A Maging③-2-3
学園の敷地を出て、地図を見ながらとぼとぼと歩く。
学園前には大きな通り道があり、そこかしこを馬車が絶え間なく行き来している。
教えてもらったルイーザの酒場は、学園からそんなに離れていない場所にあった。
レンガ造りのしっかりとした三階建ての建物で、大きな看板がかかっていたからすぐに見つけられた。
かなり大きな建物だ。学園の食堂くらいある。
木製の古めかしい扉を開けて中に入れば、そこはとてもシンプルな空間。
学園の食堂にあったようなアンティークの類はなく、中には大きめの丸机と切り株のような椅子が不規則に幾つかあるだけ。
ただ、人はものすごく多い。相席上等状態だ。
「ここはルイーダの店。旅人たちが仲間を求めて集まる、出会いと別れの酒場よ」
奥のカウンターへと進み、受付と思われる中年の女性に声をかけるとやや機械的なセリフが返ってきた。特に深い意味のない「いらっしゃいませ」的な挨拶文句なのだろうか。
「何をお望みかしら?」
「学園長の紹介できたのですが――」
「じゃあ念の為、今の状態を冒険の書に記録するわね」
女性は手を出し何かを求めてきた。
紹介状かと思い、それを手渡そうとすると。
「そう。じゃあ二階の登録所で登録してからまた来てね」
女性は紹介状をかわしてカウンターのわきにある上り階段を手で指して笑顔。
これ以上話すことはないと暗に言っている笑顔だ。
――ふむ。事務は二階でやっているのか。
ちょっとびっくりしたが女性の意思は伝わってきた。
冷静に周りを見渡してみれば確かに見た感じ一階は食堂のみで、登録書類のやり取りができるようなスペースはなさそうだ。事務処理したくば他へ行け、ということなのだろう。
私は言われるがまま二階へと続く階段へと向かう。
階段を上り切ると正面には扉があり、そこには文字が書かれた看板がかかっていた。
【愛国者ヘイゾウが経済学で景気を盛り上げる・派遣のお仕事を探すなら人材派遣会社の〈パシリ(PASILY)〉】
ちなみに使われている文字はエウロピア星系のブリタニア語に酷似している。
――そういえば学園の外に出てから聞こえてきたのは、すべてブリタニア語だった気がする。
ブリタニア語は帝国共通語に近い。帝国共通語を習得してさえいればなんとなく意味も分かるし読み書きも出来るのがブリタニア語だ。
だが帝国共通語から自然に派生する言語ではない。訛りとは異なる。
言語にはひな形が必ず存在する。いかに世界で最も簡単と言われるブリタニア語といえども、どこからともなく自然と生まれるようなものではない。
もしかするとこの惑星は、過去に銀河辺境勢力の支配下にあった時代があるのかもしれない。
そこをその後に、帝国に連なる勢力に征服されたことがあるのではないか。
学園内は全員が帝国共通語を使っていた。そして彼らは例外なくこの国の貴族の子らだという。
支配階級の言語改革が強制され、しかし庶民にまではそれが及ばなかったというのは歴史でもよく見られる話だ。
蛮族共の国だと思っていたが、このなり様には公にされていない何らかの秘密が隠されているというのか。これはもう一度図書館に行って調べものをしなければならないな。
なんてことを考えながら、私は扉を開く。
――手続きはここで行うに違いないな。
そこにあったのは戸棚書類がずらっと並び立つ事務所っぽい空間。下とは雲泥の差だ。
私はカウンターに座っている受付の女性に声をかけた。
「お忙しいところ申し訳ありません。わたくしルベリウス=ヴェリサリウスと申します。オズ=スガワラ様から紹介いただきましてやって参りました。ルイーザの酒場様のご担当者様に少々お時間をいただきたく、よろしければお取次ぎをお願いしたいのですが、ご都合の良い時間帯などお伺いできますでしょうか?」
「でも あなたには なかまに できるひとが ひとりも いなくてよ?」
――……ん?
受付の女性の言葉がちょっとおかしい。
言語がどうとかいう問題ではない。
訛り、という言葉では片づけられないほどの齟齬がある。
「あの、こちら、学園長の紹介状でして。書面を確認いただいても――」
「2かいの とうろくじょで なかまに したいひとを とうろくしてから またきてね」
――……ん??
壊れた人形か。
例えるならそれが一番感触として近い。
どういうことだ?
姿かたちは人間に見えるが。もしかして高級セクサロイドかなにかなのか?
うーむ。困ったな。どうしよう。
下に戻って事情を説明してみるか?
などと思案していると。
「ルベリウス様でございますね。オズ大知事閣下より連絡を受けております。どうぞこちらへ」
急にカウンター横の扉が開き、そこから男性が体をのぞかせた。
なんだよ人いるじゃん。
今のやり取りなんだったの?
