原材料問題と粉の量産
「頼む!」
「ち、ちょっと!草分工場長!顔を上げてください。状況が全く見えません。順番に教えてください」
突然土下座をした草分工場長に驚きながらも、近寄って声をかける。
「意味がわかんないから、まずは詳しく話して」
牙羅さんは、椅子に座って脚を組んだまま質問する。その目にはわずかに怒気が含まれていた。
「すま、すみません」
「その喋り方。別に普段通りの話し方でいいから」
「は、はあ。じゃあ、遠慮なく。お二人は若竹工場は初めてか?」
「そうだけど」
「じゃあまずは工場を見てくれ。その方が説明するよりも早い」
「わかった」
牙羅さんが立ち上がる。さっきまでとは事情が違う。魔包魔道具が作れない可能性が出てきたことで、おれも楽しみなど言ってられない。
「こっちだ」
案内に従い、廊下の奥にある扉の中に入る。
はじめに静かな場所だと思った。確かに広い。おそらく外から見たときの倉庫部分だろう。天井は高くニ階分以上あり、均等に並んだ机で50人ほどが作業している。ただ、それぞれが音を立てておらず、静かだった。
壁際では、数人の子供がホウキで掃除している。さっきの子もいる。
「ここが作業場だ。みんなで風鈴羽を作ってる」
「全員ですか?」
「全員だ。板に貼り付けたりするものもあるが、基本的には全て風鈴羽だ」
「他の魔道具は——」
「ない」
牙羅さんが答える。
「風属性の魔道具は、風鈴羽だけ」
言われてみれば風の魔道具を他に見たことがない。火の調整や暑い時に使うこともあるが、全て風鈴羽だ。
「そもそも、風属性の素材は一種類だけ。風珠鳥の羽ってやつ」
「ふうじゅ……?そんな名前でしたっけ?」
「通称、『かぜほろちょう』。ほろほろちょうの魔物」
「その名前なら知ってます!それだけなんですか?」
「そう。羽以外の部位に素材的な効果は確認されてない」
「だから一種類なんですね」
皆の様子をあらためて見る。全員が風鈴羽を作っていた。ただ、それ以上に気になることがあった。
「全員、お年寄りか女性ですね」
「そうだ。風鈴羽は羽の根本部分に十字の切れ込みをいれたら完成の簡単な魔道具だ。だから、力のない老人や女性の収入源なんだよ」
「その分、ひとつあたりの単価が安いってことでいい?」
「そういうことだ」
少しずつ若竹工場の事情が見えてきた。
作業をしている人たちを見る。
「つまり、お金がないんですね」
「一言でいうとな。仕事がないわけじゃない。ただ安いんだ」
「でも、それはわかりましたが、原材料が手に入らない話とどう繋がるんですか?」
「そこだよな。この大机の周りにきてくれ」
草分工場長が2つの紙を並べる。
「あ、これおれの報告書ですね」
「そうだ。あんたの報告書だな。それで、こっちが四組会からきた指示書だ」
「原材料は、魔力線に……蛍火猪の素材?なんで猪の素材で限定されてるんですかね。ここは材料は何でもいいはず」
「多分、何でもいいからこそ、多く手に入る蛍火猪の素材になったんでしょ」
「ねえちゃんの言う通りだ。実はこの指示書は、最初に火属性工場、つまり弁柄組に回ったらしい。だから火属性の素材が指定された。ただ、弁柄組が、忙しいし、よくわからない魔道具で素材も何でもいいなら他で作ってくれって主張してな。ウチが引き取ったんだ。引き取った理由はさっき説明した通りだ」
「羽根以外の案件が欲しかったわけですね」
草分工場長がうなずく。
