補給任務再同行(4)原因
「わかった。やる」
ユウガオの顔が、不安げな表情から決意を込めた表情に変わった。
ユウガオも土壇場で肝が据わるんだよな。
結界核でのユウガオを思い出す。
「じゃあ、状況をまとめるよ」
ユウガオは紙に文字を書き始める。
「飛脚靴に魔力補充ができないのが現状」
「そうだな。足袋でも、手袋でも、粉自体ですら駄目だった。魔力測定器の異常でもない」
「粉を直接当ててもダメなんて事は、今までなかった。飛脚靴側に何か起きてると考えてみようか。今朝はできてたよね。何が違う?」
この監視所にあった飛脚靴だけが今のところ補充ができていない。机の上の飛脚靴を手に取る。
「素材部分や状態に異常が無いか見てみよう」
「わかった」
ユウガオも別の飛脚靴に手を伸ばす。
「特に変わった部分は……ない。そっちは」
「同じ。特にないよ」
どういうことなんだ?
飛脚靴をおいて、ふと花籠を見ると、監視所内の椅子や棚を扉付近に集めていた。立てこもる時に扉の前に置くのだろう。
視線を窓に移すと、遠くで戦っている様子が目に入った。まだ、状況は変わってなさそうだ。
視線を戻し、机を見る。
「花籠。一瞬だけ飛脚靴を貸してくれ」
「わかった」
花籠は飛脚靴を脱いで、こちらに投げる。
靴を受け取って、魔力補充を試みる。測定器の針は動かない。
「花籠の飛脚靴は、数日前は補充できていた。おれが確認してる。ということは……、原因は飛脚靴じゃない!粉側だ!」
くそっ!結局粉が原因なのかよ!
心の中で悪態をつきながら、花籠に靴を返す。粉側の原因。つまり、おれたちの検証不足だ。
おれの言葉を聞いたユウガオが、机の端から、水の出る魔道具を手に取り、取手部分に粉をつけて握る。取手部分は光らなかった。
「確定ね。粉で魔力補充が出来なくなってる」
「そうだな。ただ粉に原因があるとすると……補充できないことなんか初めてだ。検証しようにも考える糸口がない」
検証するには、他の失敗と共通する部分を探す必要がある。他に失敗例がない限り、比較ができない。
「結界核でも補充できなかったよね!」
「あれは、中級素材の粉を使ったからだ。報告書を作ってる時に検証して同じことが起きた。だから、その失敗の原因は確定しているんだ」
密かに気になって、データ取りの合間に実験していたことを思い出す。
「研究所に来る前に失敗したことは?」
「ない」
失敗していない確信がある。だからこそあの頃はやる事がなく停滞していたんだ。
「あ!」
花籠が声を上げる。
咄嗟に窓の外を見ると、蛍火猪が1匹、こっちに向かって走ってきていた。
遠くからではわからなかった猪の生々しさが感じ取れる。その時、猪と目があった気がした。生まれて初めて明確な殺意を向けられて、足がすくむ。
「一頭なら!」
花籠が窓から飛び出した。
突然花籠が現れて動きを止めた猪の横を、花籠が飛脚靴で加速して駆け抜ける。
「シッ」
すれ違い様に花籠は猪の足に刀を振る。
呼吸か刀の音かわからない音が聞こえた。
「ギィィィ!!」
蛍火猪が歯ぎしりのような不快な鳴き声をだす。
足を切られ動けなくなった蛍火猪の横へ、花籠が加速しながら回り込む。そのまま刀を蛍火猪の胴体に突き立てた。
「ギッ……」
蛍火猪は鳴き声を止めて、その場に倒れた。
花籠は即座に羽織を猪にかけて、亡骸を隠す。
そのまま、他に猪は来ていないかを確認した後、扉から帰ってきた。
「荷羽ちゃん!!大丈夫?!」
「大丈夫だよ、灯火ちゃん。ただ、安心はできないけどね」
身に危険が迫っている。
そのことを、花籠の刀に付いた猪の血の匂いが、否応なく実感させる。
早く続きを考えないと!
気持ちは逸るが、足がすくんでしまって動かない。
「二人とも原因は掴めた?!」
「まだだ!まだ考えが足りない!それに足が……!」
動けないおれとユウガオを見て、花籠が笑顔をつくって叫ぶ。
「大丈夫!猪が来ても私が追い払う!私はこの状況でも諦めない二人を信じてる!だからっ……!」
花籠の目から涙が流れる。
「梁を……助けて……!」
……動……けっ!!
足を無理やり動かして、倒れるように机にしがみつく。
「ユウガオ、続きだ!粉が使えなかったことが無いかもう一回考えるぞ」
「うん!わかった」
研究所についてから、失敗した記憶はない。火花野さんから、粉を布で包むことを提案されて、まず袋型にして……
「……あった。あるよ、失敗したこと!馬車の中!」
「馬車の中……?おれが研究所に向かう馬車か!」
思い出した!確かにあの時、ユウガオが水の魔道具に補充をしようとした。
「そう!私は粉に触らないように、革製の薄い蓋に粉を乗せて補充しようとしたけど、できなかった。あの時は直接触れないとダメだと思ったけど、今考えるとおかしい!だって、今は革製の手袋で補充できてる!」
その通りだ。おれの作った手袋は革製だ。厚みなんか、蓋よりも少し厚いくらいだ。
火花野さんが布で包んだ時に感じた違和感はコレだったんだ!おれはそのせいで直接触れないと駄目だと思っていた。
「よし!後は共通点だ。あの時と今で共通するところを探す。それが原因だ!」
あの時は研究所に向かう途中だった。
天気は……違う。あの時は晴れていた。
揺れていたから?違う違う。そんなところじゃ無い!
もっと前提の条件のはずだ。
おれは馬車に乗って、初めて町を出て、その後初めて……
……結界の中から、
……結界の外に出た。
「結界だ」
「え?」
「見つけたぞ、共通点!ここは結界の外だ!あの時も馬車は結界の外を走ってた!」
「……そうかも!その後、あらためて私が補充した時は、研究所の結界内だった!」
間違いない。研究所に入る前も、研究所でも失敗していないことも説明がつく。
「何故かはわからない!だけど、結界の中に入れば、補充できるかもしれない!」
おれは飛脚靴と補充に必要なものを袋に入れる。
「どうするの!?」
「結界はあの看板の場所からだ。あそこまでなら走っていける。猪がいる方向も反対側だ。おれはあそこまで行って飛脚靴に魔力を補充してくる」
「それなら私も行く!」
「駄目だ。この仮説が駄目な可能性もあるし、突然補充できるようになるかもしれない。ユウガオはここで備えていてくれ」
「……わかった」
袋の準備が完了して扉から出ようとすると、花籠が前を塞ぐ。
「どいてくれ」
「指示は待機だよって言いたいけど……。本当にできるの?」
「あぁ。その可能性は高い」
「わかった。太刀戌隊長には私も賛同したって説明する」
花籠が窓に近づく。
「扉を出るタイミングは私が出す。猪ができるだけこっちに近づいてない時に合図するから、すぐ走って」
「ありがとう」
「気をつけて」
花籠は外を見つめる。
「——今!」
おれは、外に飛び出した。




