親父の教育
五日間の記憶がない。
ただ、粉の重さを量り、補充できた魔力量を測定する。それを本当に繰り返していた。
途中で、ちょうど境目となった85:15の後に、86:14なんて細かい比率変更をやるべきかどうかでユウガオと揉めたことくらいが、唯一のイベントだ。結局やったが。
ただ、その五日間を乗り切ったおかげで、この粉についての理解度が上がった。魔力線の比率が一割五分以上ないといけないということだ。それ未満だと、魔力の補充ができたり、できなくなったりした。魔力を伝達するための魔力線の比率が足りないからだと考察している。
朝一に研究所でユウガオに報告した後は、報告書の作成に入った。
ユウガオ曰く、この報告書作成こそ研究員が一番避けたい作業のようで、一文字書き間違えてやり直すたびに髪を掻きむしり、叫ぶ人までいるそうだ。
ここで嬉しい誤算があった。
自分でも意外だったのだが、この報告書の作成が全く嫌じゃなかったことだ。
どうすれば分かりやすくなるか、絵やグラフの使い方を工夫する作業が、非常に楽しかった。
感覚的には、宿屋で親父とサービスランクを考えているときに近いと思う。
測定終了を伝えた日の夕方、皆が帰り支度を始める頃に、報告書が宿屋の出来事と似ていると思ったことをユウガオに話した。
「サービスランクってそもそも何?」
「お客さんによって宿屋の対応を変えていたんだ。何度も来てほしいお客さんにはAかS、それ以外はBだ」
「その【えー】とか【えす】って?」
「親父が考えた記号だ。Sが一番すごいって意味。まぁ松竹梅の松ってことだ」
「なるほどね。それで、それがどう近いの?」
聞かれて、親父とのやり取りを思い出す。
「SやAは、どうしたらお客さんがもう一度来てくれるか考えるために、お客さんになりきって考えるんだ。到着したときは一刻も早く休みたい、汗で顔がべたべたで気持ち悪いってな。それなら、どうするって考えるんだ。おしぼり出されただろ。あれだよ」
「あー!あの温かい手ぬぐいとようこそ水!じゃあ私たちはSだったのね!」
「いや。Aだったはずだ。偉い人っぽかったけど、詳細が分からなかったからな」
「そうなんだ。でも、なるほどね。確かにそのお客さんの立場を考えるっていうのは、報告書の読み手側の気持ちを考えるってところと近いかも」
ユウガオがうなずく。分かってもらえて何よりだ。
そこで、背中に隠していた数枚の紙を渡す。
「ってことで、報告書のたたき台を作ってみたんだ。見てくれないか」
「え?今朝ようやく測定が終わったばかりじゃなかったの?」
「繰り返しだけど、報告書書くのが楽しくてな。そのまま作成を始めたら、製造方法と比率の検証部分まではできた」
「早いね。わかった。読むよ」
ユウガオが自分の席に座り、おれの報告書を読み始める。
おれはその横にたって、様子を見ていた。
製造方法の部分では、間違いがないか、指を文字に沿わせながら確認していた。
たまに、その指が止まると、何か間違えていたのかとドキッとする。
また、比率の検証を書いた場所は、「うーん」と声も出していた。
確かに検証の部分は、少し自分なりに工夫していて、ユウガオの報告書と違う印象を受けると思う。
それがダメだっただろうか。
しばらくその様子を見ていると、ふとユウガオが顔を上げる。
「すごいね。初めてにしては、びっくりするくらい完成度高いよ」
「本当か!よかったー」
「本当だよ。細かい修正は必要そうだけど、大枠問題ない。というかなんでこんなに文章が書けるの?」
「どういうことだ?」
「報告書の文って普通に話してる言葉を書くんじゃなくて、分かりやすい書き方をしなければいけないの。それが大部分の人がつまずくところ。私も苦労したから、その難しさは知ってる。なのに、この報告書は、そこがほとんど完璧なの」
分かりやすい書き方と言われて、気が付く。