「粉にして混ぜるだけであれば、男手もいらないし、素材の属性も何でもいいと聞いていたからな。天からの贈り物かと思ったぜ」
草分工場長が頭を抱えた。
「ただ、なぜか蛍火猪の素材がなくなってたんだ。どうも素材不足になっていて弁柄組が抱え込んでるらしい。他の素材も同じだ」
その原因は、研究所で不足している理由と一緒だろう。原因の一端はこちらにあるので、何とも言えない状態だ。
「魔力線は優先的に回してもらって揃ってる。ただ猪がな。一応、みんなでかき集めてこのくらいは準備できている」
横にあった木箱を開けると、そこには箱の半分ほどの猪素材が入っていた。これだけでも結構な量だ。
「状況はわかったけど、ひとつだけ教えて。弁柄組が素材を抱えている状態がよくわからない。その辺は四組会の指示が絶対じゃないの?」
「名目はな。ただ細かいとこまで管理できてないし、実際はやっぱり大きいところの意見が強いな」
「そう」
牙羅さんがこちらを見る。
「とりあえず、魔包源をつくるよ。原材料集めたところで作れないと話にならない。原材料はこれだけあれば、とりあえずいけるでしょ」
「わかりました」
魔包源とは粉の状態を指す呼び名だ。名前がないと呼びにくいということで、そう呼ばれている。
「ど、道具はあるぞ!やるならすぐにできる!」
「落ち着いて、ちなみに風ホロ鳥の羽はある?」
「それなら大量にある!そう!羽じゃダメなのかをずっと聞きたかったんだよ!羽でもいいのか?」
「シルベ」
牙羅さんが、腕を組みながら、あごで答えろと示す。
怖いけど絵になる。
「はい。羽でもできますよ。使うのは風を起こせる先端だけですが」
「そうか!待ってろ!持ってくる!」
草分工場長が工場の奥まで走っていく。
牙羅さんと二人残される。
「まずは羽で試しますか?牙とかの方が一度に多く作れますけど」
「さっさと羽でも作れること見せないと落ち着がないでしょ。ずっと様子を伺う感じが、うっとうしいから」
「そうですよね。大変そうだし。牙羅さんって優しいですね。子供も好きそうだし」
「あ?」
「なんでもないです」
「なに言ってんだか」
とりあえず、耳が赤いのは黙っておこう。
「おーい!こっちだ!」
草分工場長に呼ばれて、石でできた大きな道具の前に立つ。草分工場長は、大きな袋の口を広げて、中を見えるようにした。
「これが羽だ」
「おおー!ぎっしりだ!」
袋の中には、羽がパンパンに入っていた。よく見る素材だが、これだけあると壮観だ。
「それで、こっちが石臼だ。これで素材を粉にする」
「これが石臼なんですね。きな粉とか小麦粉を作る道具の」
「そうだ。大量に粉を作るならこれだ。どれくらいのサイズにするんだ?」
「えーと、これくらいです」
カバンから素材の粉の入った瓶を取り出す。
「なるほどな。ちょっと待っててくれ」
草分工場長は石臼をクルクルと回しはじめた。
上下に分かれている石臼の下がせりあがる。
「それで大きさが調整できるんですか?」
「そうだー!よし!こんなもんだろ」
石臼から離れてこちらを振り向く。
「じゃあ羽をいれるか?」
「待ってください。羽は根本の羽毛がない部分だけを切って入れてください。羽の生えた部分は魔力がない部分なので」
「確かにな。わかった」
この羽は根本部分が素材になっていて、羽毛の生えた箇所を持っても風が出てこないことから、羽毛の無い場所だけが素材とされている。
