幕間② メンヘラ補完計画
その後私を取り巻く環境は著しく変化した。
まず私の扱いだが、私はアンジェリカの魔術によって偶発的に招かれた「古代文明時代の魔術師を依り代とした守護天使」ということになった。
この地の長スガワラ曰く、私の使って見せた力はこの惑星に伝わる神話の魔術に近く、この星に伝えられる守護天使の権能とするならば、かろうじてその理解をこの地に住まいし住民に広められるだろう、とのことで、その主張に乗っかった対応だ。
この結論については、自分がただの「違う星系の住人に過ぎない」という説明をした私としては忸怩たるものがある。納得できていない。異星人差別甚だしいと声を上げたい。
だいたい私には、何故私の異能が「守護天使の権能であれば納得できる」のかが全く分からない。根拠が根拠として成立していなく思える。
だって天使だよ?
天使って、裸に薄衣一枚まとって背中に羽はやし頭に輪っか乗せた奇天烈仮装なド変態人型だよ?
なんで天使なら納得できるんだよ。そもそも肉体を持った天使とかあり得ないだろ常識的に考えて。それは天使ではなくペテン師だよ。
人という括りな分、村人扱いの方がまだマシというものだ。
つまり彼らは、自分たちと違うから私を人間として受け入れられない、と言っているのである。
とはいえ。
その提案だけが事態を丸く収められる最も早い方法で、それ以外だと不便が続くことになるとこの地で一番頭のよさそうなスガワラが言うから、仕方なく私が折れた。
スガワラは私の話を理解している。
そのうえで、彼は私の使った力がここ【ストウ大陸】の魔術の概念からかけ離れ過ぎており、その概念をこの地に住まうものには理解できないと主張したのだ。
であればもうどうしようもない。今から原住民に教育を施すなんて非現実的だし、そんなことはやってられない。
そもそも私が今一番欲しているのは行動の自由であり、私に対する理解ではない。この地で安全に、自由に動き回れることのほうが私にとっては重要だ。この星を脱出する方法を見つけ、故郷へと帰ることこそが私の主目的であるのだから。
存在だの呼び方だのそういう形而上学的な話はこの際どうでもいいよ。
首輪を嵌められたままアンジェリカのお守りさせられるのには抵抗があるが、その魔術はスガワラの権限や能力でも解けないというのだからそれも諦める他ないし。
「お話を伺うに、守護天使は人にあらずと聞こえるのですが」
「なるほど、ルベリウス殿のご懸念はわからいではありませぬ。ですが、この地には少なくない数の亜人がおりますれば。天使と人間のハーフという説明で周りは納得しましょうや」
「亜人? ……いや、そもそも人の枠をはみ出している人型にあなた方は華族という待遇を許されるのですか?」
「然り。すべての亜人を認めるというわけではありませぬが、天使と人のハーフであるならば、教会などは喜んで受け入れましょうなぁ。儂が身元を保証すれば尚の事」
この老人は学園の長という地位の他にこの地の知事も兼任していたらしく、なかなかの強権を持っていたらしい。
彼が私の後見人となり、私に華族待遇という身分を保証してくれるというなら、それはなかなか悪くない提案に思えた。
貴族じゃない人間は殺してもいいなどという頭のおかしいこの国で、いちいち非貴族を理由に攻撃されるのではたまったものではない。そのうえ法律が歪んでいるから、反撃で殺しても正当防衛にならないとか鬱陶しすぎる。
守護天使を引き受けることで貴族の格を与えられるというなら、従者役継続というデメリットを差し引いても結構な利益がある。いたずらに死体を増やすことを回避できるというのも互いにとって大きなメリットだろう。
「華族待遇となれば、学園内の敷地に限ってはどこへでも大手を振って歩けますぞ」
「そうですか。ということは、例えば図書館のような、この惑星の文化を知る資料を閲覧などしても?」
