万神殿の天使④-3-2
片足で地面を強く踏めば、理力の結界内上下に強烈な衝撃波が巻き起こる。
局地的地震と共に地中深くが揺らぎ、一拍遅れで反発した大地が空へと吹き上がる。
噴き出す土の塊は、異能によってギザギザとしたパイナップルの花の花弁のような形状へと変えられ、迫りくる敵を容赦なく貫く。
鋭利な断層に刺され貫かれ切り刻まれ引き裂かれた肉塊は臓腑と血液を辺りへとぶちまけて、その様子はさながら血の祭典であった。
――そうか。それがお前の奥の手か。
襲い来る残り四体の虎を仕留め、ボスの排除に取り掛かろうとした矢先、DRFのエコーシステム【多視点多層解析】が、こちらへと押し寄せてくる虎の群れを感知した。
その数17――いや、どんどん増えている。
「素晴らしい。なるほど魔物か。確かに、ただの害獣ではないようだ」
圧倒的な物量による殲滅。それは戦術の基本中の基本概念である。
戦争とはその局面に持ち込めるよう戦略を練っていく工程を指す。
つまり戦端が開かれた時には、既に勝負はついているということだ。
害獣風情にその道理が理解できていたとは考えにくいが、保険をかけていたのはまぎれもない事実である。
戦略の視点を持っていた時点で、アレはただの獣ではない。知的生命体だ。
ならばこちらも、それに対して礼儀をもって接せねばなるまい。
「こちらもそちらを過小評価した失礼を詫びよう。ここからは相応の対応をさせていただこう……『スローネシステム。スキルツリーから最適戦術の検出を開始・実行せよ』」
歓待を渋っていては、いつかのチップ未払のごとくケチ臭いと思われよう。
それは貴族としての名折れである。
アンジェリカにもわかるように、ここは私の富裕層ぶりを見せつけてやらねば。
《 ―― ジュダスの騎士の能力〈近未来予知〉が発動! ―― 》
《 ―― スローネシステム〈拡張技能〉――――〈全能なる泉〉が発動! ―― 》
《 ―― K・サブホスト人工知能体〈鎧衣駆動〉――――〈剥離分体〉が発動! ―― 》
装備中の人工知能体が私の命令に従い粛々と手札を切っていく。感情によるブレのないAIの仕事だけあって初手から奥の手を実行するのは清々しいほどに潔い。
私の影からいくつもの黒い枝がにょきにょきと伸びてくる。それらは私が装備していたDRFの原体である。
なるほど、これを一気にまき散らし対処するか。ならば。
「コマンド選択〈八咫鏡の腕輪〉実行」
盛大にやってやろう。
私はナノマシンを剥離消費することで生成する実体を伴う残像〈剥離分体〉に対し、八咫鏡の腕輪の端末を残像に埋め込む。
これで工作艦AIに八咫鏡の腕輪の制御支配権へのアクセスを許可すれば、即席の独立駆動分体群を作戦に追加できるだろう。
‘――使用可能となった戦術案から、オーダーにより適合する戦術を検出。新規プランを検証……確立。作戦を修正します――’
組みなおされた新戦術によるものか、黒い影が私と同じくらいの背丈まで伸びると、分離されそれぞれが虎たちに向かって射出された。
枝は宙で膨らみ人型を取り、それらはいつか見た某王太子の人形よろしく、ただしこっちは古代騎士風の真っ黒全身鎧人形となっていく。
――ん? んん? ……なんだかちょっと、想像していたのと違うのだが……。
お分かりいただけるだろうか。
本来剥離分体で作られた虚像など、撒き散らして視認性を胡麻化すくらいの手品程度にしか用途のないものなのだ。
であるのに、魔術というギミックと帝国科学の粋を結集したデバイスを重ね使う事で、戦術兵器として整えられつつある、気がする。
なんだか今私は、踏み越えてはならないラインに足を乗っけているような、そんな不安がじわじわと胸中に込み上げてきている。
のだが、たぶんもう遅い。
《 ―― スローネシステム〈聖痕技能〉――――〈万神殿〉が発動! ―― 》
“設定完了しました。陰ゲフィオン粒子に特殊干渉するため音声波動による暗号アクセスが必要です。キーワードは――”
モニタリングしていたフィジカルゲージが赤に切り替わった。
これは簡単に言うと筐体にとても重大な負担がかかっているということ。
この状態でシステムに緊急強制停止なんぞかけたら我が身に何が起こるかわからない。ここで止めたらどれほどのより返しが来るか想像できない。
――く、なんでこうなった?! めちゃくちゃ嫌な予感がする! ちょっと調子に乗り過ぎた! 舐めプどんぶり勘定で破産の危機だよ! 私の馬鹿野郎! もう引き返せないけどこれ後で絶対後悔する奴!!
