補給任務再同行(3)才能
だっだっだっ……
足音しか聞こえない。走るように言われて、花籠に必死についていく。
ユウガオの事が心配でチラッと見る。
ついてきているが、顔が上がっていない。走るだけで精一杯なんだろう。
前を見ると、赤い煙の元である監視所が見えて来た。
「……っ!ユウガオ!監視所が見えた!あと少しだ!頑張れ!!」
ユウガオが小さく頷くのが見えた。
監視所をよく見ると、梁がこちらに向かって手を振っている。
「落ち着いて中に入れ!この辺りには魔物はまだいない!」
梁の声が聞こえて、おれとユウガオは転がるように監視所に入る。
おれもユウガオも床に倒れ込んで息を整える。
「梁!どういう状況!?」
「監視塔の上から、蛍火猪が見えたらしい。今は駐屯していた三人と太刀戌隊長が迎撃のために出ている」
「蛍火猪……下級か。それなら……」
花籠が冷静さを取り戻す。
蛍火猪は、町で猟師もたまに狩っている魔物だ。花籠の反応からも危険度は低いんだろう。
「いや、蛍火猪なんだが、20頭以上いたらしい」
花籠が梁に詰め寄る。
「20頭!?そんな群れ聞いた事ない!これまでだって多くても2か3頭でしょ!?」
「その通りだ。異常事態だ、こんなの。だからこそ太刀戌隊長がでてる。そして、月燈と夕顔。お前達に言伝がある」
「はぁ……はぁ……え?あ、はい!何でしょう?」
聞き手側に回っていたため、名前を呼ばれても反応が遅れた。
「ここにある3組の飛脚靴に魔力を補充してくれ。この監視所でも飛脚靴が足りていなかったらしく、三人が履いている靴も限界が近いらしい」
「蛍火猪を相手にするなら、飛脚靴は必須だよ!じゃないと突進が避けられない。その状態で出てるの?」
「そうだ!だからこそだ。疲れてるとこ悪いが直ぐにできるか?」
おれとユウガオは上体を起こす。まだ立てそうにないが、息も整ってきた。
「やれます。ユウガオ」
「……ふう。大丈夫。やろう」
地面に座ったまま、ユウガオと準備を始める。
おれは足袋を履いて、測定器をつけて飛脚靴に足を入れる。
その間、木の部品を鞄から取り出すために目を離していると、測定器の表示を見ていたユウガオが呟く。
「魔力が入っていかない……」
「え?」
「魔力を補充しているはずの足袋から魔力が全然減らない!」
おれも測定器を見る。確かに全く動いていない。
一度足を抜いて、足袋を別のものに変更して、再度補充を試みる。
「ダメ……入ってない」
「なんで……。じゃあ手袋はどうだ」
手袋をつけて、靴の中に手を入れる。ちゃんと補充は出来ないが、今なら測定器で測りながら入れられるので、補充できなくはない。
それでも、測定器に動きはなかった。
「測定器の故障かも。入ってるか試してみて!」
ユウガオに指摘され、飛脚靴を履いて使ってみるが、全く反応しなかった。
その後も粉を入れ替えたり、直接粉を手につけて試すが、粉は全く反応しなかった。
「補充できないのか?」
梁がおそるおそる聞いてくる。
「補充できない……なぜかわからないが……できない」
「なんでだ!何故できない!」
「梁!二人を責めても意味ない!!」
「くっ……その通りだ、すまない」
ちょうどその時、太刀戌隊長が入ってきた。
「飛脚靴の補充はできたか!?」
余裕のない様子で太刀戌隊長がこちらを見る。
「……できませんでした。先程と全く同様の手順を踏みましたが、できていません。原因は不明です。すみません!また失敗です……」
「……そうか」
太刀戌隊長は落ち着きを取り戻して、おれの肩を掴む。
