粉作りの準備
ノッポさんと月燈くんを連れて、一階の加工室に向かった。
後ろから、二人の会話が聞こえる。
「加工室は誰でも入っていいんですか?」
「入ってもいいよ。素材や加工用の道具は基本的には加工室にあるから。まぁ、さっきの秘密の話もあるから、危険じゃない組立なんかは研究室でやることが多いかな」
「加工用の道具ですか。楽しみです」
「そういえば、ここに来る前までは何をしていたんだい?」
「家の宿屋で働いていました」
「あぁ!宿屋で出会ったって言ってたけど、そういう意味なんだね」
加工室は一階に降りてすぐなので、もう部屋の前だ。独特の匂いや音も大きくなっている。
部屋に入ると、十人くらいの研究者が作業していた。
奥の机が空いていたので、そちらに向かう。
金槌や作業台くらいは一室にあるので、持っていくのは素材くらいだ。
そう考えていると、後ろから月燈くんが驚きの声を上げる。
振り向くと、加工室の壁沿いに仕舞われた素材を見て、口をあんぐり開けている。
あぁ、そうだ。彼は下級素材集めにすら苦労していたのだ。目の前には、各属性の下級素材が山のように置かれている。驚くのも無理ないだろう。
というか、まずいかも……?
そう思った時だった。
「うわー!!すごい!!」
「ちょ、ちょっと!」
月燈くんが素材を見つけて駆け寄る。
突然の大声に、部屋内の人からの注目が集まる。
やめてよ!
すみませんと会釈しながら、月燈くんに近づく。月燈くんは素材を見ながら、ブツブツ言っていた。
「こんなに素材が、しかもこんな雑に……研究所凄すぎ……来てよかった。この辺が火属性で、こっちが水で。え?これ土属性の加工されてない素材だ。初めて見た……」
「月燈くん!」
無視される。
「月燈くん!!」
手を引く。
「うわっ。あぁ、ユウガオ!すごいなここ!」
「感動してるとこ悪いけど、場所を考えて!作業してる人もいるんだよ!」
「あ!あぁ……ごめん、ごめん。こんなに素材があるのを見て、つい」
ノッポさんが笑いながら近づいてくる。
「月燈くんは、素材が好きなんだねー。わかるよー。僕も初めて見た時は感動したなー」
「あ、すみません。ご迷惑かけました」
「いいよー。あれくらいの声で喧嘩してる人もたまにいるからー」
ノッポさんが月燈くんをフォローしていた。ただ、月燈くんは謝っているものの、顔はまだ素材の方を向いていた。
聞いてない……。
ここはもう少し強く言わないと!そう思った時だった。
「そこにいると邪魔なんですけど、一室の方々」
後ろから、交戦的な声を浴びせられた。
振り向くと別研究室の男性が二人いて、一人は腕組みしてイライラしており、一人は困った顔をしていた。
イライラしている方は、特徴的な丸眼鏡をしており、高級な服を着ている。
確か、二室の人たちだ。何かと絡んでくる。
イライラしている方が言葉を続ける。
「素材を取りたいんだが、どいてくれないか?それとも一室の人は自分たちこそ優先されるべきだとでも思っているのかな!」
「いえ、そんなことは……」
「そんなことはないよ!ごめんねー騒がせて。素材を持ったら退くから少し待って下さいね」
ノッポさんがフォローに入ってくれた。ありがとうございますと思いながら、急いで素材を手に取る。この辺りのキバや爪でいいはずだ。
「ノッポか。最近、お前の報告も見ないな。サボってるんじゃないのか?」
挑発を繰り返してくる。嫌な感じだ。
「おい。その辺でやめとけ」
「いいだろ、別に。本当のことだ」
向こうは向こうで揉めている。こっちに絡んでこないで欲しいなぁ。
「いいよー。確かにその通りだから。最近開発が上手くいかなくてねー」
ノッポさんが受け流すように答える。それに腹が立ったのか、さらに言葉をかけてくる。
「は!お前がいつも日が暮れる前に帰ることは有名だからな。娘の為だったか?出来の悪い娘を持つと……」
「おい!バカ!」
加工室が静まり返った。
止めようとした男だけでなく、口にした本人まで、しまったという顔をしている。私も言葉が出なかった。
ここから何が起こるか知らない月燈くんが、最初に沈黙を破った。
「あんた!それはノッポさんに失礼だろ」
「月燈くん!止めて!」
「なんでだよ!あんな言われ方……」
「違うの!ノッポさんを止めて!」
「え?ノッポさんを?」
ノッポさんを見る。
目は座っており、口がワナワナと震えている。
ま、まずい……くる……。
「できの悪い娘だと……お前……うちの娘をバカにするなぁぁぁ!」
ノッポさんが、さっき発言した人に掴みかかろうとする。
「ちょっ!ちょっと!」
月燈くんが驚きながらも、正面からノッポさんにしがみつく。近くにいた研究員も駆けつけ、二人がかりで押さえ込んだ。
「ノ、ノッポさん!落ち着いて」
「そんなんじゃダメだ。君、部屋の外まで連れて行くぞ!」
「わ、わかりました」
駆けつけてくれた人の指示で、月燈くんが暴れるノッポさんを部屋の外に出していく。ノッポさんは、さっきの人を探してジタバタしている。
残っていた私に、暴言を止めていたニ室の人が話しかけてくる。
「あーあ。ノッポに娘の話はタブーって言っただろ。すまないね、一室の人。こいつ、研究がうまくいかなくてイライラしていて。申し訳ない」
「いえ。こちらもお邪魔だったようなので。廊下の様子が気になるので失礼します」
軽く礼をして、加工室をでると、廊下では駆けつけてくれた人がノッポさんに、「いい加減怒りを抑えることを覚えろ」と怒っており、ノッポさんがシュンとしている。
どうやら、正気に戻ったらしい。
横にいた月燈くんがこそっと話しかけてくる。
「なんなんだアレは?ノッポさん、全然別人だったぞ」
「娘さんをバカにされるとね……見境がなくなっちゃうのよ。暴れてる時の記憶ないみたい」
「まじかよ……先に知っといてよかった」
ノッポさんを見ながら話す。しばらくすると、ノッポさんは説教から解放されて、こちらにトボトボとやってくる。
「また、やっちゃったみたいだ……ごめんね、月燈くん、夕顔ちゃん」
「あー。驚きましたが、大丈夫です」
「そうですよ!さぁ、ほら材料は持ったから。材料はこれでいい?」
「そうだな。このキバがあれば問題ないと思う」
素材も揃ったので、一室へ戻ることにした。
階段を上り終えたところで、ふと思いつく。
「そうだ。どうせなら木蓮所長にも声かけてくる。これ持って、先に準備しといて」
持っていた素材を月燈君に渡す。
私だけ、木蓮さんの部屋をノックする。
はいと返事があり、中に入る。
木蓮さんは、何か書き物をしていた。
ペンを置いて、顔を上げる。
「どうしましたか?」
「月燈くんに今から粉を作るところを最初から見せてもらうことになって。よろしければご覧になりますか?」
「そうですね。いきます」
木蓮さんが立ち上がり、一緒に一室へ向かう。
一室の中では、奥の机にすり鉢などが置いてあり、既に準備ができている様子だった。
「お待たせ。じゃあ月燈くん、お願い」
月燈くんは、「はい」と返事し、腕まくりした。




