A Maging③-2-1
アオイ中将の資料では、魔法は形而上学に分類されるらしい。
例えば面を象る直線は何処までも伸ばせるものであり、どこまで直線を伸ばしても平面は何処までも平らであり、対となる直線は何処までも並行である。我々はそれを直感的にその空間の在り方を納得できるが、しかしそれこそ決して実在することのない幻想である。
何言っているわからない奴用ようにざっくりいえば、絵に描いた餅は餅だって理解できるけどそれただの線の集合体ですよねってことだなちょっと違うけど。
だが実際の魔法は無秩序な力では無い。
無から有を生み出すという質量保存の法則を一見無視しているように見えるそれも、何らかのからくりを隠している。
その一点から、魔法はかろうじて形而上学ではなく科学の域にあると言えるだろう。
そしてそのからくりを作動させる秩序こそが、つまり魔術である。
この概念の理解には相対性理論のすべてを理解する時に用いられる独特な感覚というか、第三の目が必要な感じだな。私にとっては。
アオイ中将の寄こしたエッダ星の魔術概念の資料だけでは理解できなかっただろうと思う。この星にある情報――ここ数日の図書館漁りでようやくここまでたどり着けた。
で。
概念の次は実用についてだ。
この星の魔術とやらは、体系別に大まかに分けると、共通魔法、特質魔法、血統魔法の三つとなるらしい。
共通魔法とは、魔力を持つ者が最初に身に着ける基礎的な力を指す。
魔力とは、アオイ中将の分析で示された通り、惑星に満ちる謎粒子を取り込んだ生物の中で変質した謎粒子のことと思われる。
生物の中で生成された謎粒子はある法則によって可動性を持ち、魔術によって外へと吐き出される過程で、惑星に満ちる謎粒子と混合し奇跡となってそこに事象の改変を起こす。
エッダ星系8番惑星にもあるその謎粒子の名前は【ゲフィオン粒子】と命名されているようだが、それと同じものだろうと思われる。なので私もスローネシステムのライブラリにはそう登録した。
今後は外界に満ちる粒子を【陰ゲフィオン(現地民が魔素と言っているもの)】、生物に取り込まれ変質した粒子を【陽ゲフィオン(現地民が魔力と言っているもの)】と区分する。
元々これらはエッダ星を取り巻く非活性粒子の名であり、その出典は生命の運命を司る女神の名前であるらしい。ちなみに命名者は帝国軍某技術部とのこと。
「学園長の依頼で来た」
自治都市・緑の都、学園都市ツクヴァには学術の発展開発、学問の結集を謳うだけ有り、この国には諸外国に比べると桁違いの数の資料館が点在する。
その中でも最大の資料館ディアレクティケー図書館。
その日、私はディアレクティケー図書館地下にある魔術練習場に招かれていた。
先日の約束を果たすため、スガワラが都合をつけてくれた魔法のエキスパートというのが彼女だ。
「初めまして。ルベリウス=ヴェリサリウスです。本日はよろしくお願いします」
「クロエ=ラピュセル。案内する」
ボブショートヘアのメガネを掛けた色の白い華奢な体つきの少女は、一見そこいらの学生と変わらないように見える。
しかし彼女はこの学園きっての天才術者で、特待生にして教員資格さえ持っている才女であると学園長のオズが太鼓判を押した学生だ。
でもさ。
天才なのはまぁこの際いいんだけど、ちょっと口数が少なすぎやしませんかね。
こっちが挨拶してるんだから挨拶くらい返そうよ。ねぇ、幼児じゃねぇんだからさぁ。
どこの世界でも天才って変わっている奴ばかりなのかな。
キャラ付けせずにはいられないのかな。
それとも変なキャラがつくような人間だから天才なのかな。自閉症スペクトラム障害だっけ? 知らんけど。
「はじめに魔力制御」
独り言を呟きながら彼女が見せてくれたのは、自身の身体を強化する強化術だ。
「身体の各所。そして全体」
術の行使はいとも簡単になされた。
彼女が拳を強化しそこらの石を殴りつければ石は簡単に砕け散る。
彼女が足を強化し軽く跳躍してみれば、その高さは楽々と三メートルに届いた。
ただの人間が魔術一つで帝国のパワードスーツを着た兵士に匹敵する能力を見せたことに私は驚愕した。
この力やばくない? 気分次第で大立ち回りできちゃうってことだよね。
常時武装状態と変わらないとか、こんなの歩く危険因子でしかないのだが。
「これが戦闘姿勢。強化術の強度をヒットポイントという。この力が貴族と平民の差。これを維持したまま、次は放出術」
次に彼女が見せてくれたのは、自らの身体を媒体として【奇跡の印章】なる仕掛けに魔力を流し遠隔攻撃をする放出術というものだ。
彼女はグローブをはめた掌から火炎を出したり、腕を振るうことでつむじ風を起こしたり、両手いっぱいに氷の粒を生み出したり、両手を地につけることで足元の土を隆起させたりという奇跡を披露する。
その光景はさながらファンタジーなフィクション映画である。
自分の眼で事実を確認してしまえば、さしもの魔法信じたくない派の私といえど唸る事しかできなかった。
「操作術はこれらを応用する」
