補給任務再同行(6)駆け出した先
夕顔視点です
「——今!」
月燈くんが、扉から飛び出していった。
神様!月燈くんを守って!
ぎゅっと目を瞑って祈る。
すぐに扉を閉めて、荷羽ちゃんが窓に向かう。
「魔物に変わった様子は……ない。月燈のことはバレてないみたい」
「そうなんだ。よかった」
握っていた両手を離す。
「私は櫓に登って、狼煙があがっているか見てくる。もし応援を呼んでたら、さっきの監視所が狼煙をあげてるはずだから」
荷羽ちゃんが外に出ていった。
私は窓から討伐隊の様子を見る。
雨が強くなって、あまり様子が見えない。かろうじて、まだ隊長たちが戦っているのが見える。
トントントントン……
屋根から足音が部屋の中に響く。多分、荷羽ちゃんが櫓に登ってる音だ。
外の様子がわからない。なんとなく私は部屋の中を見渡すと、荷羽ちゃんが扉の前に集めた棚や木箱が目に入った。
木箱の隙間から、魔道具らしきものが見える。
なんだろう。何かがいっぱい入ってる。
近づいて中を見ると、そこには手のひら大くらいの板が並べられていた。
「土堅板だ。きっとこの監視所を建てた時の残りね」
監視所の壁を漆喰で固めたときの残りだろう。
バタン
扉を開けて、荷羽ちゃんが入ってきた。
頭についた雨を払う。
「だめ。雨で何も見えない。多分向こうも気がついてない気がする」
「じゃあ、応援は……」
「来ないかも」
「だとしたら、私たちだけで?」
「そう。なんとかしないといけない」
また窓の外を見る。
「隊長が来てる!荷羽ちゃん!」
太刀戌隊長がこちらに走ってきているのが見えて、慌てて荷羽ちゃんに声をかける。
荷羽ちゃんは急いで窓際に近寄る。
「花籠!さっき櫓に登っていたな!狼煙は?!」
「見えませんでした。それにこの雨です。おそらく気付かれていない可能性が高いです」
「そうか。そうなると私達だけでなんとかしないと……。月燈はどうした?」
太刀戌隊長が監視所内を見渡す。
「月燈は、飛脚靴補充のために結界内に向かいました」
「何……?どういうことだ?」
「私と月燈くんで、補充できなかった原因を考え、結界内でないと補充できないという結論に至りました。それで、補充のために——」
「私が許可しました。出て行ってから、いくらか時間は経っています」
太刀戌隊長が一瞬だけ顔をしかめた。しかし、すぐに考え込む。
「本当に補充できるのか?」
本当にできるか、正直わからない。
ただ、私は信じると決めて送り出したんだ!
「できます!だからこそ送り出しました」
太刀戌さんが私の顔をじっと見る。怖い。
でも、目は逸らさない。絶対に補充できるんだから。
「わかった。信じよう。どのみち応援も見込めない状況ではジリ貧だ。馬は外にいるな。私が月燈の元へ飛脚靴を取りに行く」
「へ?」
咄嗟に口に手を当てる。あまりにもあっさり信じてくれたので変な声がでた。恥ずかしい。
「二人ができると確信したんだろう。それで十分だ。君たちは結果を出しているからな。ただ、私が迎えに長時間離れて大丈夫か……」
太刀戌隊長が魔物と戦っている討伐隊の方を見る。
「戦闘の状況は?」
「地面がぬかるんでいるため、蛍火猪の動きが鈍い。そのおかげで飛脚靴の消費も抑えられている。ただ、それはこちらも一緒だ。足を取られて体力の消耗が激しい。いつ崩れるかわからん」
「なるほど……」
わたしの中で、二つのピースが繋がる。
「太刀戌隊長。そこに土堅板が複数あります。それを討伐隊の足元に起動してから、ばら撒いてください」
「どういうことだ?」
「馬車の車輪に土堅板をつけることで、ぬかるんだ道を固めて進む使い方があります。同じ原理で皆さんの足元だけ固められるかもしれないです」
箱から出して、土堅板を渡す。
「……なるほど」
隊長は足元の地面に板を投げて、その上を踏む。
「……いけるな。こちらの方が断然戦いやすい」
「あ!でも、魔物も走りやすくなるかも」
「いや、手前で早くなったところで加速できないだろう。これならばもう少し持たせられる」
「もう一つ。私も連れて行ってください!」
「何故だ?外は危険だぞ」
「戦えない私がここにいると、誰かに守ってもらうことになります。だけど、結界の中まで連れて行ってくれれば、魔物に集中できるんじゃないでしょうか」
さっきまで、わたしがいるから荷羽ちゃんが自由にできないと思っていた。
だから、ここはチャンスだ。
「一理ある。では花籠はこの板を持って梁達に合流してくれ!夕顔はついてこい!」
「はい!」
「了解です!」
わたしは手荷物だけ持ち、扉を開ける。
荷羽ちゃんは土堅板を袋に入れた。
「無理しないで!」
「ありがとう、灯火ちゃん!絶対に!またあとでね!」
荷羽ちゃんが飛び出した後に、わたしも監視所を出る。
雨が激しくて、目を開けるのも大変だ。
雨音で叫ばないと会話できない。
「よし!私が先に馬に乗るから、後ろに乗れ!」
「はい!」
馬のところまで移動して、背負わせていた補給物資をはずす。
太刀戌さんが馬に乗った後に、手を貸してもらい後ろに乗る。
「わ!」
予想以上に不安定で、太刀戌隊長にしがみつく。
「行くぞ!しがみついておけ!」
「はい!お願いします!」
途端に馬が走り出す。
は、速い……!
