帰路と報告
月燈くんが歩けるようになった所で、一緒に外へ出た。彼は下を向きながら歩いているため表情は見えないが、肩に手拭いを巻いている様子は痛々しかった。
「……歩けるか?」
「……はい」
太刀戌さんが月燈くんを見ながら尋ね、月燈くんは頷きながら返事をした。
「そうか」
一言呟くと太刀戌さんは隊員のところに歩いていった。
正直、月燈くんに対する太刀戌さんの行動はやり過ぎだと思う。
ただ、あの時の月燈くんの行動が迂闊だったのも事実だ。実際に怪我人まで出ている。
それに、太刀戌さんが話の通じない人ではないことは、行きの道中で分かっていた。そんな人をあれほど怒らせたのだと思うと、文句を言う気にはなれなかった。
おそらく月燈くんもそう思っているんだと思う。だからこそ、あんなに悔しそうにしているのだろう。
すごくわかる。私も悔しいから。
私が止めないといけなかった。彼の経験不足を補うために来ているのに。
太刀戌さんと入れ替わるように、花籠と梁が心配そうに近づいてくる。
「その怪我……」
「とりあえず大丈夫だから安心して」
「……何があったか隊員さんに聞いたよ。ごめんね。私が余計なこと言ったから」
「花籠はわるくないよ。むしろ機会をくれて感謝してる。今回は私たちが悪かっただけ」
「でも……」
「花籠。もういいだろ。今は」
「梁……そうだね。もうこれから街に戻るみたいだけど歩ける?」
「あぁ」
そのあと、太刀戌さんが合流し、そのまま街に向かって出発することになった。
身体は行きより楽だったが、会話のない帰り道は精神的にずっと疲れた。花籠が明るくしようと話しかけ続けてくれなければ、耐えられなかったかもしれない。
そのまま、森を出て、休憩を取らずに帰ることになったので、夕方には研究所の前まで戻ってくることができた。
「じゃあ夕顔と月燈はここまでだね!お疲れ様」
「そうだね。花籠、いろいろ気を遣ってくれてありがとう」
第2研究所の前で、別れることになった。花籠には感謝しかない。こんな時でも、最後まで明るく振る舞ってくれた。
すると、花籠が小走りで近寄り私に紙切れを渡す。
「1週間後にまだ補給があるから、私たちはここに書いてある宿に泊まってるの。何か困ったことがあったら、来てね」
花籠の優しさが染みる。そのまま手を握る。
「うぅ〜。ありがとう」
「大袈裟!どういたしまして!」
横では、月燈くんが太刀戌さんに声をかけている。
「今回は同行させてもらってありがとうございました。あと、今回はすみませんでした」
慌てて、私もそちらに近づいて、彼に続く。
「私からも。ありがとうございました。それと、隊員さんに怪我させてしまい、すみませんでした」
「あぁ。おれも靴に触るのを止めるために、咄嗟に足がでてしまった。悪かった。怪我が酷いようなら、討伐隊の治療所を使ってくれ」
「自分が悪いので。いえ、このままで大丈夫だと思います」
「そうか。では、我々は行かせてもらう」
「はい。お疲れ様でした」
討伐隊の3人は、街の方へ向かって歩き出した。花籠だけは振り向きながら手を振ってくれたので、手を振りかえす。また会いたいな。
「じゃあ、荷物を一室に置いてこようか」
「あぁ」
月燈くんは、監視所を出てからあまり喋ってない。
痛みで喋れないわけではなく、何か考えているようだ。
一室に戻ると、ノッポさんや紫陽ちゃんが作業していた。
扉を閉める音で、二人がこちらを向く。
「あ!ユウガオさんに月燈くん!帰ったんだね!お疲れ様!」
「はい。お疲れ様です」
「同行どうだった……え?月燈くん肩どうしたの!?」
ノッポさんが明るく話しかけてくれるが、月燈くんの肩を見てギョッとする。
「大した怪我じゃないです」
「じゃないって言われても……。まさか魔物かい?」
月燈くんに説明させるのも酷だろうと思い、何があったかノッポさんと紫陽ちゃんに話す。
「……というわけです」
「討伐隊終わってる。蹴る必要ない。小生が抗議してくる」
「奥隠さん落ち着いて!でも、その通りだよね。蹴らなくてもよかったと僕も思うけどな!」
話を聞いた二人が怒り始めた。嬉しい反面、申し訳なくなる。
「ノッポさん、奥隠先輩、ありがとうございます。ただ、討伐隊には謝ってもらったし、何よりおれが悪かったって納得しているので」
「月燈後輩の意見は関係ない。小生は後輩、いや初めての後輩を守らないといけない。ふん」
紫陽ちゃんが腕を組んで怒ってることを態度で示す。
「紫陽ちゃん、ありがとう。でも、大丈夫だから。まずは木蓮さんに報告して、今後の動き方を決めたいと思う。木蓮さんは所長室?」
ノッポさんと、紫陽ちゃんがお互い見合って首を振っている。どうやら知らないらしい。
「木蓮さんならいねぇぜ。さっき打ち合わせとか言って出ていったからな」
ちょうど死角になっていた場所で椅子を並べて寝転んでいた男が起き上がりながら答える。
「火花野さん。今日は一室にいたんですね」
