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剣なき英雄譚 〜魔道具研究開発録〜  作者: 博雅
第三章 粉実証試験編 -監視所の異変-
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補給任務再同行(4)原因

「わかった。やる」


 ユウガオの顔が、不安げな表情から決意を込めた表情に変わった。

 ユウガオも土壇場で肝が据わるんだよな。

 結界核でのユウガオを思い出す。


「じゃあ、状況をまとめるよ」


 ユウガオは紙に文字を書き始める。


「飛脚靴に魔力補充ができないのが現状」

「そうだな。足袋でも、手袋でも、粉自体ですら駄目だった。魔力測定器の異常でもない」

「粉を直接当ててもダメなんて事は、今までなかった。飛脚靴側に何か起きてると考えてみようか。今朝はできてたよね。何が違う?」


 この監視所にあった飛脚靴だけが今のところ補充ができていない。机の上の飛脚靴を手に取る。


「素材部分や状態に異常が無いか見てみよう」

「わかった」


 ユウガオも別の飛脚靴に手を伸ばす。


「特に変わった部分は……ない。そっちは」

「同じ。特にないよ」


 どういうことなんだ?

 

 飛脚靴をおいて、ふと花籠を見ると、監視所内の椅子や棚を扉付近に集めていた。立てこもる時に扉の前に置くのだろう。

 視線を窓に移すと、遠くで戦っている様子が目に入った。まだ、状況は変わってなさそうだ。


 視線を戻し、机を見る。


「花籠。一瞬だけ飛脚靴を貸してくれ」

「わかった」


 花籠は飛脚靴を脱いで、こちらに投げる。

 靴を受け取って、魔力補充を試みる。測定器の針は動かない。


「花籠の飛脚靴は、数日前は補充できていた。おれが確認してる。ということは……、原因は飛脚靴じゃない!粉側だ!」


 くそっ!結局粉が原因なのかよ!


 心の中で悪態をつきながら、花籠に靴を返す。粉側の原因。つまり、おれたちの検証不足だ。

 おれの言葉を聞いたユウガオが、机の端から、水の出る魔道具を手に取り、取手部分に粉をつけて握る。取手部分は光らなかった。


「確定ね。粉で魔力補充が出来なくなってる」

「そうだな。ただ粉に原因があるとすると……補充できないことなんか初めてだ。検証しようにも考える糸口がない」


 検証するには、他の失敗と共通する部分を探す必要がある。他に失敗例がない限り、比較ができない。


「結界核でも補充できなかったよね!」

「あれは、中級素材の粉を使ったからだ。報告書を作ってる時に検証して同じことが起きた。だから、その失敗の原因は確定しているんだ」


 密かに気になって、データ取りの合間に実験していたことを思い出す。


「研究所に来る前に失敗したことは?」

「ない」


 失敗していない確信がある。だからこそあの頃はやる事がなく停滞していたんだ。


「あ!」


 花籠が声を上げる。

 咄嗟に窓の外を見ると、蛍火猪が1匹、こっちに向かって走ってきていた。

 遠くからではわからなかった猪の生々しさが感じ取れる。その時、猪と目があった気がした。生まれて初めて明確な殺意を向けられて、足がすくむ。


「一頭なら!」


 花籠が窓から飛び出した。

 突然花籠が現れて動きを止めた猪の横を、花籠が飛脚靴で加速して駆け抜ける。


「シッ」


 すれ違い様に花籠は猪の足に刀を振る。

 呼吸か刀の音かわからない音が聞こえた。


「ギィィィ!!」


 蛍火猪が歯ぎしりのような不快な鳴き声をだす。

 足を切られ動けなくなった蛍火猪の横へ、花籠が加速しながら回り込む。そのまま刀を蛍火猪の胴体に突き立てた。


「ギッ……」


 蛍火猪は鳴き声を止めて、その場に倒れた。

 花籠は即座に羽織を猪にかけて、亡骸を隠す。

 そのまま、他に猪は来ていないかを確認した後、扉から帰ってきた。


「荷羽ちゃん!!大丈夫?!」

「大丈夫だよ、灯火ちゃん。ただ、安心はできないけどね」


 身に危険が迫っている。

 そのことを、花籠の刀に付いた猪の血の匂いが、否応なく実感させる。


 早く続きを考えないと!

 気持ちは逸るが、足がすくんでしまって動かない。


「二人とも原因は掴めた?!」

「まだだ!まだ考えが足りない!それに足が……!」


 動けないおれとユウガオを見て、花籠が笑顔をつくって叫ぶ。


「大丈夫!猪が来ても私が追い払う!私はこの状況でも諦めない二人を信じてる!だからっ……!」


 花籠の目から涙が流れる。


「梁を……助けて……!」



 ……動……けっ!!

 足を無理やり動かして、倒れるように机にしがみつく。


「ユウガオ、続きだ!粉が使えなかったことが無いかもう一回考えるぞ」

「うん!わかった」


 研究所についてから、失敗した記憶はない。火花野さんから、粉を布で包むことを提案されて、まず袋型にして……


「……あった。あるよ、失敗したこと!馬車の中!」

「馬車の中……?おれが研究所に向かう馬車か!」


 思い出した!確かにあの時、ユウガオが水の魔道具に補充をしようとした。


「そう!私は粉に触らないように、革製の薄い蓋に粉を乗せて補充しようとしたけど、できなかった。あの時は直接触れないとダメだと思ったけど、今考えるとおかしい!だって、今は革製の手袋で補充できてる!」


 その通りだ。おれの作った手袋は革製だ。厚みなんか、蓋よりも少し厚いくらいだ。

 火花野さんが布で包んだ時に感じた違和感はコレだったんだ!おれはそのせいで直接触れないと駄目だと思っていた。


「よし!後は共通点だ。あの時と今で共通するところを探す。それが原因だ!」


 あの時は研究所に向かう途中だった。

 天気は……違う。あの時は晴れていた。

 揺れていたから?違う違う。そんなところじゃ無い!

 もっと前提の条件のはずだ。


 おれは馬車に乗って、初めて町を出て、その後初めて……


 

 ……結界の中から、



 ……結界の外に出た。


 

「結界だ」

「え?」

「見つけたぞ、共通点!ここは結界の外だ!あの時も馬車は結界の外を走ってた!」

「……そうかも!その後、あらためて私が補充した時は、研究所の結界内だった!」


 間違いない。研究所に入る前も、研究所でも失敗していないことも説明がつく。


「何故かはわからない!だけど、結界の中に入れば、補充できるかもしれない!」


 おれは飛脚靴と補充に必要なものを袋に入れる。


「どうするの!?」

「結界はあの看板の場所からだ。あそこまでなら走っていける。猪がいる方向も反対側だ。おれはあそこまで行って飛脚靴に魔力を補充してくる」

「それなら私も行く!」

「駄目だ。この仮説が駄目な可能性もあるし、突然補充できるようになるかもしれない。ユウガオはここで備えていてくれ」

「……わかった」


 袋の準備が完了して扉から出ようとすると、花籠が前を塞ぐ。


「どいてくれ」

「指示は待機だよって言いたいけど……。本当にできるの?」

「あぁ。その可能性は高い」

「わかった。太刀戌隊長には私も賛同したって説明する」


 花籠が窓に近づく。


「扉を出るタイミングは私が出す。猪ができるだけこっちに近づいてない時に合図するから、すぐ走って」

「ありがとう」

「気をつけて」


 花籠は外を見つめる。


「——今!」


 おれは、外に飛び出した。

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