一室
「はい」
「はい」
二人同時に手を挙げる。
「じゃあ夕顔さんから、質問をどうぞ」
「何故急に昇進できたのでしょうか。直近で私は報告書も出していないです」
「開発報告書がないと評価されないわけではありません。夕顔さんは今回の旅で成長を見せてくれました。それに今回の課題は私の助手をしながらできる程甘くありません。時間もかかるでしょう。だからこその昇進です」
「わかりました! ありがとうございます!」
ユウガオは声を弾ませ、勢いよく頭を下げた。
「では、月燈さん。どうぞ」
「一室ってなんでしょうか?」
課題の中にあった知らない単語だ。
「はい。第2研究所には、それぞれ研究室があります。その一つ目なので一室。一室は私直轄の研究室です。月燈さんは一室所属になります。夕顔さんも一室です」
木蓮さんの直轄と聞いて、一緒に働けることに心踊る。
「あなたの粉については、一室の各員には話しても問題ありません。材料や加工方法などは夕顔さんや他の研究員に聞いてください」
「わかりました」
「あと報告書ですが、納期は一ヶ月後とします」
その納期は長いんだろうか?
報告書を知らないから、見当がつかない。
「え?月燈くんが今までやってた検証から効果までを一ヶ月ですか?」
「ええ。この技術は早く広めたい。二人なら出来ると思います」
「は、はい。頑張ります」
どうやら、短いらしい。頑張らないと。
薄ら笑いを浮かべるユウガオをみて、気持ちをあらためる。
木蓮さんが立ち上がる。
「では、一室に行きましょう。月燈さんを紹介します」
二人と一緒に部屋を出て、直ぐ隣の扉の前で止まる。扉の前には一室と書かれた札が貼ってある。
ここで開発するのか。
扉を開けた木蓮さんに続いて部屋に入る。
部屋の中は、廊下と違い匂いは無く静かだった。扉と反対の壁が一面窓になっていて、室内は非常に明るい。
手前には、一人用の机がいくつか並んでいて、3人が座っていた。全員がこちらを向き、そのうち年上の男の人が立ち上がる。
「木蓮所長、出張お疲れ様でした」
「能保さん、ありがとうございます。留守中何かありましたか?」
「良い話も悪い話もないですね。みんな元気です」
「ふふふ。それはなによりですね。今日はみなさんに紹介したい方がいます。みなさん少しいいですか」
来た。おれの話だ。
「この方は、新しく一室に配属される月燈標さんです。研究員として働くこととなります」
「はい!月燈標です。よろしくお願いします」
パラパラと拍手が起こり、ひとまず肩の力が抜けた。
「月燈くんだね。能保日葵です。みんなにはノッポと呼ばれているから、その呼び方でいいよ。よろしくね」
「のう……ノッポさんですね。よろしくお願いします」
せっかくなので、ニックネームの方で呼ばせてもらった。いい人そうだ。
「椿山 達だ。加工を担当している。よろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
物静かそうな人だ。ベテランって感じが凄い。ただ、加工担当とは何だろうか?
