海賊の虫船 ①-3-3
――知能が高いな。あれらもただの獣ではないのか。だとするとここから一気に窮地へ至るという未来もあり得よう。
先日の虎でもそうだったが、相手が本能のまま動く獣ではなく知恵ある生き物であったなら、定石はかえって足を引っ張ることもある。
このままでは敗北する。モニターを見ながら私はそう確信した。
髭中年と巻き髪の表情からは悲壮が見て取れる。最初こそ積極的に攻撃をしていた二人だが、今や防御で手いっぱいといった様子だ。
たまに隙を見て髭中年が攻撃を放つものの、攻撃された害獣はその魔術を見切っているのか回避されている。
速さを優先した攻撃なら命中させられるようだが、それだとどうも威力が足りていないようだ。害獣は被弾後体勢を立て直すため下がりはするが、すぐに戦闘に復帰している。
――髭は威力より命中精度重視の攻撃術に切り替え手数で押し切る腹か。牽制も兼ねていて悪くない取り回しではあるが、さていつまで続けられるものかな。
このまま任せっきりで見ていては船が沈む。髭の必死の形相を見れば素人でもわかるだろう。あれでは私が行くまで持たない。
――急場をしのぐための緊急的支援が必要だが……。
‘なぁK。これに魔法を使ってみても大丈夫か?’
私はパーティリングを見ながらKの分岐人工知能体である指輪を通じてKに問うた。
“わかりかねます。一日ほど時間をいただけるなら解析結果を提示できますが”
‘時間はない。ならばやってみるしかないか。スキルを一度だけ変更する。私がスキルを使用したら、スキルの切り替えが可能になった時点で設定を戻してくれ’
“かしこまりました閣下”
私はスキル一覧表をAR表示させ、そこから支援スキルを選択しメインパレットに設定する。
選択したスキルは――〈多能攻撃支援I〉――と――〈多能防御障壁I〉――。
実行すると私とアンジェリカの体を一瞬、赤と緑の淡い光が包んだ。
『巫女見習い! いい仕事だ』
「え?」
髭中年からレスポンスが届く。どういう仕組みかはわからないが、受けた説明通り私の疑似魔術はパーティリングを介して他のメンバーにも適用されたようだ。
『あ、はい! 補助については万全です!』
――んむ? 会話が噛み合って聞こえたが。
髭は私の補助についていったのではないのか。何故お前が得意げに答えるのか。
意味不明であったが、話しかけないでと言われているので私は問わない。言いつけを無視すると後々面倒くさいことになるからだ。
私はアンジェリカを無視し、今使用した権能の効果をモニターで確認する。
モニターにはちょうど、髭中年とマルレーネを狙った害獣らの吐き出した複数の火の玉が、二人の体に当たる直前に消失した光景が映し出されていた。
なるほど疑似魔術の効果はきちんと出ているようだ。
――攻撃魔術の強化については当たるまで効果がわからんが、仕様説明通りならそのうち戦果も上がろう。
アドバンテージは与えた。私が行くまでの時間は稼げるはずだが、それでも相手が空を素早く自由に行き来できるのに対し、二人には足場の制限がある。船の防御を考えながら隙をついて魔法を紡ぎ当てるという戦い方は支援があっても楽ではないだろうし、長く持つとも思えない。
ここは私が急ぎ駆けつける必要があるだろう。
「ちょっと出てくるか」
これは話しかけたのではない。独り言だ。断じて言いつけを破ったわけではない。
「え、出るって、ここから? どこにいこうっていうの」
「カトンボを落としてくるだけだ」
私は装備を確認しつつアンジェリカの問いに答える。そう、これは問われたから返しただけ。したがってセーフ、なはず。
「ちょ、待ちなさい!」
前を向いたままアンジェリカが声を荒げる。ちょっと怒ってるっぽい。やはりアウトなのか。
「あなたはここにいなさい! 出て行っても何もできないわ! 二人に任せておけば大丈夫よ!」
「そうは見えまいよ。相手の数は多く、二人は押されている。弾幕も薄く効果を上げていない。もう手詰まりだ」
「で、でも――」
「今私が行かねばこの船は落ちるぞ。それはお前も望むところではあるまい」
「それは……そうだけど」
「すぐに戻る、なぁに案ずることはない。あ、いや違う、私ではない、船のことだぞ。断じて私の身についていったわけではないのだ。お前が私の身を案じてなどいないことなど私は百も承知であるから、誤解するな」
「…………」
「…………?」
思ったよりも長いアンジェリカの沈黙。いかん、言葉の選択を誤った。きっと私の今の失言にかこつけてろくでもないことを考えてるに違いない。だが吐いてしまったセリフは元に戻せないし、ここは甘んじて糞ガキの暴言を受けるか。
と身構えていたのだが。思ったよりも長く逡巡する彼女に私は疑問を持つ。
考えるより早く罵詈雑言が口を突く女のくせに長考とは……。まさか、腹案でもあるというのだろうか。間違っても本当に私を心配しているという事は無いはずだが。
嫌だといっても馬車馬のように働かせようとするのがこの女の常である。もしかすると、実は本当に腹の調子が悪かったりするのかもしれない。船を制御するという精神的ストレスのせいで。
「どうしたご主人様よ。大丈夫か?」
「あ、ええ、わかったわ。でも無理だと思ったらすぐ戻りなさい? 足手まといになっても困るのだから。いいわね?」
「あぁ。了解した」
心配しているような口ぶりに聞こえなくはなかったがそれは多分錯覚だ。きっとアンジェリカ自身がここで一人になるのが心細いとかそういう理由だろう。
まぁ無理もない。こんなハイテク機材に囲まれれば不安にもなるのも当然だろう。ましてやまだ子供なのだし、船のコントロールなど重責に過ぎるとは思う。
ただ願わくば、ストレスに飲まれヒステリーを起こし暴走なぞせんことを。
――このメンヘラは追い込まれたら何するかわからんところがあるからな。そうなる前に片をつけねば。
テンパってバレルロールなんぞされたら目も当てられない。
アンジェリカに部屋の扉を開けてもらった私は、髭中年が出ていった道を思い出しながら足早に船内を歩き始めた。




