動機
できたばかりの粉を袋に入れて、家の中を走り回る。
今回のは成功だ。何度も確認した。この成果を早く見せたい。
今日はお客さんもいないから、部屋の前や廊下を走っても怒られることはない。
ドタドタと音をたてる。
そのうち、庭でお父さんを見つけた。周りには、ノコギリやカナヅチが置いてある。また何か作ってるみたいだ。
「お父さん!これ見て……って、それ!もしかして揺れる椅子!二つ目を作るの!?」
大声で呼びかけると、組み立てていた木の部品を置いて、こちらを振り向く。
「おう。人気だからな。作るしかないだろ」
揺れる椅子は、座ると前後にゆっくり動き、まるで水に浮かんでいるような気分になる不思議な椅子だ。
最初に作った椅子は、うちの宿屋に置いてある。座り心地が良く、いつ見てもお客さんが座っている。その椅子に座りたいお客さん同士が「早く譲れ」と喧嘩をしていたくらいだ。
「次のはどこに置くの?おれの部屋に欲しい!」
「だめだ。こいつの置く場所はもう決まっている。いつも野菜を売ってくれるおばあさんの家だ」
「えー、なんでだよー。おれもほしいよー」
「後だ、後。一度試してみたら、二十年以上ずっと痛くて治らなかった腰が、座っている間は痛くないらしくてな。泣くほど喜んでいたらしいんだ。それで、野菜屋のオヤジがどうしてもって言ってな」
「ふーん、まあそれならいいよ!」
おれは、お父さんが褒められるのが好きだ。
それなら自分のは後でも構わない。
やっぱりお父さんは天才だ。
「それより、何か用事があったんじゃねーのか?」
「そうだ!これだよ!」
「おっ!また何か作ったのか!今度は上手くいくんだろうな?」
お父さんはニヤリと笑い、おれを見る。
「当たり前でしょ!見ててよ!」
おれはその場に座ると、既に動かなくなってしまった魔道具の風鈴羽を地面に三枚並べる。
「それは風鈴羽か。ただ色が抜けてるから、魔力切れのゴミじゃねーか。どこから集めてきた、そんなもん」
お父さんの言葉を聞き流す。集中しないと。
さっき作った粉を袋から出して、羽の上に振りかける。
「っておい!何してんだ!あーあー汚ねぇなあ!こんな粉まみれにして」
「いいから見ててって」
「見てろって言ってもなぁ」
粉まみれになった羽を見て、お父さんは眉をひそめる。
ぶつぶつと文句を言うお父さんを無視して、粉をかけた羽の上に手を置いて集中する。
いつもここで失敗する。魔道具を使う時に近い感覚で、うーんと力を入れる。すると、指の隙間から羽が光りはじめた。
「やった!このまま……」
「おい。まさか……」
数秒経って羽を持ち上げる。羽を観察すると、色を失っていた羽が緑に色づいていた。
「うーん、多分大丈夫かな。それじゃあ」
そのまま羽に力を込めると、羽から風が吹き始めた。
「マジかよ……」
「出来た!やった!」
さっき部屋でやったのと同じように成功して、一安心する。
「どう?!」
「……これ、一人で作ったのか?」
「え?そうだけど……」
お父さんが怖い顔をしている。
なにか悪いことをしてたのかな……。
不安な気持ちになってお父さんの顔をみると、お父さんはハッとおれを見返した。
すると、急に満面の笑みになり、おれを持ち上げて振り回す。
「すげーじゃねーかー!!なんだよこれ!どうなってんだ!」
「うわわわ。えっ?ほんと?凄い?」
「凄いだろ!ゴミがまた使えるようになっちまった!こんなの誰にもできないぞ!その椅子なんかより、ずっと凄いぞ!」
「えぇ⁈その椅子より?その椅子に座るとみんな楽しそうだし、椅子の方が凄いよ!それにあの青く光る蛍火ロウソクの方が綺麗だし、ずっと面白い!」
「はっ!あんなのは青い布を被せてるだけだ」
その言葉を聞いたお父さんは、おれを地面に降ろすと、目線を合わせるようにしゃがみ、両肩に手を置く。
「いいか。この技術は本当に凄いぞ!あんな椅子なんか目じゃない。みんなが喜ぶものをいっぱい作れる」
「本当!」
「あぁ本当だ」
お父さんが真面目な顔になる。
「でも、この技術はおれとの秘密だ。今はな。秘密にしたまま一人でどんなことができるのか調べるんだ」
その言葉の意味が分からず、首を傾げる。
「え?なんで?」
「お前のためだ。この技術は、いつかお前にやりたいことができたとき、その道を開く切り札になる」
「ふーん。そうなんだ。別にいいけど。お母さんにもダメなの?」
お父さんは真面目な表情を崩し、立ち上がる。
「粉を見せずに使う分にはいいだろう。使えなくなった魔道具を直してあげたらいい。その方が喜ぶぞ?ただ、どうやって直したかは言うなよ。まぁ母さんは興味がないから聞きもしないだろうけどな」
ニヤリとお父さんが笑った。お父さんは、満足そうに体を反らしながら空を見上げる。
