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剣なき英雄譚 〜魔道具研究開発録〜  作者: 博雅
第三章 粉実証試験編 -監視所の異変-
23/69

一室

「はい」

「はい」


 二人同時に手を挙げる。


「じゃあ夕顔さんから、質問をどうぞ」

「何故急に昇進できたのでしょうか。直近で私は報告書も出していないです」

「開発報告書がないと評価されないわけではありません。夕顔さんは今回の旅で成長を見せてくれました。それに今回の課題は私の助手をしながらできる程甘くありません。時間もかかるでしょう。だからこその昇進です」

「わかりました! ありがとうございます!」


 ユウガオは声を弾ませ、勢いよく頭を下げた。


「では、月燈さん。どうぞ」

「一室(イッシツ)ってなんでしょうか?」


 課題の中にあった知らない単語だ。


「はい。第2研究所には、それぞれ研究室があります。その一つ目なので一室。一室は私直轄の研究室です。月燈さんは一室所属になります。夕顔さんも一室です」


 木蓮さんの直轄と聞いて、一緒に働けることに心踊る。


「あなたの粉については、一室の各員には話しても問題ありません。材料や加工方法などは夕顔さんや他の研究員に聞いてください」

「わかりました」

「あと報告書ですが、納期は一ヶ月後とします」


 その納期は長いんだろうか?

 報告書を知らないから、見当がつかない。


「え?月燈くんが今までやってた検証から効果までを一ヶ月ですか?」

「ええ。この技術は早く広めたい。二人なら出来ると思います」

「は、はい。頑張ります」


 どうやら、短いらしい。頑張らないと。

 薄ら笑いを浮かべるユウガオをみて、気持ちをあらためる。


 木蓮さんが立ち上がる。


「では、一室に行きましょう。月燈さんを紹介します」


 二人と一緒に部屋を出て、直ぐ隣の扉の前で止まる。扉の前には一室と書かれた札が貼ってある。


 ここで開発するのか。

 扉を開けた木蓮さんに続いて部屋に入る。


 部屋の中は、廊下と違い匂いは無く静かだった。扉と反対の壁が一面窓になっていて、室内は非常に明るい。


 手前には、一人用の机がいくつか並んでいて、3人が座っていた。全員がこちらを向き、そのうち年上の男の人が立ち上がる。


「木蓮所長、出張お疲れ様でした」

「能保さん、ありがとうございます。留守中何かありましたか?」

「良い話も悪い話もないですね。みんな元気です」

「ふふふ。それはなによりですね。今日はみなさんに紹介したい方がいます。みなさん少しいいですか」


 来た。おれの話だ。


「この方は、新しく一室に配属される月燈標さんです。研究員として働くこととなります」

「はい!月燈標です。よろしくお願いします」


 パラパラと拍手が起こり、ひとまず肩の力が抜けた。


「月燈くんだね。能保日葵(ノウボヒナタ)です。みんなにはノッポと呼ばれているから、その呼び方でいいよ。よろしくね」

「のう……ノッポさんですね。よろしくお願いします」


 せっかくなので、ニックネームの方で呼ばせてもらった。いい人そうだ。


「椿山(ツバキヤマ) 達(タツ)だ。加工を担当している。よろしく頼む」

「はい。よろしくお願いします」


 物静かそうな人だ。ベテランって感じが凄い。ただ、加工担当とは何だろうか?


「奥隠紫陽(オクガクレシヨウ)。あなたの先輩です。よろしく」

「え?あ、はい。よろしくお願いします」


 考え事をしていたら、最後の小柄な女性への返事が遅れた。


「え?何で私だけ返事が遅れたんでしょうか。やはり小生のような小さい先輩など認めないということですか」

「え?いやいや!そんなつもりではないです!ただ、椿山さんの加工担当って何だろうと思っていただけです」


 突然、奥隠先輩が自分を卑下し始めたので、急いで訂正する。

 すると、奥隠先輩は満足そうに頷く。


「なるほど。言い訳は上手いようです。いいでしょう。後輩として横の席に座ることを許しますよ」

「……はい。ありがとうございます」


 なんだか、不思議な人だ。

 見ると、何も置かれていない席は奥隠先輩の隣だけだった。ほかにも人のいない机はあるが、どれにも私物が置かれている。なので、許す許さないに関わらず、その席になった気がする。