予感はしてももうこの状況では選択権がない。ええぃままよ! と、私はKの用意したカンペをヤケクソでそのまま読む。
「コマンド音声入力。『〈Judicanti responsura Coget omnes ante thronum. Juste judex ultionis Dona eis requiem.(我は眷属を座前に集める。我に仇なす蒙昧なるものどもに裁きをもって永久の安息を与えん)〉』実行」
スキル発動――直後、黒い雨が降り注ぐ。
その正体は、全ては私から分離したDRF〈剥離分体〉の変異体だ。
空から降下した影の兵士たちが、虎たちに取り付き、抱き着いて、その身を締め上げている。
影の戦士着弾と共に虎たちの首元深くに差し込まれたのは、影の戦士が一様に右手にもっていた小剣だ。
影の戦士たちはその両足で虎の胴体を挟み込み、暴れまわる虎から振り落とされないようバランスを取りつつ、少しずつ小剣をずらしながら虎の首をねじ切っている。
ボス虎に至っても複数体の影戦士によって取りつかれ、今あげているのは遠吠えではなく獣らしい断末魔のような息遣いだ。くわっと見開かれたその目には冥府の門が映っていることだろう。
――なんというか……消費コストのわりに地味だな。絵面が。
なんというか、蛮行。
なんというか、原始的な戦い。
ぱっと見獣が獣を狩り殺しているかのようなシチュエーション。
その様は荒々しく憎々しい。我が分体ながら「鳴け! 吠えろ! 絶望して死ね!」という声が聞こえてきそう。
彼らが執拗に剣をグリグリすることで、その切り口からゴポゴポと噴き出す血が大地に血だまりを作っている。一部始終を目撃していたアンジェリカにとっては――もしかすると彼女に恐怖を刻み込むダメ押しになったのかもしれない。
私はアンジェリカの元にゆっくりと歩み寄る。
「少々スマートさに欠いた処置だったが、どのみち晶石を取り出すのだし、このまま解体をすすめ――っておい、ちょ、どうしてお前が気絶するのだ?」
そうして私が彼女に話しかけた途端、アンジェリカは急に意識を失いその場に崩れ落ちた。
――何故オチる?! 私が命令を無視して話しかけたから――というわけではないだろうが……。
解せぬ。
普段平民は死んでもいいと公言しているくせに、たかが獣の解体ショーくらいで心の平静を失うとは。
――なんて軟弱……いや、待てよ。もしかすると、新兵に時折見られる安心による脱力、という線もあるか。実戦経験はなさそうだったし……はたまた講義でいっていた魔力欠乏症とかいう可能性も。
オチた原因がわからないので下手に起こすのもためらわれる。
私は気絶してしまったご主人様をどう扱えばよいか悩み、半ば途方に暮れつつ、無意識で大きなため息を吐き出してしまった。
「いずれにしても、護衛対象を最後の最後で気絶させてしまったことに違いはない。このガキ、一矢報いおった。私のパーフェクトゲームに味噌をつけおってからに」
外傷無しで守り通すも、心に傷を与えた疑いでミッションは失敗判定。
非常に遺憾である。




