若竹組
牙羅さんとおれは要研究所と工場地区を結ぶ橋の上を歩いていた。
「おぉ!船がこんなにも!」
橋の下を見ると、数多くの船が川の上に浮かんでいた。船頭が船の先に立ち、木箱や袋を運んでいるものがほとんどだ。
「朝から、船が多いですねー」
「朝だからね」
「え?あぁ、食べ物とか多いから、夜のうちに運んでるんですか?」
「そう。むしろこの時間が1番混んでる」
確かに、工場地区への入口のような場所が見えるが、船がまとめて止まっている。
「でも、夜だと危なくないんですかね」
「あれ」
牙羅さんが、河岸を指差す。そこには、蛍火ロウソクが目立つように設置されていた。
「等間隔に蛍火ロウソクが置いてある」
「……それを頼りにぶつからずに済んでいるんですね。よく見ると船にも付いてる」
「そんな感じ」
夜に川を見に来た事がないため、知らなかった。
今度見に来てもいいな。
と、そこで船の左右に小さな水車が付いているのが見える。よく見ると、その水車が回転することで船が進んでいるみたいだ。
「あの左右の水車は魔道具ですか?」
「え?あぁ。双輪船ね。船全体が魔道具みたいなものね」
「双輪船……!かっこいい!なんで回ってるんですか?」
「水の魔道具で水流を起こしてるの」
「あっちの船は流れに逆らってますよ!」
「え?あぁ。あの新しいタイプは船の先端にも魔道具が付いてて、水の抵抗を左右に受け流してるのよ」
「……えええ!かっこいいぃ!」
なんて船だ!魔道具技術の結晶だ!機能も名前もかっこいい!
「あ、あれ、後で見に行きませんか?」
「は?行くわけないじゃん」
「お願いします!乗るのは我慢するので、近くで……」
「あーうるさい、うるさい。もう質問も無し!止まったら置いてくから!」
船を見るために止まっていたが、牙羅さんが1人で先に行ってしまった。
「牙羅さん!待って!もう少しだけ……。……よし!」
しっかりと動いてる様子を目に焼き付ける!
確かに、船の先の水が船を避けるように左右に流れていた。よく思いつくものだ。
牙羅さんはだいぶ先に行ってしまっているが、飛脚靴を起動してすぐに追いついた。
「……飛脚靴のムダ使いね」
「魔力補充のデータ取りのためにやむなく使っているだけです」
しれっと答える。嘘ではない。
「そう。討伐隊も飛脚靴を使うのを節約してたと聞いてる。早く欲しいでしょうね」
「はい。早く届けたいのですが」
「そのための量産化でしょ?船は後。工場地区に入るから」
前を見ると、これまで遠目でしか見えなかった工場地区の目の前まで来ていた。
それぞれの建物が非常に大きい。そして、まだ朝にもかかわらず、多くの人が走ったり、物を運んでいた。そこかしこから威勢のいい挨拶が聞こえてくる。
「みなさん、元気ですねー」
「あ!さっきの船の部品だ。意外と大きいな」
「熱っ!なんだこの工場!とびらが開いたと思ったら、とんでもない熱気だぞ!」
「工場地区内にも川が流れてる!荷物が浮いてる!なんでこの川は流れがこんなに早いんだ?」
気になるものが多すぎる。
目につくものに気を取られては、飛脚靴で追いつくことを繰り返す。
数回目で牙羅さんに耳を掴まれた。
「いて!イテテテ!」
「ホントちょこまかと!うっとおし過ぎ!これ以上ここから離れたら帰る!いい?!」
「イテテ!わかりました!ごめんなさい!」
ふんっと耳を解放された。
耳をさすりながら、牙羅さんと並んで歩く。
自重、自重と言いきかせながら歩くことで、工場地区全体が目に入る。建物の外観からはわからなかったが、たまにとびらが開くと、中で作業している人が目に入る。右手側に見えた建物の中では、作業員らしき男達が素材を削っていた。おそらく牙だろう。大人数で同じ作業をしている様子は圧巻だった。
「この工場は牙ばかり扱ってるんですね」
「ここは弁柄組の工場。だからきっと猪系の素材でしょ」
「弁柄組って、火属性魔道具を扱っている専門家たちの?」
「そう。組合は知ってる?」
「おれの町にも組の人はよくいたので。と言うか、接客の仕事や農家以外は、どこかの組に所属して仕事もらうのが当たり前でしたから全部わかりますよ」
「さっきの船に乗ってた人や水属性魔道具を作ったりしているのが瑠璃組、土属性魔道具で家を建てたり鍛冶をしたりしてるのが山吹組、同様に風属性の若竹組と火属性の弁柄組の4つ。それぞれの組が工場を持っていて、各属性の魔道具を作ってんの。だから、さっきのは弁柄組、つまり火属性の工場」
「でも明らかに4つ以上工場がありますよ?」
「一箇所で足りるわけないでしょ?必要とされる魔道具の多さがそのまま工場の多さや大きさ。水や火属性魔道具は生活の一部。だから工場の数も多い」
「へー。今から向かうのはどこなんですか?」
「若竹組……つまり風属性の工場ね」
「風かぁ。風鈴羽はよく使ってましたね。楽しみだなぁ」
「私も若竹工場は初めて。こっちみたい」
牙羅さんが曲がって小道に入っていく。おれはそれに続く。
「なんで風属性工場なんですかね?」
「さぁ?決めるのは四組会だから。」
「四組会?」
