幕間①-1 マルレーネ
私はかつてない焦燥に駆られていた。
相手はワイバーンの大群。
軍艦は基本単独運用をしないので一艦対多数の戦闘を想定していない。いくら最新鋭艦とはいえ、主砲はともかく対空防御能力は他の艦に毛が生えた程度しかない。
エンデルクたちが操る連装砲群の砲撃でなんとか持ちこたえてはいるが、このままでは撃墜されるのも時間の問題だ。
生き残るには私とドルニエ閣下とで一匹ずつワイバーンを駆逐していく以外手立てはない。
「くらいなさい!」
――〈炎槍〉――
火球を圧縮し防水型となった破壊の槍がワイバーンをめがけて飛ぶ。その威力は下級魔術〈火球〉の比ではない。
私の放った炎の槍がワイバーンの翼をかすめると、それだけでその片翼は燃え盛り、あれよあれよという間に全身に火が回る。そうなったら流石に飛んでなどいられるわけもなく、その個体は重力に引かれるまま真っ逆さまに落ちていった。
――〈虹撃〉――
隣ではドルニエ閣下が上級破壊術を放ちワイバーンを落としている。
国最高位魔術師・ガリオンの秘匿継承者は伊達ではない。その術式に無駄はなくリリース姿勢も美しい。
――これなら、いける。
私は足を引っ張らないようにしなければと気合を入れ再び術を放つ。が、二発目は完全にかわされた。
――運のいい奴。でも次は外さないわ!
私は船の屋根全域に設置されている半環型聖粒輝放出器に足をかける。失われた体内魔力を補充するため聖粒輝を吸い上げ、素早く魔力に変換する。
そして三度目の炎槍を放った。
――え?!
私は目を疑う。標的をさだめ座標を確定し術を放ったと同時に、ワイバーンが射線から身をそらせたように見えた。
そしてその直後、たまたま視界に入ったドルニエ閣下の虹撃も回避されていた。
――うそでしょ? 学習しているの?
速度の速い虹撃だが術の起動から放出までにはやや間がある。私にはワイバーンの回避行動がドルニエ閣下の術の出力前、起動時から始まっていたように見えた。
たぶん見間違いではない。あれは場当たり的な回避ではなく、こちらの動きを読んでのものだ。
空を飛ぶワイバーンは魔物の中でも脅威度は高いが、絶対の脅威ではない。犬猫よりも劣る蜥蜴程度の頭脳しかない奴らを狩る方法など人類にはいくらでもあるからだ。
しかしその前提条件が崩れた場合、話は当然変わってくる。低知能のはずの魔物が学習をしたという事実に、私はひやりとするものを背筋に感じた。
学園の教科書に記されている情報とは違う。教科書に載っていることは専門家たちの総意であり、人間社会で認識されている常識だ。
だが目の前に現れた実物はそれを真っ向から否定している。ここが学園なら話が違うと泣き言を喚き散らす生徒で溢れていただろう。私だって「そんなの反則じゃない!」と叫びたい。
けれど現実を理解し受け入れ修正できない者は死ぬ。それがこの異世界という世界だということを私は経験で知っている。
――止まってはダメ。目をそらしたら終わるだけ。
私はワイバーンの観察を継続した。
内心に焦りを抱えながらも無理やり眼をこじ開ける気持ちでワイバーンの群れを観察し、私はそこに一定の秩序が存在するのではないかという直感を得る。
その直観を信じて視野を広げていくと、ワイバーンの群れの後方に、旋回するだけで攻撃に参加しない群れの中でもひときわ大きな個体を発見した。
その個体が口を開くたび群れの動きに変化が出る。群れはそれの鳴き声に合わせて動いているように見えた。
ワイバーンにしては異質な存在だ。基本群れを成さないワイバーンをまとめている存在。体の大きさも含めて考えるに、あれはスタンピードの影響で生まれた変異種――ネームド級のワイバーンである可能性が高い。
あれを撃墜すればこの場を治められるかもしれない。そう考えた私は、その個体の情報を得るため転移者の権能を使用した。
――え? えぇ?! レベル五十?!
