万神殿の天使④-1-3
食事休憩を終え再び移動。
道中車内はひどく揺れた。
簡易な構造の馬車が舗装されていない道を進むのだ当然だろう。
それでも二食分食べたからかアンジェリカは睡魔が勝ったようで、こんなガタガタ揺れる環境にもかかわらず事前に持ってきていた厚めの座布団を尻に敷き仮眠していた。こんな環境で仮眠できるとは驚くべき耐性だ。あんた大物だよ。
ちなみに私の分の座布団はない。そんなものがなくとも私の肉体は苦痛など感じないのだが、私はあえてこの地の普通の人間を演じるため時折その場に立ったり座ったりを繰り返した。
途中何度か目を覚ましたアンジェリカがそれを見る度に暗い笑みを浮かべるのだが、私はそれに気が付かないふりをした。彼女には深く関わらないことこそ最善と思えたからだ。
そうこうしているうちに着いた先はいくつものログハウスが並ぶ簡易基地である。
広場には先行して現地入りしていた生徒たちが迎えに出てきていた。彼らは到着した実習を共にするグループメンバーに挨拶をしているようだ。
アンジェリカのグループメンバーは何処だろうか。人の集まりを眺めるが誰かがやってくる気配はない。
「君はどこのグループだ?」
「君じゃない。ご主人様」
「……ご主人はどこの――」
「様」
「……ご主人様はどこのグループでしょうか」
なんて面倒くさい女だろう。格付け厨かよ。
「私は、今回はポーター実習よ」
「ポーター? 実習とは? それはグループを組む前にやる事なのか?」
「う、うるさいわね、見てればわかるわ。あなたは荷物を持ってついてきなさい」
さっさと馬車から降りたアンジェリカを目で追いつつ、私は自身の身の丈ほどもあるバックパックを背負う。
彼女が入っていったログハウスは、学園が用意した二階建ての荷物置き場だ。
一階の区分けされたスペースには所狭しと荷物が置かれている。
階段を上がった先は一階の半分もない居住空間となっていた。
天井も低い。ロフトを思わせるつくりである。
よく利用されるのか掃除はされていて、ベッドはないが寝袋で寝る分には不自由はなさそうだが。
「今日はここに泊まるわ。あなたは階段付近にいなさい」
そういうとアンジェリカはバックパックを置くよう指示する。
私がそれに従うと彼女は置かれたバックパック引き摺って部屋の一番奥へと移動した。
なるほどこの部屋の奥が彼女の陣地か。
彼女の行動を見ながらふと、私はどこで寝ればいいのかを考える。
「ご主人様。私はどこで寝ればいいんだ? 寝袋はどうしたらいい?」
「寝袋? あんたの分なんてあるわけないでしょ。あなたはそこに待機。寝たいならそこに転がってれば? いちいち言わないと分からないの?」
「…………。すまない。了解した」
寝袋は二つ入れてあるのだが、この女はそれを私に使わせる気がないらしい。
なるほど守護天使とやらには、どうやら人権がないようである。
◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
十八時には共用食堂で夕食が用意された。
私はアンジェリカとともには食事することが許されず、彼女の食事が終わってから共用食堂の使用人待機部屋の隅で、他の生徒たちの使用人とともに主人らの食事よりもさらに質の低い食事をとった。
――味覚嗅覚を無効化しても咀嚼の感触が気持ち悪い。とはいえ、触覚まで無効にすると舌を噛むかもしれんし、痛しかゆしだな。
私は心を殺して従者役に徹する。
そうして食事という苦行から帰ると、部屋の奥に簡易カーテンが引かれていた。
布を洗う水の音がする。
アンジェリカが体を拭いていたのだろう。
ランプの明かりが彼女の裸の影をカーテンに落としていた。
「……ご主人様、ただいま帰りました」
帰ってきたことを伝えるため声をかける。
「もう少しで終わるからちょっと待ってて。終わったら水を捨ててきて」
全裸でも恥ずかしがる気配は皆無。
羞恥心がないのか?
いや、あれだけ服を大量に持ち運ばせたのだ。羞恥心がないどころか、むしろ過分なはず。
ということは、やはりこの女は私を人間と認識していないのだ。
せめて自分の断崖絶壁加減を理解しその裸身に価値がないという自覚の元の行動であったなら私も幾分優しくなれたかもしれないが。
私はこの女にとってはいよいよただの小間使いか。
――我慢。我慢だ。子供の言うことではないか、何を目くじら立てることがある。このくらい大したことではない。
私は辟易しつつも、短く是の返事をした。




