準備
「だめでしょ」
第2研究所に戻り、ユウガオに相談して最初の一言がこれだった。
反対を受けるのは予想通りだが、取りつく島もなかった。
「いや。早いのはわかるんだけど、いい機会だと思うんだよ」
「それでも、まだ討伐隊同行は早すぎる。その前の話に出てきた管理部の話の方がちょうどいいと思う」
「でも、その管理部が討伐隊での検討をしてほしいと言ってるんだ」
その背景も聞いた。どうやら管理部の人の数人は、元討伐隊で、怪我やその他の都合で働けなくなった人たちらしい。
松風のじいさんと足を引きずっていた人も元討伐隊とのことだった。
さらにいうと、統括長も元討伐隊で、相当偉い立場だったらしい。今回の話ができるのも、統括長だからこそ交渉できるとのことだった。
「討伐隊は激務で、その仕事を減らせるなら、まずはそちらから試して欲しいと、みんなに言われたんだ。あれは強い要望だった。だから、何に困っているかを見に行きたい」
「まぁ、開発品の確認で討伐隊に同行するのは珍しくないけど……。木蓮所長はなんて?」
「困った顔してたけど、ユウガオが一緒ならいいって。今回の討伐隊の予定では、一番遠い場所に行っても結界出てすぐの場所だから、危険も少ないと木蓮さんも思ってるみたいだ」
「そうなんだ……まぁそれなら……。わかった。行きましょう」
「やった!ありがとうユウガオ!」
嬉しくて顔を近づける。
すると、近づいた分だけユウガオが下がる。
「あくまでも、今回はどんな要望があるかを見に行くだけだからね!まぁ、一応粉も持って行きましょう」
「わかってるって、じゃあ持ってく分の粉を作っておこうぜ」
ユウガオは腕を組んで考える素振りをみせる。
「……そうね。私は自分の準備をするから。月燈くんは、粉の入った瓶を二つくらい作っておいて。あと、水や食べ物。携帯食料は食堂で売ってるから買っておくこと。日帰りの予定みたいだし、二食分でいいわ。明日は紙とペンも持ってきてね」
「紙とペンはなんで?」
「粉を試す場面があるかもしれないから、その時にメモするためっていうのが一つ。二つ目は、報告書のためね」
「え……?報告書?」
「外出したら何があったかを報告書にするのよ。あぁ、今やってるやつほど詳しくじゃないから。紙一枚に簡単にまとめればいい、軽いやつよ」
「あぁ。よかった」
焦った。これ以上、同じボリュームの報告書を作ることになったら、とてもじゃないけど今の報告書作成なんて無理だ。
「まぁ、慣れたら別に何ともないわよ。報告書はみんな書いてるから」
「じゃあ、この前の結界の魔力補充の報告書は、ユウガオが書いたのか?」
「今回は、木蓮さんが書いたわ。元々は私の予定だったけど、いろいろ起きたからね。基本的には、書いた人より上の立場の人が見てから、必要に応じて私たちにも回覧されるわ」
「木蓮さんも書くんだ。あ。てことは、統括長は既に結界核で何が起きたことを知ってるのか?」
「知ってるはず。そもそも、あなたを入れるために、早馬使って連絡していたから、早い段階である程度知ってたと思う」
なるほど。これで納得した。
「統括長が何でこんなに手配してくれるのか、分からなかったんだよな。おれが何をしたいか知らないはずなのに。でも、粉のことを知っていたなら話は別だな」
「そうね。おそらく、粉の話を知ってから、討伐隊での活用を考えていたのかも。それなら、今回の急な話も納得できる」
その通りだ。だから、急に討伐隊の話を出して、おれに何も確認せず約束を取りに行ったんだ。
ユウガオは、さらに考え込むように続ける。
「……そう考えると、あなたの面接を強引に進めたのも、粉の展開を見越していたのかも。だから、急いで合格にしたとか」
その可能性もあるのか。ただ、流石に分からない。普通に手っ取り早く終わらせただけな気もする。
「うーん。あれは流れだった気もするけど……。まぁ、どちらにせよ、期待はされてるってことだよな」
「そうね。まだ予定は確定してないけど、統括長が動いてるなら多分確定だと思う。期待に応えるためにも、しっかり準備しないと」
その日は、そのまま解散。
翌日、討伐隊への同行が正式に決まった。出発は、そのさらに次の日の朝らしい。
おれは食べ物を準備した後、素材を取りに加工室と一室を数回往復して、粉の入った瓶を二本作成した。
そして、ユウガオと粉がちゃんと使えることを確認した。
加工室で、すり鉢を片付けながら、ユウガオに話しかけた。
「とりあえず、準備はこんなところだな」
「そうね。性能も確認したし、もし使う機会があっても、これならある程度大丈夫かな」
「よし。それじゃ、明日に備えて帰ろうぜ。流石に疲れた」
「そうね。早めに帰りましょうか」
そうして、いつもより早くおれとユウガオは帰ることにし、足取り軽く加工室を出た。
その様子を、加工室の窓際にある作業台から、一人の男が工具を指先でくるくる回しながら見ていた。
だらしなく椅子にもたれているのに、その目だけは妙に鋭い。
「……張り切ってんなぁ」
男が小さく笑う。
その少し離れた場所で、別の男が舌打ちをした。
どちらの視線にも、おれたちは気がつかなかった。




