宿屋の息子
家の机に突っ伏したまま目を覚ます。久しぶりに夢を見ていた。粉を作って親父に見せた時の夢だ。もう何年前だろうか。
机を見ると、粉と壊れた魔道具が目に入る。作業中に寝てしまったらしい。向こうでは母さんが料理している。
「多分これで使えるから」
おれは瓶から灰色の粉を手のひらに振りかけて、その手で少し赤みがかった石をぎゅっと握り込んだ。
「もう?すごーい。ありがとー」
「言っておくが直ってないからな。少し使えるようになっただけだから。早く新しいの買えよ」
と言っても、買わずにまた頼まれるんだろうなと諦めながら、手元の『蛍火着火石』を母さんに渡す。
窓の外は、まだ陽の光が出ているが、あと少しで赤みがかってくるだろう。おれも今日は用事がある。
作業していた机の上を片付け始めるが、ふと思い出したように振り返る。
「それより、今日の客がなんだって?」
「偉い人なんだってー。なんでも祭りに合わせて用事があるみたいでー、大きい荷物を置く場所が必要って」
宿屋の女将である母さんは、野菜を切りながら答えた。包丁は小気味良く均一なリズムを刻んでいる。
「偉いってどこの誰?」
「知らなーい。教えてもらったけど長くて忘れた。なんで偉い人の肩書はあんな長いんだろうねー」
「いや、それだとダメだろ。もてなす内容が決められない」
「父さんと同じ事いってー。お母さんを責めるんだねー。悲しいよー」
「責めてないだろ。もういいよ、予約の名簿をみるから」
机の上の名簿を手に取る。予約表と書かれたその本を開くと、そこには日付と名前とその人の情報が書いてある。その中から今日の日付を指で辿る。
「えっと……ここか。第2研究所所長兼地方監査責任者……?確かに長いな……。こんな人たち知らないし。母さん!この人本当に偉い人なのか?!」
どこかの胡散臭い自称研究所長かもしれない。
母さんは、『風鈴羽』で風を送り、炭火の火力を上げる。
「えぇ?そんなに長いのに偉くないわけないでしょー?」
こちらも見ずに答える。どんな判定基準だよと、がっかりするも、まぁ母さんだしと納得する。
その母さんは、風を送り過ぎて炎が大きくなり、きゃーと騒いでいる。
「まぁいいや。とりあえず、おれは祭りの出店を仕上げてくる。もう日が落ちてきてるからな。ついでにこの研究所についてもいろいろ聞いてくるから。本当に偉いなら、親父設定サービスランクAの対応が必要になるから。ようこそ水とおしぼり準備だ」
「えぇ⁈ランクA⁈大変!」
バタバタと台所の奥に走っていく母さんを尻目に、家である宿屋を出て、祭りに向かう。
家から出ると、夕暮れ特有の熱気を感じる。風はあるものの涼しさはない。夏はそんなものだろう。
宿屋は祭りが行われている広場までは多少距離があるため、着くまでに汗をかきそうだ。
そこで、広場へ向かう前に水を汲みにいくことにした。井戸までは距離がある。そこで、庭にあるヤカンの形をした魔道具『流水瓶』から水を出して、水筒に入れる。魔道具から出る水は冷たくない。ただ、ないよりはましだ。
水筒をカバンに入れて、祭りに向かう。
少し歩くだけで、肉や米の焼ける匂いが風に乗ってきて、鼻腔をくすぐる。
もう始まってるなと思い、気持ちが少し高揚する。
今日は年に一度の収穫祭ということもあり、町は賑わっている。匂いも違えば、聞こえてくる音も様々だ。普段のこの時間なら、虫の声くらいだ。
それに、普段は倉庫にしまわれている『蛍火街灯』も、道や広場の至る所に設置されている。
広場に向かって均等に並んだその街灯は、その名の通り蛍のような弱い光で、その周辺をほんのり橙に照らしている。町の人がその光景に見惚れることもこの祭りの醍醐味となっている。
「うおぉぉ、こんなに魔道具が並ぶなんて……、眼福眼福」
確かに綺麗だが、そもそも魔道具がこれだけ並んでいるという事実を認識するだけで、おれの心は大満足だ。
思わず立ち止まって、あの三番目の街灯だけ光が弱い理由を考察し始めそうになる。
「劣化か?単純に品質が悪いのか、いやいや、ダメだダメだ。出店も大事だから。」
