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月光亭

「月光亭へようこそ」


 女将さんに挨拶をされて、所長が返事をする。


「本日の予約をしております所長の木蓮です。本日は突然の予約にも関わらず、ご対応いただきありがとうございました。」


 所長に合わせて、私もお辞儀をする。


「いえー、月光亭を選んでくださって、ありがとうございますー」


 よく見ると女将にしては若くて、喋り方が可愛い人だなと思いながら、宿屋に目を移す。

 まず目に入るのが、立派な塀だ。女将さんの立つ門の向こうにだけ宿の入り口が見え、塀に囲まれた内側はほとんど見えない。


「それではご案内致しますー」


 女将に案内されて門をくぐる。すると、見えていなかった塀に隠されていた部分が見えた。だが、建物より先に庭へ目を奪われ、思わず声が漏れる。


「綺麗……」


 そこには一面の白い石が敷き詰められ、渦の様な模様が全体に描かれていた。

 よく見ると、所々に大きな灰色の石もあり、模様が波のように見える。

 さらに所々が青く光っている。おそらく『蛍火蝋燭』だろう。ただどうやって青く見せているかはわからない。


「綺麗な庭ですね」


 と所長に話しかけると、所長は私よりも驚いた様子で目を見開いていた。


「所長?どうしましたか?」

「……あぁ、ごめんなさい。足を止めていました。まさか枯山水を見ることが出来るなんて」

「枯山水?」

「枯山水!」


 私が疑問と共に所長の言葉を繰り返すと、同じタイミングで女将が驚きと共に同じ言葉を繰り返す。思わず女将さんを見る。


「よくご存知ですねー。確かにこの庭は枯山水といいますー」

「私も資料で見ただけなので、実物は初めて見ました。この庭はどこで?」

「主人が、近くの川で白い石を見つけて、枯山水が作れる!と喜んで作ったものですー」


 嬉しそうに話す所長を見て、同じ趣味を持つ女将さんのご主人に少しだけ嫉妬する。会話に入れないので、黙って2人の後ろを歩く。


「それはそれは。是非ご主人とお話しさせていただけると嬉しいのですが」

「嬉しいお誘いだと思いますが、主人はすでに他界してまして……」

「それは……。失礼いたしました。」

「いえー。もう5年も前なのでー。お気になさらず。」


 私はさっき嫉妬した自分を恥じた。故人に嫉妬するなんて。なんて浅はかなの、私は!あぁー。


 心で悶えていると、建物の入り口まで着いた。建物自体は木造の建物で、宿としては少し小さい気がするが、綺麗な建物だ。


「それでは足元に気をつけてお入りくださーい。」


 引き戸を開けると、中は魔道具の暖かい光で満たされており、不思議と安心感のある内装だった。

 いい雰囲気!と窓や床、壁の絵などを見ていた。

 ただ、真横に安心感とはほど遠い、大きな木彫りの熊が置いてあった。


 え、何これ?

 なんで入り口に?


 不思議に思い近づこうとしたとき、従業員の方によって椅子に案内されたため、しぶしぶ熊から離れて椅子に座る。遠目でさっきの熊を見ていると女将さんがやってきた。


「今お部屋を準備してますので、まずはこのおしぼりでお顔や手をお拭きくださーい」


 おしぼりと言う名の、お湯で濡らした手拭いを渡された。初めての体験だ。言われた通りに手と顔を拭く。化粧はしていないので、思い切り拭ける。ゴシゴシと顔を拭くと、不思議とさっぱりして、これだけで疲れが吹き飛ぶ。


