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剣なき英雄譚 〜魔道具研究開発録〜  作者: 博雅
第四章 量産編 -風工場-
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次の課題

 報告書を提出して、約一週間たった。

 梁と花籠は中央にあるという討伐隊の本部に帰っていった。次の補給任務が既に決まっているらしい。


 そんな忙しい補給部隊の負担を減らしたいという思いもあり、おれは昨日まで魔包足袋で魔力補充量のデータ取りしていた。

 それも昨日で終了し、今日から新しいことをするつもりだ。


 次は、流水瓶取手への魔力補充のデータ取りかな。他の魔道具での検討?でもできれば……。


 そんなことを考えながら、一室に向かっていた。蝉の鳴き声も聞こえなくなり、寒い日も増えてきた。

 その中を、飛脚靴を履いて、颯爽と駆け抜ける。早く走った時に聞こえる風を切る音が心地いい。

 太刀戌さんにお礼で貰った飛脚靴だ。梁に使い方を教えてもらい、走れるところまでは使えるようになった。使っているだけで楽しい。そのうち、大ジャンプもしてみたい。


 走るのに夢中になっていると、第2研究所に辿り着いた。速度を緩めて、普通に歩く。

 第2研の扉を開けたところで、ふと昨日のことを思い出す。


「そろそろストックした粉がなくなるんだった。先に粉を作るか」


 一室でも粉の応用開発が本格的に始まった。みんな各々で粉自体の使い方や作り方などを検討するみたいなので、作り貯めしていた粉を皆に分けた。

 さらに、第2研の他の研究室でも検討が始まり、木蓮さん経由でそちらにも粉を分配することになった。その結果、昨日ついに無くなってきたわけだ。


 加工室に入って壁際に向かう。


「ん?素材がない?」


 加工室の壁際には、低品質素材が属性別に雑多に置いてあった。それなのに、今は一つもない。


「場所が変わったのか……?」

「おいおい。そこに素材が無い原因のくせに、不思議そうな顔をしてるな」


 振り向くと、一ヶ月くらい前にノッポさんを怒らせた2室の人だ。それより、気になることを言われた。


「原因?どういうことだ?」

「お前の報告書、魔包手袋だよ」

「何でそれが原因なんだ?」

「第2研は今やお前の粉を転用できないかを皆検討している。……2室でもな。チッ!俺に説明させるとか、嫌味かよ!」

「別にそんなつもりは……。それが素材がない原因なのか?」

「そうだよ!」


 そんな事になっていたなんて、気が付かなかった。大変だなと思う一方で、少しだけ誇らしく思ってしまう。


「そうなのか。教えてくれてありがとう!おれは一室に戻るから」

「あっ!おい!なんだよアイツ!」


 おれは急ぎ、一室に向かう。さっきの話が本当か確認しないといけないし、本当なら他人事じゃいられない。


「おはようございます!」

「——あ、おはよー」


 一室に入ると、奥の方から挨拶が返ってきた。中に入って奥を見る。

 奥の作業机で、ノッポさん、ユウガオ、奥隠先輩、達じいがそれぞれ作業をしていた。みな、朝からフル稼働だ。

 机に荷物を置いて、皆の方に近づく。


「皆さん、早いですね」

「そうだねー。みんな今は開発が楽しいんじゃないかな?」

「そうなんですか?」

「やっとこの粉を触れるからね。みんなそれぞれやりたい事があるんじゃないかな?」

「なるほど……奥隠先輩もですか?」

「……当たり前。これまで頭の中だけで何ができるか考えるしかできなかった。色々試してみたくなるのは、開発者の性《さが》。ふっ。先輩っぽい発言をしてしまいました。いつか言うつもりで考えていたわけじゃありませんよ」

