海賊の虫船 ①-2-3
「あんた……狂ったの? 頭大丈夫?」
「……私はいたって正常だが。それよりも君はノックくらいしたらどうだ」
「荷物置き場に入るのにノックする人間がいるというの?」
「……それもそうだな」
私は蒸着コマンドを放棄し、スッとその場に直立する。
ひどい言い草もあったものだ。いつからここは荷物置き場になったのか。
この糞ガキが。調子が戻ったようで何よりだよ。
「それで、何をしに来たんだ?」
「どこもみんな同じ内装なのね」
彼女は部屋を見回して呟く。
そんな事を言うためにわざわざやってきたというのか。
暇を持て余しすぎだろ。と、内心で毒づきながら私は故意的にゴミを見るような視線を送る。
が、アンジェリカは全く意に介していない様子だ。単に鈍いのか無神経なのか大物なのか。多分ふてぶてしいだけなのだろうが。
「そうなのか」
「そうよ。私、あなたの隣の部屋だから。何か気になることがあったら来なさい。それを伝えようと思って」
「……了解した。要件はそれだけか?」
「そうよ。文句ある?」
「いや。ない」
会話終了。お前から文句を取ったら何が残るというのだ。とはすんでのところで飲み込んだ私の内心である。可及的速やかにご退室いただきたい一念の成せたファインプレーだ。
「…………」
「どうした? まだ何かあるのか?」
「べ、べつに。……なんでもないわ」
「なんだ。話がないなら自室に帰るがいい。それとも何か不満でもあるのか?」
「不満なんてないわ」
「そうか。それは重畳」
「…………」
「……なんだ? 言いたいことがあるなら早く――」
「あなたは何か不満とか、あるの?」
「…………?」
予想外の質問に私は眉をピクリとさせてしまったが、瞬間的に「お前のすべてだよ」と吐き出さなかった自分を褒めたい。
「例えば、退屈だとか、時間を持て余す、とか、一人だとどうしていいかわからない、とか」
「……ないが?」
それって、全部お前の事をいっているのか。
らしくないじゃないか。普段のロンリーウルフぶりはどうしたのだ。
「ないの?」
「ないな。……まぁしいて言えば、時間を持て余すのはこの船の速度が原因だろうから、その点に尽きるのではないのか? そもそも航空機に開閉可能な窓をつけている時点で設計思想に難ありだと思うぞ」
私は割り当てられた個室に備え付けられていたベッドの上で、部屋の窓をぼんやり見つめながら独り言ちた。
出発してから十数時間。現在飛空艇は大森林を抜けて山岳地帯上空を飛行している。
船の速度はおよそ時速三十ノット。その移動距離単純計算で千㎞ほどだ。
――飛行速度もそうだが、揚力を必要としない大気圏内の航空機など初めて見たぞ。……悪路を馬車で揺られながら進むよりはましだが、航空機を何故その程度のものにまで貶めているのか意味が分からん。
安易な仕組みの熱気球ですら風を捕まえれば時速二百キロに到達するというのに、この世界の飛空艇はあまりに鈍足過ぎる。
「この船は空を飛ぶ利点をつぶしている。もう少し何とかならないものかな」
「はぁ? この船が不満だっていうの? 最先端技術の塊よ?」
「なんだと? 最先端がこれだというのか。……呆れるな。紙飛行機の方が早いのではないか?」
「あんた……これだから村人は困るわね。こんな大きな船が紙飛行機みたいに空を飛んでいたらいつ撃墜されるかわからないでしょ? そんなことも分からないの?」
「…………」
撃墜。
この低文明のド底辺惑星にも対空兵器が存在するのか。
疑問と興味が頭の中でないまぜになった私は、特に深く考えぬまま疑問を口にする。
「空に浮かぶ船を攻撃する兵器が、この国にはあるのか?」
「ばっかじゃないの? 魔物は空だって飛ぶのよ? 風を操る魔術だってあるの。防御手段を講じない方がどうかしてるわ」
「…………」
おぅファンタジー。兵器ではなく、魔物。ないし魔法。
そういえばそうだった、この星はファンタジーに満ちていたのだった。
魔物や魔法による攻撃については完全に想定外。というか、そういう発想そのものが私にはなかった。
「ふむ。では、それらへの対策をしているから速度が出ないということか?」
「早く飛ぶだけならできるわ。でも飛空艇は貴族の乗り物なの。安全は当たり前、それに加えて優雅さもないと。こういう乗り物は威風堂々とゆったり飛ぶからいいんじゃない。速いだけの船なんて浅ましい物論外だわ。それにこの船はすごい技術の塊なんだから」
アンジェリカは聞いてもいないのに【飛空艇】の良さを語りだす。
飛空艇とは複数の魔道具を組み合わせた魔道戦艦であり、幾重にも張り巡らされた魔術の防御によって魔術攻撃はおろか外の天候の影響も一切受けないという特性を持っている云々かんぬん。
「まぁあんたにもわかるように言えば、この船は浮遊魔術と風操作魔術を制御する魔道具を中心とした複数の高度な魔道具によって動いているの。魔動力学の最先端を行く近未来の船なのよ、あなたにはわからないでしょうけど!」
「ふむ。なるほど貴族の乗り物か。その象徴が窓というわけだな」
「は? 窓? ……窓くらいあるでしょ、普通。あなたは何を言っているの?」
「……何をだと? 何をも何も航空機に開閉式の窓をつけるなど……いや。うむ。そうだな。あるのだなここでは。うむ。そうか。理解した」
無学な土人めが口を閉じろ、と言いたい衝動を飲み込む。
ここは魔法の国だから。
