Chapter.0【epi-logue - true-ending】
竜を滅ぼした守護天使はその場に崩れ落ちる。
傷の修復を終えると同時に十二枚の翼は消えた。
その場に一番に駆け寄ったのは、アンジェリカ。
ルベリウスの元に駆け寄った彼女は彼の呼吸を確認し安堵する。
そのまま眠るルベリウスを掻き抱く。
「危ないことしないでって、いったじゃない」
体温が低い。
皮膚がゼリーのように柔らかく、まるでホログラムであるかのように透過している。
そんな状態のルベリウスの顔を胸に抱いたまま、彼女は訴える。
「どうして私を守るの。そんなの頼んでないじゃない。私を守ってなんて、言ってないでしょ? そんな命令、いつしたのよ」
言っていない。
そんなこと言っていない。
恨むように。ないしは悔やむように。少女は誰にともなく呟く。
涙を流しながら、呟く。
「私はあなたが嫌い。何度も捨てたいって思ったわ。召喚の儀をやり直したいって何度思ったか知れない。人型を召喚しようと思った自分の浅はかさが許せなかったの。愚かな自分が嫌いで嫌いでしょうがない、あなたを見るたびそれを思い出したの」
ルベリウスの元へと駆け、途中で足を止めたマルレーネは二人を見つめる。
ルベリウスの上半身を抱き上げているアンジェリカ。
その光景にドルニエは背を向け、歩きながら友軍への通信を試み始める。
エンデルクはその場にしゃがみ込み、クロエは一歩も動かず、一番遠くから二人を見つめていた。
「虎に襲われた時だって、あなたが殺されればやり直せるって思ったわ。あなたを餌にして自分だけ逃げようって思ったわ。
それ以外だって、どれだけつらく当たったか知れないじゃない。私、あなたに守られるようなこと、何一つしてないのよ?
あんな扱いを受けて、それでも守るとか、頭おかしいんじゃないの? 馬鹿なの? あてつけなの? 私への復讐? 元の世界に戻れない八つ当たりなの?」
ルベリウスにだけ届く音量でアンジェリカは語りかける。
ルベリウスの体温を感じながら、そのことに安らぎを感じながら、彼女は続ける。
「飛空艇の内部に転移ってなによ。煽られたくらいで抗転移結界は壊れないわ。
結界を破って入ってきて、私の元に現れてすぐ固まってたのってマインドダウンしたんでしょ? 命の力を削る〈強制覚醒〉まで使うなんてありえないわ。私をかばってしばらく動けなかったのも当然よ。流石のあなたでもそりゃギリギリだったでしょ。後先考えなさすぎなのよ。
死んだかもしれないのよ? 守護天使は不死身じゃないの。無敵じゃないの。
なのにあんたは…………私は、あんたが死ねばいいって思ってたのに!」
激情は己への怨嗟を含んで外へ吐き出される。
アンジェリカはルベリウスの顔に自分の頬を押し付ける。
反応はかえってこない。
ピクリともその体は動かない。
だがもし起きていたとしても、この男は自分を責めないだろう。
認めたくはないが、彼女にはそういう根拠のない確信があった。
「もういやなの。そういうのやなのよ。……耐えられない」
アンジェリカは自分の腰の脇に括り付けられている指揮棒を引き抜く。
それは普段使うことのない特別な、一度限りの使用を前提とした魔術触媒。
守護天使に対し絶対命令を与えるための、彼女の切り札であり奥の手。
「あんたなんて、大嫌い。これ以上私の守護天使をされるなんてまっぴらだわ」
彼女は指揮棒で地面に簡易魔法陣を描く。
その姿を見たマルレーネがハッとして動くが、けれどすぐにその足を止める。
ルベリウスはアンジェリカの守護天使。今の二人の間には何人の介入も許されない。
アンジェリカとルベリウスを除くその場にいた誰もがその瞬間その認識を共有し、そして彼女が何をしようとしているのかも、魔法陣に描かれた式と連続して灯った光の順番で察せられた。
『ルーク・イエ・レ・ルコリスリビー
高き座へ運べ火食い鳥
汝古の盟約にて我が血魂に紅蓮の灯をくべたもう
汝守護天使ルベリウスよ。
始祖ファルファナと我が魂の玉響をもって命ずる。
ルベリウスよ、汝は自分の為に生きよ。
重ねて命ずる。ルベリウスよ、汝は自分の命を第一に守護せよ。
重ね重ね命ずる。汝ルベリウスは、己が幸福を追求せよ』
それは奉還の祝詞。
この場合、ルベリウスを縛る令術の解体。
契約時に獲得した三つの霊的刻印を使い切ったアンジェリカは、守護天使との契約を解消する条件を満たした。
アンジェリカの求めに応じて、指揮棒はあらかじめ組み込まれていた術式を吐き出す。
百を超える小さな魔法陣が二人を取り囲む。それは次々と歯車が噛み合うように組み合わさっていき、やがて疑似的な積層型魔法陣を構成した。
「あなたを元居た世界に戻すことは出来ないけど、自由にしてあげることは出来る。これが私にできる精一杯なの……こんなになるまで傷つけて……ごめんなさい」
そういうと、アンジェリカはルベリウスの首に自分の両腕を回す。
そのまま首と頭を固定し、自らの顔を近づけた。
「さようなら、ルベリウス」
そうしてアンジェリカは、ルベリウスにキスをした。
――〈大典礼 福音封緘〉――
(――っ!)
衝撃でわずかにルベリウスの意識が覚醒する。
夢うつつの状態で彼が感じたのは、舌先へのピリリとした痛み。
けれど次の瞬間、彼は底の知れない闇に飲まれ、酷い眩暈を起こす。
(――そうか。これが、死か――)
その眼を開くことなくルベリウスの意識は暗転し、彼は再び、無の世界へと沈んでいった。
了