私の持つ転移者の基礎権能の一つ【能力開示】は、ワイバーンの戦闘能力が軍隊でなければ討伐出来ない域に達していることを示していた。
ワイバーンの平均レベルは十五。レベル三十が人間の限界と言われるこの世界において、その情報は私を恐慌状態に落とすのに十分なものだ。
――なんで?! ワイバーンイベントなんてずっと先の話じゃない! しかもどうしてラスボス級になってるのよ!
世界が狂い始めている。ここ最近の出来事はゲームシナリオから大きく外れている。偽物守護天使が現れてからというものやることなすことすべてがうまくいかない。いったいなにがどうなっているのか。
私は内心で叫ぶ。
――なんなのよこれ! こんなところで死にたくない! なんでこうなるのよ! んもう! 全部あの守護天使のせいだわ!!
この不幸はあの村人モドキが現れたからだ。
本当ならこんなことにはなっていないはずなのだ。もっと楽に物事は進んでいたはずなのだ――私は怒りで体を震わせた。
――そもそも……そもそもすべては――
カースト最下位だったアンジェリカが人型の守護天使を召喚すると聞いた時には、馬鹿がとうとうとち狂ったと思う程度だった。
人型従者の召喚には召喚術最上位魔法陣が必要であり、それは学園の教師でも手におえるものではない。
学生の昇級試験で行われる召喚はせいぜい下位精霊獣を呼び出せれば優秀で、そもそもそんなもので昇級しようとは普通の生徒なら思わない。普通の生徒はより安全で楽な、初級魔術を昇華させた中級魔術で進級試験に臨む。
だというのにあの女は大召喚をやるなどと周りが閉口するような駄法螺を吹かした。
周りが唖然とする中、しかし私だけはその行動が理解できた。
彼女の動きはバッドエンドへ向かうシナリオの一つだ。
私が本来アンジェリカと結ばれるはずの王子を攻略したせいで、彼女の運命は不幸な人生へと舵を切ったのだ。
それが理解できたから、私はそれを快く思っていた。自分の工作が実り、このゲーム世界の本来の主人公がとうとう自壊を始めたと小躍りしそうなくらい喜んだ。
私はあの女が嫌いだ。努力を重ねて「私頑張ります」と澄まし面をするあの外面良子的いい人テンプレートな生きざまには反吐が出る。
ふとしたセリフの端々に出るゴミクズな性格を隠しおおせるシナリオも、細かい点をスルーして騙されてほだされていく周りの男どもらにも辟易していたのだ。
まぁ百歩譲って男らはいい。
イケメンだから許せる。
騙されやすいのはピュアということだからしょうがない。
だがアンジェリカ、お前は駄目だ。お前は邪魔でしかない。お前はここで消えていなくなれ。
失敗した彼女をあざけってやろうと目論んでいたのは私だけではない。アンジェリカの魔術など失敗すると誰もが思っていた。シナリオ的に考えても、この時期にそんな大技が使えるはずはないのだ。
私は確定した歴史を見る気分でその場で成り行きを見守っていた。
だからアンジェリカが本当に人型を召喚してしまった時には言葉を失った。
まさかあの女が――その場にいた誰もがそう思ったと思う。
しかし――そこに呼び出されたのは村人だった。
守護天使ではない。
その結果に皆安堵した。
やはり半端者は半端物を引き寄せるだけなのだとその場の多くの人間がホッとし、笑いあった。
鑑定結果も村人戦闘能力一。
あの天使が召喚された時、私は【能力開示】の示した結果からただの平民と判断した。
危惧するようなものではないと判断した。
それでも私は不確定要素をなるべく排除しておきたかったから、村人を潰して元のアンジェリカに戻ってもらおうと私は考えた。
理由は、この世界にはシナリオの修正力というものが存在するからだ。
過去の事案から鑑みて、謎の力がシナリオの修正に動く前に天使を始末すべきだと判断した私は迅速に手を打った。
その時の私は絶対の勝利を確信していた。だからエンデルクが殺されかけた時、私は発狂しかけた。
恐れや怒りや疑問。悲しみや後悔。そういった感情がないまぜになりその場に硬直した。