さっき話したからすぐに思いついた。
「……多分、さっきのサービスランクのおかげかも」
「え?なんで?」
「親父は、サービスランクのような複雑な決まりや、従業員に共有すべきことは、すべて紙に書いて配っていたんだ。その紙を見て、従業員はうち独自の働き方でも早く慣れることができてた。そういう文章をいっぱい見ていたからかもしれないと思って」
「その紙はこういう言葉で書かれていたの?」
「言われて思い出したが、こういう書き方だった。だから、ユウガオの報告書を最初に見たときも違和感なく読めたんだと思う」
「なんか、技術を隠すようにしたり、本当にあなたのお父さんって開発者向きの人だったのかもね」
「そうだろ!親父はすごい開発者だったんだよ!」
「はいはい、あなたのお父さん自慢は分かったから」
もっと話そうとしたところで、呆れた様子のユウガオに止められる。
前もあったような。
「後、比率の部分ね。ここには、この前の帰りに教えてくれた棒グラフを使ったのね。これは、初めてみる書き方だから、何とも言いにくいんだけど、分かりやすいと思う。特に、魔力線の比率が少ない場合に値がぶれているのが一目でわかる。木蓮所長にもやめるように言われないと思うよ」
そう言いながら、グラフの書いてある場所の横に、ユウガオが何かを書き込む。
もう一つのグラフを書いているみたいだ。
「この主張をするなら、横にぶれていない時の結果も書いた方がいいよ。多分こんな感じになるはず。そうすると、値がぶれている印象がより強くなると思うの」
「……確かに。これならなぜ一割五分以上の比率は良くて、それより低いとだめなのかすぐにわかるな」
より見やすくなる改良だ。思いつかなかった。
「最後に、属性に関係なくできたという箇所はもう少し主張して書いて。そこも大事だから。……そのくらいかな。後は木蓮所長に直してもらった方がいいわ。木蓮所長にお見せする段階までできてるよ」
「よし!ありがとうユウガオ!」
合格をもらえたことで、この五日間の苦労が報われた。
達成感で、笑顔がこぼれた。
ただ、ユウガオを見ると険しい顔をしていた。
「どうしたんだ。何か間違いがあったか?」
「……あのね。一つお願いがあるんだけど……」
ユウガオが、言いにくそうにこちらを見る。
なぜか目も潤んでいる。
何をいわれるんだ……まさか、全部書き直しか?
「あ、あぁ。なんだ?」
「……このグラフ、私もつかっていい?」
「え?」
間抜けな声がでた。全然予想していなかったお願いだった。
「だって、このグラフ、絶対解析結果をまとめるのに便利だと思うの!でも月燈くんが教えてくれた手法だし、勝手に使うとダメかな~と思って。でも使いたいな~とも思って。すぐに使ってみたいな~と思って!」
最後の方は、お願いというか脅迫に近い勢いだった。
目がキラキラしている。潤んでるわけではなさそうだった。
「いや、全然いいよ。むしろおれもそう思ったから教えたんだし」
「本当?怒らない?」
「怒らないだろ。そもそもうちで従業員も普通に使ってるから」
「ありがとー!次の報告書から私もつかおー」
小躍りでもしそうなくらい喜んでいる。
解析が好きなんだろう。ほほえましく思う。
「じゃあ、あとは実証試験だ」
「あ。そうだね。それを考えなくちゃ。何かやりたいことある?」
「考え方が難しくて。魔力を補充するって部分では、活かせる部分は多いと思うんだけど、なんか結局魔道具交換すればいいのではって一度思ってから、それ以上のメリットはどうやって出すのか難しくて」
「そうね。まぁ今日は遅いし、明日考えましょう」
「そうだな!とりあえず今日は帰るか」
ユウガオとおれは、報告書の目途が立ったことで楽観的になっていた。
結局、提出期限は三週間を切っているにもかかわらず、二日間実証試験を思いつかなかった。




