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剣なき英雄譚 〜魔道具研究開発録〜  作者: 博雅
第三章 粉実証試験編 -監視所の異変-
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管理の仕事

 何も思いつかない。製造方法をまとめてから二日たってしまった。

 第2研究所に向かう最中も、実証試験のことを考えていた。

 作り方や粉に対する理解は確実に深まっている。

 その実感はある。

 ただ、この粉をどう使うのか。そう考え始めると、途端に思考が鈍り、結論がでなかった。


 第2研究所に着き、一室に入る。

 一室は外壁側の壁がほとんど窓のため、日当たりが良く、明るい。その明るい光の中で、木蓮さんが本を読んでいた。

 久しぶりに会った気がする。


「おはようございます」

「おはようございます、月燈さん」


 挨拶を交わし、荷物を置く。


「研究所には慣れましたか?」

「はい。だんだんとこの生活に慣れてきました」

「それは良かったですね。報告書は順調ですか」

「いえ、それが……」


 おれは木蓮さんに、これまでの経過と実証試験に悩んでいることを伝えた。


「なるほど。実証試験……つまり実際の使い方に悩んでいるのですね」

「はい」

「月燈さんの課題ならではの悩みですね」

「ならでは、ですか?」


 おれは首をかしげる。考えても全く浮かばないから、てっきりここは皆苦労するものだと思っていた。


「普通の開発は、使い方が先に決まるんです。というか、こういう使い方できないだろうかといった要望から開発品が生まれるんです」

「要望ですか」

「そうです。だから悩むことがありません。その要望を叶えることこそが、その開発品の使い方になりますから」

「それが普通の開発品の生まれ方ってことですね」

「そう。ただし、今回の月燈さんの課題は別です。活かしたい技術が決まっていますが、肝心の要望がない状態です。だから使い道が思いつきません」


 頭を叩かれたような気分だった。確かに、おれは自分でどう使おうとしか考えておらず、どんな要望があるかなんて考えていなかった。


「今日、月燈さんは研究所の外に行ってみたらどうですか?」

「外ですか?」

「はい。外でどのような魔道具が使われているか、なにか要望がないかを実際に見て回るんです」


 確かに、魔道具がどんな使われ方をしているのか、自分の町で経験したことくらいしか知らない。

 木蓮さんの言う通り、今日は一日研究所以外を見て回ることにした。

 しばらくしてユウガオが一室に入ってきた。木蓮さんとの話を伝えたところ、外出は問題ないとのことだ。


 手持ちのカバンに、一応魔力補充の粉の瓶を入れて、研究所の外に出た。


 明るい時間帯に研究所の外を歩くのは、初日以来だ。なんだか楽しくなってきた。


「よし!行こう!……どこに行こうかな」


 何も決めていなかったので、早速足が止まる。我ながら、計画性がまるでない。


「他の研究所は、むやみに入ってはいけないって話だったな。そうすると、街に行くか?食事以外で行ったことないな。あとは、工場とか……行っていいのか」


 行き先を考えながら、なんとなく景色を見る。他の研究所や管理棟が見える。そのまま、目を移すと、綺麗に整った直線の道が目に入る。


「この道は松風のじいさんが整えてるんだったな。綺麗なもんだ」


 近道は未だに覚えていないので、毎日この道を通っている。

 夜が近づくと、均等に配置された街灯が点灯し、規則正しく道を照らしているのが印象的だ。

 祭りの時の『蛍火街灯』とは違った綺麗さがある。

 

「……ん?でも、どう管理しているんだ?」


 蛍火街灯は、祭りの時しか出さない。だから魔力が切れることはあまりなく、もし切れていても交換する余裕がある。

 でも、ここに設置された街灯は毎日使われている。しかも、この道だけでも数十個以上はある。まさか、毎日点検しているのか?


 よく考えたら、これも身近な魔道具の使い方だ。しかも管理室は一度行っているので、個人的にも行きやすい。

 そこでとりあえず、管理室へ向かうことにした。


 管理棟は、相変わらず真っ白な建物だ。達じいが雑談で、漆喰《しっくい》という素材だと教えてくれた。灰やら草やらが混ざって固まっているもので、昔からあるらしい。燃えにくくて、丈夫な素材とのことだ。


 管理棟は近いため、すぐに到着した。中は相変わらず涼しくて、水の流れる音がほのかに聞こえてくる。耳を澄ますと、壁の天井あたりに開いた溝を流れているようだ。

 なんの意味があるのだろうか。


 そのまま管理室に向かうと、松風じいさんが部屋の中にいた。


「おはようございます」

「……坊主か。こんなところに何の用事だ」

「松風じいさんか。ちょうどいいや。少し話が聞きたいんだけど」

「話じゃと。そんな暇あるのか。研究所は?報告書の時間が足りないんじゃなかったのか」


 松風じいさんとは、昼ご飯を買いにくる時、よく食堂にいるので、話すようになっていた。

 あの、しんどかった五日間で、人と喋った少ない思い出だ。癒しですらあった。


「所長から許しはもらってる。今日はいろいろな魔道具の使い方が見たいんだ。それこそ報告書のためだ。街灯とかの魔道具交換でじいさんの担当か?」

「いや違うな。わしは植物の管理だからな。……おい!ちょっと来てくれ!」


 じいさんは後ろを振り向いて、違う机に座っている男の人を呼ぶ。呼ばれた体格のいい人は、足を引きずりながら、こちらに近づいてくる。見覚えがある。数日前台車を運んでいた人だ。