「おお、そういうのにご興味があられますか。わかりました。儂の権限でそのあたりも自由に致しましょうかのう」
「それはありがたいですね」
学園都市のすべての資料の閲覧許可。
私としては現地の都合など知ったことではないのだが、魔法についての情報を集められるのは大きい。
老人の大盤振る舞いの意図は不明だが、図書館の閲覧許可は罠であったとしても食いつきたい魅力がある。罠だったらその時また考えればいいか。
そうして我々の初会談は最後に、私と、その主人たるアンジェリカへの学園内における便宜について老人に説明され終了した。如何に学園内の生徒間で身分の上下が問われないとはいえ、私は王子を殺害しようとした危険な守護天使である。それをもみ消すという説明だ。
今回の事件は、私を歓迎するために金髪少年エンデルク王太子が開いたささやかな交流会の余興、という事にすり替えられるらしい。
つまり表向きには、私とエンデルク王太子が親睦を深めたという体である。これで事件を直接見なかった生徒たちにも、スガワラに特別扱いされている私は、王太子も目をかけるほどの重要人物という情報が広まるとか。
ふむふむそうきたか。
あくまで問題を荒立てず、隠蔽し、穏便にと。
まぁその余波で私の召喚者であるアンジェリカへのいじめも抑止され――いや、そこまでは無理か。
いじめは収まったとしても表面的なものにとどまるだろう。
コミュニティに積まれてきた反感というものは、そう簡単に払しょくできるものではない。
いじめとは、人が集団化した時に生理的に起こりえてしまう一種の浄化作用である。
誰もがいじめを否定しながらいじめの発生を防ぐことができないのは、それが人間の本能に起因する欲求を元にした行動であるからだ。
特に人とは知らないものを恐れる生き物であり、異質なものを排除したがる生き物でもある。
アンジェリカには誤解を増長させる要因がある。
学園という人の集団によって作られている世界で生きていくのなら、極端な孤立を是とする考え方は手法として最適解とは言い難い。殊こんな遅れた文明で学業に専念したいというならなおさらに。
――だいたいあのガキは勉強がしたいから学園とやらに来ているのだろう? ならば周りの煩わしい雑音に影響を受けているのだからそれらを排除する工夫くらいして然るべきだ。
学園という場所での生活を余儀なくされているうちは――そしてなんだかんだ言って実はそこそこ人からの干渉を気にしてしまう彼女の場合――勉学の能率の向上を望むなら今の状況は改善すべきだろう。
そのためには、自分が皆と同じ普通の生徒であるということをアンジェリカの周りに実感してもらうのが近道かもしれない。
――孤独を気にしないとか孤独が好きとか言っちゃうガキほど孤独に苦労するんだよ。あの女はまさにそのパターンだな。何人かでいいからさっさと友達を作れよ。それで解決するだろ。……たぶん。
だがそうはいっても、彼女自身が周りに積極的にかかわっていくというのは難しい気がする。
そもそも彼女にここから挽回できるようなコミュニケーション能力があるのなら、元より弾かれはしまい。
メンヘラを拗らせてる時点でお察しだよ。
――とはいえ、環境を変えるには補助がいるか。
あのメンヘラを手っ取り早く治すには荒療治も必要だろう。
――……呼び水として奴らを使うか。
私は、私のために一計を案じる。
手の内にある道具を確認し、可能な範囲で手を回す。
自分を楽しい舞台に招待してくれた主催者たちへ、今度は私が主催する舞台への招待状を送る。
「フ。悪くない案ではないか。後ろ盾になってくださると言う王太子殿下の約束を不履行にせずに済むな。せいぜいあてにさせてもらおう」
題してメンヘラ補完計画。
さてアンジェリカ。私の仮初の主人よ。
覚悟するがいい。次はお前の番だ。
この一計にて自分の人生見つめなおしなよユー。
そしてメンヘラを直すのだ。私の心の平安のために!




