報告書
木蓮さんや他の研究員は既に部屋を出ており、残っているのは、おれとユウガオ、それに奥隠先輩だけだった。
奥隠先輩は、粉の瓶を持って、いろいろな角度から観察している。
「はぁ……まずは予定通り、報告の大まかな内容を詰めましょう」
「わかった。じゃあまず報告書ってどんなモノなのか見せてくれないか?イメージがわかないんだよ」
「それもそうだね。じゃあ、私の書いた報告書を見せるね」
ユウガオは自分の机から、厚み1cmくらいの紙の束を持ってきた。机の上に置くと、ドンとそれなりの音が鳴る。
「はい」
「はいって……この紙束のどの辺に挟まってるんだ?」
「これ、全部で一つの報告書よ」
「これで⁈」
実家の予約名簿一年分くらいあるけど⁈
おそるおそる手にとり、報告書を読む。
「えっと……魔力測定機の精度に関する報告。あの結界の中にいるかどうかがわかるやつか」
開発品じゃない報告書もあるんだなと思った。ところどころ知らない単語があるが、今は全体的な雰囲気を掴むために読み進める。
「同じ条件の測定を何度も繰り返してるのは、何でだ?」
「信頼度ね。その測定結果が偶然でた値じゃないか、複数回測定して調べるの」
「だから、こんな厚みになっているのか」
紙の束の3ページ目から、ほとんどのページが数字の羅列だった。マス目状に線が引かれており、同じ様なページが二十枚くらいある。目がチカチカしてきて、途中で見るのをやめる。
おれは紙の量に恐ろしくなり、ユウガオに質問する。
「こんなに書かないといけないのか?」
「そうね。信頼度は大事だからね」
「本気かよ……」
「灯火先輩。嘘はよくない」
「紫陽ちゃん⁈」
ウンザリしていたところに奥隠先輩が割って入ってくる。
「嘘ってどういうことですか?」
「報告書の本文に載せるのは測定の平均値だけでいい。他の測定値は別資料でいい。灯火先輩はやりすぎ」
「うぅぅ。でも、せっかくやったんだし、たまに外れ値とかあるから大事だし……」
痛いとこをつかれたようにユウガオは、体をくねらせながらいい訳を始める。
「なら、その外れ値だけ書けばいい。紙の無駄」
「う。はい。木蓮所長にも同じ事言われた」
ユウガオが観念する。これでおれも平均値だけでいいはずだ。ふぅと胸を撫で下ろす。
「危うく、ユウガオにとんでもない量の紙を書かされるとこだった訳だ。ありがとう、奥隠先輩」
「さ、流石にこんな量にならないように考えてたから!」
「え!お礼が言えるとは、なんて高い後輩力。魅せつけてくれますね、月燈後輩……。後輩の座が危うい」
ユウガオと奥隠先輩が異なる反応を示す。
先輩は……まぁ、無視で大丈夫そうだ。よくわからないので。
「それならよかった。報告書がどんなものかは何となくわかったよ。ありがとう。因みに、グラフは使ったらだめなのか?」
「どういたしまして!ぐらふってなに?」
ユウガオは報告書をまとめながら尋ねてくる。
この知識も珍しいのか。親父の知識は本当に独創的なんだな。
「えーと。数字を絵で示すやり方だ。そうだな、報告書をもう一度見せてくれ」
ユウガオが、まとめ直した報告書から目的のページを探す。
「例えば、この一日ごとの変化を三十日間観測した数字がある。こういう変化を時間で見る時は、線グラフを使う。横に行くほど日数が増えていって、縦が測定値だ」
紙に二本の直線を交差させ、一日ごとの平均値を点で書き込んでいく。ユウガオだけでなく、奥隠先輩も手元をのぞき込んでいた。
三十日分の点を書き終える。
「ふぅ。本当にすごい測定量だな。あとは、この点を順番につないでいく」
すべての点を線で結ぶと、線は細かく上下しながらも、全体として緩やかに下がっていた。
「これで線グラフの完成だ」
「なんかギザギザしてるわね。あれ?でも……待って」
ユウガオが、緩やかに下がっていく線を指で追う。
「そう。報告書にも少し値が下がったと書いてあったが、絵にするとどう下がっていったのかが、わかりやすいんだ」
「確かに、どんどん下がっていくことが一目で説明できる。面白い!」
ユウガオが食い入るようにグラフを見て、何度も頷いている。
そこまで喜んでもらえると嬉しい。
「それだけじゃない。この変化が今後も同じように続くと考えれば、まだ測っていない先の値を予想する手掛かりにもなる」
