魔道具の完成
次の日の朝、昨日よりも涼しくなっており、雨が降りそうだと空を見上げながら、一室に向かう。
一室に入ると、既に夕顔が机に報告書や粉の入った瓶を並べて、会議の準備をしていた。
「おはよう。早いな」
「そういう月燈くんも早いんじゃない?」
「昨日の成果を早く共有したくてな」
「ふふ。私も同じだよ」
どうやらユウガオも成果があるらしい。どんな会議になるのか楽しみだ。
準備も終わったころ、火花野さんが一室に入ってきた。
「あ。おはようございます」
「おう。既に会議の準備万端だな」
「そうですよ!さっそくやりましょう!」
「休む暇もないのかよ。仕方ねーなー」
火花野さんも、机に座ったことで、全ての準備が整った。
「それじゃあ、会議を始めます」
ユウガオがいつもの宣言をする。
「じゃあまずは私からいくね。昨日既存の測定器だと靴に入れることが出来なくて、測定ができなかった。そこで……これ!」
ユウガオが机の上に測定器を出す。見た目は測定器だが、測定するために魔道具や素材に当てていた場所から紐が出ていて、先端に透明な石が付いている。
「新しい測定器です!この測定するために素材に当てる場所を本体と分離できたの!この紐の先を当てれば魔力測定可能よ!これなら靴の中にも手と一緒に入れられるよ!」
そう言いながら、先端の石を昨日使った統括長からもらった飛脚靴に入れると、針が動く。
「昨日の今日で新しい測定器作ったのか!?ユウガオ凄いな!」
「へへへ。最後にこの案で加工してくれたのは達じいだけどね」
ユウガオが普段あまりしない笑い方をしている。
どういう仕組みなんだ?
火花野さんが測定器から出ているヒモを見ている。
「これ、元々付いてた石を切り離して、このヒモで繋いでるのか。これは魔力線か?」
「違います。最初は魔力線を使ったんです。でも途中で魔力が弱くなってしまって」
「被覆の蝋が邪魔したのか」
「おそらく。だから蝋を使わず、流水羊の毛だけで紐を作りました」
「なるほどな。よく考えられてるじゃねーか」
「頑張りました!」
「これなら、測定に関しては問題なさそうだな」
「そうです!ふふふ。じゃあ次は月燈くんの番だよ!」
嬉しさを隠せていない。
さらになんだか堂々としている。
きっちり自分のやるべきことをやったからだろう。
次はおれの番だ。
「わかった。おれは魔力補充について考えた。そしてひとつの前提を見落としていたことに気がついたんだ。それは、魔力補充をするための道具として成立してなかったということだ」
火花野さんを見るとニヤリと笑った。
ユウガオは首を傾げた。
「どういうこと?魔力補充はできていたでしょ?」
「そう。だけど、あれは魔力が補充できる性能があるだけで、補充するための道具ではなかった。つまり、補充しやすい形状を目指さないといけなかったんだ。これが、おれの答えだ」
ポケットに入れていた手袋を付ける。
「手袋?それに手のひらのポケットは……なるほど!そこに粉を入れれば、ちゃんと粉の位置を固定できる」
「そう。さらに、握るだけで魔力補充ができるし、粉の量も一定にできる」
「その手袋自体が魔力補充に必要な要素を全て網羅してるってことね。まさに補充のための道具だね!」
ユウガオが笑顔でおれのいいたいことを言ってくれた。
「大正解だ。その手袋は間違いなく魔道具だよ」
「火花野さんの指摘のおかげで気づけました」
「昨日それを言うのを忘れたと思ってたが、自分でたどり着くとはな。俺から言われるより、よっぽど価値があるぜ」
火花野さんから魔道具と認められた。
数日前から進歩できていることを実感して、顔が熱くなった。
「ただ、まだあるんです。実はこの手袋でも、やはり飛脚靴の補充は上手くできませんでした」
「あぁ。やっぱり靴は狭いからな。そこまで作り込んでもダメだったか」
「はい。ただ既に解決しました。これです!」
おれはもう一つのポケットに入れていた足袋を机にだした。足袋の土踏まず部分が手袋同様にポケットになっている。
「それは、足袋?あぁ!そっか!」
ユウガオも解決方法に気がついたようで、大声をだす。
「そう!おれたちは手で補充するという考え方にとらわれていた。ただ飛脚靴だって足で魔道具を使っている。それなら補充も足でやればよかったんだよ」
おれの言葉に、火花野さんが笑い出した。
「はっ!おれも思い込みにやられていた訳だ!いいじゃねーか、月燈!その足袋は、まさに飛脚靴の魔力補充専用の魔道具だ!」
「はい!」
「わたしの測定器も、足袋に付けられそう。これで、魔力補充のための道具は揃ったね」
「そうだな!ようやくだ!」
「後は実際に上手くいくかだけど、火花野さん。靴は手に入りそうですか?」
火花野さんは、足袋を手に持って色々な角度から観察していたのを止めて、ユウガオを見る。
「あぁ、もちろんだ。午後に取りにいくことになってる……」
「とーらーおーくーーん」
突然、窓の外から女性の声が聞こえた。
とらおくん?