草分工場長は、根本のみを切り落として、石臼に入れていく。根本だけだと小さいため、パンパンだった袋の半分ほどが入ってしまった。
「半分くらい入りましたね」
「素材が小さいから。羽毛のせいでかさばってるだけで、見た目ほどたくさん入ってないんでしょ」
「よーし、回すぞー」
ごりごりごりごり
石臼が素材をすり潰す音が響いた。その音が、どんどん大きくなっていくにつれ、期待が高まる。
ごりごりごり
いまかいまかと見ていると、上下の石の隙間から粉がサラサラと出てきた。
「おお!でてきた!」
草分工場長が出てきた粉を手に取って、持ってくる。
「これでいいか?」
「おぉー。綺麗な粉になってますねー」
「いいんじゃない?」
「はい。十分です」
「いいんだな?よし!おい、このまま、粉をひいててくれ」
草分工場長が近場にいた恰幅の良い女性に続きをやらせる。本当に負担が少ないみたいだ。
横に置いてある別の治具の前に立つ。大きな刃物がついたギロチンのような治具と餅つきに使う臼と杵が置いてある。
「じゃあ、次は魔力線だな。あっちは、押切で刻んでから、臼と杵で叩いて粉にする」
「石臼じゃないんですね?」
「あれは、羊の毛と蝋なんだろ?石臼だと蝋が溶けて多分無理だな。毛も砕きにくいし、こっちの方が早い」
確かに魔力線はおれも切ってから潰していた。最初からそこがわかって道具を選んでいたと言うことらしい。
「確かにその方がいいと思います。さすが工場長ですね」
「へ?そ、そうだろ!任せとけよ」
草分工場長が満面の笑みを浮かべる。この人のちゃんとした笑顔を初めて見た。強面だが笑顔は可愛らしい人だ。
そのまま、押切でまとめて魔力線を細かく切断する。
ザクッ、ザグッと耳心地のいい音が聞こえる。
次は切断され細かくなった魔力線を臼にいれて、力強く杵で叩く。
そのまま、あっという間に魔力線を粉にしてしまった。
「どうだ?」
杵をどけて草分工場長が中が見えるようにする。
臼の中を覗く。
「うーん。この荒いやつを取り除いて、もう少し潰せますか?」
「フルイにかければなんてことないな。待ってろ」
横から金網を取り出して、粉をフルイにかける。こういうことが起こることを見越して、準備していたのだろう。
「こんな感じか?」
「これでいいです!牙羅さんどうですか?」
「シルベの方が詳しいんだから、あんたが決めて」
「わかりました。草分工場長、これでお願いします」
「よし。おい!話してた通りの方法でやってくれ。一度このフルイにかけることを忘れるなよ」
草分工場長がまた近くの作業員を呼ぶ。今度はおじいさんと少し体格のいい女性が作業を始めた。
「これで下準備は終わりだよな」
「そうですね。あとは混ぜるだけです」
「混ぜる治具はこっちだ。来てくれ」
草分工場長に連れられて、さらに工場の奥に向かう。すると、死角になって見えていなかった奥の壁が見えた。
工場の奥には水路があり、外へとつながっていた。
「なんで工場の中に川が?」
「あれか?にいちゃんは工場自体来るのが初めてなのか?」
「そうです」
「だよな。どの工場もこうなってるからな。ここで流れてきた材料を受け取ったり、できた製品を送ったりできるようになってるんだよ。まぁうちはそんなに大量に扱うことは少ないから、あまり使ってないがな」
「そうなんです——っ!」
話を聞きながら水路を見ていると、端に船が泊められているのを見つけて、言葉に詰まる。
あ、あれは!