頭をふって邪念を払う。今日の出店は重要だ。毎年出してることもあり、ある程度認知されてきたことから、去年は予想以上の結果となった。噂では不名誉な呼び名をつけられているようだが、きっと今年はもっと凄い成果が期待できる。楽しみ過ぎる。
『蛍火街灯』を横目に、それでも壊れたやつがあれば分解できないかなーと期待し歩く。そんなことを考えているうちに目的の出店に到着した。
広場の入り口にあたる箇所に既に即席の屋台が途中まで組まれている。その影が実物より大きく伸びており、日暮れが近いことを示している。
「さてと」
さほど故障した街灯の存在を期待してなかったこともあり、さっと気持ちを切り替えて、出店を設営することにした。
と言っても残る作業はほとんど無く、後は机と椅子を並べて看板を出せば終わりだ。
作業を終え、椅子に座って一息つこうとする。
「この店、何食べられるの?」
と、後ろから声をかけられた。振り向くと男の子がいた。そこまで大きい町ではないため、見覚えはあるが、誰かは知らない。右手で肉を食べている。
「食べ物は売っておりません」
接客癖から丁寧な言葉遣いになってしまい、丁寧な方がいいのか、子供だし目線を合わせた方が良かったのか、即座に頭の中で反省会を始めた。
「食べ物売らないで何するの?」
続けざまに質問された。
脳内反省会をとりやめて、面倒だから丁寧語で!という結論を出す。
「粗悪魔物素材買取のお店です」
「そあくってゴミじゃん。みんな捨ててるよ」
「魔道具修理に可能性がありまして」
「えーでも魔道具は組合のひとやとーばつたいしか使えないんだぞー」
「使うのではなく、修理です。あの街灯や蛍火着火石みたいなものが対象ですね」
「あれは魔道具じゃないよ!しらねーのかよー。魔道具はとーばつたいの火を出すやつとか地面を動かすやつだぞー」
もういい面倒、丁寧語おわり。
「全部魔道具だよ。魔物素材から出来てるもの全部魔道具!もういいから、あっちの串肉屋でも行ってこい」
しっしと手をプラプラさせると、子どもはまだ粘ってくる。
「ゴミ集めてどうするんだよー」
「さっきからゴミゴミって……粗悪品にも使い道はあってだな。分からないなら、ほら!向こう行きな!」
「えーじゃあこの落ちてたキバも魔道具ってことー。みんなこんな小さいの捨ててるけどなー」
子どもがポケットから魔物のキバらしき破片を取り出したのが目に入り、気がつくと二歩近寄っていた。
「それ火炎猪のキバか!いや、色が薄いな……。蛍火猪か?拾ったのか?よく見せてくれないか?」
色と形状からある程度はわかったが見てみないと分からない。ただ、この辺りで火の素材は珍しい。ぜひ見たい。というか欲しい。
ただ、子どもはおれの勢いに目を丸くした。
「えぇ⁈こんな小さくて濁った色の素材はみんな捨ててるよー?形が他のより綺麗だったから拾ったし、これお守りだし、にいちゃん怖いし、だめー」
くっ。言葉遣いが仇になったのか。数分前のおれ、なんて読みが甘い。
「怖くないですよー?じゃあ、そうだな……その後ろにぶら下げてるの『風鈴羽』だろ?ちょっと貸してくれ。」
言葉遣いがころころ変わるおれをジト目で見つつ、子どもはそれを手渡してくれた。
「いいけど、それ使いすぎて、もうただの羽だよ?」
「いいから、いいから」
受け取りながら、おれは子どもからは見えないようにカバンに入れていた瓶の粉を出し、手のひらに付けて『風鈴羽』にすり込むよう握る。
そろそろかなと少し経ってから、風鈴羽を返した。
すると子どもが手に取って使った瞬間、風鈴羽が起動し、羽から涼しい風が吹き始める。
「あれ⁈なんで⁈もう直らないから捨てるしかないって言われたのに!」
「動いただろー!修理って言っただろー?まぁ直ったというか多分すぐ止まると思うが。それよりも直した代わりにそのキバなんだけど……」
「すげーやったーありがとーにいちゃん!」
そう言いながら子どもは走り去ってしまい、人混みですぐに分からなくなった。
「あー!待て!待って!キバがぁぁ」
キバ……キバ……と立ち尽くすおれを奇妙に思ったのか、周りには誰も寄ってこなかった。




