表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

 夕顔は衣擦れの音で目が覚めた。

 ボヤッとする視界の端で何かが動いている。

 手で床をパタパタしながら、枕元にあるはずの眼鏡を探す。


 眼鏡をかけると、木蓮所長が布団を畳んでいるところだった。それを見て、反射的に飛び起きる。


「すみません!」

「起こしてしまいましたね。まだ出発まで時間があります。寝ていてもいいですよ」

「いえ。目が覚めました」


 木蓮所長が片付けている中、寝ていられるわけがない。というか、おそらく寝られない。

 窓の外を見ると、朝日ではないが既に太陽はある程度昇っている様子だった。

 立ち上がり、服を着替える。

 昨日は帰って来て、宿の寝巻きに着替えてからの記憶がない。

 多分、歯は磨いた気がするんだけど。


 一度気になるとダメだったので、まずは歯を磨くことにする。部屋から持ってきた歯ブラシを動かしながら、昨日のことを思い出す。


 初仕事は一応やり遂げたと思っていいよね。


 そんなことを考える。

 トラブルはいろいろ、本当にいろいろあったものの、一旦は魔力の補充もできているし、魔物も町に入っていない。

 強いて言えば、あの人に見られたくらいか。

 黒髪の青年を思い出す。よく考えたら名前も知らない。

 聞いたら、この宿の息子だと聞いて驚いた。

 最初は祭りで変な店をやっていた。あの時は意味がわからない事している人と思っていた。


 でも、今ならわかる。粉用の素材を集めていたんだ。


 あの場で見たいくつも新事実。どれも常識では考えられない技術だった。


 彼はどうやってあの事実を見つけたんだろう。


 何より何故あんなことができるんだろう。


 気になり始めると、どんどん疑問が出て来た。

 

 所長も多分知らなかったんだと思う。何度か驚いていた。

 でも、最後には少し理解しているようにも見えた。

 あの技術についても、どうするつもりなのか。

 報告は避けていたけど……。


 後で聞いてみようと、うがいをして歯磨きを終える。口がさっぱりして、完全に目が覚めた。


 時計を見て、出発時間までまだある事を確認する。


 じゃあ次は、朝ごはんだ。


「所長、ご飯はどうしますか?」

「そうですね。一応朝ごはんは出る予定でしたが……今からでも貰えるか聞きに行きましょう」


 扉から出て、部屋の鍵を閉める。札をはめると、魔道具が起動したことを感じる。


「これって……」

「その札に粉がついているのでしょう。それで土魔道具が起動する」


 話しながら、所長が札を「開」の方にはめる。

 魔道具が起動し、音が鳴る。


「開ける時も同じように土で仕掛けを動かしているんですね」

「粉をベースにした仕掛けですね。こんな日常的なことに使うなんて」

「そうですね。研究するより使うことに重きを置いているのでしょう」


 木蓮所長の目が笑っていた。新技術を見つけて嬉しいのだろう。

 私も原理が知りたくてウズウズするが、それよりもこの技術がこんなに軽く使われてる事に不安を感じる方が大きい。

 この技術は、魔道具のあり方を変える力を持っていると思う。魔道具が補充前提の使い方になる事は確定で、素材に関する意識も変わる。ゴミが金に化ける。この事実が社会に与える影響は計り知れない。

 この事実を知っているのは私たちだけということを意識すると、冷や汗が出てくる。所長ももちろん気がついているだろう。それでも、所長は何も言わない。


 札を「閉」に再度はめて、歩き出した所長を後ろから追いかける。


「この技術、どうなさるおつもりですか?」

「どうとは?」

「放置するには危険な技術です」

「そうですね。夕顔さんはどう思いますか?」

「……やはり第2研で預かるべきだと思います。しかし、彼はこの技術を研究し、活用しています。前例に倣うと、この技術には開発者の権利を保護する開発者権が適用されるでしょう。なので、一定、いや定期的に利益をお支払いする形で技術を買い取るのが良いかと思います」