おれの言葉に、ユウガオはすぐ意味に気がつく。
「確かに!このまま下がっていくとしたら、どのくらいで線が一番下まで到達するのか予想できる!え!凄い!」
……やっぱり解析について、ユウガオは凄いと改めて思う。
おれは、この予測については自分でやってみるまで、意味がわからなかった。
ユウガオは、既におおよそ理解したようで、意味がわからなかったらしい奥隠先輩に予測の仕方を教えている。
「なるほど。やっていないところにもこの線が続くと仮定すると、大体どれくらいで0になるか分かるんですね」
「そうなの!月燈くん!グラフすごいよ!こんなのどこで知ったの?」
おれは懐かしい気持ちになって、誇らしげに答える。
「親父が教えてくれたんだ。ある時、宿の食材の買い付けで母さんが買い過ぎちゃって。それで、母さんが落ち込んでる時に、親父が過去の宿泊者数一年分をグラフにしたんだ。それを元に食材の買い付けをしたら、買い過ぎも足りなくなることも少なくなって。だから、実家の宿ではずっと使ってたんだ」
「お父さん……あの枯山水の。いろんなことを知ってて凄いね、月燈くんのお父さん!」
「え?凄い?」
「凄いでしょ!グラフなんて知らなかったし、月燈くんに文字を教えたのも確かお父さんって言ってたよね。とても宿屋の人とは思えない知識だよ」
まさかのタイミングで、親父を褒められた。
そのことが想像以上に嬉しくなってきて、ニヤついてしまうのが抑えられない。
嬉しいので、他にも親父から習ったことを教えてあげることにした。
「ありがとな。他にも棒グラフって言うのがあって……」
「えっと、ちょっと待って月燈くん!」
「ん?」
ユウガオに止められた。
後退り気味だ。どうしたんだろうか。
「教えてくれるのは嬉しいんだけど、あの……」
「ニヤニヤしていて気持ち悪いです」
「紫陽ちゃん!もっと濁して!」
相当ニヤついてたらしい。そんなにだったかなと自分のホッペをグニっと摘む。
「悪い、悪い。舞い上がり過ぎた」
「大丈夫。びっくりしただけだから」
「話がそれたな。報告書に戻そうか」
「え!うん……いいよ。そうだね」
まだ、グラフの話は聞きたいみたいだな。
「グラフはまた今度教えるから」
「よろしくね!じゃあ、報告書に書く内容を確認しようか」
「えーと、どう考えるんだっけ?」
「魔道具の報告書は、目的、製造方法、効果をそれぞれ書くの」
「ってことは、目的は魔力を補充するって内容でいいのか?」
「そうね。製造方法は分量再確認の必要はあるけど、それ以外は大丈夫そう」
分量のところで、ユウガオがチラッとこっちを見る。
はい。はい。すみませんでしたと心の中だけで謝る。
「じゃあ最後の効果は、魔力をどれだけ補充できたかを書けばいいってことか」
「そうなんだけど、普通ここには実際にこういう使い方をするってことを実施した例で書くの」
「補充したってだけはダメなのか?」
「うーん。補充自体は中級素材でも出来るし、でも下級素材で属性関係なくって部分は凄いからなぁ。……だけど、やっぱりダメかも。要は、『風が吹く性能です』はダメで、『風が吹くことで涼しくできます』みたいに使い方も示す必要があるの」
なるほど。使い方か。
魔力を補充する方法自体は、中級素材を使えば既に存在している。
だから、下級素材で属性に関係なく補充できることが、どんな役に立つのかまで示さなければならないということか。
「なんとなく、わかってきた」
「良かった。だから報告書の効果部分は、実証試験の結果を載せることが多いの。それをどうしようか決めないとだね」
効果的な使い方と実証試験か。
考えてみないとな。
「はい!そこまで!じゃあ今日はもう遅くなってきたし、続きは明日にして帰りましょう!」
それから、おれはユウガオと一緒に管理棟で夜ご飯を食べてから、宿舎に帰った。
食事中も、効果的な使い方や実証試験について、案を出し合ったが、これだっていう意見は出なかった。
部屋に着くと、急激に眠気が襲ってきた。流石に疲れていたみたいなので、荷解きもそこそこに、寝る準備をした。
「実証試験か……」
実証の内容や、明日から始まる開発者としての日々に思いを寄せたところで、気が付いたら、眠りに落ちていた。




