課題
統括長の部屋を出ると、壁際で両手を合わせて祈りながら立っているユウガオをみつけた。
ユウガオもこちらに気づいて顔を上げる。
「お。待たせたな」
「か、軽いわね……。面接だったんでしょ?どうだったの?」
「合格をもらえたよ」
「よかったぁぁ。管理部に行ったら、統括長に部屋へ連れてかれたって。そしたら、木蓮所長が面接は明日のはずって管理部を飛び出して。何がどうなってるのかわからなかったわ」
「それは心配かけたな。おれもよくわからなかったから、混乱するのも当然だ」
「さぁ。立ち話はそれくらいして。宿舎に向かいましょうか」
少し遅れて部屋から出て来た木蓮さんが、おれの肩を軽く叩き、前を歩き始めた。慌てて追いかける。
そのまま、管理棟を出て、何があったのかを二人に話しながら宿舎へ向かった。
「ねぇ。さっきからずっと気になってるんだけど、その靴なに?」
「飛脚靴って言うらしいぞ」
「そうじゃなくて。なんで持ってるの?」
「統括長から合格祝いとしてもらったんだ」
「へー。ずいぶんと古い型式ね。二世代前くらいかな」
「そうなのか?え、まさか使えない?」
「見てみる。貸して」
「返してね」
「返すわよ」と睨みながら、ユウガオは飛脚靴を受け取る。
靴の中を覗いた後、こちらをみる。
「魔道具としてはまだ使えそう。ただ、靴の方が古いから、履くのは難しいかも」
はいと言って、靴を返してくれた。
「そうなのか。まぁいいかな。後でちょっと履いてみたいだけだし」
「まぁ、それくらいならいいんじゃない。討伐隊専用って言っても、持ってる人結構いるし」
「そうなんだ。どうやって手に入れるんだ?」
「普通に買えるわよ。魔道具屋で」
「ま、ま、ま、ま、魔道具屋!?」
ユウガオに詰め寄る。
ユウガオは、わかっていたかのように距離を空ける。
「まぁ、そう来るよね。あなたにも慣れてきたわ」
「そんなことどうでもよくて!どこにあるんだ、その店は?」
絶対行かないと!聞いてないぞ、そんな店!
「街にあるわ。そのうち関わることになるから、その時に教えてあげる」
「絶対だぞ!」
思わず足取りが弾む。
教えてあげるって言ってたが、連れて行ってもらおう。
「あれが、宿舎です」
会話が途切れたところで、木蓮さんが正面の建物を指差す。
宿舎は、町にある宿屋をそのまま大きくしたような建物だった。
「鍵に書いてある番号の部屋が月燈さんの部屋です。部屋は自由に使ってください。食事は宿舎の食堂で食べられます」
入り口から中に入る。中には管理人がおり、木蓮さんの紹介を受けて挨拶を交わす。
「今日からお世話になる月燈標です。よろしくお願いします」
「はいはい。私は丸宿だよ。管理人と呼んどくれ」
母さんより年上のおばさんだった。話しやすそうだ。
「荷物はそこに置いてあるから、持っていきな」
「はい。ありがとうございます」
そういうと管理人さんは、奥の部屋に入っていった。
「では、月燈さん。今日はもう休んでもらって、明日の朝、研究所に来てもらいます」
「あの……その話なんですが、今から研究所に行くのは駄目ですか?」
「今からですか?私たちは向かいますので構いませんが、お疲れでは?」
「いや。それよりも早く見てみたいんです」
「わかりました。それではいきましょう。私たちも荷物を置いてくるので、ここで待ち合わせましょう」
「ありがとうございます」
おれは、届けられていたカバンを持ち、急いで部屋に向かった。宿舎は見た目以上に広かったが、部屋はすぐに見つかった。
「ここか。さて、どんな部屋かな……おぉ。普通の部屋だな」
うちの宿と同じくらいの部屋だ。寝たりちょっとした作業には充分だ。
大きなカバンを放り投げ、もらった飛脚靴だけは丁寧に置く。
