風鈴羽を作る量しか得られず、量産は止まっていた。
「原材料がないー!」
一室で、頭を抱えながら机に倒れ込む。
「うわ!どうしたの、月燈くん?」
「量産のための材料がなくて」
「確かになくなってから長いね」
「うーん」
とにかく待つしかないと思うが、やることがない。
若竹組の工場に行っても、やることと言えば、ナタと話すくらいだ。
他のことをやればいいと言われたが、そんな気も起きない。
そこにユウガオが一室に入ってきた。ユウガオは別の課題で忙しかったみたいで、会うのは四日ぶりだ。
ふと、相談してみようと思いつく。
「ユウガオ!来てくれ!」
「あ!月燈くん、ちょうどよかった!」
「「風属性の工場についてなんだけど——」」
「「え?」」
「息ぴったりだねー二人とも!何でも解決できそうだよ」
ノッポさんは、相変わらず楽観的だった。




