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夜明けへの道標

「この粉の研究をしてくれませんか」


 あぁ言ってしまったと、手に力が入る。

 これを言ったら、おれはこの粉を使った検証ができなくなると分かっている。

 ただ、これは昨日から考えていたことだ。


 この粉の存在は、きっと魔道具の使い方を変える。最初に気がついた時は深く考えず、親父に粉の効果を見せた。驚いて褒めてくれたが、誰にも言わないように釘を刺された。

 言われた通り秘密にしていたが、しばらくして危険性に気がついた。

 これを使った金稼ぎの方法はいくらでも思いつく。その方法には危険なことも含まれている。そんな事態になってしまうのは嫌だ。

 それからは、可能な限りばれないように、粉で何ができるかを検証した。全部忘れるという方法もあったが、その時はすでにこの粉で何ができるのかということに取り憑かれていた。

 目的も言わずに素材集めをしていたら、変人扱いされるようになった。それでも、そんな噂は気にならなかった。検証するのは楽しかった。

 

 ただ、この粉になぜそんな力があるのかは全くわからなかった。

 進展のなさは焦りを生み、とにかく検証のために素材が欲しかった。できれば品質のいい素材でも試したかったが、そんなものは到底手に入らなかった。


 どうしたらいいのか、もう自分では無理なんじゃないかと思っていた矢先に起きたのが、昨日の出来事だ。

 やばそうな状況を見て、粉を使ったこと自体に後悔はない。必要だったと確信できる。


 ただ、この二人は凄かった。

 所長は一目で法則に気がついて、助手の方が強く光らせると見抜いた。

 助手は、とんでもない解析能力を見せた。


 その様子を見て、おれは悟ってしまった。あぁこの人たちなら、この粉をもっと良いものにしてしまうと。みんなが幸せになるため、おれは何をすべきかを。二人に粉の研究を託すべきだと、したくもないことを考えてしまったのだ。

 その後は、知ってることを包み隠さず話した。その話に二人が驚いた様子を見せるたびに、少しだけ自分の承認欲求が満たされる。それもひどく情けなく感じた。


 おれの言葉を聞いた二人の反応は違った。助手は息を飲み、所長は目を細めた。


「一応、理由を聞いても?」

「……研究所ならいろいろな素材があるだろうし、いい研究ができると思います」


 下を見たまま答える。本心ではないが、これもまた事実だ。自分だけでは、素材確保もままならない。


「なるほど。それなら大丈夫です」

「……どういう意味ですか?」

「私はあなたに第2研究所で開発員として働いて欲しいと思っています」

「……へ?」


 思わず顔を上げてしまう。

 

「おれに研究所で働いて欲しいってことですか?」

「ええ。その通りです」


 嬉しいと思った。その案に飛びつきたい。

 ただ、おれは心に灯った希望をかき消す。


「おれには……無理だと思います」

「無理ですか?なぜ?」

「……二人と並べるとは思えない……です」


 おれの呟くような声に誰も答えない。ただ、自分の本心の一部を口に出したせいで、気持ちが決壊する。


「おれはこの粉のことを何も理解できなかった。使えるから使っていただけだ。それなのに、二人は初めて見たはずの粉で、おれも知らないことをやってみせた!おれはできなかったのに!その姿をみて、凄いと思った!あんな土壇場でなんでそんなことができるんだって!!それを意識したら!もうっ……!おれが行ける場所じゃないって……分かっちまったんだ!」


 気づくと立ち上がり、声は震えていた。自分の弱いところがありありと出ている。情けない。

 すみませんと一礼し、椅子に座り直す。


「だから……自分には無理だと思います」

「なるほど。能力ですか。夕顔さん、あなたはどう思いますか」


 名指しされた夕顔さんは驚くこともなく、真剣な面持ちでこちらを見ていた。あの時の目だ。すこし怯んでしまう。


「私は……あなたに能力がないとは思いません。粉の発見とは関係なく、昨日の夜のあなたの行動は最適だった。瞬時に周囲をみて事態を理解した現状把握力と、水を用いて魔力補充を効率化した発想力。どちらも、研究所内で考えても全く劣っていません」

「そうですね。わたしも概ねその理解です」


 助手に褒められて、すこし顔を上げてしまう。おれはなんでこんなにも単純なんだ。嫌になる。


「いや、でも……研究は二人のような人が……」

「それにあなたは少し勘違いをしています」

「何を?」

「私はあなたを研究員でなく開発員として迎えたいのです」

「……何か違うのですか?」

「えぇ、違います。研究は未知を探索し知識や技術を身につけることです。開発は、知識や技術を活かして、役立てるものを創ることです」

「役立てて……創る……」


 だめだ。期待するな。

 爪がめり込むほど拳を握る。


「私たちは魔素材応用開発局。知識や技術があるだけでは意味がありません。素材を応用し、創ったものを世の中に役立てることが使命です。そして、開発は一人でやることではありません」


 握り拳が緩むにつれて、消えてしまった心に火が灯る。

 やはり自分にできるとは思えない。それでも……。


「素材に属性があるように、人にも個性があります。私には知識があります。夕顔さんは解析ができます。異なる個性をもった皆が仲間となって初めて開発ができるのです。でも、知識や解析だけでは開発はできません。なぜだか分かりますか?」


「……」


 黙って首を振る。


「それは動機と信念も必要だからです。誰かの役に立ちたい、助けたいという動機と目的を絶対に果たすまで諦めない信念、これらがないと良いものは作れません」


 小さく灯った火が、優しい風を受けて大きくなる。これまで受けたことのない評価をもらっている。期待してもいいのだろうか。自分に。


「昨晩、あなたは見ず知らずのわたしたちを助けてくれました。何が起きているかもわからないのに。秘匿していた技術を使って。そして、あなたは失敗しても私たちが出来なくても決して諦めなかった。私があなたに来て欲しい一番の理由は、強い動機を原動力に、信念をもって苦難と向き合うその姿に、開発者としての資質を見たからです」


 閉じ込めていた気持ちが燃料となり、心に灯った火が大きくなる。気持ちが昂ぶろうとするのを、理性が抑え込む。


「あなたはこの粉を使った開発がしたくないのですか?」


 その言葉に、心の火は炎となる。

 こっちの気も知らないで!


「そんなのっ……!やりたいに決まってる!この粉はおれが見つけたんだ!一番凄い親父が褒めてくれた技術だ!誰かに渡したいはずがない!」


 気持ちの蓋を外したことで、忘れていた想いが溢れ出す。


 おれはなんでも知ってる親父が好きだった。その知識で母さんや町の人を助ける姿がかっこよかった。この粉はそんな親父が褒めてくれた技術だ。自分も親父みたいになれるんだと思った。でも、それだけじゃない。その知識で魔道具を使わなくても凄いことができる親父のことが誇らしかった。そして、親父の凄さをみんなに知ってほしかった。


「それは当然の気持ちです。何度も言いますが私はあなたの開発者としての資質を信じたい。あなたがその技術をどう活かしていくのか、その先を見たいのです」


 期待されていることに嬉しくなる。もう気持ちは隠せない。


「おれは……!みんなが喜ぶものを開発する!そして、この技術は凄いってことを!親父の目は間違ってなかった事を証明する!!」


 おれの心は決まった。

 

「ええ。期待しています。改めてお聞きします。えっと……名前をまだ聞いていませんでしたね。第2研究所に入ってくれますか?」


 ここまで話してまだ名乗っていなかったのかと、なんだかおかしくて笑顔で答える。

 

「はい!月明(ツキアカリ) (シルベ)です。おれを仲間に入れてください!」

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