「アイツ……!大声で呼ぶなよっ!」
火花野さんは声が聞こえると、顔を赤くして部屋から飛び出して行った。
窓からユウガオと一緒に下を見ると、ヒラヒラの服を着た女性と、箱を持った黒い服の男性が立っていた。
「あれは、第1研の山野 虎ノ尾さん?」
「ユウガオ、知ってるのか?」
「有名な人よ。若くして第1研の三室室長を任された、山野商会の御息女よ」
「山野商会?」
「街で一番大きい魔道具屋の名前よ」
「あぁ。ユウガオがいっこうに連れて行ってくれない魔道具屋か」
「うるさい。第一そんな暇なかったでしょ。そのうちよ、そのうち」
雑談しながら下を見ていると、火花野さんが出てきた。山野さんと話した後、男性から箱を受け取っている。
「もしかして、あれ飛脚靴か?」
「多分ね。火花野さんの伝手って山野室長だったのね」
火花野さんは受け取った箱を一度置いて、女性の肩をトントンと叩いた後、箱を持って第2研の建物に入って行った。
すると、手を振っていた女性が、突然膝から崩れ落ちて、横の男性が女性を支えた。
「どうしたんだろう。体調でも悪いのかな」
「そうかもしれないな」
何故か支えられながら満面の笑顔を浮かべている様にも見えるが気のせいだろう。
「体調不良の中、わざわざ靴を持って来てくれたみたいね」
「優しい人なんだな」
「そうね。てっきりもっと厳しい人かと思ってたわ」
そのまま二人は第1研の方向に歩き出したため、窓から離れて机に戻った。程なくすると、火花野さんが重そうに箱を抱えて戻って来た。
「おまえら手伝うとかないのかよ」
「すみません。突然だったので。山野室長と知り合いんですか?」
「まぁな。そんなことよりこれだろ!九組もあるぜ」
「九組も!凄いですね!」
「靴としてはボロボロなものがほとんどらしいが、補充を試すだけなら問題ないだろ」
「ですね!さっそく、やってみますか!」
飛脚靴を火花野さんが出している間に、ユウガオに足袋を渡す。
「さっそく、その測定器の先端をつけてみるか」
「そうね。足袋の横から通して……。どうせ踏むんだから固定はある程度で……。うん。大丈夫。しっかり粉の魔力に反応してる」
「おい。こっちは準備できたぞ!」
早速おれは足袋を履く。測定器は邪魔になっていなさそうだ。
「大丈夫だと信じているけど、緊張するな」
足袋を履いた足を靴にいれて、魔力補充を始める。
光は見えないため、測定器の針を見る。ユウガオと火花野さんも肩が触れるくらい近くで、覗き込んでいる。
針がゆっくり動いている。
「できた……やっとできた!しっかりと量を確認しながら補充できてる!」
「やった!ちゃんと動いてる!」
「よさそうだな!じゃあ、もう一足出すから、こっちも補充してみて、左右差をなくせるか検証だ」
おれは、靴を脱ぐ。
今補充した靴と次の靴の魔力を測定する。
「えーと。大体三目盛りくらい差があるから、同じくらい補充してみよう」
「わかった」
次の靴を履いて、魔力を補充する。測定器の針が三目盛り減ったところで補充をやめて、再度靴の魔力を比較する。
「いっしょ!一緒だよ!左右揃ってる!」
「よっしゃー!成功だ!疲れたー!」
おれは手を上げながら、後ろに倒れ込む。
やり切って気が抜けたためか、喜びよりも疲労が襲ってきた。
「おつかれぃ。ようやく形になったな」
「火花野さんのおかげです!」
おれは勢いをつけて体を起こす。
「大したことしてねーよ。おまえたち二人の成果だ」
