失敗
太刀戌さんに呼ばれて、ユウガオとおれは監視所に向かった。
「入れ」
到着して早々、こちらを見ることなく、中に入るように指示される。
おれはユウガオと顔を見合わせる。ユウガオの顔には、不安が浮かんでいた。その気持ちはわかる。きっと、おれも同じ顔をしている。
意を決して中に入ると、壁際に腰掛けて、足に包帯を巻いた隊員が目に入る。さっき、屋根の上に飛び乗った隊員だ。
「大丈夫で——」
「先程、隊員が監視塔での作業中に落下して、怪我をした。原因はこれだ」
太刀戌さんは、おれの言葉を遮り、机の上にどんと靴を置く。それは、先程おれが魔力を入れた飛脚靴だ。
「使用中に左右の出力バランスが崩れて跳躍に失敗した。左右の消耗が偏ったときに起きる事故だが、この靴は魔力を補充したばかりだ。それなのに——」
太刀戌さんは、靴を倒してこちらに靴の中の素材部分が見える様にする。
そこから見えた素材は一方は黄色く色付いているが、もう一方は茶色に近い色をしていた。
「既にこちらの素材は変色し始めている。これは出力が弱まる兆候だ。左右でこの様に差が出ることは、ほとんどない。魔力がちゃんと補充できていなかったのではないか?」
おれは話を聞いて、焦っていた。
補充できていなかった可能性について、おれ自身に覚えがあったからだ。靴の中ということもあり、手のひらで触りにくく、補充時の光もあまり見えなかった。
その時は、とりあえず補充できていればいいと思っていて、左右差など全く考慮していなかった。
「……すみません。確かに補充後の魔力バランスを確認できていませんでした」
「私の確認不足です。すみませんでした」
横でおれに合わせてユウガオも頭を下げる。
その様子にユウガオを謝らせてしまったと、罪悪感が芽生える。
そのことがさらに焦りを生み、なんとかしないと、という気持ちが大きくなる。
「……そうだ。まだ粉の在庫はあります。補充させてもらえればなんとか出来ると思います」
「……なに?」
「だめ!月燈くん!」
太刀戌さんの雰囲気が変わった。ユウガオも止めている。それが分かっているのに、言葉を止められなかった。
「ユウガオ!魔力測定の道具あるだろ?それ出してくれ。それがあれば魔力を測りながら入れられるはず。その靴で試させてください」
「試すだと……?」
机の上に置いてあった飛脚靴を取ろうと、近づき手を伸ばす。
その瞬間、太刀戌さんの触るな!という声と同時に、肩のあたりに衝撃を受けた。そのまま壁まで吹き飛ばされる。
「ぐっっ!!がはっ!!」
「月燈くんっ!!」
背中が思いっきり壁に当たり、肺の中の空気を一気に吐き出す。
左肩と背中に激痛が走った。どうやら蹴られたらしいが全く見えなかった。
痛みから、そのまま壁沿いに座り込む。顔を上げることができない。
「試すと言ったか?この場所がどんな場所かわかってるのか?」
足音から太刀戌さんが近づいて来ていることがわかる。しかし、苦痛のせいで顔が上げられない。
「ここをどこだと思っているんだ?監視所、つまり最前線だ。道具の不具合一つで命を落とす場所だ。それなのに『試す』だと?ここは、お前達の実験場じゃない!!」
苦痛の中でもしっかりと聞き取れるほどの大声だった。かろうじて顔を上げると、こちらを睨みつける太刀戌さんと目が合う。
「そんな……つもりでは……」
「どうだろうな。研究所のやつは、成果にこだわって、実用性を蔑ろにすることがある。その皺寄せはいつも討伐隊だ」
「違い……ます……みんな——」
「もういいから、月燈くん。太刀戌隊長。今回の件は申し訳ありませんでした。それから、怪我をしてしまった隊員さんも申し訳ありませんでした。靴は回収しますので、彼を治療させてください」
「……わかった。我々は外に出ている」
ユウガオが間に入って、太刀戌さんと隊員に謝罪する。その様子に頷いた太刀戌さんは、怪我をしている隊員に肩を貸して、扉から外に出ていく。
「大丈夫?」
ユウガオが心配そうに覗き込む。
「……あぁ。ごめんな、ユウガオ。お前にも謝らせて」
「違う。私も許可したから、私のミスでもあるの。もっと強く止めるべきだった」
「そんなことない……。ユウガオは止めてた。おれが舞い上がって……くそ。怪我させてしまった」
「後であらためて謝ろう。怪我の様子見るから、痛いところの服を捲り上げて」
「背中と……左肩だ」
服を捲って背中を見てもらう。汗がダラダラと流れる。痛みや緊張からだろう。
「背中は赤いけど大丈夫そう。肩は……これは痛いよね。もう青くなってきてる。手は動く?」
「動かせるけど……いっ!挙げるのは無理だ」
「後でそうとう腫れそう。冷やすよ」
ユウガオが水に濡らした手拭いを肩にあててくれた。じんじんと痛む肩を抑えながら、下を向く。
「おれのせいで怪我をした人がでてしまった……」
「そうだね」
「相手に怪我させたのも悪いが、研究所のみんなの顔に泥を塗ったよな」
「それは気にしなくていいよ」
「気に、するよ」
目から涙が出てくるのは、汗が目に入ったからか、痛みからなのか、わからなかった。




