旅立ち
木蓮さんに誘われて、その日のうちに出発することとなった。とんでもなく急な話ではあるが、仕方がない。理由はただ一つ、危険だからだ。
町の外は魔物が出る。そのため、町から出るのは禁止だ。町を出るためには護衛の討伐隊を雇わなくてはいけないので、あえて出る人は少ない。その費用も安くはないので、二人が帰る馬車に乗せてもらうことになったのだ。
ただ、研究所に誘われた後が大変だった。遠くで話を聞いていたらしい母さんが、おれが研究所に入れてほしいと言った直後に、「いやだぁぁー」と泣きながら突っ込んできた。
その勢いは凄く、おれと木蓮さんの二人で落ち着かせ、手紙を書くことと、休みが取れたら顔を見せに帰る約束を交わすことで、なんとか納得してくれた。
ちなみに、なぜかユウガオも涙を流していた。感動したらしい。母さんを止めようとしたら、ユウガオまで泣いていたので、本当にとんでもない状況だった。
それから出発の準備をして、今に至る。大小のカバンを一つずつ持って、おれは馬車に乗った。
馬車自体は普通の作りだったが、足元が照らされるように蛍火蝋燭が馬車の下に並んで設置されていた。それに、車輪が変わっていた。おそらく魔道具だと思うが、何なのかわからないものがついている。
ぜひ色々質問したい。ただ、もう出発なので大人しく馬車に乗った。
反対していた母さんは、今は落ち着いた様子で、宿の前で「頑張ってー」と手を振っている。笑顔で送ってもらえてよかったと思う。話をもらった直後には研究所に行きたい気持ちが前面に出ていたので説得したが、いざ出発となると母さんを一人にすることには少し抵抗があった。ただ、宿屋に住み込みの従業員も何人かいるし、母さんは大丈夫だと思うことにした。
ちゃんと休みには帰ってこよう。
「行ってくる!」
手を振る母さんに大声で返すと同時に、馬車は出発した。宿屋の姿がだんだんと小さくなり、やがて見えなくなるまで見続けていた。母さんはずっと手を振っていたように見えた。
馬車の中に目を移すと、木蓮さんが前に座っていて、横にユウガオが座っている。
「急がせてしまってごめんなさいね」
木蓮さんが申し訳なさそうに、おれを見た。
「いえ、大丈夫です。むしろ送ってもらっているのでありがたいです」
「荷物はそれだけなんですか?確かに簡易的な部屋が与えられるので、生活には困らないですが」
「はい。大きいカバンは服が入っているだけで、これくらいあればいいかなって。こっちの手持ちカバンは粉や金槌とか大事な物で、これだけあれば十分です」
手持ちカバンの方をバンバン叩く。素材はほとんど粉にしているので、必要なものは全て入っている。
窓から外を見る。馬車に乗るのはもちろん、町の外に出るのは初めてだ。期待に胸が膨らむ。
「馬車って結構早いんですね」
「そうですね。この馬車は少し特殊で、この真下に風鈴羽が百本くらい下向きについていて、地面に向かって風を吹きつけます。そのおかげで車体が軽くなり、馬への負担を減らしています」
「ひゃ、ひゃく⁈」
なんて贅沢な使い方だ。粗悪素材からできているとはいえ、ちゃんとした売り物だ。それなりに費用がかかる。
「そうです。四時間くらいで使い切るので、その都度羽のついた布を新しいものに付け替えます」
発想が豪快すぎる。なんて力技だ。
というか気づかなかった!馬車の下は意識外だ!止まった時にぜひ見なくては。
「それはまた……豪快ですね。」
「ふふふ。それだけ移動というのは危険ということです。ただ、あなたの技術はこういった使い方を変えていけるのでしょうね。羽は嵩張りますし、問題がないわけではないので」
「確かに……そうですね。」
正直、この話を聞いた瞬間から、この粉を使えば大量に使用しなくて済むようにできるのではないかと、そのやり方を考えていた。
粉の可能性がどんどん広がるな。……楽しみだ。
ふと、横のユウガオを見る。窓の外を見ている。
さっきから一言も喋ってない。
「ユウガオはなんで何も喋らないんだ?」
気になったので聞いてみる。
すると、グルンと首を回してこちらを見る。
「……ユウガオさん」
「え?」
「あなたは後輩!わたしは先輩!ユウガオさんです!」
「えっ、だってもうタメ口で話したし。」
「あの時は他人!今は後輩!ちゃんと敬語で話さないとダメです!」
「えー、今から変えるのは無理だろー」
「できます!やろうとしてないだけです!」
木蓮さんはニコニコしながら、やり取りを見ている。
おれは少し真面目な顔をして、ユウガオをみる。
「もう仲間だし、敬語だと話しにくいからさ。いろいろ聞きたいこともある。あんな凄い解析どうやるのかとかだな。だからタメ口を許して欲しい」
本心も混ぜながら、ユウガオに交渉する。言っていることは全部本当だ。全然タメ口を話す理由になっていないが、押し切るつもりだ。
「……そうですね。そこまでの考えがあるのであればいいです。年も近そうですから、許しましょう。その代わり、私もタメ口で話します。それで対等ですから」
「お、おう。ありがとな」
意外とあっさり許されたことに少し驚く。もしかしたら、別にタメ口でもいいけど、自分がタメ口か敬語で話すかを、はっきりしたかっただけの気がする。きっちりしている。
「呼び方はガオちゃんでいいか?」
「ガ、ガオちゃん⁈何その呼び方は!」
「ユウガオから文字を取っただけだぞ。あと肉食獣っぽいし」
ガオちゃんが顔をしかめてこちらをみる。
「どこが肉食なの!?」
「だって結構たべるみたいだし。うちの回収箱にゴヘイモチの串五本も入れたのガオちゃんだろ」
目に見えてガオちゃんは狼狽える。
「え……⁈あ、あれはあの箱がゴミ箱だと思って。というか三本よ、三本!五本じゃない!」
「ゴミ箱としてほとんど使われてたからいいんだけどな。いや、五本だろ。串五本が紙でまとめられてたし。紙にゴミですって書いてあったし。ゴミ捨てるのに手紙つけるやつ初めて見たよ。そんな気を使うのガオちゃんくらいだろ」
「それはゴミ箱じゃない可能性もあったから書いただけで!そんな変なやつじゃないから!」
「それに祭りの時五本持ってたしな。どんだけ食べられるんだよ」
「黙って!所長違うんです!最初から二本は所長の分と思ってて、所長の分を食べたわけじゃなくて……」
ユウガオは手をパタパタと振りながら、所長に話しかける。
「ふふふ。やはり遠出はいいですね」
馬車の揺れにあわせるように、木蓮さんも楽しそうに笑っていた。