あれは村人ではない――自分の権能で測れなかっただけのナニか。つまり自分の能力が及ばないほど上位の存在。
私の知っているゲームに出てきた守護天使なんかでもない。殲滅天使や虐殺天使級の、死を告げる天使が宿っている村人のようななにかだ。
私は転生者であることを学園長に見破られた時にされた忠告を思い出した。
神は転生者に権能を授け祝福するが、それが意にそわない無法者となった時には使徒――死を告げる天使など――を差し向け転生者を審判し、場合によっては死をもたらすという伝承を。
――死にたくない。
死にたくなかった。私はアンジェリカとの和解を即決した。彼女との友好関係構築が急務になった。後日エンデルクを通して伝えられた「アンジェリカと仲良くしてほしい」というルベリウスからの申し出は私にとってはまさに渡りに船だった。
私は、自分とは性格の合わないアンジェリカだが、自分を折り続けて仲良くなる努力をした。可能な限りアンジェリカと行動を共にし、慣れという安心感を培いながらも同時にルベリウスの観察も怠らなかった。
アンジェリカとの友好を何とか形にできた時、私は天が自分をまだ見捨ててなかったと実感し感謝した。異世界の神はまだ私を認めてくれているのだと、不幸だった最初の人生を第二の人生で取り返さんと多少強引な手を使ってでも幸せになりたがった私のことを、この世界は許してくれたのだとすら思えた。
ルベリウスは敵に回せば恐ろしい存在だが、味方にできればアレ以上に頼もしい存在もない。
学園行事である今回の合宿も本当なら早めに合流するつもりだった。
生徒会での調整がうまくいかなかったことと、今までやってきたことに対する周りの目があったことで出発時に二人を誘うことは出来なかったが、それでも自分たちのチームに二人を取り込むための根回しはしていたのだ。
取り込まざるを得ない自然な成り行きを計算し、なし崩し的に二人を自分たちのチームに回収する策はいくつも用意していた。
合宿拠点で偶然いるはずのないアンジェリカを見つけた私は、強引に計画を前倒しした。恩を売り関係性を深めるべく用意していた計画を動かした。
うまくいけばアンジェリカとの親密パラメータを大きく高める足掛かりにできるかもしれない。さらにもしも守護天使に好感度パラメータが設定されていたとしたら攻略対象に加えて――という目論見のシナリオだ。
級友を思う級友たちによる助け合いの果ての課題達成という美談をゴールとしたこのイベントは、私にとってメリットだらけのボーナスステージ。
と、なるはずだったのだ。
そこにドルニエ閣下が現れるまでは。
――どういうことなの。どうしてルベリウスがドルニエ閣下と気軽にやり取りする関係になっているの?!
何故か声をかけてきたドルニエ総長閣下。
何故か挺身隊に選抜されていたアンジェリカ。
学園最下級に位置する彼女が国家の重鎮たる総長閣下と何故接点があるのか。つい最近まで落ちこぼれ扱いを受けていたアンジェリカがドルニエ閣下の目にかなう可能性は皆無だ。腹筋する亀ぐらいにあり得ない事だ。
本来であればルベリウスの力を使って楽にポイントを稼げる研修であったはずなのに。
本来であればアンジェリカ越しに守護天使たる化け物から好意を稼ぐチャンスであったはずなのに。
理解できない。意味が分からない。自分はどうして死地に赴くことになってしまったのか。
――もう病気なんじゃない? どれだけ暴れ足りないのよあなたの下半身は! ――
その上おまけにエンデルクとクロエを迎えに行ったときに目撃してしまった宿舎での逢引。
思い出すだけで思考がパンクしショートする。
怒りは既に心から溢れ、その後に押し寄せた虚しさが私の心のすべてを押し流していく。
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「エドワードの娘!」
私の思考がフリーズしたその間隙に、閣下の怒声が飛んできた。
――しまっ――!




