海賊の虫船 ①-1-1
いじめ黙認教師ハゲネは事情を大まかに説明する。
いわく、スタンピードとは局地的に増殖し続ける魔物の群れを指す軍用語である。
きっかけは不明。予測も不能。どこで起きるかわからないが年に数度は発生する災害。国は領民を守るためこれを見つけ次第軍を派遣し討伐する。
今回その発生源と思われるポイントは学園都市ツクヴァより千キロ以上離れた山間部であるという。演習場としている森を抜けた先だが、その影響は既に演習地にまで及んでいる。私が剣虎に囲まれたのもその影響らしい。
スタンピードの影響で発生した強い猛獣が暴れ、それにより弱い猛獣が外へ押し出される。
押し出された猛獣によりさらに弱い害獣が押し出され、害獣らは更に更に弱い害獣らを外へと追いやる。
そういう連鎖の元、安全と思われていた区画にも今や多くの害獣が現れ始めているということのようだ。
学園は本件を「万が一に備えすぐにでも生徒を退避させる案件」と認識しているが、今回は生徒らに退避指示をだしていない。それは学園に国から害獣を駆逐せよという討伐令が出されているせいらしい。
今回のスタンピードは、いつものそれに比べると格段に勢いが強い。押し出され人里に溢れだそうとしている獣らも、個々ならばさほど脅威ではないし平民でも対処は可能だが、数が増えれば平民の集落など簡単に押し潰される。群れた害獣は小さな村を飲み込む厄災となるから、被害の拡大を抑え込むために少しでも猛獣・害獣を間引いておきたい。要は猫の手も借りたい忙しさだから学生を駆り出すということだ。
未成年の生徒と言えども貴族。平民を魔物から守るのは貴族の勤め。だから戦え、という論法なのだろう。なかなかに興味深い常識だ。
「手数を補うのに雑魚を新兵に掃除させ、副次的に経験値を稼がせてやるという狙いはまぁいい。しかしあの男は総指揮官だろう? 何故前線に出ようとしているのだ」
「全軍の指揮は国王陛下がおとりになります。閣下は挺身隊を率いて最前線の偵察へと赴かれるのです」
「なんだと? 王が自ら兵を率いるというのか?」
「ルベリウス様、貴族の中の貴族たる王族が全軍の指揮を執るのは当たり前のことですよ?」
「…………」
信じがたい。
何という暴論。
軍の指揮を執るなどそんな者は王ではない。如何なる理由があろうとも玉座をあける者に王を名乗る資格はない。
王とは象徴だ。存在することこそが価値なのだ。王に俗事をさせるなど暴挙以外の何物でもない。
――これだから蛮族どもは……いや蛮族なればこそ、か。文化水準が低すぎる。この件だけでも隷属化は確定だ。
「それに閣下はルージア王国最強の魔道士です。偵察くらい何ら問題はありません」
「呆れたな。問題ないだと? 本気で言っているのか? 元帥たる者が? 笑わせるな。奴は今すぐ元帥をやめ一兵卒からやり直すべきだろう。最強の兵士だというなら大尉あたりが適任だ」
「ッ!? る、ルベリウス様、お戯れを」
「戯れであるものか。奴は自分の能力に自信があるのだろう? だからスタンピードとやらの元凶を自らの手で片付けてやろうと考えのこのこ出てきた、そんなところだろう違うか? そう思って出張ってきた先で奴はたまたま私を見つけた。奴が私に同行を無理強いしたのはアンジェリカを介して私を使うためだろ。使いつぶしても問題ない守護天使という駒としてな」
「ご、誤解です! ルベリウス様の同行を閣下が決めたのは、将来有望な生徒に現場を見せるためですよ。なんでも閣下は現地へ移動中の飛空艇からアンジェリカ=リモージュ君の起こした強大な魔瘴反応を観測されたとかで、彼女は将来有望と見込めるから是非見学させたいと仰ってくださったのです。さすがは特待生といったところでしょうか」
「貴様よくもぬけぬけと……もうよい。こうなれば私が直接言ってやろう。そんなに最前線の偵察がしたいのなら自分一人で行けとな」
いい加減にしろこのハゲ。口から糞ばかり垂れやがって。
なにが将来有望な生徒だ。アンジェリカが私を召喚した場にいたお前が、どの口でそれを言うのか。
とはいえ、ただの腰ぎんちゃくに何を言っても意味はない。詰めたところで時間の無駄だ。
問題はあの髭中年なのだ。奴に直にアンジェリカの利用について釘をさす必要がある。
私はベッドから立ち上がると、慌てふためくハゲネを無視しその前を横切る。
恐らくあの髭は露払いができる戦力を欲している。いかに自分の力に自信があろうとも、多勢に無勢という局面に陥っては全力を出し切れぬまま押し切られることもある。奴はそれを理解しているのだ。
奴は雑兵対策にあてる余剰戦力を学園生徒の中に探していた。そこで偶然アンジェリカを見つけた。概ねそういうことだろう。そうに決まっている。
まさに人を人とも思わない狂った身分社会らしい発想ではないか。捨て駒探しも壊れた駒の殉職処理もお手の物というところか。くそったれなゴミどもめ。
寝起きを待ち伏せされ強制参加を申し付けられた怒りもあり、私は不快を抱えたまま勢いよく八つ当たり気味に扉を開け外へ出た。
「――っ!? ……なんだと……」
そこで私は息を飲む。
出た先にあったのは大きな構造体――それは決してこんな場所に存在するはずのない、してはならない代物――であった。
船とは名ばかりの、ごてごてした逆さ台形の巨大構造体。
氷山から削り出したような表面装甲。
全体を覆う流体金属こそなかったが、それは間違いなく、あの宇宙海賊ハードロックらが開発した海賊船【航行虫】であった。




