ドラゴン来襲 ②-2-1
蓄積したダメージにより浮力の維持が困難になった船は、徐々に高度を下げ真下にあったカルデラ湖に不時着した。
湖面に落ちる衝撃を緩和し船を転覆させなかったのは髭中年の技量によるものか。なかなか芸達者な奴だ。
「これからどうするのだ。助けでも呼ぶのか?」
「その前に調べなければならんことがある。幸か不幸か、遺物のデモンレーダーに魔星球の反応が出た。このあたりのはずだ」
「ここがお前の目的地か」
「恐らくな。あの特異なワイバーンの襲撃といい、間違いなかろう」
ここが髭中年の目指した目的地。奴はすべてが必然だったと考えているようだ。
「なるほど。あのワイバーンの群れもここが原因だったわけだね。それを見抜くとは流石ルベリウス殿だ」
見当違いなヨイショするエンデルクは、私が船を出て降下したことをこのカルデラ湖を発見したからだと考えているらしい。
まぁエンデルクから見れば私にマルレーネを命がけで助ける動機はない。まさかアンジェリカへのいじめを陰から操っていたマルレーネを空に飛び出してまでわざわざ助けにいくなどとは夢にも思わないだろう。魔星球確認のついでに落ちてきたマルレーネを拾ったというのが彼の中のストーリーであるようだ。
お前たちの必然はまぁわからんではない。わからんでは。データが揃っていなければそういう見解になることもあるとは思う。
「危ないことしないでって、言ったでしょ」
だから、下船して私が一番困惑したのはアンジェリカの反応についてである。
船を停止させるまで操舵室から出られなかったアンジェリカは、飛空艇から降りてすぐに私の元まで駆けたかと思うと、私の身体を点検するようにあちこち見まわしていた。
その後怒鳴りつけるでもなく、言い聞かせるでもなく、ぼやくようにそう漏らす。
言いたいことがあるような無いような。奥歯にものが挟まってでもいるとしか見えないその表情からは、よくない感情がダダ洩れであった。
「すまないご主人様。手間をかけさせた」
理解できないのはデータが揃っていないからだ。私はいったい何を見落としているのか。今までの記憶にシーケンシャルアクセスをかけてデータを洗い出すにも時間が足りない。ならば、こういう時は、とりあえず謝っておくのが無難だろう。わからない時はとにかく謝っておく――それが不機嫌な女に対する私の経験則に基づく最適解だ。
「…………」
というのにどうしたことか。アンジェリカの表情が逆に曇る。
どうやら正解を引けなかったらしい。
もの言いたげに睨みつけてくるアンジェリカだったが、結局何も言わず身を翻す。
そしてそのまま、彼女は髭中年の元へと歩いて行った。
――なんなのだ。厄介な。
摩訶不思議。いつもなら絶対に罵倒、ないし軽口の一つでも吐き出すのがあの女の常である。それをしてこないというのだから相応の理由があるのだろうが、頭をひねっても思いつくことが何もない。
やはり腹痛か。それも生理か。女の理由のない不機嫌などそのあたりが妥当だろう。
「何をしている貴様も来い。作戦を説明する」
などと考えているさなか、私は髭中年に呼ばれた。
協力はしないと言っているのに、学習しないヤツだな。
◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
飛空艇には内部に魔星球――スタンピードの元凶――を引き上げる魔法陣が施されており、今まさにそれが反応している最中であると髭中年は一同に説明する。
やる気のない私は奴の説明をまるで聞いていなかったが、この一団の目的は魔星球の調査ということだったようだ。
本当は調査して帰還する予定だったが、目の前に魔星球を発見してしまったため回収する、と、目的が変更された。
魔星球の在り処はカルデラ湖の底。さっそく飛空艇で釣り上げるという作業が始まる。