「気に病むな。既に二人が魔力を補充する方法を確立したのはわかっている。この状況は想定外で、本来はその結果を持ち帰る予定だったはずだ」
肩を掴む手が強くなる。
「なに。相手はたかが蛍火猪だ。飛脚靴無しでもやれない相手じゃない。ここで待機だ」
おれは太刀戌隊長の顔をみる。いつもの表情をしている。ただ……。
「梁。蛍火猪との戦闘経験は?」
「三頭は討伐しています。おれが行きます!」
「……すまないな。一緒に来い。そろそろ猪と接敵する」
監視所を出ようとする二人を花籠が止める。
「隊長!私の飛脚靴を使ってください!ここに残るなら不要です!」
「駄目だ!それは花籠が履いていろ。梁、いくぞ」
隊長がドアを開ける。
「梁!」
呼ばれた梁が、花籠を見る。
「……気をつけて」
「おまえもな」
一言だけ言葉を交わして、二人は駆け出して行った。
「あ、あれ!」
窓からユウガオが何かを見つけて声を出す。その方向を見ると、遠くで隊員達に猪が突撃しているのがかろうじて見えた。
「接敵したみたいね」
花籠が呟き、おれとユウガオは目が離せなくなっていた。
あれが魔物。
遠くなので細かくは見えないが、黒い塊が隊員にぶつかっていくのはわかる。その塊は一つや二つじゃなかった。
そのまま様子を見ていると、隊長と梁が合流した。合流したタイミングで隊長が刀を数度振ると、いくつかの影が倒れるのが見えた。
「倒した!」
おれは声をあげる。そのまま、様子を見ていると、猪達が五人を囲むように移動しているのが見えた。
「まずい……」
花籠の呟きに、おれとユウガオは花籠を見る。
「何がまずいんだ?」
「猪達が二、三頭ずつ突撃し始めた。一頭なら何とかなるけど、三頭連続だと避けるために飛脚靴がいる」
「それって……」
「そのうち避けきれなくなる」
再度、外を見る。
同時に突進している猪が確かに増えている。
「だけど、さっきみたいに数を減らせば……」
「さっきみたいな奇襲なら簡単だけど、あれだけ囲まれてると難しいと思う。あと、多分隊長は時間稼ぎをして、応援を待つつもりなんだと思う。さっき私に飛脚靴を履いたままでいろって言ったでしょ?私も戦闘になる可能性を考えてる」
「つまり、どういうことなの……?」
「自分たちがやられることも覚悟してると思う」
「そんなっ!」
ユウガオが口元を抑えて、花籠は唇を噛む。
おれはさっきの太刀戌隊長とのやりとりを思い出す。
安心させるため、普通の顔でおれに待機だと言ってくれたときは勘違いかと思った。だけど、やっぱりそうだったんだ。
太刀戌隊長は肩を力強く握ってくれた。ただ……。
その手はかすかに震えていた。
「そんなの……駄目だ!」
おれは、机の上のものを腕で端に寄せる。
「月燈!何してるの?!」
今回の件で思い知った。おれは一度で正解を出せるような天才じゃない。
机に飛脚靴を並べて置く。
「私たちは立てこもる準備をしないと……」
何度できたと思っても失敗する。飛脚靴への魔力補充はその繰り返しだった。
鞄から手袋と足袋を全て机の上に出す。
「月燈くん。これ以上補充しても……できないよ」
そんな中でも、得られたものがあった。
おれの中にもあった。火花野さんが見つけてくれた、ありきたりかもしれないが、誇ることのできる唯一の才能。
机に紙を広げる。
考え続けること。
それがおれの才能だ。
「会議だ、ユウガオ」
「え?」
「絶対に諦めない。補充できない原因は必ずある。それをこの場で見つけだす!」
震える手と、梁と花籠のやり取りが頭をよぎる。
「こんなの認めない!おれたちが状況を変える!太刀戌隊長たちを助けるぞ!!」




