ドラゴン来襲 ②-1-3
「――――」
私は原因特定の為巻き髪女に体重を確認しようとし、ふと思いとどまる。彼女に巻きつくように抱きつかれてる感触から大体の重量を計算することが可能だったからだ。聞くより計ったほうが確実で早い。
‘結構あるな。仕方ない。魔術で飛ぶぞ。いけるか?’
重いからと言って彼女の贅肉をこの場で削ることはできない。
ゲフィオンクラフトの能力だけで現状を打破できないなら別の手段を講じる他ない。
“いつでもどうぞ”
私は意を決してスキルサブパレットから浮遊移動を実行する。発動までのカウントダウンが始まった。
即時発動できないのが不便なところではあるが、ゲフィオンクラフトの能力によって落下速度は減衰しており地面への衝突までには充分な時間がある。
“しかし閣下。その生物を助ける必要があったのでしょうか。プリンシパルにとってあまり有益ではないと存じますが”
‘短期的にはそうだろう。しかしコレはアンジェリカの学園生活を改善するカギとなる。アンジェリカのメンタル改善には楽しい学園生活が必要だ。メンタルが並みになれば私への風当たりも和らぐだろう。投資する価値はある’
この女はアンジェリカにとって学園で初めてできた友人だ。こんなところで死なれては困る。
‘K。AIであるお前にはわからぬだろうが、学園生活とは青春そのものであり、人によってはこの青春の記憶を反芻することでその時々の気持ちをリフレッシュしたりするのだ。歳を取った人間がふと己の半生を思い返す時、たいてい真っ先に思い浮かべるのは学生時代の記憶だったりする。アンジェリカの人生にとって今というこの時間は、彼女の生涯に大きな影響をもたらすだろう。そんな大事な時期に友人の死の記憶など添えられぬ’
青春時代に初友が死ぬなどあまりにつらいではないか。出来れば初友は社会に出た後でも親友のままであってほしい。友人という存在は、あの女にとってその人格を高潔なものにするための必要素材だ。
“だからその生物を生かしたと?”
‘お前の言わんとすることがわからぬわけではない。マルレーネが替えの利かぬ友人というわけではないだろうよ。いや友人と言えるかさえ怪しい。しかしな、どんなイデオロギーにも道を誤ることがあるという謙虚さは必要だ。古代の賢人の言葉にこういうのがあったろう。「自らの陰の面を認めよ」だったか’
私の学園生活に友人はいなかった。学園は学びの場と思っていた私にとって友人とはサンタクロースと同じく時が来れば卒業すべきものの一つでしかなかった。
友人とは、利用しあえる関係にあれば自然と本人が意図せずとも勝手に出来てしまうものだ。幼き日にいた沢山の友人も今では名前も顔も思い出せない。
だがそんな友人でも、死なれるとそれは忘れることのできない強烈であやふやな記憶となって思い出に影を落とす。喜ばしくない形で残り続ける。
――あぁ、なるほど。これは、私のわがままか。
“記録しておきます。閣下の仰せのままに”
ふと私は、過去に失った友の影を垣間見た。
私の心に住み着く彼女は私がアロール家の養子になる前に出会ったアロール家の養女だった。
盗賊まがいな生活をしていた粗野な私と比べ、彼女は絵にかいたようなお嬢様だった。彼女との死別の思い出が私の胸にはまだくすぶっている、未だ苦い記憶として。
そんな思いをアンジェリカにはしてほしくない、というのは単なる代償行為だ。
それでも、私個人の感傷を差し引いてもやはり級友が死ぬというイベントの必要性は認められない。やはりこの女は今死なせるべきではない。
例え環境分析による未来予測でKが否定的見解を示したとしても、だ。
――〈浮遊移動〉――
魔術が発動し落下が止まる。二人の身体はゆっくりと浮上を始めた。
思っていたよりも浮遊感が大きい。私は魔術とゲフィオンクラフトの浮遊の質の違いに驚く。
ゲフィオンクラフトでの移動はいわば線の移動であった。レールを走るような、ワイヤーに引かれるような、どこか角ばったシャープな浮遊であった。