「本当に凄い発見だ。おれみたいに借り物の知識じゃない。本物の新技術だ。自信を持て」
「やめてよ!またそんなこといって!お父さんの開発品も凄いよ!」
「本当なんだよ。おれのは大したことない」
また、それだ。
褒められてとても嬉しい。ただ、お父さんは時々こうして自分のことを悪く言う。何か凄いものを作って褒められるたびに、これは借り物だ、盗んだようなものだと答えている。
「お父さんがそんなこと言うから、みんな信じ始めちゃってる!泥棒なんていう人もいるんだよ」
「泥棒か。言わせておけばいいぞ、そんなの。気にしないからな」
「それが嫌なの!」
お父さんは凄い。
誰も思いつかないことを考えるし、誰も知らないことを知っている。どこで覚えたのかと尋ねられても、答えをはぐらかしていた。
その知識をどこで得たのかは、おれも知らない。
お父さんは森で倒れていたのをお母さんが助けたと聞いている。初めは、とても混乱していて、どこから来たのかも分からなかったみたいだけど、やがて母さんと結婚したらしい。怪しむ人もそれなりにいたと母さんが言っていた。
ただ、そんなことはどうでもいいと思う。
お父さんは新しいものを作ってみんなを喜ばせている。それにものを作っている時のお父さんは本当に楽しそうだ。
悪い人のわけがない。
それなのに、お父さんの凄さをみんな知らない。悪い噂まで流れている。
「おれもお父さんみたいにみんなが喜ぶもの作るから!そうしたら、お父さんの作ったものも凄いんだよってみんなに教えてあげるんだ!」
お父さんは、嬉しそうに頭をクシャクシャしてきた。おれは信じてくれていない気がして、口を尖らせた。
◇◇◇
家の机に突っ伏したまま目を覚ます。久しぶりに夢を見ていた。粉を作って親父に見せた時の夢だ。もう何年前だろうか。
机を見ると、粉をいれた瓶と色を失いそうな魔道具が目に入る。作業中に寝てしまったらしい。
おれは瓶から灰色の粉を手のひらに振りかける。その手で少し赤みがかった魔道具をぎゅっと握り込んだ。蛍火着火石が赤く光る。
「多分これで使えるから!」
扉を開けて、お客さんに出す料理を作っている母親に声をかける。
「もう?すごーい。ありがとー」
「言っておくけど直ってないからな。少し使えるようになっただけだから。早く新しいの買った方がいい」
と言っても、買わずにまた頼まれるんだろうなと諦めながら、手元の『蛍火着火石』を母さんに渡す。
窓の外は、まだ陽の光が出ているが、あと少しで赤みがかってくるだろう。今日は用事がある。
作業していた机の上を片付け始めるが、ふと思い出したように振り返る。
「それより、なんか今日の客がどうとか言ってたな?」
「偉い人なんだってー。なんでも祭りに合わせて用事があるみたいでー、大きい荷物を置く場所が必要って」
宿屋の女将である母さんは、野菜を切りながら答えた。包丁は小気味良く均一なリズムを刻んでいる。
「偉いってどこの誰?」
「知らなーい。教えてもらったけど長くて忘れた。なんで偉い人の肩書はあんな長いんだろうねー」
「いや、それだとダメだろ。もてなす内容が決められない」
「父さんと同じこと言ってー。お母さんを責めるんだねー。悲しいよー」
「責めてないだろ。もういいよ、予約の名簿をみるから」
机の上の名簿を手に取る。寝る前にも気になることが書いてあったのを見た気がする。予約表と書かれた名簿には、日付と名前とその人の情報が書いてある。その中から今日の日付を指で辿る。
「えっと……ここか。第2研究所所長兼地方監査責任者……?確かに長いな……。こんな研究所知らないし。母さん!この人本当に偉い人なのか?!」
どこかの胡散臭い自称研究所長かもしれない。
母さんは、『風鈴羽』で風を送り、炭火の火力を上げる。
「えぇ?そんなに長いのに偉くないわけないでしょー?」
こちらも見ずに答える。どんな判定基準だよと、肩をおとす。
母さんは、風を送り過ぎて炎が大きくなり、きゃーと騒いでいる。
「とりあえず、おれは祭りの出店を仕上げてくる。もう日が落ちてきてるからな。ついでに、この研究所についてもいろいろ聞いてくるから。本当に偉いなら、親父設定サービスランクAの対応が必要になるから。ようこそ水とおしぼり準備だ」
「えぇ⁈ランクA⁈大変!」
母さんがバタバタと台所の奥に走っていく。
おれは祭りに向かうことにした。
家から出ると、夕暮れ特有の熱気を感じる。風はあるものの涼しさはない。
宿屋は祭りが行われている広場までは多少距離があるため、広場へ向かう前に水を汲みにいくことにした。
庭にあるヤカンの形をした魔道具『流水瓶』から水を出して、水筒に入れる。少しだけ喉を潤す。
やっぱぬるいな。ないよりマシか。
水筒をカバンに入れて、祭りに向かう。
少し歩くだけで、肉や米の焼ける匂いが風に乗ってきて、鼻腔をくすぐる。