小さなカバンは持ったまま、部屋に鍵をかけて入り口に戻る。
まだ誰もいなかったが、ユウガオ、続けて木蓮さんもすぐに来たので、研究所に出発した。
「第2研究所はどこなんだ?」
「あの遠くに見えてる建物。大体十分くらい歩けば着くと思う」
そう言うと、行きとは違い、直線の道から外れて細い道に入る。近道なんだろう。迷わないようについていく。
「大きい道は分かりやすかったけど、こっちの道は全然わからないな」
「そこは慣れね。こっちの方が近いから、意外と歩いている人は多いわ」
ユウガオの言うとおり、十分程で研究所にたどり着いた。
ようやくだ。改めて外観を見る。
大きな屋敷のようで、扉のところには、金槌とノコギリの描かれた模様が書いてある。
横には広場があり、数人が何かしているのが見える。
いろいろと見たかったが、二人が先に入っていったので、急いで追いかける。
閉じかけていた扉を、自ら開けて中に入った。
中へ入った途端、何かが焦げたような匂いが鼻をついた。奥からは、ガンガンと何かを叩く音が響いている。
入ったところはホールになっていて、正面には階段がある。
ホールの上部は半球状のガラス製の屋根が付いており、空が見えていた。
どうやって作ったんだろうか。
「こっちよ」
上を見ていたおれに、ユウガオが声をかける。我に返り、小走りで追いかける。
階段を上ると、二階には長い廊下が続いていて、等間隔に扉が並んでいた。
階段から数えて一つ目の、『所長室』と書かれた部屋の前で止まる。
「二人とも中に入ってください」
木蓮さんが鍵を開けて扉をあけた。二人に続いて、中に入る。
「すっげぇ……」
部屋の中は、窓と扉以外の壁全てが本棚で埋め尽くされていた。
こんなに多くの本を見るのは初めてだ。
置かれている家具は、執務机と客用の机、観葉植物、それに白衣の掛かった外套掛けくらいだった。
木蓮さんは、そこへ着ていたコートを掛ける。
「さて。改めて第2研究所にようこそ、月燈さん。研究所はどうですか?」
「楽しいです!すべてが新鮮で!」
「それは何よりです。それでは明日にするつもりでしたが、今やってしまいましょう」
「何をですか?」
「月燈さんの仕事、つまり開発目標の設定です」
「開発……目標!」
ついに来た!開発という言葉に、自然と背筋が伸びる。
「あなたは、開発者として何もわからない状態です。そのため、誰かの助手として、仕事を覚えるのが普通です」
「はい。そう思います」
宿屋でもそうだ。新人は誰かについて仕事を覚える。
「しかし、あなたの持つ粉は、すぐにでも確立させて応用したい技術です。それに、推薦権で採用されたので、月燈さんは始めから研究員という立場です。したがって、助手だけをやらせるわけにはいきません」
「は、はい」
つまり、どういうことになるのだろうか。
「そのため、月燈さんには3つの課題を与えます」
木蓮さんが指を一本立てる。
「一つ目。『一室』に所属する研究員の仕事を手伝うこと」
二本目の指が立つ。
「二つ目。粉について、これまでの検証結果、製造方法、効果をまとめた報告書を作ること」
そして、三本目。
「三つ目。夕顔さんとチームを組み、彼女の課題に協力することです」
三つの課題を頭の中で整理していると、木蓮さんが視線を移す。
「夕顔さん。これを機にあなたを助手から研究員に昇進させます」
隣でユウガオが目を見開いた。
「そして、業務と課題を追加します。追加する業務は、月燈さんの指導です。そして新たな課題として、太陽結界核の魔力消費が進んでいた原因を調べてもらいます」
おれとユウガオはお互いを見る。
「あなたたちであればこの課題が達成できると信じています。さあ、質問はありますか?」
木蓮さんはにこりと笑った。




