万神殿の天使④-3-1
剣歯虎( Saber-toothed cat) 7体
剣歯虎 1体
二体虎を潰したところで真打ちが近づいてくる気配を感じた。
「でかいのが来たわ。色が少し違う。きっと群れのボスだわ!」
「心配ない。護衛は完遂する」
「ごえい? 馬鹿なの!? 逃げないと――」
「動くんじゃない!」
「ッ……」
「ぁ。いや、大丈夫だ落ち着いてくれ」
らしくない。
ゲームを邪魔されたくないという気持ちに思わず声を荒げてしまった。
「君が私を頼りなく思っているのは理解しているが、ここは私に任せてくれないか? 私は君を守り切る。約束しよう、絶対にだ」
怖がらせてどうする。
私はアンジェリカに落ち着きを説きながら自らをクールダウンさせる。
この程度の修羅場など修羅場ではない。だが味方の行動次第ではどうなるかわかったものではないというのも現実である。
このイカれた糞ガキが半狂乱で逃走なんてしようものなら難易度が跳ね上がってしまう。それは避けたい。パーフェクトゲームのためには。
私はアンジェリカの瞳を暫し見つめてから視線を虎たちに戻す。
――っ。統率慣れしているな。
ボスが出てきたことにより群れ全体が混乱から回復し、体勢が一気に立て直された。
その動きはまるで訓練を積んだ兵士らのよう。思わず半瞬二度見したほどだ。
――これは野良の獣の動きじゃない。
一連の動きから、この虎たちが集団で狩りをすることにとても慣れているのがわかる。
今までの動きは私をみくびっていたからだろう。奴らは今、私を脅威であると正しく認識した。
――惜しむらくは、それでもまだ敵戦力を過小に評価している点か。
ボス虎は、害獣風情にしてはかなり知恵が回る個体のようだ。
仲間を締めに来たタイミングも冷静に戦況を観察していたことを裏付けている。
ボスが中心となった群れ全体による有機的な連携は、護衛対象を無傷で守るという目標の達成確立を大きく削ぐだろう。
――その立ち振る舞い。伝わってくる覇気。微塵の恐怖も見られない。勝利を確信しているわけか。
部下が為すすべなく倒されたのは想定外だったはずだ。
にもかかわらず勝機ありと反撃を選択したのは、一体如何なる理由によるものなのか。
――お前の積み上げてきた経験による自信か。それとも引くに引けぬ長の矜持か。あるいは、若さか。
「さぁ見せてみろ! 根拠の答えを!」
――〈鼓砲〉――
私は拳で虚空を打つ。
ゴウッ! という空気が歪む音とともに、射線上にいた虎一体の眉間が割れ顔が潰れた。
獣たちがビクンと体を震わせ目を見開く。
「人を見る度思い出せ。お前たちの目の前にいるのは――」
――〈鼓砲〉――
「死だ」
――〈鼓砲〉――
私の拳が幾たびも虚空を打つ。
その度に射線上にいる虎の眉間が割れ顔が潰れる。
私が攻撃モーションに入ろうとした瞬間ボスは鋭く吠え、虎たちも一斉に間合いを取って横にはねたが、すべて無駄だ。
三体の亡骸が増えただけである。
虎たちは発狂し断末魔とも取れない悲鳴を上げて必死に転がりながら後方へと逃げていく。
「逃がすものか……よ?!」
勝負あったか? と、追撃の一撃を加えるべく私がもう一度拳を引いた時だ。
『アオオォォォォォォォォォォォォォォォン!!』
ボス虎が今までの中で最もけたたましく鳴いた。
するとどうしたことか。その途端間合いを取るために離れていった虎が、急に踵を返してこちらへと一斉に向かい始めた。
不自然過ぎる挙動。体の動きにしなやかさがなくなり、逆に体中の筋肉をこわばらせているかのような固い動き。
まるで何かに操られて前進を強制されているかのような、統率された行進というよりは無理やり群舞をさせられているかのような。
それでも、その先には――アンジェリカが。
――違和感はあるが狙いは及第点。獣にしてはだが。
虎たちが本来取るべき戦術。それは私の相手ではなく、最も弱い獲物をしとめること。
獲物を全力で自分たちのホームへと持ち帰ることこそ野生動物らの基本戦略にして狩りの鉄則であるから、この判断は修正案としてはわからんではない。遅きに失していると言わざるを得ないが。
欲をかいて失敗した。そう理解し、そして出直せないところが人と獣の違いだ。
――恐怖体験だけで勘弁してやってもいいかと、思っていたのだがな。
私は新しい手札を切るために構える。
何度も何度も遠吠えを続けるだけでその場を動かないボス個体の真意はつかめなかったが、わき目も降らず突進してきている虎たちを放置することはできない。
《 ―― ジュダスの騎士の理力〈フォーム:竪琴領域=覇力〉が発動! ――
――領域内に於いて〈制想剛心〉の効果を得ます。
――領域内に於いて〈明鏡止水〉の効果を得ます。
――領域内に於いて〈位相視界〉の効果を得ます。
――領域内に於いて〈狂騒誘引〉の効果を与えます。》
――〈帝国式武芸術裏弾勁・刈蹴脚極意・聖鸞〉――




