意志
部門長の指摘に、何も言い返すことができない。
魔物に対する認識の甘さは、その通りだと思った。
ただ、おれが何も言えなくなった理由は、理念の方だ。おれは、おれのやりたいことは意識していたが、研究所が何のためにあるのかは深く考えていなかった。
そのことが、胸に刺さる。
改めて、自分のやりたいことを考えて下を向いていた。
「木蓮からは何も聞いてないんだな。あいつもしょうもないやつを連れてきたもんだな」
……は?
「木蓮さんは関係ないです。自分が答えられていないだけなので」
「関係あるんだよ。お前を推薦したのは木蓮だ。であれば、お前がしょうもないのは、それを見込んだ木蓮がしょうもないのと一緒だ」
……何言ってるんだ、こいつ。
今、おれが答えられていないことを責められるのは分かる。理念や研究所の意義を知ろうとしなかったのは、おれの落ち度だ。
「おれは、おれの町を救った木蓮さんをしょうもないとは思いません」
「論点変えんなよ。お前を推薦した行為についての話をしているんだ」
「だとしても、です。おれに意志が足りない。その指摘はわかります。ただ、その理由であなたが木蓮さんを悪く言っていいとはならない」
気がつくと、部門長の目をまっすぐに見ながら、震えるほど拳を握っていた。
部門長がニヤリと笑った気がした。
何が可笑しいんだ。
「だから、その木蓮の評価を下げたのがお前だって話をしているんだよ」
「それが先程の意志の話ですか?」
「そうだよ」
「であれば、まだおれの話は終わってない」
「……なんだよ」
部門長が前傾姿勢をやめ、後ろに手をつき、顎で話してみろと示した。
おれはその様子をにらみつける。
「木蓮さんとユウガオは、おれの町を助けた。町に魔物が来ないよう、最後まで諦めていなかった。その様子におれは敵わないと思った……」
「ほう」
「おれは魔道具で人助けするのが好きだった。町でも感謝されて、自信をつけていた。ただ、二人が優れた能力で町の人全員を救ったことに、おれの自信は砕かれた」
あの時の気持ちを思い出す。
「それでも負けたくなかったから、自分にできる最善の行動をした。そして、その行動を木蓮さんは評価してくれた。おれでも二人と同じ場所で、同じように働けると言ってくれた」
あの時、一度諦めたおれを、二人は引き上げてくれた。そんな二人をしょうもないなどとは、言わせない。
「だから、おれはここで働くんだ。町どころじゃない。全員を助けることができるものを開発する。それがおれには出来る。それを証明する。それがおれの意志だ!」
体が震えている。自分の意志が固まるのを感じた。この言葉は嘘じゃない。
途中から、黙って話を聞いてた部門長が勢いよく立ち上がり、こちらに向かって歩き出す。
「いい……」
バァン!!
部門長がなにか口に出そうとした瞬間、入り口の扉が大きな音と共に開かれた。
驚いて後ろをみると、木蓮さんが入ってきたところだった。そのまま、おれの横まで歩いてきた。いつもよりも歩く速度が速い。
その感情が抜け落ちたような無表情は、おそらくだが激怒していると思う。とてもじゃないが声をかけられない。
部門長をみると、顔が大きく引き攣っていた。
「これは、どういうことですか?」
木蓮さんは部門長に問いかける。
「どうって話を聞いていただけだぜ」
引き攣った顔から普通の表情に戻っている。よくこの明らかに激怒している木蓮さんと普通に話せるなと思う。
「面接は明日のはずでは?統括長」
「え」
思わず声が漏れる。面接……?統括長……?