「なるほど」

「……ただ、素材への執着を考えると手放してくれるかどうか。条件次第になるのでしょうか」

「その可能性もあるでしょう。いずれにせよ、私たちがいる間に結論を出す必要がありますね。後に回すにはあまりに事が大きいです」


 所長は結論を出さずに話を濁した。でも、最後の言葉の通り、決めないといけないはずだ。どうするんだろう。


 入り口まで戻ると、女将さんが待っていた。こちらに気づくと、小走りで近づいてくる。


「おはようございますー。お疲れでしょー。もう起きて大丈夫ですかー?」

「あ、大丈夫です。昨日は遅くまで外出してしまい、すみませんでした」

「なんだか大変そうでしたからねー。ご飯は食べられますかー?」

「はい。いただきます」


 昨日の夜のことを詳しく聞かれると思ったが、聞かれなかった。既に彼に聞いてたりするのだろうか。

 辺りには、討伐隊長が椅子で地図を見ながら何かを考えているくらいで、彼はいない。まだ寝ているのか、何処かに行っているのか。

 そのうち、カウンター横の素材回収箱が目に入る。これは彼の設置したものだったのだろう。目的は言わずもがなだ。

 ……昨日串いれちゃったな。他にもゴミは入ってたから、大丈夫だと思うけど。


 そんな事を考えていると、食器を鳴らす音が聞こえた。音の方向をみると、従業員さんが朝ごはんを持って来てくれた。

 机に置かれたご飯の匂いに気持ちが上がる。ガッツリ目の品目だ。


「いただきます」と食事を始める。ホールには鳥の声だけが響き、清々しい食事となった。


 あっという間に食べ終えたので、お水を飲んでいると女将さんがやって来た。


「そんなに美味しそうに食べて貰えると嬉しいですー」

「はい!とても美味しい食事でした!ここのご飯は何を食べても美味しいです」

「それはよかったです!ご飯くらいしかありませんからねー」


 ご飯の感想を話すと、女将さんは近くの席に座って、こちらをじっと見る。


「あのー……昨日の事なのですが……」


 女将さんが気まずそうに昨日のことを尋ねてきた。それもそうだ。昨日彼は夜帰ってこず、朝方になって私たちとボロボロで帰ってきた。気にならないわけがない。


「それは……」と私が答えあぐねていると、所長がコップを机に置き、姿勢を正す。

「昨日、ご子息に私たちは助けてもらいました。詳細は言えませんが、昨晩私達は仕事をしていて、トラブルに見舞われました。そこに偶然ご子息が通りかかり、そのままという流れです」

「……本当に偶然ですか?」

「……?えぇ、本人が街灯の様子を見て異変に気づいたと言っていたので、狙って来た訳ではないと思います。何か気掛かりでも?」


 確かに彼はそう言っていた。その後の様子から見ても、事前に状況を把握していた様には見えなかった。

 女将さんは、質問を返されたことで、狼狽えた。


「すみません!疑った訳ではないんです!ただ、息子は自らトラブルに飛び込むクセがあるので、ご迷惑をかけたんじゃないかと……」

「なるほど。ただご安心ください。私たちは間違いなくご子息に助けてもらいました」

「それならよかったですー」

「すみませんが、私からもよろしいでしょうか?」

「え?はい。どうぞー」


 おかみさんは別の机に座っていたため、所長が同じテーブルの席を「どうぞ」と勧め、あらためて女将さんを見た。


「ご子息の粉についてご存知ですか?」

「粉……ですか?」

「はい」


 わたしたちが一番聞きたいことだ。彼に聞くことしか考えてなかったが、確かに女将さんも何か知ってるかもしれない。


「おそらく……知っていると思います」

「おそらくというのは?」

「息子から聞いた訳ではないので……魔道具を直せる粉の事ですか?」

「はい。そうです。私達は昨日それをご子息が使うのを見ました。もし詳しく知っていたら教えて頂きたいのですが……」

「……あまり知らないです。昔主人から聞いて、言われるまで知らないふりをして欲しいと。それから何度か使えなくなった魔道具を直してくれたので、それを使ってるんだろうなとは思っていましたが……」


 女将さんは魔道具を直すと言った。あれは直している訳ではないので、詳しく知らないのは本当なんだろう。

 ただ、女将さんは話す度、不安な表情になっていった。


「あの……もしかして息子はあの粉を何処かから盗んだりしてるのでしょうか……?まさか、皆さんから⁈」

「え?ふふふ、それは大丈夫です。あれはご子息が作った物です。作るところを見せてもらったので間違いありません」


 どんどん不安になって、斜め上の想像をしてしまったらしい。所長の言葉を聞いて、「よかったー」と胸を撫で下ろしている。

 この人やっぱり可愛いな。少し羨ましい。


 その時、ロビーに話題の彼がやって来た。特徴的な黒髪は寝癖であらぬ方向に跳ねており、長ズボンにシャツ。その上に丈の長い甚平を羽織っている。昨日も似た様な格好をしていた。いつもあんな感じなんだろう。