「4つの組合に仕事を割り振る管理機関。研究所や中枢の仕事は、まずこの四組会に依頼してから、割り振られるってこと」
「あー。研究所でいう管理部門みたいな」
「そう。違うのは、四組会は明確に各組合よりも偉いところね」
「へー」
工場地区のことを聞きながら歩く。
次第に人が少なくなり、工場から聞こえてくる音も少なくなってきた。
大きな煙突が立っている建物が少ない方へ進んでいく。
「なんか工場から離れてませんか?」
「道はあってるから。ただ、確かにこっちに工場あるのかな?もうそろそろのはずだけど」
しばらく歩くと、牙羅さんが止まった。
「ここ」
「え?でも、ここって……」
目の前の建物は、一般的な民家の後ろに倉庫がくっついたような形をしていた。
確かに表札には『若竹組』と書かれている。
しかし、先ほどまでの工場から聞こえてきた威勢のいい声や熱は無いし、素材加工の音も聞こえない。
「工場ですか?ここ」
「だって場所はここって聞いてるし。シルベ。あんた話聞いてきてよ」
「えぇ?せめて一緒に……、わかりました」
ギロリと睨みつけられたので、自分で行くことにした。
仕方なく、引き戸をあける。
「ごめんくださーい。誰かいますかー」
建物の中はガランとしていた。しかし、床や玄関にはホコリ一つなく、綺麗だった。
やがて、奥からドタドタと人が近づいてくる音がする。
なんだか、子供が走ってくる音のような……
「お客さん!?」
廊下の奥から子供が顔を出した。十歳くらいだろうか。
「あの、ここは若竹組の工場ですか?」
「そうだよ!もしかして研究所の人?」
「よかった。そう。第2研究所の者です」
「お父ちゃーん!今朝話してた金ヅルが来たよー!」
子どもはドタドタと奥に走り去っていった。
金ヅルって……。
しばらくすると、先ほどよりも大きな足音が近づいてきた。同じように走ってるみたいだ。
先ほど子供が顔を出したところから、中肉中背のおじさんが顔を出す。
「あなたが第2研究所の人で?」
「はい。外にもう1人いますが……」
「なんだって!立たせたままにするわけにはいかねえ。ささっ!2人とも入ってくれ!」
どうやら目的地はここで当たっていたみたいなので、外に顔を出して、牙羅さんを呼ぶ。
牙羅さんに見とれたおじさんの頭を、奥さんらしき人がスパーンと叩く。
「すまねぇな。さぁ、入ってくれ。お茶を準備してあるんだ」
「お父ちゃん!あの美人なお姉さんも金ヅ——」
「だああああ。お前は工場側の奴らに掃除しろって伝えてこい!」
「はぁい」
また、金ヅルって言おうとしたな、あの子。牙羅さんが怒らないといいけどと思い、ちらっと様子を見た。すると、牙羅さんは優しい顔で子供を目で追っていた。子供が好きなんだろうか。
とりあえず、中に通されたため、おじさんの後ろに続く。
「工場ってこんなに研究所の人を歓迎してくれるんですか」
「歓迎されることはあるけど、ここまでは初めてね。まぁなんとなく理由はわかるけど」
「わかるんですか?」
「まぁ、話を聞いてからでいいでしょ」
牙羅さんは先に行ってしまった。教えてはくれないらしい。モヤモヤしながら牙羅さんが入った部屋に入る。
部屋は真ん中に柔らかい椅子と机があり、お茶が並んでいる。おそらく客室だろう。部屋自体も綺麗だ。ただ、おれは壁際に貼られたものに目を奪われ、立ち尽くしていた。
壁には、羽の素材が飾ってあった。立派な羽が飾ってある他にも、魔力を示す緑色がまるで模様のようになっている羽や、羽が扇のようになっていて、緑色の濃淡でまるで絵のように見えるものまであった。
素材の見せ方でこんなに綺麗になるのか……!!
おれが衝撃に打ち震えていた。
「シルベ!」
と、牙羅さんに呼ばれるまでは。
呼ばれて仕方なく椅子に座る。
正面には先ほどのおじさんが座っている。
「第2研究所の木香牙羅です。こっちのは月燈標。今日はよろしくお願いします」
「どうもご丁寧に。俺……自分はこの若竹組工場の工場長をしとります草分です。よ、よろしくお願いします」
「では、今日の予定なのですが。さっそく今回作ってもらう魔道具についてお話ししても?」
「え?!いやー……そ、そうだ?まずはこの工場を見てみませんか?その方がその後の話し合いもしやすいだろ……でしょう!」
なんだろう。何か魔道具のことを話したくないような雰囲気を感じる。それは牙羅さんも同じようで、眉をひそめている。
「ありがとうございます。ただ、やはり先に話させて下さい」
「そ、そうですか。あのですね。えーっと……」
突然、草分工場長が机にぶつける勢いで、頭を下げる。
「すんません!実は、要望してもらってる原材料が足りてないんだ!」
「原材料が?」
「そうなんだ!何故か下級素材が集まらなくて!ただ、大丈夫だ!すぐに集める!だから……!」
草分工場長が椅子から立ち上がり、机の横で土下座する。
「お願いだぁ!他の工場に頼むなんて言わず、その魔道具をここで作らせてくれぇ!」
流石に驚いた様子の牙羅さんと目があった。
なんか聞いたことある問題だなと思い、なんとかなるよーと言っていたノッポさんの能天気な笑顔が頭をよぎった。