 

 ふと見ると、物は置いてあるものの、だれも座っていない席がいくつか残っている。


「あと三人いますが、紹介は来てからでいいでしょう。以上が、一室の研究員の皆さんです」


 意外と若い人が多いと思った。何と無く、上手くやれそうな気がする。


「所長。いいでしょうか?」

「奥隠さん。何でしょうか?」

「研究員として配属と言っていたこと。急に決まったこと。それらを考えると、もしかして月燈後輩は所長の推薦権で入るのですか?」

「ええ。その通りですよ」


 その返事を聞いて、奥隠先輩がふふんと腕を組み、こちらを見る。

 ……推薦権であることを見抜いて得意気なのだろうか。

 よくわからない。


「推薦権!?木蓮所長が使ったのですか……。月燈くんは親族か何かなのですか?」


 ノッポさんが驚く。

 推薦権はそんなに珍しいのだろうか。

 

「いえ。月燈さんとは、今回の出張で初めて会いました」

「そうなんですか……では、なぜ?」

「そうですね……見ていただいた方が早いですね。月燈さん、あちらの大きい机で粉を使ってみてください」

「わかりました」


 おれが机のある奥へ移動すると、後ろから皆が着いてくる。


 いや、一人だけ、椅子に座ったまま近づいてくるな。

 ぎぃぃ、と椅子の脚が床を擦りながら進んでいる。

 やっぱり不思議……いや、変な人だ。


 カバンから粉の入った瓶を取り出し、机の上に置く。

 何をするつもりかと、三人がさらに近づく。


「すみません。何か魔力の切れた魔道具はないですか?」


 周りに問いかけると、皆が動かない中、椿山さんが机の端にあった蛍火ロウソクの核を手に取り、差し出した。


「ちょうど昨日魔力が切れて交換するところだったんだ。これでいいか?」

「はい。ありがとうございます」


 確かに、核は魔力を失った時と同じ黒色になっている。

 さっそく瓶から粉を取り出し、机に置かれた核へ振りかける。


 ノッポさんは前のめりで、椿山さんは腕を組んで、奥隠先輩は机に手を当てその上に顎を乗せて、俺が何するのかを見ていた。


 その姿勢に研究者だなと思い、笑みが溢れる。


 それじゃあ、お披露目だ。


 おれは粉の上から手を置き、力を込める。すると、核が赤く光る。

 その様子に、え?と誰かが言葉をこぼした。


 おれはそのまま手を離して、核から粉を払い落とす。


「戻してみてください」


 椿山さんに渡すと、無言で頷いて、受け取った核を蛍火ロウソクの入れ物に入れる。すると、蛍火ロウソクは、淡い光を放ち始めた。


「魔力が……補充された?」

「まさか」

「むぅ」

 

 三人の視線が、一斉におれへ向いた。

 問題なく光ったことに、ほっと息を吐く。


「月燈くん。これはいったい……」


 ここで木蓮さんが会話に割ってはいる。


「この技術を彼が発見しました。私はそれを見て、推薦権を行使することにしました」

「こ、これは、確かに取り入れるべき技術でしょう。いや、凄いよ、月燈くん!自分で作ったのかい?」


 真っすぐ褒められ、思わず頬が緩む。


「はい!そうです!」

「凄いな!何で出来ているんだい?これは……」

「そこまでです」

 

 木蓮さんが止める。

 興奮していた三人が木蓮さんを見る。


「月燈さんには、この一ヶ月間、一室の仕事を手伝いながら、この粉の製造方法や効果をまとめた報告書を作ってもらいます」

「……短いのではないか?」


 椿山さんが呟く。やっぱり短いのか。


「ええ。ただ、皆さんも感じたように、この技術の可能性は計り知れません。なので、一刻も早く報告書を作って、広めたいのです。開発権は月燈さんにあるので、月燈さんにしか出来ない仕事なのです」


 皆は納得したかのように、木蓮さんの言葉に耳を傾ける。


「ですから、皆さんには月燈さんへ一室の仕事を教えてもらいます。報告書の作成は、夕顔さんが補助してください」

「納得です!月燈くん!僕たちもいろいろ教えるから、頑張ってね!僕もこの粉を早く使ってみたいからね!」

「はい!頑張ります」


 先輩開発者たちの期待に満ちた視線を受け、胸の奥が熱くなった。

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