想像以上の速さに、目を閉じる。急に体が浮かぶくらいの上下に動くから、しがみつく以外のことができない。
———どれくらい走っただろう。徐々に速度にも慣れてきた。うっすらと目を開けて周りをみる。
既に監視所は見えない。
どの辺りだろう。
ふと、馬の速度が落ちた。
「そろそろ結界の看板が見えてくるぞ!」
「え?は、はい!」
太刀戌隊長から声をかけられて、顔をあげる。
もうそんなところなんだ!月燈くんを探さないと!
しがみついていた手を緩める。
まずい。すれ違ってたらどうしよう。
左右に首を振って、辺りを見渡す。
人影らしきものは見当たらない。
看板が前に見えるところまで来てしまった。
月燈くんは見つからない。
左右の木の下まで細かく見る。
ふと、奥の木の下に影を見つけた。
雨が目に入って、よく見えない。
手で目を覆い、必死に目を凝らす。
「いた!いました!左の奥の木の下!」
太刀戌隊長の背中を叩く。
「あれか!」
馬を走らせて、月燈くんの方へ近づいた。
月燈くんはこちらに背を向けて座っていた。
「月燈くん!」
大声で呼びかける。
ばっと首をこちらに向ける。
「ユウガオ!それに太刀戌隊長!馬の足音か!よかった……」
木が傘代わりになって、声が聞きとりやすくなった。馬から降りて駆け寄る。
「えっ」
わたしは月燈くんの姿を見て、絶句する。
月燈くんの足がガタガタと大きく震えていた。何をしたらこんな状態になるのかわからない。
「大丈夫?!」
わたしは急いで駆け寄り、月燈くんと一緒に足を押さえる。
「足はいい。それよりも、この袋を隊長に……」
手に当たった感触で、飛脚靴だと察する。
「できたの?」
「あぁ……。おれたちは正しかった……!」
良かった。補充できたんだ。
安堵しながら、急いで袋を隊長に渡す。
「これは——」
「飛脚靴への魔力補充、完了しました……」
月燈くんが答える。
その小さな声に、太刀戌隊長が身震いしたのが見えた。
「本当に……よくやった」
太刀戌隊長は袋の中の飛脚靴に履き替えて、軽く跳ねる。
「私が今まで履いた中で一番の代物だ。後は任せて、二人は待っていろ」
「いえ、おれたちはこの靴に魔力を補充して届けます。太刀戌隊長は急いで戻ってください」
月燈くんは、太刀戌隊長が脱いだ飛脚靴を指差す。
太刀戌隊長は、ふっと口角を上げると、馬に飛び乗る。
「それならば、ゆっくり来るといい。二人が着くまでに終わらせておくことを約束しよう」
「信じます」
月燈くんの返事を聞くと、太刀戌隊長は馬で監視所に戻っていった。
「……いま、笑ってたよな?」
「うん。びっくりした」
馬に乗る前、確かに笑った。初めて見た。
「あ。足が止まってる」
「え?本当だ。足も驚いたみたいだ」
「何それ」
ふふっ
少しだけ、気が抜けた。私たちのやることはほとんど終わった。後は、信じるだけ。
「じゃあ、私が補充するから待ってて」
「頼む。……いたたた」
足を動かそうとして痛がる月燈くんの横で、飛脚靴に魔力を補充した。
本当に結界が原因だったんだ。
確信はあったけど、実際に目にして驚く。不思議な性質だ。
「終わったよ。立てる?」
「……っつ、ああ、立てそうだ」
月燈くんに肩をかす。立てるまで回復してよかった。
そのまま、監視所に向かって歩き出した。
疲労のため、無言で歩き続ける。雨が弱くなってきて、少しずつ遠くが見えるようになってきた。
「みんな無事かな」
なんとなく呟く。
「花籠もあんなに強いんだ。大丈夫だろ、きっと」
「そうだね」
監視所に着くのが怖くなってきた。誰一人として、欠けて欲しくない。
「荷羽ちゃん……」
みんなのことを考えながら足元を見て歩いていると、雨が頭を叩く感覚がなくなったことに気がついた。
雨、止んだかな。
顔を上げる。
すると、私の視界が監視所と、その前に広がる光景を捉えた。
「月燈くん!」
「——!ああ、行こう!」
月燈くんとわたしは、疲れを忘れて駆け出した。
その先には、
監視所に駐屯していた三人がいた。
梁がいた。
太刀戌隊長が腕を組んでいた。
そして、
荷羽ちゃんが笑顔で大きく手を振っていた。