「なんだ。双輪船は知ってんのか?」
「や、やっぱり……双輪船……」
気がつくと、ふらふらと前に歩きだしていたおれの首を、誰かが掴んだ。
「はい。そこまで」
「牙羅さん、双輪船がありました」
「で?」
「少しだけ触っても?」
「……はぁ。全部終わってから、工場長に頼みな」
「っ!わかりました!草分工場長、後で見せてください!」
「別にいいぞ。後で乗せてやるよ」
「や、やったー!」
「うるさい!さっさとこっち来る!」
思わず両腕を上げる。
その姿勢のまま、牙羅さんに首を引っ張られて、大きな壺を、猪の丸焼きのように棒へ固定した治具の前まで連れてこられた。
「大きいツボですねー。おれより少し小さいくらい」
「これで粉を混ぜる。あの壺に粉をいれて、横の取手を回すんだ」
「それで混ざるんですか?」
「あの壺のなかには、カエシって呼ばれる板がいくつか入っててな。そのおかげで、中身が均等に混ざるようになってんだよ」
「へえー。考えられてるんですね」
「元々は液体用だがな。粉でも一緒だ」
色々な大型治具があって楽しい。工場はやはり規模が違う。
すると後ろから、先ほど石臼での作業をお願いした人が袋を持ってきた。
「工場長。とりあえずあった羽は全部粉にしました」
「おう。お疲れ!おーい。こんな感じみたいだぞ」
草分工場長が袋の中を見せる。袋の半分近くまで粉が入っていた。
「もうこんなにできたんですか?」
「みたいだな」
凄い。すり鉢でこれだけの量作ろうとしたら、どれだけ時間がかかることか。
「後は、もう一つの粉だが。少しだけ待っててくれ」
草分工場長がさっきの場所に様子を見に行った。杵が臼を叩く音が大きくなった。きっと工場長が急いで粉を作ってくれてるのだろう。
待ってる時間は双輪船を眺めるのに費やすことにした。
あー。かっこいいなぁー。
待つこと数分で工場長が戻ってきた。その手には、大きめの木の皿にこんもりと粉が乗っている。
「こっちの粉は少なめだったよな。それならこれくらいあれば、そっちの粉全部補えるだろ」
「そうですね。じゃあ、その粉が二割になるようにしてください」
「二割だな」
工場長は、大きめの量りを使って壺に二種類の粉をいれる。そして、壺を回し始めた。
壺からは、サラサラ、サラサラっと粉が動く音が聞こえる。
しばらく回した後に、壺側面の栓を開ける。
ザァー
下の袋の中に、混ざった粉が出てくる。
袋の中を覗かせてもらうと、自分が作ったものと変わらない粉が、大量にできていた。
これで完成だ。
自分の考えたものが、他の人の手で大量に作られる。その光景に胸を打たれた。
「おい。にいちゃん。これでできてるのか?」
「え?あ、ああ。試してみましょうか」
思わず過去の回想を始めそうになったところで、工場長に話しかけられる。
カバンから魔力の切れた蛍火ロウソクを取り出す。
袋に手を入れて、粉を手につけた後に蛍火ロウソクを握る。
握った手の隙間から、光が漏れ出した。
「おい!おぉい!ほんとかよ!」
草分工場長が騒ぐなか、さらに光は強くなり、蛍火ロウソクは本来の光を取り戻した。
「大丈夫そうね」
「そうですね。ちゃんとできてます」
「ほ、本当に魔力を補充しやがった……。す、すげえじゃねぇか!こんなのあったら……」
草分工場長が興奮して何か言いそうだったので、釘を刺す。
「連絡してあると思いますが、これはまだ広められません。口外厳禁です。工場の関係者だけに留めるよう注意してください」
「おっ!そうだったな。すまねえ。だけどよう、見るまでは信じられなかったが、すげえ粉だな!これの価値は流石にわかるぜ」
顔がニヤけるのを我慢する。
う、嬉しい。
「ありがとうございます」
「羽でもできたんだ。これでうちの工場で作るってことでいいよな!」
「ダメ」
これまで黙っていた牙羅さんが割って入る。ただ、おれも少しそう思っていた。問題はまだある。草分工場長が目を見開いて牙羅さんを見る。
「なんでだよ!」
「羽でもできるけど量が足りない」
「それなら羽をもっと使えば……」
「いや、おそらく足りないです」
おれも同じ懸念をしていたため、説明する。これはおれの魔道具だし、おれの仕事だ。
「この開発品の要求は現時点でも高いです。だから、今後どんどん求められます。なので、やっぱり他の素材を使う体制を整えたい」
「だったらどうすんだよ!まさかここまでやっといて他の工場に回すってのか!」
「それは……」
おれは言葉に詰まる。事情を知った以上、できればこの工場で作って欲しい。ただ原材料は必要だ。どうすれば……
「そんなこと言ってないでしょ」
牙羅さんが口を挟む。草分工場長だけでなく、今度はおれも目を見開いて牙羅さんを見る。
「どうするんですか?」
「素材は弁柄組にあるんでしょ?簡単じゃない」
「まさか……」
「今から弁柄組に行って取りに行くわ。さっさとカチコミに行くわよ」
牙羅さんは、なんでもないことのように宣言した。