しかし魔術による浮遊は違う。全く抵抗のない宇宙空間のような、周りの空間そのものを滑らせているような滑らかな移動である。
――AIのサポートがあってのことだが、これは凄いな。意のままに飛べる。それだけに演算負荷が大きい。これでは長時間の飛行は無理だ。
しかし使える技術ではある。
ゲフィオンクラフトと〈浮遊移動〉。この二つの組み合わせ操作を完全に習得できれば素早い三次元的な移動が可能となるだろう。それは局所的戦闘において大きなアドヴァンテージとなる。是が非でも慣れておきたいスキルだ。
「その辺の突起物に掴まっていろ。もう落ちるなよ」
私はマルレーネを甲板に降ろすと空を飛ぶワイバーンを見据えた。
群れのボスが死んだことに気づきワイバーンの何頭かは逃げ出していたが、それをよくわかっていない個体はとるべき行動を決めかねているようで未だ上空を飛んでいた。
「選択〈百烈拳〉実行」
私は右腕に力を籠める。
短い呟きの後、拳に黄金の輝きが宿った。
二時間のリキャストタイムがある特殊技巧、気を練り放つ百歩神拳を魔術化した〈百烈拳〉は私にとって非常に使い勝手が良い武器だ。
サクッと放つと破壊の衝撃波が標的に向かって飛んでいく。過去にエンデルクの精霊騎士を木っ端みじんにした光の奔流が空に向かって扇形に広がり、逃げ遅れたワイバーンの群れを飲み込んだ。
「クワ!」「ガァッ!」「グゥゥ!」
短い断末魔を上げた後、ワイバーンたちがボロボロと砂の人形のようにひび割れ砕けていく。
――何頭か逃がしたか。リーダーの抜けた烏合の衆とはいえ殺しておきたいところだが、追跡はリスクが大きいな。
私の飛行能力では逃げた敵を追いかけることはできない。ドローンに追跡させることはできるが先を考えると戦力を分散させたくはない。追撃は諦めたほうが無難だろう。
私は左手に宿る光をキャンセルし戦闘姿勢を解いた。
「やはり貴様だったか。いやなに、そんな恰好をするのは貴様以外にはおらぬとは思っていたのだ。やはり貴様の力は素晴らしい!」
そこへ髭中年が喜びの声色を発しながら近づいてくる。
あぁそういえば自分はフルフェイスヘルメットのスーツ姿だったなと気が付きかぶっていたヘルムを外す。バイザーが半透明なので間近なら私だと識別できるが離れていてはそれも無理だ。
手伝わず私の戦闘を傍観していたのはそういうことか。
「お前もなかなか頑張っていたじゃないか。よく持ちこたえたものだ」
「なぁに貴様が来なければ切り札を切るしかなかったがな。それにしても補助魔法まで使いこなすか。私は貴様を少しばかり過小評価していたようだ」
「それは結構なことだ。こちらはそもそも働く気などない」
「なるほど。やはりあの補助魔法は貴様の仕業か。ますます気に入った。ならば引き続き貴様を予備戦力として考えておこう」
「待て。お前は話をきいていたか? 私はお前なぞに協――」
「それより今は船がまずい。貴様も中に戻れ」
一方的にそう言い残すと髭中年は足元あたりにあった何かを操作して屋根についていたハッチを開けた。
おい、やはりあったではないかそういう秘密の出入り口。教えておけよ最初に。
「おい! 先に中に入れ。また飛ばされる前に」
私は金髪巻き髪女がまた飛ばされないよう手を引いてやる。
風の結界とやらがまだ本調子でないせいか結構な向かい風が吹いていた。ポやっと歩かれるとまた飛ばされかねない。
「…………」
「なんだ。ボケっとするな」
急いで走りより私の体にしがみつく巻き髪女。この女、飛ばされたトラウマのせいか必要以上に密着してくる。
「大丈夫か? しっかり歩け」
「……うん」
「……お前、本当に大丈夫か?」
巻き髪女を支えながら移動しとりあえず船内に戻ることは出来たが、そこからちょっと様子がおかしくなった彼女に私は若干の不安をおぼえた。
不安の元を具体的に言うと、私に向ける視線が今までのと変わってなんだか気持ち悪くなった。とかだ。
「……えへへ」
「…………」
またよからぬことでも考えているのだろうか。
助けるの、早まったかもしれない。




