万神殿の天使④-3-3
目覚めるとそこは見覚えのない部屋。
シーツをかけただけの寝台が等間隔に複数並べられている部屋。
宿泊施設とは思えない。
野戦病院を思わせるこの簡易な空間は、負傷者の治療を目的として建てられたものなのか。
確か私はご主人様を抱えてキャンプまで戻ったはずだ。
倉庫の二階の寝袋にアンジェリカをねじ込んで、私は階段のところで小休止状態で待機していたはずなのだが。
――消耗が思ったよりも激しかったのは覚えているが、いつの間にか半休止状態になっていたのか?
筐体のモニタリング記録は空白だ。
ならばDRF側の記録を確認するか。
と、身を起こした時。
「おや、もう起き上がれますか。流石は守護天使」
そう声をかけたのはいつかのいじめ黙認教師だ。
名前を何といったか。
学園長がハゲネなにがしと言っていた気がするが覚えていない。とりあえずハゲネで登録しておく。
「気が付いたようだな」
新たな声はハゲネの後方から聞こえた。
ハゲネの後ろ、少し距離を置いた場所に椅子に座りこちらを見ている男がいる。
見覚えはない。初見の男だ。
青年期15~24歳、壮年期25~44歳、中年期45~64歳という枠で言えば中年に該当する見た目をしている。
黒い甲冑姿。
切れ長の目をしたロマンスグレー。
口元には髭を生やし、髪をオールバックにした低い渋声の中年。
その堀の深い顔の造形は俳優のようで、高圧的な態度も様になっていた。
「えぇっと、あなた方は――」
「貴様の回復を待っていた。守護天使がマインドダウンとはな。やはり村人なのか?」
私の言葉に唐突に嫌味をかぶせてきた髭中年。
どうやらコイツも貴族なのだろう。この国の貴族は人の発言に発現をかぶせなければ気が済まないのだろうか。
それともそれが平民に対する貴族スタンダードなのか。
だとしても、私がそれに甘んじなければならない理由はない。
偉そうで立場ありそうな雰囲気を出しているが知ったことか。
「お前はなんだ。私に何か用か?」
「ルベリウス様、こちらはヒースジェラルド=フォン=ドルニエ公爵です。ルージア王国軍元帥兼教育機関エルモア翰林院の総長をされております」
いじめ黙認教師が割って入り、目いっぱい高い所から話しかけてくる髭中年の紹介をする。初めて出会った時とは比べようもないハゲネの好意的な態度に虫唾が走った。
――公爵が総長で元帥?
公爵――つまり王族の親類かそれに類する存在。
そんな輩が教育機関のトップに立ち、なおかつ軍のトップ。
これでもかというくらい権力マシマシの人間が単身でこのような場所に何をしに来たのか。何故私の目覚めを目の前で待っていたのか。暇ではなかろうに。
もう面倒ごとの臭いしかしない。
「そうか。随分と装飾過多な肩書ではないか。そんな輩がこの私に何の用――」
「戯言はよい。スタンピードの兆しがある。貴様の力を貸せ」
必殺言葉かぶせで単刀直入に要望を切り出してくる髭中年。
こちらも即
「断る」
と返す。
理屈や理論じゃない。パブロフの犬的なあれだ。
迅速な拒否表明はひとえに感情の産物である。
「……なんだと?」
「お前に助力する義理はない」
何一つ考えていないが故の最速の返答。
横ではハゲネが目を引ん剥いているけどシラネ。
「貴様はこの学園に所属する生徒の守護天使ではないのか?」
「だとしたらなんだ」
「ならば軍の要請にこたえる義務があろう。貴様の主はその義務により本討伐隊に参加する。これは命令である。拒否権はない。勘違いをするな」
見渡せばアンジェリカの姿がない。
命令を受け準備をさせられているからなのか。
ご主人様を先に押さえるとは随分と手回しが良い。
しかし私はこの男が嫌いだ。従いたくない。
「お前こそ勘違いするな。私はただの人間だ。お前たちの理屈など知るものか」
「ただの? ――人間では行使不可能な第三級上位〈万神殿〉の魔法を行使し、その先兵たる見張り衛士すら使役する存在がただの人間だと? ふむ。ならばそれでよい。いずれにせよ貴様の主人は従軍する。せいぜい守ってやることだ」
「その言い草はなんだ? 小賢しい策を弄するというなら私にも考えがあるが?」
要件は告げたとばかりに立ち上がり身をひるがえしこの場を去ろうとする髭中年。
その背中に私は言葉の音圧を高め威圧を投げてやった。
足を止めた髭中年が、その場でわずかに振り向く。
すぐ横でいじめ黙認教師が青い顔になって私を凝視していたがスルー余裕でした。
「やめておけ守護天使よ。貴様の力は見た。私は強者には寛大だ。おとなしく従うなら貴様には相応の便宜を図ろう」
「ほう。というと? 具体的には何をどう融通してくれるのかね?」
「スタンピードの兆しがあると言った。民を守るのは貴族の務めだ。貴様の主人にはこれに対する義務がある。
だが、だからといって彼女を魔物の巣のど真ん中にほうるような真似はせん。と、いうことだ」
「ふーむ。肩書はでかいがジョークのセンスは芥子粒だな」
こんなバカな冗談を言う男が元帥を名乗るとは。そんな感想を抱いたのと同時に、私は自分が何にイラついていたのかをふと理解する。
低文明惑星の住民風情が、私と同じ元帥の肩書を名乗ったことに、私は苛立っていたのだ。
「だが挑発には充分か。お前の挑戦を買おう。現物払いで構わないな?」
「貴様はそこまで安いのか? 売ってもいないものを買おうとするならそれは下衆というものだろう。信賞必罰は武門の拠って立つところである。支度をしておけ」
一方的にそう言い残し、髭中年は私の返事を待たず外へと出ていった。




