幕間①-2 マルレーネ
直上からの攻撃。ワイバーンが吐いた火球が私の横を通り抜ける。
直後、船が震えた。
火球が私の守っていた結界機構の要たるインテグラルボックスに直撃したのだと遅れて気づいた。
致命打を受けたことにより風の結界が弱まり、地面との接地圧がみるみる減少していく。
『巫女見習い! メイン動力を結界維持に回せ! 姿勢制御はラムエアタービンでカバーせよ!』
『はい! ドルニエ閣下!』
右腕のパーティリングからドルニエとアンジェリカの通信音声が響く。
結界が緩んだことで足元の重力が弱まり、風に体が煽られ姿勢制御が困難になる。
私は焦る。私は何をしているのだろう、こんな時に。今は私事にとらわれている場合ではないのに。
けれど一度取り乱した心を立て直すのは難しい。
王太子という駒を利用していたつもりだったのに、いざ裏切られたとわかれば傷つくという、失意に圧迫される自分の精神の弱さが恨めしい。
前世と今の年齢を合算すれば私はアラサーだ。けれど前世は乙女だったし、あんな衝撃的な浮気現場を目撃したことなどない。
そんな私が致命的な失敗をし動揺を極め、そこから即立て直すなどできようか。
理性で自分を律しようと思っても体は動かない。心も動かない。
そこへさらに直上からの一撃。
様子を観察し学習しただろうワイバーンらが船体を狙い始めた。効果があると認識し組織的に動き攻める知能の高さは一般ワイバーンのそれではない。
そこからは二人とも防戦一方だ。
にわかに補助魔法が飛んできたが誰からのものかはわからない。業腹だが恐らくは恋敵たるクロエのものだろう。
私はその見事な補助防壁を見て、なんだか争うのも馬鹿馬鹿しくなった。
そんなにエンデルクが欲しいならくれてやる。憎からず思っていたクロエに私はあきらめともつかない微妙な感情を持つ。
エンデルクは外見も良いし家柄も良い。戦闘技能も卓越しているし、何よりイケメンだ。
でも下半身がだらしなさすぎる。それだけが不満であったし、それは頭でっかちな恋愛弱者の私にとっては、やはり許容できるものではなかった。
私は肩で息をする。
心が支配する身体は、鈍く、重い。
攻撃の術式を編むことは出来ず、船の急所を守るだけで精一杯。とてもワイバーンの撃墜などできそうにない。
自分の不甲斐なさに泣きそうになる――実際涙が出ていた。
――あぁ駄目だ。死ぬ。死んでしまう。私、こんなところで。
こんなことなら娼婦になった気分で色々経験しておけばよかった。――気が付けば私はこの土壇場で本当にしょうもないことを考えていた。
横を見ればドルニエ閣下が船体を守りながらも果敢に攻撃する姿が見える。
あのオジサンは諦めていない。流石は自分より長く生きているだけの事はある。やせ我慢だとしてもああまで頑張れるのは大したものだ。伊達に元帥ではない。私は他人事のように思う。
そうして遂に三度目の直撃が船体を揺らす。私が守り切れなかった一撃だ。
それによって結界の加護が消失した。
キャブレターから足が外れ、体が浮く。
次の瞬間、私は宙に投げ出されていた。
「エドワードの娘!」
ドルニエ閣下の叫び声が聞こえる。
けれど体は動かない。
身体が風に流される。
視界の端にワイバーンが見えた。
他のワイバーンより体格が二回り以上も大きな個体――群れのボスだ。
――あぁそうか。……あれは使徒なのね。
私はワイバーンの狙いを看破する。
そして冷静な、それでいて驚くほど淡白な感想が脳裏に浮かぶ。
向かってくるワイバーンの大口が開いたのを見て私は悟る。それが転移者を喰らいに来た使徒であったのだと。
だがもはやどうすることもできない。気づいても、逃れる術も反撃する術もない。やはり女の喜びというものを経験しておきたかったと少女の最期としては微妙な悔いを抱きつつ、私は目を固く閉じすべてをあきらめた。
その直後。銃声が轟いた。
――ッ!!
眼を見開いた私が見たのは首から先が無くなったワイバーンの体。
そしてその次の瞬間には、私は何かに頭と体を優しく抱きかかえられていた。