――何の試練? 何のテスト? もしかしたら求人面接みたいなのがすでに始まっているのか。
摩訶不思議な対応に疑問を浮かべつつも、私はとりあえず言われた通りにカウンター横の扉へと進む。
部屋に入ると、そこには殺風景な会議室、といった空間が広がっていた。
「どうぞ。そちらにおかけください」
まず目に入ってきたのは中央に横たわる大きな長机。
その周りにおかれた沢山の背もたれのついた木の椅子。
担当者はその中央当たりの椅子を指している。
「あ、はい」
私は促されるままに椅子の一つに着座すると、彼はそのまま隣の部屋へと消えていった。
そうして待たされること数分。
先ほどの男性が隣の部屋から両手に荷物を抱えてやってきて、長机を挟んだ私の対面側の立ち荷物を下ろす。
「こちらが、レシピの詳細を記載いただくための冊子と筆記用具です。それとこちらの冊子が、今出ている依頼をまとめた書類で、こちらがこの度鑑定いただきたい魔道具となります」
左、正面、右、と、大まかに置かれた荷物に私は困惑する。
あぁ、結構詳細に話が通っているのか。
確かにレシピがあれば酒場で買い取るような話をしていたし、冒険者ギルドとやらで素材を集めに行くのがどうとかとも言っていた。
素材を集めに行くというのは、野生動物を狩るということだったか。
私は何気なく真ん中に置かれた紙束をパラパラと読んでみる。どうやらこれはこの惑星に現存する植物だの動物だのについての情報がまとめられたもののようだ。
どの部分が必要な素材か、どんなものが貴重か、納品するにはどういう処理を行うべきかなどという情報が網羅されており、それぞれの素材がどのような用途で扱われるかなんてことまで細かく書かれている。
「レシピについては、情報の秘匿のためこの場での記述をお願い致します。それと、こちらで用意した書類はすべて重要資料となりますので、持ち出しはご遠慮ください」
「え、っと。わかりましたが、レシピの記述にはそれなりの時間がかかってしまうかと――」
「大丈夫です。そちらについては数日に分けて記述いただいて構いません。なんでしたら徹夜で書いていただいても対応させていただけます」
「……そうですか。わかりました」
徹夜で書けとはさすがに冗談だろう。
まぁ私の知っているレシピに値段が付くかは何とも言えないので、これについてはのんびりやっていこうか。
「こちらにご用意いただいた資料については、すべて目を通しましたので片づけていただいても大丈夫です」
私は最後まで読み終えた真ん中の資料を担当者へと差し戻す。
「え? え? ……こちらは、お受けいただけないということでしょうか?」
「いえ。すべて記憶したということです。暗記は得意でして」
「はぁ。その……左様ですか。承知いたしました。流石は学院の特待生様ですね」
素材関連資料はすべて記録した。ぱらぱらとめくっただけなのでこの担当者には理解も納得もできないだろうけど、しかも正確には記憶ではなく記録なのだけど、説明には長い時間がかかりそうなのでスルー。君には知る必要がないということだ担当者君。
「それでですね、レシピと素材資料についてはわかるのですが、こちらの品は?」
「あぁ、これはですね、うちに持ち込まれた魔道具なのですが、今まで鑑定することができなかった品々でして……あの、オズ閣下からは、ルベリウス様ならわかるものもあるかもしれないと聞いているのですが、何か行き違いがございましたでしょうか?」
「あ、えぇっと――」
「もちろんスガワラ閣下からのご依頼ですので、それなりの報酬をご用意しております」
「わかりました見てみましょう」
行き違いどころか何一つ聞いてないよ。初耳だよ。
とは思ったが、そこは突っ込まない。
仕事をくれるというならいいじゃないか。
金を恵まれるのは勘弁だけど、仕事を振ってくれるというのならありがたい。
しかもそれが楽なものなら尚良し。
私は雑多に置かれたがらくたどもを一つ一つ見ていく。
――おぉ、そういうことか。
それらは一目で文明の利器だとわかるものばかり。
あの爺さん。さては私が、自分たちよりも高度な文明に精通しているだろうと辺りをつけたか。会話の端々にそれを読み取れる部分はいくつもあっただろうから、それ自体はさほど驚くようなことではないのだけれど、サプライズで仕事を振ってくるあたり茶目っ気がひどい。
「これは、カメラですね。こっちがセンサーか。それでこれは……携帯情報端末で。とするとこれは、バッテリーですね。随分旧式だな。で、こっちの丸いのは……ん?」
一つだけ明らかに異質の物体を見つけ私の手が止まる。
――……っ?! どうして、これがこんなところにあるのだ?
つるつるの球体。ラメ入りの素材。一見何ものかわからないそれは、しかし軍では見慣れするほどに見る機会のある基本装備だ。
――これ、思ったより早く帰れるかもしれん。
私の見つけたそれは、銀河帝国軍の非常用装備、救難信号発信装置であった。




