ドラゴン来襲 ②-1-1
私は焦っていた。
勢い勇んで出てきたはよいが、戦場へ行く方法が分からず立ち往生してしまっていたからだ。
見当をつけていた扉を開けてみるとそこは非常口だった。
下へと続く階段はあれど上への階段が付いていない。屋根の上に出て戦闘を行っているという事はそこに辿り着くための階段なり梯子なりがあるはずなのだが、どこを見てもそれらしきものがない。
――いったいどうなっているのだ。
こんなことで時間を潰している場合ではない。このままでは戦場に出る前にすべてが終わってしまう。
来た道を戻り船内通路をうろうろして、私はとうとう立ち止まり考える。一度アンジェリカのところまで戻るかと。
聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥。それはどこかの星の教訓を示す言葉だったと思う。
“閣下。僭越ながら、浮遊の魔術を使ってみるのはいかがでしょう?”
そんな時Kから提案がなされた。わからないものを探そうとするのは時間の無駄です、外に出られるのだからそれでいいじゃないですか。と暗に言ってきたのだ。
‘……私も、今それを考えていたところだ’
“左様でしたか。これは差し出口を。大変失礼いたしました、閣下”
心なしかKの口調が楽し気に聞こえた。こういう時こいつは本当にAIなのかと疑わしく思う。ちょっとイラついた。
――〈蒸着〉――
誰もいないことを確認し先ほど試したノンヴァーバルアクセスでコマンドを実行。一秒の半分ほどの時間で不織布ならぬ不織鉱であつらえられた戦闘用鎧衣が我が身を包む。
【スーパーテクトタイト】と言われる流体金属を主としたDRF鎧はフルフェイスヘルメットまで備えたライダースーツに金属板が乗っているような意匠である。突撃歩兵用の戦闘用鎧衣の色は白であり他にもエースの赤やベテランの青、指揮官の銀があるが上級指揮官用は黒で統一されている。
‘いざ自分でやってみると無駄さを痛感するな。装着時間に対してコマンドの入力時間が長すぎる。なんとかならないのか?’
“そこは帝国陸軍の様式美ですので。それにこの方式は陸軍にはすこぶる評判がいいようです。兵士の戦意を高めるのにも一役買っているという報告もあります”
‘これの何がどう作用すると一役買うというのだ。ボタンの一つも押せば済む事を煩雑にする意味がどこにある?’
“陸軍では全身を使って準備をすることに意味があると分析しているようです。やる方も見る方もかっこいいと感じることに意味があり且つ重要だという意見が主流のようですね。兵士のアンケート調査にも「まるで正義の戦士のようで高ぶるものを感じる」など好意的な声が多いです”
そんなわけない。と、提示されたデータに目をやると本当にそういうログが並んでいて私は思わず小さく息を飲んだ。念のためログをスクロールしてかなり下まで読んでみたが出てきたのは絶賛ばかり。どれもノンヴァーバルアクション入力に対する肯定的意見だ。なんなのだこれは。陸軍はアホの巣窟か?
‘確かに帝国兵の一部には自分たちが特別な存在であると主張する宗教染みた思想の持主もいたようだが……これはどうなんだ……’
――そういえば強襲揚陸艦に乗る白兵戦部隊には独特の雰囲気があったな。
指揮官として過ごしてきた私には戦闘用鎧衣になじみがない。士官学校で白兵戦の授業は受けたが実際に戦闘用鎧衣を着用したことはなかった。
初の実戦で乗艦した時もブリッジ勤務であったから戦闘用鎧衣を兵士が装着する場面を見る機会もなかった。上級士官用であれ戦闘用鎧衣を着用したのはこれが初めての経験だ。
‘敵に出会ってから着用するなら問題だが、事前に着るのだからいいのか? いやしかしな’
“敵と遭遇してから装備した兵もいたようです”
‘それはさすがに冗談だろう。それはあるまい。だいたい敵が黙ってこちらの準備を待ってくれているわけがない。くだらんジョークだ’
“そうでしょうか。冗談を記録に残すとは考えにくいのですが?”
‘帝国軍人にだって身内ジョークはある。その類だろ。多少のおイタには目をつむってやれ’
私はKをたしなめつつ非常口に向かって歩く。扉を開けると先ほどまではなかった風がかなりの勢いで吹き荒れていた。
――風が……攻撃を受けて結界とやらに異常が発生したのかもしれんな。
浮遊の魔術による垂直上昇を考えていたが方針変更だ。この風の中を初めての魔術で進むのは危ない。
‘K。ゲフィオンクラフトは使用できるな?’
“ご指示通り組み込んでありますが、実用テストは行っておりません。この環境コンディションでのテスト飛行は推奨できません”
‘この環境で魔術のテストから始めるよりはマシだ。浮遊の魔術は禁術に指定されるだけあって想定されるリスクが大きい。ここはこちらで作った技術のテストからやろう’
ゲフィオンクラフトは失敗しても落下するだけだ。今ならば防壁魔術とやらが機能しているし戦闘用鎧衣も着用している。落下くらいで死にはしないだろう。
それに時間が惜しい。ちょっと上に登れればいいのだ。ゲフィオンクラフトだけで十分だ。
私は腰に下げている銃と光振動短剣を確認してからゲフィオンクラフトを起動する。
そのまま扉を支えていた手を放すと、体がゆっくりと浮上を始めた。
――む。いかんな。また攻撃を受けたか? 急がねば。
一メートルほど浮上した時だ。急に風圧が上がった。
風の煽りをうけ非常口の扉がバタンという音を立てて勢いよく閉まる。
「ゲフィオンクラフト、出力上昇」
ヴァーバル入力によって戦闘用鎧衣の各所に紫色の光の線が走る。小さな電子音がすると徐々に浮上速度が上がりだした。
視界左上には戦闘用鎧衣の状態を示すAR表記が浮かび、四肢がゲフィオン粒子を掴んでいることを示している。帝国科学の力によって摩訶不思議粒子は捕らえられ、戦闘用鎧衣は魔素を噛む歯車となり魔術的奇跡を再現し始めた。
「エドワードの娘!」
――は?
髭中年の声を拾ったのと戦場が見えたのはほぼ同時だ。
最初に目が合ったのは髭中年で、次に視界に飛び込んできたのは空を飛ぶ金髪巻き髪少女だった。




