海賊の虫船 ①-3-2
少しの逡巡を経て、私は頭を切り替える。これから起こるかもしれない最悪の事態に備えるべく、船の戦況把握を優先する。
モニターを見ればそこにはニ十匹超の、蜥蜴の混ざった巨大蝙蝠のような化け物の姿があった。
――あれがワイバーンとかいう害獣か。
空飛ぶ害獣どもは船に突撃するでなく、船と一定距離を保つように少し離れた場所で旋回運動を繰り返している。
アンジェリカの正面上のウィンドウ――メインモニタと思われる――には、その旋回する群れに対して魔術を行使する髭中年と巻き髪の姿があった。
――足場にあるアレに毎回足をかけているのはなんだ? 姿勢制御用の何かか?
モニターで確認できる甲板――飛空艇外の天井部――にはあちこちに半環のでっぱりが備わっていて、髭中年もマルレーネも術を使う前にはその半環に足を引っかけてから魔術を行使していた。
「おい、足場にあるあのでっぱりはなんだ、あの二人が魔術を使う時に足を引っかけているやつだ」
「はぁ? スポットのこと? 確かにちょっと変わった形よね」
「すぽっと? すぽっと足が抜けないようにひっかけてるのか?」
「チッ。馬鹿なの? ねぇあんた馬鹿なの? あれを使わないと魔術を連発できないでしょ。って、そんなことも知らないのね。そんなんだからマインドダウンなんか起こすのよニセ天使」
舌打ちに続くいつもの煽り文句。いつもの糞ガキだ。守護天使もニセ天使に降格である。
こうなってはこれ以上の確認はこの女の機嫌を損ねるだけだろう。怒りに油注ぐ未来しか見えない。
私はこの話題の継続を諦め黙ることを選択し、代わりにモニタ映像からの戦況分析を再開した。
船の各所についている機銃が対空砲火を展開しているが、敵に対し数が全く足りていない。
弾幕は薄く、飛び交うワイバーンに有効なけん制もできているとは言い難い。
エンデルクとクロエがコントロールしているといっていたが、その射撃は命中精度が低くお粗末なものだ。
足りないのは空間認識力か弾道計算力か。飛行する物体の推定座標を割り出せていない可能性のある二人では、この先もこの不利を覆す働きを期待することはできないだろう。
――本当に大丈夫なのか? これでは追い払える気がせんが……ぬ?
こんな状態で果たして害獣を諦めさせられるのだろうか、と不安視していた矢先。
ワイバーンらの中でも一回り体の大きい一匹の個体が旋回する群れから飛び出した。
高度を取り、一度大きく旋回し、体を斜めに傾ける。
私が注視していた個体が、満を持して船に向かい急降下をかけた。
捨て身の突進か。そう思って見守っていると、ワイバーンは途中で大きく口を開いて、ごぅっ! っと火の玉を吐き落としそこからクルリとUターン。ヒットアンドアウェイだ。
直径三十センチはあるであろう炎の塊がまっすぐ船へと滑る。そうしてソレは、甲板にある盛り上がった縦に長い長方形の何かを直撃した。
途端、船が大きく震えだす。
『巫女見習い! メイン動力を結界維持に回せ! 姿勢制御はラムエアタービンでカバーせよ!』
『はい! ドルニエ閣下!』
音声は右腕につけた腕輪から響いた。マルレーネから渡されたパーティリングだ。
今のやり取りのひっ迫具合から考えると、どうやらあの一撃はこの船にとってクリティカルな攻撃であったのかもしれない。
――弱点が露出しているのか。普通では考えられない仕様だな。欠陥船なのか? だが、それにしてはこの内部構造。解せんな。
ちぐはぐな印象。船の弱点を露出させているのがいかなる理由によるものかは見当もつかない。
逆にもしそれが欠陥でないとするならば、考えられる理由はひとつだけ浮ぶ。
――そこを流体金属装甲でカバーすること前提に考えられたものなら。
私の脳裏に描かれる航行虫。流体金属に覆われたその内部を帝国では見た者がいないため断言することはできないが、もしかしたらあの船にも同じものがあったのではないか。
だとしたらその理由は。
――この仮説、そこまで大きく外れていないのかもしれない。
似ているだけで別物と最初は判断した。しかしそれは帝国にあるデータを元に差異を認め判断したに過ぎない。
出そろっていないデータの照合比で出された答えに真実を求めるのは愚かなことだ。この船のブリッジを見てしまった私には猶更そう思えた。
――この件は徹底的に調べる必要があるな。この船が海賊どものソレであったとして、同じように弱点を外に出していたものだったとしたらその理由として思いつくのは……それともやはり未完成…………だから投棄された? それとも……ん? いかん、群れの動きが変わった。
変化する戦況に私の思考は中断される。モニターに映る害獣の群れに新しい動きが起きた。旋回し距離を取り様子を見ていた害獣らが一度散り散りになった後、今度はペアを組んで船への一撃離脱を試み始めたのだ。
先ほどの船の反応から弱点を理解したのかもしれない。攻撃に規則性が生まれ、害獣どもは直上からの火の玉攻撃を狙うようになった。攻撃に戦術が組み込まれた瞬間である。




