5話 誰か教えてよ〜!?
屋敷の廊下を歩いているアルフレド(ぽやリーマン)は、食堂から離れたところでやっとため息をついた。
「はー、怖かったあ」
歩きながらキョロキョロしているといつのまにか知らない道に出ていた。
「あ。僕、迷子かも」
壁には肖像画や風景画が等間隔で並んでいた。
「なんかこの家ってパパが書いた絵が多いなあ」
ふと、通りすぎようとした絵の一枚に視線が止まった。
壁に掛けられた白布の端が、わずかな風に揺れている。その下から、淡い金の髪が覗いていた。
(……ん?)
布をめくってみると、
花畑で花冠を被り、両手で支えてこちらを見て笑う、金髪に青い目の少女が描かれていた。背景の青空や花畑は美しいが、それは少女を引き立てるための小道具に過ぎなかった。
額の下に刻まれた金のプレートには、流麗な筆記体で。
『リナリア――我が愛娘』
(……愛娘?でも、アルフレドが生まれる前……だよね)
古参の使用人のマイラが、駆け寄ってきた。
「若様、何をなさっているんですか!」
「リナリア様の絵に近づいて良いのは、当主様だけです……!」
叱責というより、懇願に近い声だった。
彼女の手は震えている。
「どうか……どうか、布を戻してください。あれは、当主様の……《最後の優しさ》なんです」
「貴女はこの人の事、よく知ってるの? 」
「当然です。若様の10歳年上の姉君でしたもの。若様が6歳の時に亡くなりましたが」
「……亡くなった?」
マイラは静かにうなずいた。
「はい。馬車の事故で。……でも、当主様はまだ、お嬢様を描き続けていらっしゃいます」
その言葉に、リーマンの胸がわずかに痛んだ。
(描き続ける? ……この絵、ただの過去じゃないのか)
「あのね、母の記憶が朧げなんだけど、マイラは知ってる?」
一瞬、マイラの表情が硬直した。
「……ええ。存じております。エレノア様は、若様と同じ髪の色の方でした」
声が震える。
「若様がお覚えでないのも、無理はありません」
リーマンは首をかしげた。
「どうして?」
「……その件は、当主様からお聞きくださいませ」
「マイラ、知ってるなら教えてほしいよ?」
その瞬間、彼女の手が震えた。笑おうと口角を上げたが、息が続かない。
「わ、私は……っ」
目の焦点が合わず、ひゅうひゅうと浅い呼吸だけが漏れる。胸を押さえて膝をつく。
「マイラ!」
リーマンが腕を支えると、彼女は必死に頭を振った。
「……だいじょうぶ……です……」
唇は震えたまま、それ以上は何も言えなかった。
(何〜!?怖いんだけど、誰か教えてよ!!)
マイラは覚えている。
小さな何かと複数の小箱を子爵家へと運ぶ男たちの沈黙。当主はただ門の前に立ち、彼らの向かう先を眺めていた。荷馬車が森へ消えたとき、彼は剣の柄にまだ残る黒い筋を拭った。
あの夜、屋敷は静かだった。
外では霧が森を覆い、そして、何かが終わった。
その日から奥様の痕跡は、この屋敷から途絶えた。
マイラは夜明け前に廊下を通りながら、扉の隙間から2階の寝室を覗いた。小さな寝息。絵本を抱いたまま眠る、無垢な幼子の表情。
その瞬間、彼女は決めた――この子には何も言わない、と。
その日以来、彼女は森と血の匂いを忘れられなくなった。
「マイラ、ひとまず人の多そうなところに転移するね!えっと、厨房!!」
(若様……)
転移の光の粒が舞い、2人を包み込んだ。