 彼は、こちらを見てホッとしたと思ったら、討伐隊長の方へ向かっていった。


 3人はなんとなく彼の動きを目で追っていた。


「あの子は少し変わっているから、ご迷惑かけたのかと思いましたー」

「確かに。事前にご子息の噂は聞いていました」

「魔道具好きとか、ゴミ屋とかですかー?」

「いえ、私が聞いていたのは半年前の治水機の話です」

「あー、その話ですかー」


 私の知らない話だ。治水機といえば、田んぼに水を引き入れる際に使う土属性の魔道具だ。


 女将さんは、彼のことを見る目を細めて、慈しむ様に口を開いた。


「あの日は、田んぼに水が引けないと町が騒ぎになっていて。気づいたら息子は田んぼに向かっていました。夕方頃に息子が興奮した様子で帰ってきました。なんでも、田んぼに魔道具が使われているのを知らなかったみたいで。あんな魔道具あったんだ!初めて見た!と嬉しそうでした」


 彼が興奮している様子が目に浮かぶ。きっと昨日の結界核を触ろうとしていた時みたいな感じに違いない。

 ふと、彼を見ると、何やら討伐隊長と言い合いをしている。何してるんだろう。


「そうだったんですか。少し噂と違いますね。私が聞いたのは、魔道具に触るため、田んぼに行き、ついでに直したという話でした」

 「そうですよねー。私も周りの人からそう聞きました。どうも本人がそう言ってるみたいで。田んぼに魔道具があるなんて知らなかったくせに変ですよねー」

「何故ご子息はそんな嘘を?」

「昔からそうだったんですー。困ってる人を見るとほっとけないのに、お礼を言われると恥ずかしいみたいで。魔道具が好きだからやっただけと答える癖がついてるんです。ただ最近は本当に魔道具が好きなだけかもしれないですけどねー」

「なるほど。よくわかりました」


 へぇーと思ったけど、やっぱり魔道具が好きなだけな気がする。

 結界核に触るためのあの目は忘れない。そして、邪魔する私の顔に砂を投げて突破しようとしたことは絶対に忘れない。

 思い出したら腹が立ってきた。


 横では所長が下を向きながら、「やはり……」や「いけますね……」と呟いている。これは、この後何か決定事項を話すときの所長の癖だ。

 沈黙が続いた。思わず水をのむ。


「実はご子息に第2研究所で働いて欲しいと私は考えています」


 所長の言葉に思わずコップを落としかけた。

 突然その提案をした事に驚いたが、なるほどと思いもした。

 彼には、粉の開発者権がある。それに、発想力もある様に見えた。性格はアレだが、あの程度の変人は研究所に山ほどいる。いや、あそこまでの変人はいないか……。

 それよりも、おそらく所長の立場になった人が一度だけ使用を許されている推薦権を使うつもりだろう。てっきり所長はもう使わないつもりだと思っていたので、むしろそっちに驚いていた。


「本人に聞いてみてください」

 

 悩む事なく答えた女将さんを見ると、驚いた表情の後に、何か諦めたような表情をしていた。

 どういう事だろう。


「……わかりました。ありがとうございます」


 所長も少し申し訳ない顔で返事した。2人とも少し悲しげだ。

 私だけ共感できておらず、取り残された気持ちになる。


 すると、タイミングを測ったかの様に机に討伐隊長がやって来た。


「あの青年が所長と話したいと。何故かおれのことを所長だと思ってるみたいで。こちらに連れて来てもいいですか?」


 うるさいからそっちで相手しろと言う言葉がすけてみえる。

 どうも、彼はとても怖い顔した男の討伐隊長を、所長だと勘違いしているらしい。私のせいな気もするが、気にしない。私は砂が口に入った恨みを忘れていない。


「はい。連れて来て下さい」と所長が答え、入れ替わる様に女将さんが席を外す。この後するであろう会話への配慮か。それとも聞きたくないという意思の表れなのだろうか。


 呼ばれた青年は先ほどまで女将さんが座っていた場所に腰掛ける。


「あらためて、昨日はありがとございました。自己紹介がまだでしたね。私は一夜凪(イチヤナギ) 木蓮(モクレン)です。第2研究所魔素材応用開発局の所長をしております。こちらは夕顔(ユウガオ) 灯花(トウカ)さん。私の助手です」


 青年は「よろしくお願いします」と所長を見た後、キッと私を睨む。

 知らない。私悪くない。

 それにしても所長の苗字を聞いても反応しない人は初めてだ。一夜凪家をしらないだけだろうか。


「あんた……あなたが所長さんなんですね。それなら話が早い。」


 ドンと机に粉の入った瓶を置く。


「この粉の研究をしてくれませんか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