「統括長?この方は管理部門長じゃないのですか?」
おれの疑問に、木蓮さんは目を大きくする。
「この方は、管理部門長兼、要機関統括長の白夜さんです。」
この人が統括長。というか、確かに今更ながら、雑談を超えた内容を話していた。
聞かれた内容に気が取られていた。
「白夜統括長。あなたはそんなことも説明せず、一方的に面接をしていたのですか?」
「面接なんて固いもんじゃねぇよ。話を聞いていただけだ」
「それを面接と言うのでしょう。それに繰り返しですが、明日の予定だったはずでは?」
「お前に対策された回答なんて、聞いても何もわからねえよ。だから、先に話を聞いただけだ。ちょうど管理室にいたからな」
白夜統括長と木蓮さんが言い争っている。状況についていけない。
「管理室にいたからなんだと言うのです。彼には今から研究所について説明するところで……」
「だぁー!もういいって!どちらにせよ、そいつは合格だからな」
「はい?」
耳を疑った。直前までの流れならば、不合格になるのではないのか?それに、最後はおれも失礼だった気がする。
「シルベだったな。少し強く言ったが、お前が最後に言った意志はよかった。おれも、別に気高い意志を持てと言ってるわけじゃない。強い意志を持ってればそれで十分だ」
「強く言ったとは、どういうことですか?」
木蓮さんが会話に割ってはいる。
「お前は今は入ってくんなよ。あとでシルベに聞け」
白夜統括長は面倒そうに木蓮さんをあしらう。
そして、改めておれの方を見る。
「なんだったか……そうだ。意志だな。試すために厳しいこと言ったが、この研究所の所員全員が別にちゃんとした意志は持ってねぇ。むしろ、研究者なんて自分の興味まっしぐらの奴が多いくらいだ。だから、お前は研究所にあってると思うぜ」
その言葉に、ようやく気が抜けて拳が解ける。今まで、ずっと握り込んでいたみたいだ。爪の跡がくっきり残っている。
「それであれば……よかったです」
「ただ、さっき合格と言ったのは、あくまでも『面接は合格』だ」
「え?」
「どういうことでしょうか?」
気の抜けたおれが聞く前に、木蓮さんが抗議する。
「筆記や思考力試験を免除したので、残りは面接だけのはずです」
「そうだがな。連れてきたお前以外から見ると、こいつは得体が知れないやつ過ぎるんだよ。確かに悪い奴じゃないってことはわかるが、本当に研究所でやれんのか判断できねぇ」
木蓮さんは味方してくれているが、統括長の話も正しいんじゃないかと思ってしまった。
「それであれば、どうするんですか?」
「そうだな……。俺がまだわからないのは、さっき言った通り、『研究所でやっていけるか』だ。そこでだ。今から問題を出す。その問題に答えてくれ」
「その答えで判断するということでいいですね」
「いいぜ」
木蓮さんが、統括長との間に入って、こちらを向く。
「月燈さん。本当にごめんなさいね。まさかこんな流れになるとは想定外でした」
「え?いや、大丈夫です」
「あまりにも無理難題だったら私が止めます。ただ、私はあなたなら能力でも統括長を納得させられると信じています。だから、問題を受けてくれますか?」
木蓮さんはすがるように、おれの両肩に手を当てる。
その様子に、さっきから流されてばかりいた自分が情けなくなった。
「大丈夫です、木蓮さん。心配してくれてありがとうございます」
おれは、木蓮さんの目をしっかりと見据える。
「確かに木蓮さんに誘ってもらったのが研究所に入るきっかけでした。でも今は少し違います」
統括長を見る。
「さっき統括長と話して分かりました。おれは研究所に入りたい。
誘われたからではなく、魔道具開発をやりたいからです」
視線を正面に戻すと、木蓮さんが自然と肩から手を離す。
「だから、おれは自分でその権利を勝ち取ります。道中で木蓮さんから太鼓判をもらっていますし、大丈夫です。心配しないでください」
「……ふふふ。なるほど。余計なお世話でしたね。確かに月燈さんなら大丈夫ですね。頑張ってください」
木蓮さんが一歩下がったことで、統括長と目が合う。
「お待たせしました」
「おう。準備はいいな」
「はい」
「良い目だぜ。期待を超えろよ?ほらよ!」
統括長は、こぶし大の塊を放り投げる。
おれは落ち着いて飛んできた塊を受け取る。
「そいつは、ある魔道具の素材だ。その素材の効果を予測して、10分で答えろ。それが問題だ」
研究所に入るための最後の関門が始まった。