「奥隠紫陽。あなたの先輩です。よろしく」
「え?あ、はい。よろしくお願いします」
考え事をしていたら、最後の小柄な女性への返事が遅れた。
「え?何で私だけ返事が遅れたんでしょうか。やはり小生のような小さい先輩など認めないということですか」
「え?いやいや!そんなつもりではないです!ただ、椿山さんの加工担当って何だろうと思っていただけです」
突然、奥隠先輩が自分を卑下し始めたので、急いで訂正する。
すると、奥隠先輩は満足そうに頷く。
「なるほど。言い訳は上手いようです。いいでしょう。後輩として横の席に座ることを許しますよ」
「……はい。ありがとうございます」
なんだか、不思議な人だ。
見ると、何も置かれていない席は奥隠先輩の隣だけだった。ほかにも人のいない机はあるが、どれにも私物が置かれている。なので、許す許さないに関わらず、その席になった気がする。
ふと見ると、物は置いてあるものの、だれも座っていない席がいくつか残っている。
「あと三人いますが、紹介は来てからでいいでしょう。以上が、一室の研究員の皆さんです」
意外と若い人が多いと思った。何と無く、上手くやれそうな気がする。
「所長。いいでしょうか?」
「奥隠さん。何でしょうか?」
「研究員として配属と言っていたこと。急に決まったこと。それらを考えると、もしかして月燈後輩は所長の推薦権で入るのですか?」
「ええ。その通りですよ」
その返事を聞いて、奥隠先輩がふふんと腕を組み、こちらを見る。
……推薦権であることを見抜いて得意気なのだろうか。
よくわからない。
「推薦権!?木蓮所長が使ったのですか……。月燈くんは親族か何かなのですか?」
ノッポさんが驚く。
推薦権はそんなに珍しいのだろうか。
「いえ。月燈さんとは、今回の出張で初めて会いました」
「そうなんですか……では、なぜ?」
「そうですね……見ていただいた方が早いですね。月燈さん、あちらの大きい机で粉を使ってみてください」
「わかりました」
おれが机のある奥へ移動すると、後ろから皆が着いてくる。
いや、一人だけ、椅子に座ったまま近づいてくるな。
ぎぃぃ、と椅子の脚が床を擦りながら進んでいる。
やっぱり不思議……いや、変な人だ。
カバンから粉の入った瓶を取り出し、机の上に置く。
何をするつもりかと、三人がさらに近づく。
「すみません。何か魔力の切れた魔道具はないですか?」
周りに問いかけると、皆が動かない中、椿山さんが机の端にあった蛍火ロウソクの核を手に取り、差し出した。
「ちょうど昨日魔力が切れて交換するところだったんだ。これでいいか?」
「はい。ありがとうございます」
確かに、核は魔力を失った時と同じ黒色になっている。
さっそく瓶から粉を取り出し、机に置かれた核へ振りかける。
ノッポさんは前のめりで、椿山さんは腕を組んで、奥隠先輩は机に手を当てその上に顎を乗せて、俺が何するのかを見ていた。
その姿勢に研究者だなと思い、笑みが溢れる。
それじゃあ、お披露目だ。
おれは粉の上から手を置き、力を込める。すると、核が赤く光る。
その様子に、え?と誰かが言葉をこぼした。
おれはそのまま手を離して、核から粉を払い落とす。
「戻してみてください」
椿山さんに渡すと、無言で頷いて、受け取った核を蛍火ロウソクの入れ物に入れる。すると、蛍火ロウソクは、淡い光を放ち始めた。
「魔力が……補充された?」
「まさか」
「むぅ」
三人の視線が、一斉におれへ向いた。
問題なく光ったことに、ほっと息を吐く。
「月燈くん。これはいったい……」
ここで木蓮さんが会話に割ってはいる。
「この技術を彼が発見しました。私はそれを見て、推薦権を行使することにしました」
「こ、これは、確かに取り入れるべき技術でしょう。いや、凄いよ、月燈くん!自分で作ったのかい?」
真っすぐ褒められ、思わず頬が緩む。
「はい!そうです!」
「凄いな!何で出来ているんだい?これは……」
「そこまでです」
木蓮さんが止める。
興奮していた三人が木蓮さんを見る。
「月燈さんには、この一ヶ月間、一室の仕事を手伝いながら、この粉の製造方法や効果をまとめた報告書を作ってもらいます」
「……短いのではないか?」
椿山さんが呟く。やっぱり短いのか。
「ええ。ただ、皆さんも感じたように、この技術の可能性は計り知れません。なので、一刻も早く報告書を作って、広めたいのです。開発権は月燈さんにあるので、月燈さんにしか出来ない仕事なのです」
皆は納得したかのように、木蓮さんの言葉に耳を傾ける。
「ですから、皆さんには月燈さんへ一室の仕事を教えてもらいます。報告書の作成は、夕顔さんが補助してください」
「納得です!月燈くん!僕たちもいろいろ教えるから、頑張ってね!僕もこの粉を早く使ってみたいからね!」
「はい!頑張ります」
先輩開発者たちの期待に満ちた視線を受け、胸の奥が熱くなった。