「あー気持ちいいですね」

「そうですね。初めてですが、疲れが取れます」


 ふーっと気が抜けてしまいそうになると、続けて女将さんがコップを2つ持ってきた。


「こちら”ようこそ水”ですー。無料なのでどうぞー」


 渡された水は、とても冷えていた。

 気温より冷えているので、もしかしたら『清流籠』に入れていたのかもしれない。

 魔道具で水はいつでも飲めたとしても、多少節水はしていたので、喉は乾いていた。

 渡された”ようこそ水”に口をつける。


「あ、美味しい。なんか少しだけ甘いし酸っぱい?」

「はいー。疲れてる時に特に美味しいお水なんですよー」


 所長は水を見つめていたので、私は何となく宿の中へ目を向ける。


 構造自体はこれまでの宿と変わらない。ただ置いてあるものが少し特殊だ。

 例えば、あの熊。よく見ると熊の足元に小さい熊も置いてある。親子だったのかと、謎の感想を抱く。

 そして、護衛として同行していた討伐隊員たちにもおしぼりや水が渡されている。

 やはり顔を拭くのは気持ちいいらしく、ワイワイしている。


 さらにカウンターの方を見ると、隅に置いてあるお手製感の強い箱が目に入った。

 箱には、『要らなくなった素材や使い終わった魔道具回収箱』と書いてある。


 ……ゴミ箱ということだろうか。それにしてもわざわざあんな事を書いてあるのは珍しい。気になって、近づいて中を覗くと、クシャクシャになった紙や串肉の串が入っていた。やっぱりゴミ箱かと思ったが、下の方に風鈴羽が入っているのが見えた。

 風鈴羽は風を起こす魔道具だ。うちわのように風を顔に当てたり、かまどの火に風を供給したり、あとは束ねて箒代わりにしてゴミを外に飛ばしたりと、多くの使い方で出回っている魔道具の1つだ。

 魔道具と言っても、すぐ使えなくなるし、すぐ買えるし、まぁゴミだろう。

 

「お部屋にご案内しますー」


 ゴミ箱をのぞいていると、後ろから女将さんの声が聞こえたので、意識を戻す。


 今日泊まる部屋に案内され、入り口の前で止まる。


「今回お泊まり頂くのは貴賓部屋ですー。他の部屋と違い、この部屋はこの札を使います。こちらを『開』と書いた場所にはめると扉が開きますー」


 札を入れると、ザザっと何かが動く音がして、その後扉が開いた。

「外出するときは、こちらの『閉』の場所に、札をはめて下さいねー」

 と言いながら、女将さんは部屋に入っていった。


 衝撃だった。明らかに魔道具だ。ただ……。

 

 明るい部屋の中が見え、衝撃から立ち直れていないが、札をはめていた場所から目を移す。


「夕食はは数名分と伺って……」


 女将さんが部屋に入ってから色々と説明を受けるが、扉の魔道具が気になって、話が入ってこなかった。早く所長と話したい。


「それではごゆっくりー」


 女将さんが出ていった。


「所長、あの……」

「いい宿ですね。おしぼりや枯山水等、変わったものも多いですけど」

「え?あ、……はい。女将さんも丁寧だし、いい宿って噂になっていたのも納得です」


 所長がプラス評価の感想を述べたので、自重し話を合わせる。


「あと変わってると言えば、魔道具が多い事でしょうか?」

「そ、そうなんです!庭や入り口、部屋にまで使われています。それを常設しているのは、大きな屋敷や研究所くらいで、交換を考えると、この宿では明らかに無理があります」


 そこまで言って、私は入り口を指差す。


「一番はあれです!手製の魔道具は珍しくないですが、あの仕組みは異常です。札で制御するなんて、やり方が想像できません!」

 私は興奮して捲し立てる。


「もし私たちが知らない魔道具なら、原理を解明しなければ……」

 

 くううぅぅ。

 

「っ……⁈⁉︎」


 私はとっさにお腹を押さえる。

 なんでまた⁈もう!もう!!


「ふふふ。不思議なのはわかりますが、まずは祭りでご飯ですね。私の分も適当に買ってきて下さい。続きは帰ってきてからにしましょう」

「はい!失礼します!」


 私は話したい欲求よりも恥ずかしくてその場を立ち去る事を優先して部屋を飛び出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一人残された木蓮所長は、例の表面がザラザラな札を手に取り表や裏を観察しながら、一人呟く。


「確かに変わっていますね。どうやったのでしょう。ただ私が事前に聞いて一番変わってると皆が口を揃えて言っていたのは、女将の息子さんなんですよね。どんな人なのでしょうか。ふふふ。やはり遠出はいいですね」

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