「どんな成果ですか?」
「え?」
気がつくと、木蓮さんが立ってこちらを見ていた。その後ろには、胸を張ってる紫陽先輩が見える。
「さっき奥隠さんが部屋に来て、二人がいいものを作ったって教えてくれました」
紫陽先輩は、もはや天井を見ようとしているかの様に胸を張っている。
「水の魔道具について書くのではなかったのですか?」
一気に場の空気が凍る。対して、おれはたらりと汗が垂れる。確かに木蓮さんには飛脚靴に再挑戦することを報告していなかった。気がつくと紫陽先輩は自分の机に座っていた。
まじか、あの人。
おれは、立ち上がって木蓮さんの前に立つ。
「おれがユウガオに飛脚靴の魔力補充をしたいと提案して、できそうならそっちにしようって話になって。そして、今成功したところです」
「できたのですか?」
「はい」
おれは、さっきの手袋と足袋、ユウガオは測定器をそれぞれ説明する。
「——なるほど。確かに成功ですね」
「はい。勝手に報告内容を変えたことは、申し訳ありま……」
「よくやってくれました」
おれとユウガオが固まる。
「私もあなた方が水の魔道具を報告すると言った時悩みました。飛脚靴の方に挑戦してほしいと。ただ、さすがにお二人に負担をかけ過ぎていないかと思いまして」
木蓮さんは、手袋を手に持って、観察する。
「それなのにあなた方は、果敢に挑戦して、こんなに早く新しい魔道具を完成させました。いい意味で裏切られました。お二人とも、よくやりました」
「「ありがとうございます!」」
おれとユウガオは向かいあって笑う。これで全て解決だ。
「火花野さんはなぜここに?」
「一緒にこの魔道具を開発してくれました」
「火花野さんが二人と一緒に……そうですか。そうなるんですか。ふふふ。いい組み合わせですね。久しぶりの開発はどうでしたか?」
木蓮さんは、さっきから居心地悪そうにしていた火花野さんに声をかける。
「まぁ、こいつらが見てられなかっただけだ。開発は……まぁまぁだったな」
「そうですか。ふふふ。それはなによりでした」
木蓮さんは、おれとユウガオに向き直る。
「後は実証試験ですね」
「え?」
「この魔道具を試さないといけませんね。さっそく討伐隊に私が行って補給活動の再同行を依頼してきますよ」
「でも、そんなことできるのですか?たしか、あと3日後のとかじゃあ……」
「それなら、前回の三倍準備期間がありますね。そうだ。討伐隊への依頼は私が行くんじゃなくて統括長にお願いしましょう。何も言わなくてもあれだけ勝手に動く方です。お願いしたら、さぞ動いてくれるでしょう」
木蓮さんは笑顔のままだが、何やら不穏な雰囲気だ。
「後、ユウガオさん。新しい魔道具開発おめでとうございます」
「え?私ですか?」
「はい。その測定器、流水羊の毛を使っていると言いましたね。立派な魔道具です。報告書を書かないといけないですね」
「……報告書ですか?」
ユウガオの顔が青くなる。
「はい。月燈さんの報告書に書くわけなので、同じタイミングで出す必要がありますね。データは既にあるわけですし、書けると思いますよ」
「あ、いや……」
「それでは私は急いで統括長の所に行ってきます。お二人とも本当によくやりましたよ」
木蓮さんが出ていくと、ユウガオが机に突っ伏した。
「火花野さん、おれ、初めて木蓮さんが怖かったです」
「あぁ。容赦ないよな……」
おれと火花野さんは、机の上のユウガオの背中を見ていた。