風や気圧差など諸々の摂理を無効化してしまう魔術的なにがしがポピュラーなのだ。
開閉可能な窓なんぞ常識常識。うむ。考えてみればこれは凄い技術ではないか。
「貴族のロマンというやつだな。この船は、貴族の浪漫飛行を叶えてくれるわけだ」
空飛ぶ船の窓から顔を出せたらちょっと楽しいかもしれない。そういうことなのだろう。この国の貴族にはそういう遊び心こそ重要視されているということに違いない。
そういうよくわからない文化というのは他星系にもあるものだし、そう考えればさほど不自然ではないようにも思える。私は御免だが。
「は?」
私の呟きにアンジェリカは大きく息を吸い、わざとらしい大きな大きなため息をついてみせてから、顎を上げて彼女は私を見下ろす。
「ねえ。あんたってバカ過ぎない? 本当に守護天使なの?」
「……なんだ、やぶからぼうに」
言うに事欠いて何という言い草か。
おまゆうだよこのクソガキブチ転がすぞ。
と、私はアンジェリカを睨みつけてやったが、彼女は全く動じていない。むしろ逆に睨み返されてこっちがちょっぴり焦らされたほどだ。
このメンヘラ女。失うものを持たない人間独特の野蛮な強さを垣間見せてくる。
「あんたってさ、村人じゃないんでしょ? 言ってたじゃない、どこか違うところから来たって」
「あぁ。そうだ」
「聞こうと思っていたのよ、いい機会だわ。この際はっきりさせておきましょう? そこってどこなの?」
「どこ、とは?」
「この星のどこでもないどこか、みたいなこと言ってたでしょ」
「ああ。そうだな」
「そこってどこなわけ? 実在する場所なの? まさかあんたの幻想世界とかじゃないわよね?」
「幻想世界? 何を言い出すかと思えば。私はこの星ではない星だと説明したはずだが? 何故私の話をお前の妄想にまで貶める。ありもしない与太話など引き合いに出しおって」
「あるわよ幻想世界。例えば根源の彼方とか」
「コンゲンのかなた?」
「そうよ。魔術師が目指すべき魔術の極地で、すべての魔術士がやがて行きつくべき場所よ」
「……本気で言っているのか?」
「あなたこそ、こんな常識すら知らないの? ほんっとに、あなたってどこの国の人間だったのよ」
「常識だ? ……いや待て。そういえば、図書館の本にそんな記述があったか?」
私はアンジェリカの話をきっかけにかつて複写した図書館の情報から関連情報の検索をかけてみた。
「はぁもう。こんな常識すら知らないなんて。手間のかかるやつね、何から教えればいいのかしら。えっと……そうね。私達貴族はみんな、生まれながらにして魔術師なのよ。魔術師はみんな、根源を探して魔術の技を高めているの。誰もがみんな、そこへ帰りつくために魔術を研鑽している、と言われているわ、表向きには――」
幻想世界、根源の彼方という両ワードでヒットした書は複数あるが、それについての具体的な情報を記述した書は少ない。
ベズエット式魔術概論。創世記叙事詩。あとは【異端黙示録】らに参考になりそうな記述があるくらいか。いずれも謎かけ問答のような形式をとっているのは偶然ではないのだろう。
《――神の御座に上れ。聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。子羊だけが封印を解く事の出来る。彼らは讃美を捧げる――》
世界の扉を開くための手がかり。解読には少し時間がかかりそうだ。
――人が何処から来て何処へ帰るのか、という哲学問答は宇宙中に溢れているお題だが。そこへ帰るために魔術を研鑽するというのは……そういえば学園長もそんなようなことを言っていたような。
「あなたはもしかすると、その根源からやってきたのではないの? 忘却の川に触れてそのことを忘れてしまっている、本当の意味での天上の住人なんじゃないのかなって……もしかしたら」
――だが、やはりわからないな。根源とは何の隠語か。帰るというのだから故郷のような何処かを目指している? しかしだとしたら、それはどうやって魔術の研鑽という行動に結びつくのか。
アンジェリカが何か言っていたが完全に聞き流していた私は、自分の思考の先を見据えたまま独り言ちる。
「……ふむ。いくつかの書に出てくる『天井の住人』という言葉が宗教用語でなく物理的意味を指している限りにおいては、少なくとも私の産まれた場所ははるか向こう側ではあるな」
「それって、やっぱり神様の世界ってこと?」
「んぁ? あぁ(コイツ私に話しかけていたのか今気が付いた)……神? 宗教は知らん。埒外だぞ……が、まぁ魔法の世界ならば、神がいてもおかしくはないのかもしれないな」
「茶化さないでよ……じゃあどうして、あなたは私を――」
アンジェリカは言いかけて、言いよどむ。
沈黙。
しばしフリーズし、彼女は私をじっと見つめる。
「…………私を?」
「…………」
「……私をなんだ? 言って見ろ」
なんなんだ私を。沈黙に耐えきれず私は彼女に続きを促す。
しかし彼女は応えない。
「…………」
「…………」
その後数秒か、数分か。
ようやく彼女が迷いながらも「……ねぇ。あなたにとって、私はどういう――」と、何かを言いかけた直後。
けたたましく鳴り響いた警報の音によってアンジェリカのセリフはかき消された。
「なにごと――」
「この音! 第一級戦闘配置の警報だわ!」
アンジェリカはそう叫ぶと、私を無視して一人外へと飛び出していった。