「疑ってないです、別に。お二人は粉はまだあるんですか?」

「ん?月燈くんに貰ってるし、僕たち自身も何回か作ってみたから、まだ結構あるよ」


 ノッポさんが指を指した棚には、いくつもの粉の入った瓶が置いてあった。


「よかったです。さっき加工室にいったら、下級品質の素材がひとつもなくて」

「第2研のみんなが一気に作りはじめたからね……。素材確保しないといけないかもね」

「素材っていつもはどこから買ってるんですか?」

「買ってるわけじゃなくて、魔物牧場から一定量配布されるんだよ。それが倉庫に研究所別で備蓄されていて、注文のたびに出してもらうんだ」

「へぇ。あんなに沢山貰ってるんですね」

「貰ってるというか、要研究所として一年ごとにまとめて買い取ってるんだよ。流石にあの量をタダでもらうと牧場が潰れちゃうよ」

「そういうことですか。研究所ごとの配分はどう決めてるんですか?」

「年に一回の会議で配分を議論して決めるんだよ。それを管理部門が管理してる。工場や討伐隊も同じような仕組みだよ」

「予算決めってやつですね」

「その通り。会議は各所長が出るんだ。一年分の素材やお金が決まるから、それはもう壮絶な会議らしいよ……。木蓮所長がヘトヘトで帰ってくるからね」


 木蓮さんがヘトヘト?壮絶な会議……?会議なのに壮絶とかあるんだろうか。想像できない。


「まぁ。素材のことは一旦置いておいたら。少なくとも僕たちは今のところ大丈夫だから」

「……はい。わかりました」


 いつまで続くかわからないから怖い気もするが……。まぁ、とりあえず今はどうしようもない。


 あらためて、今日のやることを考えよう。


「ユウガオー!おはよう」

「おはよう。朝から元気だね」

「それはみんなだろ?それより、今日から——」

「月燈さん。ちょっとよろしいでしょうか?」


 ユウガオと今日の予定を決めようとしたところで、

 一室の入り口付近に立つ木蓮さんに呼ばれた。

 ユウガオが頷いたので、木蓮さんの方に向かう。


「木蓮さん、おはようございます」

「はい、おはようございます。次の課題についてお話ししたいので、部屋に来てもらえますか?」

「わかりました」


 木蓮さんに続いて、一室を出て所長室に入る。

 所長室自体には変化がなかったが、執務机には多くの封筒が置かれていた。


「長くなりそうなので」と来客用机を勧められたので座る。

 冷や汗がでた。


「改めて、報告書の作成お疲れ様でした。あれからどうしていましたか?」

「飛脚靴への補充に関してデータを取っていました。また補充できない状態は避けたいので。昨日おおかた終了したところです」

「それはちょうどいいタイミングでしたね。では、次の課題についてです」

「お願いします」


 油断できない。飛脚靴の件で木蓮さんの要求は無茶……想定より高いことを思い知った。


「魔包魔道具の量産化です」

「量産化?」


 予想外の課題に思わず声がもれる。どういう課題だ?


「大量に作れってことですか?」

「いえ、違います。量産ではなく、量産化(・)です」


 何が違うのだろう。いまいちピンとこない。


「背景から話しますね。事は月燈さんの報告書です。魔包魔道具の報告書に閲覧制限が出たのは知っていますね?」

「はい。聞いています」

「実は私の要請です」

「え?そうだったんですか?」

「はい。あることを懸念しました。それが的中したのです」


 閲覧制限については少し不満だった。おれとしては、早く広めて討伐隊等に役立ててほしい。それなのに研究所しか読めないと聞いたからだ。


「懸念というのは?」

「アレです」


 木蓮所長が執務机の上に置かれた多くの封筒を指差す。


「手紙ですか?」

「はい。各研究所や討伐隊からですね。内容はおおよそ全て同じで、『魔包魔道具を大量に寄越せ』です」

「え?」

「私の懸念とは、月燈さんの開発品が魅(・)力(・)的(・)す(・)ぎ(・)る(・)ことです。この開発品は多くの魔道具の可能性を広げます。それは分かりますね?」


 おれは頷く。その効果の例が飛脚靴だろう。飛脚靴の交換が不要となることは、便利になるどころか、補給が不要になるなど、運用方法すら変わる。


「そう。ある意味で、魔包魔道具は現状の魔道具の問題点を一挙に解決できる可能性があります。皆が飛びつかない訳がありません。実際、一室……というか第2研もそういう状況でしょう」