「坊主が街灯について聞きたいことがあるらしい。聞いてくれるか」

「はぁ。かまわねぇが。なんだ?」

「まずは座ってください」


 おれは自分の座っていた椅子を男の人に差し出して、手近にあった別の椅子に座る。


「……坊主。わし以外には丁寧だな」

「初対面でハサミ持って突っ込んでくるじいさんに払う敬意はない」


 松風じいさんが苦い顔をする。

 ぶっと横で男の人が吹き出す。


「ははっ!それは確かに松風さんが悪いぜ。んで、月燈だったか。何が聞きたいんだ?」


 男の人は、おれが譲った椅子に座る。気さくな人のようだ。


「街灯の中の魔道具って毎日交換してるんですか?」

「毎日ではねぇな。同じ場所ってなると一ヶ月くらいで変えてる」

「それなら意外と負担は少ないですね」

「そうでもない。数が多いからな。一日に交換作業できるのはせいぜい道一本分くらいだ。だから二日に一回は交換作業してる」


 なるほど。やっぱり数も多いし、大変な作業ということだ。


「全部回って、交換が必要なものを見つけているんですか?」

「それは無理だ。道ごとに一気に変えるんだよ。そうすると、道ごとに交換の必要な時期が予測できるからな」


 確かにその方法なら、毎回決まった場所をやればいい。魔道具ではなく、運用方法で負担軽減してる訳だ。


「……もし魔道具に魔力を補充できるってなったら、楽ですか」

「補充を?結界核みたいにか?それだと時間がかかるし、結局街灯まで行く必要があるなら、あまり変わらないな」


 そう。おれもそこが気になってた。補充は、交換で済むならいらない。高品質な貴重な魔道具の場合は補充が必要だが、その方法は既にある。

 下級素材や属性を選ばないことはメリットになるが、もっと何かあると思っている。

 それが思いつかないんだ。


 ただ、今の話で気になったことがある。


「街灯に行かなくていいとしたら、どうですか?」

「直接行かなくても補充できるってことか?それは楽だな。そんなことできるのか?」

「いや、それは……」

「坊主は、報告書の内容を考えているらしくてな。あまり言えないんじゃないか」

「あぁ。なるほどな。とにかく、それは楽だと思うぞ」


 松風じいさんが、いい手助けをしてくれた。このじいさんは実はいい人なんだよな。出会い方が悪すぎただけだ。


「ちなみに、それができるとしたら、多分街灯じゃなくて、水の方がいいぞ」

「水?」

「そう。水の魔道具だ。これは毎日交換してる。しかも数も多く、場所によって減り方が違うから、全部見る」


 確かに、第2研究所の中だけでも、かまど近くや各部屋など、水の魔道具が置いてある。

 あれを全て交換するのは、一日で終わらない仕事であることは、容易に想像できる。


「とてもじゃないけど一人でやる仕事じゃないですね」

「実際、水は複数体制で場所を決めて交換作業をしている。ただ、川の水を引き込む為に流れを制御しているものも含めると、人手はまったく足りていない」


 ここまで話したことで、唐突に気づいた。魔道具を使うということは、それを上手く使うための作業があると言うことだ。

 そして、改善要求はこの作業にこそ、存在している。

 つまり、魔道具そのものに困っているんじゃない。魔道具を使い続けるための作業で困っているんだ。


 糸口がようやく見つかり、話し合いにも熱が入る。


「いいですね!他にも管理業務でそういう大変な……」

「面白れぇ話してるみたいだな」


 突如後ろから声をかけられた。ただし、このパターンは覚えている。声も聞き覚えがあり、振り返ると予想通りの人がいたので、挨拶する。


「統括長。おはようございます」

「おれがこっちにいる時は、管理部長と呼べ」


 面倒くさい……。

 この人には、内緒で面接されたり、急に問い詰められたりしたので、苦手意識がある。そのため、反論はできない。


「分かりました、管理部長」

「で、だ。なんか、面白い話をしてたな。管理の仕事が楽になるとか」

「そうですね。そんなことを考えてたりしました」


 統括長は、頭を掻きながら言いにくそうに答える。


「その案は実現させてくれ。この部署は人が少なくてな。どんなことでも、楽になるのは助かる。管理の為に開発するやつなんて、他にいないしな」

「……はい。わかりました」


 この人も素直にこういうこと言うんだなと思いながら、答える。管理の為ではあるが、自分のためにでもあるので、若干申し訳ない。


「ただな。もしそういうことができるのであれば、管理部以外に改善してやってほしいところがある。個人的な要望だけどな」

「そうなんですか?今はいろいろな困りごとを聞いてみたいので、特に困ってるなら聞きたいです」

「そうか、そうか!そこは本当に多忙でな。ろくに休みもないんだよ。だから少しでも楽にしてほしいんだ」

「いいですね!どこの部署ですか?」

「討伐隊だ。そうだ!明後日、討伐隊が街の外にでる遠征があったはずだ!補給地点までだから安全だし、同行できるよう頼んでやるよ!管理部を助けようとした礼だと思えよ!」

「あ。ちょっと待……」


 バターン。


 管理室から走って統括長がでていった。

 何故か、ユウガオに怒られる気がして、身震いするのであった。

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