クロエの解説によれば、完結した物理現象概念を一つの固有イメージとし、それを何枚も重ね合わせ目指すイメージへ近づけるため削る作業を操作術と呼ぶらしい。
クロエは出した火炎を燃え盛る火球にして浮かべて見せ、それを遠くの訓練用案山子めがけて投擲した。その途端、案山子は大きな音とともに爆散する。
事前に説明されはしたが、何をどうしているのかなど見ただけでは何一つわからない。
グレネードランチャーを思わせるその破壊シーンに私はただただ脅威指数を上げるばかりだ。
「制御術によって魔法静物を組み上げ、安定した静物に固定し世界に定着させるのが具現化術」
今度は地面が光りそこに土が隆起したかと思うと、盛り上がっていく土がどんどん人型の姿にかたどられていき、やがてそこに土人形が現れた。
――これは見たことがあるな。
土人形はいつか王太子エンデルクが見せたような武者と同じような挙動を取る。
なるほどあの王太子、ああ見えて実は高度な術の使い手であったのだな。
「最後は血統魔法。私の使える血統魔法は、時空魔術。『グレイステメイルドレイカメルレイ』」
話す時の音声とは明らかに違う歪んだ一声が彼女の口から発せられると、作り出したばかりの土の案山子が一瞬闇に飲み込まれ、次の瞬間訓練場の端に現れた。
「っ?! 今のは……?」
「空間転移。視界の範囲内であれば任意に対象を空間ごと入れ替えられる。
【古代魔道具】を用いた【儀式吟詠】を行えばもっと色々できる。
例えば一度行ったことのある場所なら一瞬で移動可能」
「それは……凄いですね」
転移。
質量を一瞬で移動させるという物理法則を無視した――魔法。
「そう。だからこれは秘密。学園長の要請だから特別に見せた。
貴方にはこの秘密を守ってもらう」
「わかりました。口外しないと誓いましょう」
「それなら、いい」
確かにこんな魔法が使えると知られたらその身を危険にさらされてもおかしくはない。一瞬で遠い距離を移動できる能力など欲するものはいくらでもいるだろう。
秘匿するのもうなずける話だ。血統魔法がここまで有用なものだとは思わなかった。
「私は、家庭の事情で学園長の庇護下にいる。もし私に何かあったら、学園長はあなたに助力を要請する。
あなたはその条件を飲んだと聞いた」
「それは、有事の時の協力の取り決めのことですか。話は確かに受けたが――」
「魔術は万能ではない。私は非力」
「……なるほど?」
有事協力って災害時の支援活動や物資援助だと帝国の常識で考えてしまったがどうやらそれだけではないようだ。民度の低い文明に鑑みれば人同士の些末ないざこざも有事と指しえるのか。
――家庭の事情で暗殺や誘拐されかねない立場の血統魔法少女か。私とのコネクションを得るためだけに血統魔法の情報開示に首肯した……すごくモヤモヤするのだが。
でも今から難癖をつけるのはどうだろうか。
そういうのは想定していなかったとスガワラの元へ抗議に行くか?
いや、そういうのはちょっと、なんか恥ずかしい。
帝国の元元帥として、辺境領の王として、一度頷いたものをこちらの思慮不足で翻すというのは威厳に関わるというか、格好悪いというか、プライドがムズムズする。
――でもなぁ。厄介ごとは消せるなら消すに越したことはないしなぁ。
などと私が考え込んでいると、「ミスター」とクロエが小さく呟いた。
「……なにか?」
「……特質魔法は、魔術ではない。あれは生まれつきの異能。だから見せられない」
あぁ。そういえばそんなようなことを学園長が言っていたな。
特質魔法とは奇跡を変質させる特性を指すもので、厳密には魔術ですらないと。個人に生まれながらに備わった権能【宿星】を指して言うとかなんとか。
つまり特質魔法とは本当の意味での魔法であって魔術ではないと。
「それは聞いています。今日は貴重な体験をさせていただき有り難うございました」
であればクロエから得られる魔術の情報はここまでだろう。
そう思い私は早々に礼を述べる。
「…………」
「? ……あの、なにか?」
が、クロエはこれでお開きだと暗に告げた私に不思議そうな顔を向ける。
「…………」
「…………」
「……なんでもない」
「そうですか。それならいいのですが」
「…………」
「…………?」
「ではミスター。私は帰ります」
「はい。ありがとうございました」
「…………」
「…………??」
なんだろう。
黙って見つめてくるこの女の意図がわからない。
何かを諭すような――本当にそれでいいのか? と目が言っているような。
しかし私には、彼女が何かを求めているのか皆目見当もつかない。
――えっと、なんだろ。……もしかすると、チップの要求とか?
私はこの時初めて、自分が無一文であることに気が付く。
しまった。そこまで頭が回らなかった。そういう文化があるのか。いかん、今の私は文無しだ、チップを渡すにも現地通貨を持ち合わせていない。やばいどうしよう。
「あ、えっと、すみません。私、この地の貨幣を持ち合わせていなくてですね――」
私が困っていると少女はふっと踵を返し、そこからは振り返ることなくそのまま去った。
あちゃー。
やっちゃったよ。
これ、絶対ケチな人だと思われたな。くっそ。恥ずかしい。