――害獣を発生させる謎の装置か。アオイ中将なら垂涎ものだろうが、私にとっては勘弁してほしい厄介モノだな。
スタンピードの元凶――魔星球を動かすと魔物の群れが湧くことがあるかららしい。作戦というのはそれに備えての打ち合わせだ。万が一大物が出てきた場合を考え事前に何通りかのフォーメーションを全員が確認する。
飛空艇の操縦はアンジェリカが任された。
戦えるものは地上に待機を言い渡される。魔星球の影響で生まれた魔物が魔星球にくっついていることがあるため、それらを駆逐する人員が必要という理由からだ。
「雑魚であれば構わんが、大物が出てきた場合飛空艇ごと魔星球を奪われるかもしれん。貴様はその保険だ」
ちなみに私は状況に応じて適宜対処という役回りを押し付けられた。
フォーメーションに組み込まれても息など合わせられないし、私の力は彼らの使う魔術と違い過ぎて連携効果を測りかねたというのが理由である。
髭中年によって応急修理された飛空艇は一度カルデラ湖から離水する。船はそのまま湖の中央辺りまで移動し停止した。
しばらくすると水面が波たち、湖面が徐々に荒れ始める。飛空艇から発せられる引き揚げ作業に伴う魔力の干渉によるものだ。
巨大な渦潮が発生し中心部の水位が下がるにつれて湖自体の水位が上がっていく。
やがてそこに、紫色の透き通った大きな石が見え始めた。
「いかんな。フェイズ4どころではないぞ」
石の色を見て髭中年が呟く。どうやらあまり良い状態ではないようだ。見つめる皆もその表情をこわばらせている。
「おい貴様、準備しておけ、大物が出るぞ」
湖面を見つめたままの髭中年から注意喚起がなされる。
徐々に引き上げられていく石。
上へ、上へ。
見えない力によって徐々に浮き上がる大岩は、夕陽を受けて紫色に美しく輝いていた。
やがて湖面から直径十メートルはあろうかという宝石のような大岩が、その全身を引き抜かれる。
「いないわね」
マルレーネが湖の中をうかがいながら言う。
「こっちにもいないようだね」
「こちらもいない」
エンデルクもクロエも湖を覗き込んで魔物の影がないことを伝える。
「妙だな。全く何もいないなどという事は無いはずだが」
ぼやく髭中年の向こう側で、大岩を引っ提げた飛空艇がカルデラ湖から離れようと移動を始める。
――思惑が外れたのか? それともそれすらもわからない状況なのか。……装置が異常を示したならそうなった理由が必ずあるはずだ。装置の故障の可能性はどうなのだ。もっと観察するなり故障の証拠をつかむなりすべきだろうに。
関係者とは自覚していない私は一行の手ぬるさに辟易しつつも、とはいっても傍観者気取りで見ぬ振りも出来ぬと周囲の警戒に努める。
水面はどうだ。
地面はどうだ。
辺りの明るさに変化はあるか。
風の流れに変化はないか。
探せ。探せ。データを集めろ。
「何も出なかったわね」
向こうでマルレーネが拍子抜けしたといわんばかりに肩をすくめている。
――……湖面に不規則な揺れ。引力? 満ち引き? 均一ではない……まるで力が加えられたような……風?
他の者も拍子抜けという気分に流されていく中、私だけが計測した湖面の不規則な揺れに警戒を強める。流れゆく藻と湖面の水の動きの差異から何らかの力が働いていることを察し、皆に注意喚起しようと――した時だ。
「なんだ!」
髭中年が叫ぶ。変化は湖面ではなく上空からやってきた。
『虫ケラどもが。よくものこのことやってきたものだな』
湖に何かが飛び込んだことで激しい水しぶきが上がる。突然の出来事にその場にいた私以外のすべての者が硬直し、咄嗟に動くことができず水に押し流された。
大きな水しぶきの中から現れたのは巨大な体躯を持つ岩のような生き物。
「馬鹿な……ルビーアイズ、スカーレットドラゴンだと!?」
その生物を見た全身ずぶ濡れの髭中年が、絶望に顔を歪めてうめいた。