「はい。皆に粉や手袋を配りました」


 何となく、問題点がわかってきた。


「そうなると、ひとつ問題が起きます。わかりますか?」

「粉が、さらにいえば原材料の素材が足りなくなります」

「はい。その通りです。粉もですが、今回の報告書には製法も書いてある。つまり、誰でも作れるからこそ、原材料の取り合いが起きてしまう。これが、私が想定していた懸念です」


 やっぱりだった。おれはさっきの加工室のやり取りを思い出す。


「わかりました。それで大量に必要ということですね」

「そういうことです」

「でも、大量に作ることが課題ではない?」

「はい。そもそも、そんな多くの要求を満たすほど、個人では作れません。魔道具がどこで作られているか分かりますか?」

「……工場ですか?」

「そうです。つまり工場に魔包魔道具を作ってもらいます」


 ただ、その内容だと、疑問がわく。


「それは、おれの課題なんですか?工場に報告書の内容で作ってもらえばいいだけじゃ……?」


 そう。作り方は書いてあるんだ。それを見て貰えば問題ない。


「そうですね……。例えば、製造方法の部分で月燈さんが何も知らない状態で指示を受けたとします。素材の粉と魔力線はどのくらい混ぜますか?」


 それは報告書に書いたはずだ。


「……魔力線を一割五分(15%)以上混ぜます」

「では、9割混ぜたものと2割混ぜたものは同じ魔包魔道具とみなしていいですか?」

「いや、流石に9割は……」

「では4割は?」

「まぁ、4割くらいなら大丈夫そうな気がします……」

「その判断は工場ではできません」

「っ!」


 確かにおれはいくつか作ったことがあるから判断できるけど、工場の人はできない。


「それに、すり鉢ですが、工場で使ってるすり鉢を使ってもいいですか?」

「え?ここで使ってるものと同じであればいい……それも工場では判断できないですね……」

「そういうことです。それにそもそもすり鉢を使っていたら大量になんか作れません。それに原材料となる素材も下級素材なら何でもいいとありますが、それでは何を準備したらいいかわかりません。報告書に書いてあるのは最低限の作り方であって、大量に作る方法ではないのです」


 自分としては報告書にしたことで作り方を細かく示したつもりだった。でも、確かに改めて考えると、非常に抜けが多い。


「だからこそ、開発者自身が工場に行って、何が大事なポイントで、工場の器具や人をどう使って作るか、そして、誰が作っても同じ効果がでるかを考えます。その方法を決めることを量産化というのです」

「……ありがとうございます。内容を把握しました。工場にいって魔包魔道具の作り方を決めてくることがおれの課題ってことですね」

「はい。その通りです」


 課題の内容がわかった。最初は怪訝に思ってしまったが、よく考えたら魔道具の工場に行けるってことだ。

 

 魔道具を作ってるところが見られる!


「わかりました!それじゃあ早速ユウガオを誘って……」

「あと、言い忘れましたが、夕顔さんと火花野さんは今回は別行動です」

「え?」

「夕顔さんは新型測定器についてまだやることがあるため、別課題を出します。ただし、結界核の原因調査の課題は継続なのでお忘れ無く。あと、火花野さんも別行動中なので、いまはいないと思います」


 一気に不安になる。


「じゃあ……おれ一人ってことですか?」

「流石にそんなことしません。今回は別の人と組んでもらいます」

「別の人?」

「先日出張から帰ってきた一室加工担当の木香 牙羅(モッコウ キバラ)さんです。頼りになる女性ですよ。既に話は通してあります。明日朝一で管理棟で待ち合わせの予定です。合流した後、二人で工場へ向かってください。よろしくお願いしますね」


 新しい課題と新しい開発者。

 全く新しい挑戦の始まりに、知らずと拳を握りしめていた。

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