もう始まってるなと思い、早足になる。
今日は年に一度の収穫祭で、町は賑わっている。普段のこの時間なら、虫の声くらいだ。
それに、普段は倉庫にしまわれている『蛍火街灯』も、道や広場の至る所に設置されている。
広場に向かって均等に並んだその街灯は、その名の通り蛍のような弱い光で、その周辺をほんのりだいだい色に照らす。
町の人がその光景に見惚れることも、この祭りの醍醐味となっている。
その街灯が並ぶ道が見えてきた。
「うおぉぉ、こんなに魔道具が並ぶなんて……。眼福眼福」
確かに綺麗だが、そもそも魔道具がこれだけ並んでいるという事実を認識するだけで、おれの心は大満足だ。
思わず立ち止まって、あの三番目の街灯だけ光が弱い理由を考察し始める。
「劣化か?単純に品質が悪いのか……。いやいや、ダメだダメだ。出店に行かないと」
頭をふって邪念を払う。
今日の出店は重要だ。結果次第では、おれは研究ができなくなる。
毎年出してることもあり、去年は予想以上の結果となった。
噂では不名誉な呼び名をつけられているようだが、きっと今年は去年以上の成果が期待できる。
『蛍火街灯』を横目に、それでも壊れたやつがあれば分解できないかなーと期待し歩く。そんなことを考えているうちに、途中まで組み立てた出店に到着した。
「さてと」
気持ちを切り替えて、出店設営の続きをはじめた。
と言っても残る作業はほとんど無く、後は机と椅子を並べて看板を出せば終わりだ。
「ふぅ。暑いな」
作業を終え、椅子に座って一息つく。
「この店、何食べられるの?」
後ろから声をかけられた。振り向くと男の子がいた。そこまで大きい町ではないため、見覚えはあるが、誰かは知らない。右手で肉を食べている。
「食べ物は売っておりません」
接客癖から丁寧な言葉遣いになってしまい、丁寧な方がいいのか、子供だし目線を合わせた方が良かったのか、即座に頭の中で反省会を始めた。
「食べ物売らないで何するの?」
続けざまに質問された。
脳内反省会をとりやめて、面倒だから丁寧語で!という結論を出す。
「下級魔物素材買取のお店です」
「かきゅうってゴミじゃん。みんな捨ててるよ」
「魔道具修理に可能性がありまして」
「えーでも魔道具は組合のひとやとーばつたいしか使えないんだぞー」
「使うのではなく、修理です。あの街灯や蛍火着火石みたいなものが対象ですね」
「あれは魔道具じゃないよ!しらねーのかよー。魔道具はとーばつたいの火を出すやつとか地面を動かすやつだぞー」
もういい面倒だ。丁寧語おわり。
「全部魔道具だよ。魔物素材から出来てるもの全部魔道具!もういいから、あっちの串肉屋でも行ってこい」
しっしと手をプラプラさせると、子どもはまだ粘ってくる。
「ゴミ集めてどうするんだよー」
「さっきからゴミゴミって……下級品にも使い道はあってだな。分からないなら、ほら!向こう行きな!」
「えーじゃあこの落ちてたキバも魔道具ってことー。みんなこんな小さいの捨ててるけどなー」
子どもがポケットから魔物のキバらしき破片を取り出した。おれは即座に二歩近寄る。
「それ火炎猪のキバか!いや、色が薄いな……。蛍火猪か?拾ったのか?よく見せてくれないか?」
色と形状から予測したが、見てみないと分からない。ただ、この辺りで火の素材は珍しい。ぜひ見たい。というか欲しい。
子どもはおれの勢いに目を丸くする。
「えぇ⁈こんな小さくて濁った色の素材はみんな捨ててるよー?形が他のより綺麗だったから拾ったし、これお守りだし、にいちゃん怖いし、だめー」
くっ。言葉遣いが仇になったのか。数分前のおれ、なんて読みが甘い。
「怖くないですよー?じゃあ、そうだな……その後ろにぶら下げてるの『風鈴羽』だろ?ちょっと貸してくれ」
おれをジト目で見つつ、子どもはそれを手渡してくれた。
「いいけど、それ使いすぎて、もうただの羽だよ?」
「いいから、いいから」
受け取りながら、おれは子どもからは見えないようにカバンに入れていた瓶の粉を出し、手のひらに付けて『風鈴羽』にすり込むよう握る。
そろそろかなと少し経ってから、風鈴羽を返した。
すると、子どもが手に取って使った瞬間、風鈴羽が起動し、羽から涼しい風が吹き始める。
「あれ⁈なんで⁈もう直らないから捨てるしかないって言われたのに!」
「動いただろー!修理って言っただろー?まぁ直ったというか多分すぐ止まると思うが。それよりも直した代わりにそのキバなんだけど……」
「すげーやったーありがとーにいちゃん!」
そう言いながら子どもは走り去ってしまい、人混みですぐに分からなくなった。
「あー!待て!待って!キバがぁぁ」
キバ……キバ……と立ち尽くすおれを奇妙に思ったのか、周りには誰も寄ってこなかった。