「お。いきなりご挨拶だな。今朝加工室で他の部屋の連中が薬品こぼしてな。臭くて居られなかったんだよ」
火花野さんが、いつも手に持っている木堅持手という魔道具をクルクル回しながら答えた。
いつもは加工室の窓際で座っているため、一室にいるのは新鮮ね。
ふと、月燈くんが困惑した表情を浮かべてるのが目に入った。
そっか、まだ知らないんだ。
「月燈くん。その人は火花野 虎尾さん。一室で加工担当している研究員よ」
「あぁ……。加工室によくいた。初めまして。月燈標です」
「あぁ。よろしくな。しかしその肩痛そうだな。こっぴどくやられたもんだ」
「え?あ、はい。そうですね」
挨拶を交わし終わったところで、火花野さんに話しかける。
「そのくらいにしてください。それより、さっきの木蓮さんの話は本当ですか?」
「あぁ。廊下でさっきすれ違った時にな。そういえば伝えてと言われてたか。忘れてた。いやぁ、悪い」
反省してるそぶりなく、手を合わせて軽く謝罪をしている。あまり、好きな態度じゃない。
「ありがとうございます。それなら、私と月燈くんは今日は帰ります」
「そうだね!疲れてるだろうし、二人は帰ったほうがいいよ」
「月燈くんもそれでいい?」
「……わかった」
月燈くんは、机から出して開いた報告書を片付けることなく立ち上がる。
私たちはそのまま宿舎に帰った。
◇◇◇
「火花野くん、二人とも疲れてたんだから、からかっちゃだめだよ」
「別にからかってないですよ、ノッポさん」
「最低ですね。怪我して疲れている人をからかうなんて。後輩のために怒る私を見習ってください」
「いや、それを主張するのは違うだろ……」
ふと机の上を見ると、月燈の報告書が開いたまま置いてあった。粉の製造方法のページがちょうど開いていたので、目に入ってしまう。
「……ふーん。なるほどね」
一言呟くと、報告書をそっと閉じた。
◇◇◇
——次の日
私が研究所に着くと、月燈くんが既にいた。
「おはよう」
「おはよう。さっき木蓮さんがきたぞ」
「え?そうなの?」
「あぁ。概要を聞かれたから、ある程度は話した。ユウガオからも話を聞いて、今後のことを決めるらしい」
「わかった。じゃあ、私からも報告してくる」
所長室に入ると、木蓮所長がお茶を飲んで、執務机じゃなくて来客用の机に座っていた。
「おはようございます」
「おはよう、夕顔さん。そちらにどうぞ」
うぅ。嫌だなぁ。これから、失敗の報告をしないといけない。
心の中で弱音がでる。でも、報告しないと。
勧められるまま、木蓮所長の正面に座り、今回の件について報告した。
「——ということで監視所から昨日の夕方頃研究所に帰ってきました。監督する立場を果たすことができず、申し訳ありませんでした」
「まずはお疲れ様でした。概ね、月燈さんから先程聞いた通りですね。まぁ、彼の報告はところどころで後悔が見られる悲観的なものでしたが」
「月燈くんは相当ショックを受けていたので」
「そのようですね。蹴られたことも肯定してましたからね」
「あ、太刀戌さんからは去り際に謝罪を頂いてます」
「それも聞きましたよ。怪我をさせてしまったのは申し訳ないので私から謝罪は入れておきます。ですが、だからと言って怪我させて良いわけないので、そこはちゃんと苦言も入れておきます」
「わかりました」
やっぱりあれはやり過ぎだよねと、改めて納得するとともに、毅然とした姿勢の木蓮所長をあらためて凄いと思う。
私もこうなりたいな。
「さて、トラブルについては一旦把握しました。それでは、元々の目的である実証試験としてはどうでしたか?」
「要望はいくつか把握しました。また先ほどの報告の中にもあったように水の魔道具の魔力補充は有用である可能性を感じました。報告書への記載する内容は、水魔道具の補充で書くことができます」
少し、心にしこりを残した状態で報告をあげた。水もそうだが、補給部隊が今困っているのは、飛脚靴だ。その解決の可能性は見えているが、とてもいまそれを主張することはできない。
「……何か引っ掛かることでも?」
木蓮所長が真剣な目で、私の顔を見つめる。
「……いえ。ありません」
木蓮所長の表情が少しだけ緩む。
「月燈さんも同様に水の魔道具に関してまとめると先程言っていました。ふふ。それを私に報告したときの彼の顔は、今の夕顔さんのような顔でしたよ」
木蓮所長の指摘で、恥ずかしくなる。まるで、不満をぶつける子供みたいだ。
「すみません」
「謝ることじゃないです。まだ時間があるので、その内容でいくのか、月燈さんと話してください」
「はい、わかりました」
私は席を立ち、木蓮所長に一礼して、部屋を出た。
ふーっ
緊張が切れたこともあり、大きく息を吐き出す。
とりあえず、まずは月燈くんと話さないと——
「———!————————!」
次にする事を整理していると、一室の中から、誰か少し大きめの話し声が聞こえてきた。
一室の扉を開けると、ニヤニヤと笑っている火花野さんとその顔を睨みつける月燈くんが見えた。




