太刀戌の期待
「失敗して当然ってどういう意味ですか?」
おれは火花野さんに問いかけた。すこし、強い言い方をしてしまったが、突然部屋に入ってきたと思えば挑発してきたのは向こうだ。
「そのままの意味なんだけどな」
火花野さんは手を広げて、どうしてわからないのかと言いたげなポーズを取る。
その動きは、気持ちをさらに逆撫でした。
「そうではなく、なぜ突然そんな事を言うのかって聞いているんだ……聞いてるんですけど」
声を荒げてしまったので、すぐに言い直す。
部屋の入り口にはいつの間にかユウガオが戻ってきており、こちらに来ようとして、ノッポさんに止められているのが見えた。
「お前の作ったそれは魔道具ではないからだよ」
意味がわからない。これは素材からできている。疑う余地なく魔道具のはずだ。
「これは魔物素材から出来ていますよ」
「そうだな」
「だからこそ、これは魔道具と言って差し支えないと思います」
「……まぁ、それが魔道具だっていうなら、これ以上は無意味だな。悪かったな、邪魔して」
「……いえ。大丈夫です」
「ちなみに報告書の実施内容は何を書くつもりなんだ?」
「……水の魔道具の補充です」
「なるほどな。まぁそれも役立つ使い方だよな。頑張ってくれ」
一室の先輩なので、内容は伝えても問題ないだろう。ただ、実施内容を答えるときは、別の意味で言葉が詰まった。
水の魔道具について書く。もう決めたことだ。
火花野さんが立ち去るのと入れ替わりに、ユウガオが近づいてきた。部屋には既に知っている面々が揃っており、加工室からはカンカンと素材を叩く音が小さく聞こえてきていた。
「肩の調子はどう?」
「触ったり、腕をあげたりしなければ痛みはないな。昨日より良くなってるから、大丈夫だと思う」
「よかった。火花野さんは気にしなくていいよ。腕はいいんだけど、いつもサボってるような人だから」
「……わかった」
気にしなくていいと言われたが、おれの作ったものは魔道具じゃないという言葉が頭から離れなかった。
「木蓮所長から聞いた。実施内容は水の魔道具について書くって」
「あぁ。何か問題あるか?」
少しだけ、反対されるのを期待する。
「……私も水の魔道具でいいと思う」
「そうか」
ユウガオも同じ考えのようだった。お互い何も言わず、カーン、カーンという小さな音だけが響く。
「少し早いけど、ご飯食べに行かないか?報告書については、午後からやろう」
微妙な空気が耐えられず、ユウガオに提案する。
「そうだね。一回ご飯食べよう」
ユウガオものってきた。そのまま、報告書とは関係のない話をしながら、管理棟にある食堂まで移動した。
食堂はまだピークの時間ではないものの、パンやスープの香りが立ち込めており、ちらほらと食事をとっている人がいた。
その中で、おれはパンばさみを選ぶ。思えば、この食堂で、まだパンばさみしか食べていない。にもかかわらず、当たりの肉を挟んだやつは出てこない。
ユウガオもパンばさみを選び、机で向かい合って食べていると、声をかけられる。
「あ!ユウガオと月燈!」
声の方を見ると、花籠が満面の笑みで近づいてきていた。
「あれ、花籠?どうしてここにいるの?」
「食堂は討伐隊も使っていいことになってるんだよ。だから、ここでご飯食べてればそのうち会えるかなーって思って。まさか初日に会えるなんてねー」
「えーあわせてくれたんだね!私も会えて嬉しい!」
「ね!横座るね!」
花籠は、机に持っていた定食を置いて、ユウガオの横に座る。
「月燈は肩はどう?」
「あぁ。激しく動かさなければ問題ない」
「よかった!梁も心配してたから伝えとくよ」
梁も心配してくれてたらしい。思えば、この二人とも帰り道でほとんど話せていなかった。
「あの足を怪我した討伐隊の隊員も数日で治るくらいの怪我だったらしいよ。お互いに大事じゃなくてよかったよ!」
「ほんとか!それはよかった!」
久しぶりに明るい気持ちになった。ずっと気になっていたが聞くタイミングがなかった。知れてよかった。
「うん。結局太刀戌隊長も、そのうち飛脚靴を魔力を気にせず使えるようになるかも知れないって、去り際に言ってたし、怪我は残念だけど実りはあったんじゃない?」
え?
「太刀戌さんがそんなこと言ってたの?」
おれが驚いて止まっていると、同じ疑問をもったユウガオが尋ねる。
「言ってたよ。昨日の話にもあったけど、飛脚靴は足りてないんだよ。それなのに一度使い切ると廃棄なの。だから、廃棄の靴がまた使えるかもって可能性が見えただけでも嬉しいんじゃないかな」
「……そうなんだ。てっきり昨日の出来事は失敗と捉えられてるかと思ってたよ」
「そんなことないでしょ。だって隊長だって補充された靴をすぐに使ってたじゃん。舞い上がっていたんだと思うよ」
花籠の話を聞きながらも、頭の中では太刀戌さんの言葉ばかりが繰り返されていた。
続きも聞きたいと思ったその時、パン屋の女性店員がおれたちの横を通り過ぎながら、ユウガオに声をかける。
「あ、灯火ちゃん。またねー」
「らんちゃん!またパン屋さん行くねー」
パン屋が通り過ぎていく。
すると、ユウガオの横に座っていた花籠が、ジト目をしながら椅子ごとユウガオに近づく。
「あのパン屋さん、とうかちゃんって言ってたね」
「あぁ。らんちゃんね。前から仲良しなの」
「……わたしもとうかちゃんって呼んでいい?」
「いいよ!……じゃあ、わたしも名前で呼びたいなぁ……」
「ありがとう!もちろんだよ!わたしの名前は荷羽だよ」
「ニワちゃん!」
二人が盛り上がっているのは聞こえてきたが、その内容は入ってこなかった。
太刀戌さんが魔力補充に前向きだとは、夢にも思わなかった。朝から無理して飲み込んでいた思いが、喉の奥で引っ掛かってチクリと痛む。
期待されている……
そんな中、おれは水の魔道具について書くことにしている。本当にそれでいいのか。でも、失敗した話なんてどう書けばいいんだ。そんな考えがグルグルと頭の中を回っていて、ユウガオ達の会話はほとんど聞いていなかった。




